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乙女は歌う  作者: ふとん
17/41

追う

 恐らく、ベルナンドは納得していない。

 玉座に座る時、心配事は少ないに越したことはないのだ。

 

 寂れた牢に黒い剣と共に放り込まれた少女は、ディナンが斬ったそのままで放置されたいた。

 このまま殺すことも含めたベルナンドの処置だと知れたが、ディナンはためらいなく少女の怪我の手当てを始めた。

 斬り裂いてしまったが、少女がまとう衣装はどういう織物なのか手触りのいい生地で作られている。

 異なる世界から呼び出したというが、赤い血が流れていることを見る限りでは、ディナンたちと同じ人間に見えた。

 しかし、意識のない白い体は労働に従事した形跡は見られなかった。

 すんなりとした細い腕や節の目立たない小さな手はまるで貴族の娘のようだ。

 もしかしたら身分のある少女だったのかもしれないが、いずれにせよこちらの世界では彼女の身一つ以外に役立つものは何もない。

 意識のないことは分かっていたが、麻酔もなく背を縦断する傷を縫うので、苦悶に歪む唇に布を噛ませ、ディナンは躊躇なく白い背中にランプの火であぶった針を刺した。

 医師の資格を持っているわけではなかったが、戦場に幾度か出た者であれば傷を縫うぐらいは誰でも出来る。

 それは、往々にして戦場での傷跡を生々しく残す拙い技術だったが、命に別状はないもののこの少女が深手であることには違いない。

 時々、意識がないながらも苦痛の吐息が聞こえたが、すべて縫い終える頃には細い息を吐くだけになっていた。

 ランプに浮かぶ白い肌に醜い亀裂のようになった傷は、まるで無垢な少女をこちらの世界に落としめる罪障のようにも見えた。

 血塗れの手を拭って血止めの軟膏と傷薬を混ぜて塗り、ぐったりとした体に包帯を巻く。

 肢体は汗に濡れてランプの明かりに煌めいていた。傷のせいでほどよく熱せられた肌はディナンのかさついた手を滑らかに吸いつける。熟しかけの実のような柔らかな白い体は否応無く本能に語りかけてくるが、包帯でくるんでしまえば欲望は幾分形を潜めた。

 細い眉をしかめて眠る姿はまだ子供だ。

 最後にディナンは痛み止めの薬草を自分の口に含んで噛み、少女の顎に手をかけた。

 そしてそのまま唇を無理にこじ開けて口を重ねる。

 唾液で馴染んだ薬を舌先で転がすように小さな舌に絡めると、苦しげな顔で少女がますます眉をしかめる。


「んうう……」


 少女の舌はディナンの容赦のない作業から逃げようと小さく抵抗するが、角度を変えて唾液ごと薬を飲まされ、鼻から抜けるような声を上げただけだった。

 赤くなった唇の端から漏れた唾液をやはり舌でぬぐい取って、傷口を縫った時よりも少し頬の血色が良くなったことを確認してディナンはようやく少女から離れた。

 

 やれることはやった。

 生きるか死ぬかは、彼女の生命力と運命次第だ。

 

 背中と一緒に切られてちぐはぐになった少女の艶やかな黒髪を撫でつけて、干し草と布だけの寝床に寝かしつける。

 

 浅い呼吸を繰り返す彼女がこのまま目覚めなければ。

 彼女の躯はこの山城の周りを囲む森に打ち捨てられるだろう。

 しかし、彼女が目覚めたところで、これから彼女に降りかかるであろう災難は容赦なく少女の命を襲い、心を蝕むのだろう。

 

 あの時、ディナンに彼女は告げたのだ。

 私を止めて。

 それは確かに懇願であり、彼女が狂った剣の申し子ではないことの証明だった。

 

 牢の床に転がった黒剣を見つけ、ディナンが拾いあげても剣は何の意志も示さない。

 彼女という主が居ることで、剣は暴走をしないのか、それとも本当にこの少女が狂っているのか。

 確かめなければならない。

 だが、この剣以上にこの娘をどうしようというのか。

 

 答えはいずれも出ないまま、ディナンは少女が目覚める時をじっと待ったのだった。



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