落ちる
彼女を生かすことには、二つの難点があった。
一つは、二人の少女が召還され、うち一人は呪われた剣を手にして現れたことが知れ渡れば、弟王子の臣下が契約自体に難癖をつけてくる可能性があったこと。
そうしてもう一つは、彼女の意志がある無いに関わらず王族に剣を向けたこと。
それは即殺されても法的には問題がない。
「殺せ」
何度も言わせるな、と言い切った黒髪の男に迷いは見られなかった。
王となった男だ。決断は早い。
山城をとりあえず人が寝起きできるようにだけ整えた一室で、ランプの明かりで出来た暗い影に身を潜めながら、部屋の片隅にある椅子に鷹揚に腰掛ける男を丸め込む言い訳は、すでに用意していた。
「あの娘はすでにあなたの役に立ったはずだ」
あの少女があの場に居た兵士たちを皆殺しにしたおかげで、召還で娘が二人も現れたことは胡散臭い魔法使いの男とディナン、そして王と聖女だけが今生で事実を知る唯一の証言者となったのだ。ディナンと王は言わずもがな、こちら側に完全に抱きこんでしまう聖女の口封じは容易だ。それに魔法使いなどという男の虚言を聞きいれるような弟王子の性格ではない。
「私はあの剣に興味がある」
あなたの邪魔にはならないはずだ、と続けると黒髪の王は投げるように溜息をつく。
「まだくだらん文献に没頭したいのか」
「私の職をお忘れか」
ディナンの応えに、王は肩を竦める。
「だから、とっとと私の正式な騎士となれと言ったのだ」
「堅苦しい肩書きは一つで充分だ」
「相変わらずだな」
憮然と肘掛けに腕を乗せてくつろぐ王を、ディナンは声を出さずに笑った。
雇い主としては合格の男だ。
ディナンのような者の扱いに長け、それを飼うことのできる懐がある。
そんな冷たい男が、年端もいかない少女を聖女と呼んで建前上は丁重にもてなさなくてはならないのだから面白い。
他人に淡泊な同じ性質を持つディナンは一抹の同情も禁じえなかったが、理性は感情よりも先に目的の成就を願っていた。
「では、あの娘は私がもらい受けるぞ。ベルナンド陛下」
からかい混じりのディナンの声に、ベルナンドは影を一睨みしたが、何も言わずに見送った。




