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乙女は歌う  作者: ふとん
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焼いて

 ぱちり、と何かがはぜる音で目を開けた。

 ゆらゆらと波打つそれが炎だと知って、潤子は再び目蓋が重くなるのを感じた。


「……あたたかい」


 口にして、半裸だった体に何かがかけられていることを知る。

 分厚い頑丈な毛織りのようだ。

 ごわごわとしていたが、横たわる潤子の体をすっぽりと覆っていて、潤子は自分が凍えていたのだとようやく感じた。

 芯まで冷えた指先を炎の明かりに照らして、驚いた。こびりついて離れないと思っていた血がすっかり拭われている。


「チェルカ・ディ・ズベリャルシ」 

   

 聞き覚えのある声に、潤子は微睡みつつあった意識を再び覚醒させた。

 頭だけを起こすと、焚き火の炎の向こうから淡い茶髪の男がこちらを見下ろしている。

 辺りはまだ森だ。

 潤子は木々の隙間に開いた猫の額ほどの草地に寝かされていたらしい。

 ゆっくりと起きあがって地面に座り込むと、肩を滑り落ちそうになった毛織りを手にとり、羽織なおすのを躊躇する。これは、彼がまとっていたはずのマントだ。

 どうしたものかと迷っている潤子に、マントを脱いでもなお分厚そうな上着を着ているディナンが布で巻かれた長い棒を差し出してくる。

 よく見れば、相当古びたその布には何事かの文字が延々と書かれてあった。

 受け取れと言外に緑の目が潤子を睨むのでそっと受けとると、今にも爆発しそうなほど殺気だった剣の強烈な言葉ともつかない意志が潤子の意識を焼く。

 思わず目を閉じてしまうと、剣がこの布を解けとがなり立てる。

 だが、それ以上のことは出来ないようで、潤子は自分の意志で動く指をまじまじと見た。


「どうやら、その護符は本物らしいな」


 潤子が顔を上げると、緑の瞳が思案していた。


「俺の言葉は分かるか?」


「はい……」


 言葉は分かるが、剣は潤子を支配できなくなっているようだ。

 自分の手を見つめる潤子に、ディナンは淡々と告げる。


「その護符は、そいつが封じられていた鎖から千切り取ってきたものだ。護符を巻いている限り、お前の意志に反してそいつが動き出すこともないだろう」


 護符は剣の柄から剣先までを覆っていたが、手にはどっしりとした剣の重みが伺いしれる。


「……これを、お城の地下に戻すことは出来ないんですか?」


 出来ることならもうこれ以上持ち歩きたくないものだ。だがディナンは、潤子の憂鬱を察しない冷たさで続ける。


「主のお前がいないそいつは獣と一緒だ。すでにかなりの血を吸って目覚めてしまっているから、誰かしらお前の代わりの体を探して支配し、最終的にはお前の元に戻ってくる」


「そんな……」


 ディナンの言ではまるで潤子が加害者のようだ。

 こんなものを、望んだはずもないというのに。


「お前が望む望まないにせよ」


 潤子の憂いを読んだように緑の目が彼女を見つめる。


「お前がそいつを持っていなければ、誰かがそいつに殺されるだけだ。それでいいのなら、この森にでも埋めていけ」


 埋めてしまえば、潤子はこの世界の言葉を解せなくなるが、支配される恐怖からは一時的にでも逃れることができる。

 どこかの誰かが潤子の知らないところで死ぬということに目をつむればいい。

 提案はひどく甘く、潤子はしわになって見る影もないスカートの膝の上に護符で巻かれて怒り狂う剣を乗せる。


「それを羽織れ」


 黙り込んだ潤子にそう言って、ディナンは焚き火に枯れ枝を放り込む。

 それ、とは潤子が羽織掛けてそのままにしているマントのことか。

 包帯が肩から腹に巻かれているとはいえ、潤子はひどい格好だ。今更ながら羞恥をおぼえてマントを首から覆うように被る。

 毛織りの肌触りを地肌に感じながら、潤子は不可思議な男を見遣った。

 このディナンという男は、あの城で潤子のことを斬り捨てたはずだ。

 剣の激昂ぶりからもそれは確かなのだろう。

 潤子は確かに殺されそうになった。

 しかし今は、剣の護符を彼女に授けてマントを貸している。


「……ディナン、さんはどうして私を助けてくれたんですか?」


 焚き火の世話しながら、緑の瞳が潤子を目の端に捉えたが、すぐに視線は炎へと移った。


「俺がお前を買ったからだ」



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