閉じて
ふと、剣が警戒に震え、潤子は導かれるままに柄を取る。
しかしそのまま、今まで潤子の目に標的の姿が見えないまま走り出していたはずの剣がじっと動かない。
ざっと静かな森に気配が現れる。
暗い色のマントだとわかったのは、彼がランプの明かり持っていたからだ。
そのため、明かりのせいであやふやになっていた惨殺体が鮮やかに照らし出されて潤子は顔をしかめた。
頭までフードで覆ったランプの人は凄惨な現場にも驚いた様子もなく、潤子に明かりを向けてくる。
剣が唸った。
地面を蹴ったかと思えば、今までにない速度で鞘走る。
潤子に助けは来ない。
だから、もう潤子は剣を止めようとはしなかった。
だが、
ガキィ!
剣の一撃はマントを斬り裂かなかった。
いつのまに抜いたのか、鈍色の剣が黒い剣と交差して、剣は金切り声を上げるように苛立った。
ランプは地面に放り出されて、壊れた隙間からこぼれた火は落ち葉をじりじりと焼く。
辛うじて残った明かりに、剣戟の拍子にぶわりと浮いたフードから見覚えのある茶色の髪が露わになった。
「ディナン?」
目を見張った潤子に、緑の目は相変わらず何も訴えかけはしなかったが、彼は黒い剣を受け流しながら、潤子の様子を一瞥して、剣を弾く。
以前のように彼が視界を横切るように消えることを警戒したのか、剣もディナンから距離をとって潤子を下がらせた。
「その剣の腕前は大したものだな」
ディナンは興味深げに、潤子にいつでも斬りかかれるよう構えさせる黒い剣に目を向ける。
「王国きっての暗殺部隊がまるで子供の使いだ」
落ち葉にくすぶっている火の明かりに照らされた死体は闇に同化するような黒服だ。
(暗殺者……)
耳慣れない言葉に潤子は戸惑ったが、疑問も感じて対面する緑の瞳を見つめる。
手練れの暗殺者をも退ける剣を、いとも簡単にあしらう目の前の男は何者なのか。
ディナンの方も潤子を眺めていたが、やがて彼の方から地を蹴る。
剣は地面を擦るように潤子の足を踏み出させて、鈍色の剣に食いついた。
剣先で一合かわしたが、潤子はゆらりと目の前にいたはずの男が消えていくのを見た。
剣は動じず、振り返って背後を薙ぐ。
だが、剣は空を切った。
振り切られた剣を引き戻す間に、潤子は背中に人の手を感じてぞくりとする。
手は、ほとんど麻痺していた傷の痛みを思い出させるように、容赦なく潤子の背中へ掌を打ち込んだ。
ドン!
肺を圧迫するような衝撃に潤子は悲鳴も出せなかった。
それから、足の力が抜けて冷たい地面へと自分の体が倒れ込んでいくのを他人事のように見送る。
剣は、背後の襲撃者に刀身を突きたてようと苛立つが、潤子の意識は霞んで柄を手放していた。
ガランと剣が落ちる諦めにも似た音が耳に入ると、背中だけが燃えるように熱いことに思い至る。
しかし、潤子を待っていたのは腰に回された大きな手と溜息だった。
それを確かめる余力はなく、潤子は薄れていく意識を暗闇にと共に閉じた。




