何でも欲しがる妹へ
『親愛なるリリーナ
元気にしていますか?
医療院での暮らしにはなれましたか?
わがままを言って皆に迷惑をかけていませんか?
北の山脈の極寒は、あたたかい王都で過ごしたあなたにはつらいことでしょう。
あれからもう半年なんて、月日が経つのは早いですね。
今日は近況報告としてこの手紙を贈ります。』
――――――――
リリーナは昔から人のものをよく欲しがる子だった。
やれぬいぐるみが欲しい、やれあのドレスがいい、と。
気に入らないとすぐ癇癪を起こしたけれど、私の両親は手のかかるリリーナをむしろ猫可愛がりした。
その分、私のことを宥めるように諭した。
「エイレイン、あなたはお姉さんなんだから。リリーナのわがままを聞いてあげなさい」
お皿の上の料理も、誕生日に贈ってもらったハンカチも、私の専属だった使用人も、全てリリーナに渡した。
悲しい思いはあったけれど、妹なら、姉なら、これが自然なことなのだろう……半ば諦観したまま成人を迎えた頃。
私に婚約者が出来た。
相手はうちよりも爵位の高い、昔から付き合いのある公爵家のご令息、幼馴染のトールマンだった。
少し子どもっぽさがあり尊大な態度が目立つ彼だったが、それ以外のステキな部分も知っている。
家同士が決めた婚約者とはいえ、私はひっそり婚約を喜んだ。
だけど、
「お姉ちゃんズルい! 私があの人と結婚したい! ねえいいでしょ? あの人のことちょうだい!」
そうリリーナが声を上げたことで状況は一変した。
「そうだな。リリーナの方が愛嬌がある。リリーナが嫁いだ方が両家の鎹になるやもしれん」
「たしかにエイレインは少し、自己主張が足りない部分がありますから。貴族の嫁としてはそれでいいとしても、向こうに変な印象を持たれるかも」
「うむ。エイレイン、この婚約はリリーナを充てがう。しかし急に話を変えては向こうに失礼だ。お前は病を患い、別荘にて療養しているということにするぞ。どうせお前は誰とでもやっていける」
「お姉さんなら我慢してくれるわよね? すぐに別荘に行く準備をなさい」
目の前で淡々と進む話に、頭がおかしくなりそうだった。
リリーナがちらりとこちらを見て、無垢を装った邪悪な笑みを向けたとき、やっと気付いた。
ああ、これは普通ではないのだと。
リリーナは私のものが欲しいわけじゃない。
欲しい、欲しい、欲しい、と奪って私を困らせるのが楽しいだけだということを。
王都から離れた別荘で失意に暮れる私は、唇を噛み切り、手の平に爪が食い込むほど怒りに震えた。
あの妹の姉であることを心から恥じた。
そして決意した。
そんなに欲しがるなら気の済むまであげましょう、と。
――――――――
『トールマンのことは残念でしたね。
今となっては思い出すのもつらいでしょう。
優しい人だったのに、いったい何が彼を変えてしまったのか。
お酒と賭博に溺れ、他の女性に手を出し、挙句あなたに暴力を振るうなんて。
そのせいであなたには一生ものの傷がついてしまったけれど、どうか落ち込まないで。
たとえ傷痕が残っても、あなたの可愛らしさとスノードロップの花のような可憐さは永遠のものです。
トールマンですが、彼は今も犯罪奴隷として鉱山で強制労働に服役しています。
社会に戻るのは絶望的でしょうが、あなたにしたことを考えれば当然の罪と思います。』
――――――――
あっさりと私からリリーナに乗り換えた、軽薄な男トールマン。
どうしてあんな男を好いたのか今となっては思い出せないけれど、あの男を籠絡するのは簡単だった。
リリーナに婚約者を譲るなんて嫌、私はあなたを愛しているの……それらしい言葉を囁き泣いてやるだけで、彼は自尊心をくすぐられ鼻の穴を膨らませた。
「ああ、わかっているよエイレイン。真に心から愛しているのは君だけだ」
そう言うトールマンの浅はかなこと。
いったいどこの誰が、簡単に婚約者を乗り換えた男のことなど愛するというのだろう。
都合のいい耳を持った彼は、欲望のまま私と行為に及ぼうとしてきたけれど、いくら婚約が破棄されたとはいえ、お互いの立場を理由に身体の関係は断った。
そうなると彼の溜まった欲望の矛先はリリーナに向くわけだが、如何に発情期の種馬とアバズレとはいえ、婚姻前の神聖な時期に手を出せるわけもなく、トールマンは街の娼館で発散せざるをえなかった。
金で買収した高級娼婦たちに誘惑させ、天上の快楽に心ゆくまで放蕩させた。
それが数度と続くも、いくら上級貴族の令息とはいえ資金が足りなくなる。
そこで彼が手を出したのが違法賭博だ。
貴族も隠れて楽しむ遊び場だが、金持ちの貴族などカモでしかなく、トールマンはまたたく間に負けがかさんだ。
「次! 次こそは!」
いくら意気込んでもイカサマ相手に勝てるはずはない。
そんなこともわからず金貸しまで頼ったのには、愚かで嘲笑すらする気になれなかった。
借金を背負ったトールマンは実家を頼るも相手にされず、今度はリリーナに資金援助を申し出た。
公爵夫人の立場を欲しがったリリーナは、それがトールマンの、ひいては自分のためならと喜んで金を渡した。
が、それも長くは続かない。
「リリーナ、これ以上あの男に貢ぐのはやめなさい!!」
「ドレスを売って、宝石を売って、いくらお金があっても足りないわ!!」
「仕方ないじゃない! 彼が困っているんだもの!」
両親に叱責されても、リリーナは止まらなかった。
使用人に払うはずの給金に手を付けても足りず、家財を売り、土地を売り費用を捻出する。
常に奪ったものの中で安穏とする、ただ欲しがるだけのリリーナは知らなかったのだ。
金が無限ではないということを。
物は尽きるということを。
「お父様、お母様、私もっとお金が欲しい! 彼と一緒に幸せになるためなの! ねえいいでしょ? お父様が大事にしてる名剣も、お母様が隠している宝石も、全部全部ちょうだい!」
欲しがった全て、頭の悪い男が搾取しているだけだというのに。
「なあリリーナ……金が、金が足りないんだ……。家はもう頼れない……君だけが、リリーナの家だけが頼りなんだ……。頼むよ、頼むから……」
「わかってるトールマン。私が何とかするから。お父様もお母様もおかしいの。私が欲しいって言ってるのに怒るんだもの。けど大丈夫。何とかなるから。借金を返して二人で幸せになりましょう」
いったいいつになったら現実を見るのかと、私は陰ながら笑った。
ほんの少しきっかけを作ってやっただけでこの落ちぶれようだ。
道化師が主演の喜劇を観ている気分になった私を他所に、一向に改善されない事態に両家は困窮し、借金と疲弊だけが募っていく。
あれだけリリーナを可愛がっていた両親すら、もう面倒を見切れないと頭を抱えた。
――――――――
『お父様とお母様は財産の全てを私利私欲のために使い込み、使用人や領民を無下に扱ったとされ、国王陛下より賜った爵位を没収されたのみならず、古くから管理してきた土地を勝手に売却したと、その賠償を背負うこととなりました。
しかしお二人にはとても贖うことなど出来ません。
高齢のため労働奴隷としての価値も期待出来ず、国王陛下は憤慨し無能の烙印を押し、二人を追放しました。
呆れた親戚からは見捨てられ、親しかった友人たちも腫れ物を扱うように離れていき、お二人は寄る辺もなく地方の山間にある寒村に移り住みました。
水を汲むにも遠く離れた沢に行かなければならないような寂しい土地での暮らしは、裕福だったあの人たちには耐え難い苦痛なのでしょう。
手紙も届かない辺鄙な場所なので、一度こちらから様子を見に行ったのですが、かつてのきらびやかな姿はどこへやら、すっかり痩せこけ見窄らしくなっていました。
こうなったのはお前のせいだ、あなたが悪いのよ……責任を押し付け合う見るに堪えない言い争いをしていたので、巻き込まれては敵わないと特に顔を見せることはせず帰ってしまいましたが、なんとか元気にしているようで安心しました。
しかしあの様子ではリリーナのお見舞いに行くのは難しそうです。
あなたの具合が良くなった時には、こちらから一緒に会いに行きましょう。
離れていても私たちは家族なのですから。』
――――――――
同時期、公爵家は外聞を悪くしたトールマンを廃嫡した。
貴族でなくなったが自尊心は人一倍で、夜の街では尊大な態度で酒を浴び、慰みものに一晩銀貨数枚の街娼を抱いた。
が、邸を追い出されたからといって、トールマンの借金が消えたわけではない。
金貸しから逃げる毎日を過ごす彼が頼れるのはリリーナだけだったが、すでにそのリリーナも財産を枯渇寸前まで使い込んだ金食い虫として両親から煙たがられていた。
「どうにかしてくれリリーナ! このままじゃ僕は破滅だ!」
トールマンのためにとリリーナは献身してきたつもりだ。
だがどうだろう。
リリーナが目にしているのは、公爵家という後ろ盾を無くし、多額の借金を背負った男。
さぞ幻滅したことだろう。
さぞ疑問に思ったことだろう。
何故自分は、こんな男を姉から奪ってまで欲しがったのか、と。
「トールマン様、我が家にはもうお金が無いの。公爵令息で……いいえ貴族ですらなくなったあなたは、私とは釣り合わないわ。私のことはもう忘れてちょうだい」
「なッ……?! き、君は……僕を見捨てると言うのか……?!」
「当たり前でしょう? 公爵夫人になれると思ったから無理してお金を捻出してあげたのに。今のあなたってば全然魅力的じゃないんだもの。髪はボサボサ、無精ひげを生やして汚らしい。お金も地位も無い男なんて願い下げだわ。こんなことならお姉様の婚約者のままでいればよかったのに。あなたなんて、もう要らない」
「なんだと?!」
「きゃあ!!」
別れを告げたリリーナにトールマンは激昂した。
「お前が……お前が僕と結婚するなんて言い出さなければ!! 僕は今頃エイレインと幸せになれたんだ!! この悪女め!! お前が悪いんだ!! お前のせいで僕は!!」
「いやあァァァ!!」
一度、二度、三度、馬乗りになってリリーナの顔を殴打する。
頬骨が砕け、歯は折れ、肉は赤黒く腫れ上がった。
このままでは殺される……そう思ったリリーナは逃げた。
力を振り絞りトールマンを押しのけ、必死になって邸の廊下を走った。
「だべが、だれ゛か助げべぇ……!!」
その最中、視界が朦朧としたリリーナは躓き、階段から転げ落ちてしまう。
よほど酷い転げ方をしたらしい。
両足があらぬ方向へと折れてしまった彼女の、悲痛な叫びが邸の外まで響いた。
リリーナに危害を加えた罪でトールマンは捕縛され、犯罪奴隷として無期拘禁の刑に処されることとなった。
今後は劣悪な環境で厳しい労働に従事するだけの寂しい人生を送るのだ。
しかし、リリーナもまた無念としか言いようのない人生を送ることが決定していた。
「顔が痛い……足も動かないわ……!」
酷く殴られた顔は元には戻らず、左半分の輪郭が歪んでしまった。
視力も衰えたらしいけれど、それより重症なのは折れた両足。
腱が切れただけでなく、折れた骨によって神経も傷付いてしまったようで、足が治っても歩くことは困難と診断された。
まだ若いリリーナにとって、キレイな顔と自由な足を失ったのは何よりもつらいことだろう。
「ねえお父様、お母様……お願い腕のいいお医者様を呼んで……! こんな顔は嫌よ……こんな足なんて要らない……! 元の私に戻して……!」
当然リリーナの要求を叶えるだけの余裕は無い。
トールマンがしでかしたことの賠償だと、公爵家が設備の整った北の医療院への入院費は出してくれたので、これ以上大事になることはないと思いたい。
私のものを欲しがった妹は、自らの強欲によって身を滅ぼしたのだ。
――――――――
『顔は痛むでしょう。
足は動かないでしょう。
そんなあなたのことを思うと胸が締め付けられます。
あなたの苦しみを分かち合えることが出来たらいいのに。
最後になりますが、私は今、遠く離れた国でこの手紙を書いています。
慣れない土地での生活に不安はありましたが、今ではすっかりこの国を気に入ってしまいました。
とはいえまさか自分が結婚するなんて夢にも思わなかったけれど。
お相手は名前を明かすのも憚れる高貴な方なので、手紙に仔細は書けませんが、落ち着いたら共にお見舞いに行きます。
どうかそれまでお元気で。
エイレイン、あなたの姉より』
「……ふぅ」
「手紙は書き終わったかい? エイレイン」
「ええ。待っていてくれてありがとう、イブラヒム」
「なに有意義な時間だったさ。君を独り占め出来たんだから。先に説明したとおり、出す前に中身を検閲する無礼を赦してほしい。未だ君を他国からの間者と疑う者がいるんだ。それが済んだら早急に届けさせるよ」
「フフ、それだけあなたの身を案じているということよ。それより……なんだか恥ずかしいわ。手紙の内容を見られるなんて。変なことを書いていたらどうしよう」
イブラヒムは笑った。
「妹を思う愛情が伝わったいい手紙だよ。ただ……」
「ただ?」
「惜しむらくは、『落ち着いたら』の後には『愛しの彼と共に』と付けてほしかったところだね」
「まあ」
私もつられて笑った。
この手紙を読んだリリーナがいったいどんな反応をするのかと思うと楽しみで仕方ない。
ねえ、リリーナ。
どうかいい反応をちょうだいね。
読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
普段は異世界百合ファンタジーを書いている当方ですが、短編ではこのようなざまぁものを初め色々書いています。
中にはお気に召すものもあるかもしれませんので、ぜひ読んでみていただけると嬉しいです。
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