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第9話 満腹都市と、路地裏の開業宣言

 霧の『亡霊峠』を抜けた先。

 ライラたちの視界に、圧倒的な質量を誇る「鉄と蒸気の要塞」が現れた。



 ドォォォォン!!

 到着早々、街のどこかで爆発音が響いた。


 城壁の向こうから、黒煙と共に巨大な「蟹の足」のようなものが吹き飛び、空中で花火のように散るのが見える。


「……戦争?」


「いいえ、調理です」


 オトモが平然と答える。


「あれが『満腹都市ガーグ』。大陸中の食材と料理人が集まり、日夜『味の戦争』を繰り広げる世界最大の厨房都市です」


 見ている間にも、城門からは全身をスープまみれにして火傷を負った料理人たちが、担架で運ばれてくる。

 ここはただのグルメ街ではない。食うか食われるかの修羅場だ。

 街全体から漂うのは、ガーリックと焦がし醤油、そして血と硝煙が混じった、暴力的なほどの「食欲の匂い」。


「はぁ……はぁ……」


 ライラの呼吸が荒くなる。

 瞳孔が開き、口の端からよだれが決壊している。

 彼女の目には、灰色の城壁が「巨大なビスケット」に、噴き出す蒸気が「綿あめ」に見えていた。完全なる幻覚だ。


「天国……! ここが私の墓場よ! ねえオトモ、あの城壁かじっていい!?」


 ライラは叫ぶなり、走行中の屋台の窓ガラスに食らいつこうとした。


「落ち着いてください店長。ガラスは消化できません」


「邪魔しないで! 私の胃袋が『全軍突撃』を命じているの! あのマンモス肉の丸焼きに顔面からダイブするのよ!」


「残念ですが、所持金はゼロです」


 ピタリ。ライラの動きが凍りついた。 


「……はい?」


「前回の『天蓋付きベッド』の改造費用で、手持ちの宝石類は全て溶かしました。現在の所持金は、ゼロ・ゴールドです」


「嘘……でしょ?」


 ライラは崩れ落ちた。

 目の前には、命がけで調理された至高のご馳走。

 なのに、自分は一文無し。

 これは拷問だ。地獄の釜茹でよりタチが悪い。


「あ、悪魔……! あんた、私を干からびさせて標本にする気!?」


「ご安心を。この街で流通しているのは『現金』だけではありません」


 オトモは、街の入り口に掲げられた巨大な黒い石板を指差した。


「あれは冒険者ギルドが管理する『信用評価板レビュースレート』。この街では、店や個人の『評価(星)』が可視化され、高い信用を持つ者には、優先的に食材や設備が回されるシステムになっています」


 つまり、美味い飯を食いたければ「良い仕事」をして「星」を稼げ、ということだ。


「なるほどね……。つまり、稼げばいいのね、音速で! 店を開くわよオトモ! 場所はどこ!?」


「一等地は家賃が高いので、路地裏を不法占拠しましょう」


 メインストリートから一本入った、薄暗い裏路地。

 配管がむき出しになったその場所に、毒々しい紫色の屋台が停められた。


 『移動式リラクゼーション・オモテナシ ~お代は調理器具にて~』


 怪しい。あまりにも怪しすぎる。

 当然、客は来ない。


「閑古鳥がサンバ踊ってるじゃない! どうすんのよ!」


「おや。カモ……いえ、お客様がいらっしゃいましたよ」


 オトモの視線の先。

 コックコートを着た大柄な男が、路地裏のドラム缶を蹴り飛ばしていた。


「クソッ! クソッ! なんでこのタイミングで動かなくなるんだ、俺の腕ェッ!」


 男は右肘を押さえてうずくまっている。

 彼のコックコートには、街でも有名な三ツ星レストラン『黄金の豚』の紋章があった。オーナーシェフのヴォルグだ。


「……中華鍋ウォック肘ですね」


 オトモが静かに近づく。


「誰だ貴様! 見せ物じゃねぇぞ!」


「長年、重い鉄鍋を振り続けたことによる関節の炎症。……それに、随分と焦っておられる」 


 図星を突かれ、ヴォルグは脂汗を流して睨みつけた。


「当たり前だ! 明日から『大肉祭り』の本祭だぞ! しかも今年のメイン食材は協会が持ち込んだ『暴虐の魔獣牛ベヒモス』だ!」


「ほう」


「あんな化け物、万全でも調理できるか怪しい……だが、俺がやらなきゃ店はどうなる!? 三ツ星の看板を守るために、どれだけの弟子がついてきてると思ってるんだ! 俺が倒れたら、あいつら全員路頭に迷うんだぞ!」


 ヴォルグは悲鳴のように叫んだ。

 単なる名誉欲ではない。背負っているものの重圧が、彼の右腕をさらに重くしていたのだ。


「なるほど。料理人の矜持というわけですか。……ならば、なおさら治療が必要です」


「あぁ? 医者にも見放されたんだぞ……」


「医者ではありません。執事です」


 オトモはヴォルグの右腕を掴んだ。


「力を抜いて。……少し、骨の音が鳴りますよ」


「は? ぎゃあああああああ!?!?」


 ボキィッ!!


 湿った路地裏に、生木を折るような、聞いてはいけない音が響き渡った。

 ライラが「ひぇっ」と顔を覆う。

 だが――。


「……あれ?」


 ヴォルグが恐る恐る目を開ける。

 右腕を回す。グルン、グルン。

 痛くない。それどころか、油を差した機械のように滑らかに動く。


「治ってる……!? いや、現役時代より軽いぞ!?」


「軟骨のズレを修正し、神経の圧迫を取り除きました。これで『魔獣牛』とも戦えるでしょう」


 ヴォルグは震える手でオトモの手を握った。男泣きしている。


「あんた……神か!? 礼ならいくらでもする! 金か!? 店の権利書か!?」


「いえ、金銭は不要です。代わりに……貴方の店の裏口に放置されていた、『産業廃棄物』を頂けますか?」


 数十分後。

 ヴォルグの指示で、数人の屈強なコックたちが屋台に「ある物」を運び込んだ。

 赤錆だらけだが、磨けば光る重厚な鉄の塊。


 『紅蓮の魔導コンロ(旧式・業務用ハイパワーモデル)』だ。


「本当にこんなゴミでいいのか? 最新式を買ってやるぞ?」


「いえ、この『火力の強さ』こそが重要なのです」


 オトモは満足げに頷き、ヴォルグに一枚の石板を差し出した。


「それと、こちらにサイン(評価)を」 


「任せろ! 星5つじゃ足りねぇくらいだ!」


 ヴォルグが豪快に署名すると、屋台に取り付けられた小さな石板が「カッ!」と光り輝いた。


 【評価:★★★★★(5.0) 新着レビュー1件】


 街のネットワークに、「黄金の豚亭オーナー推奨」の文字が駆け巡る。


「よし。これで第一段階クリアです」


 オトモは手に入れたばかりのコンロを屋台に接続し、ヴォルグがお礼に置いていった「端材の肉(最高級フィレの切り落とし)」をフライパンに放り込んだ。


 ジュワアアアアッ!!


 魔導コンロの暴力的な火力が、一瞬で肉の表面を焼き固め、旨味を閉じ込める。


「はい、店長。お待たせしました」


「……肉ぅぅぅ!!」


 ライラは皿を奪い取り、フォークも使わずにかぶりついた。


 カリッ。ジュワッ。

 口いっぱいに広がる、熱々の脂と肉汁。

 乾パン砂漠だった胃袋に、生命の雨が降り注ぐ。


「んん~っ!! 美味しいぃぃ! 温かいって素晴らしい! 火って偉大!」


 ライラは涙目で肉を咀嚼した。

 ただの焼肉ではない。これは文明の味だ。


「まずは『加熱』を確保しました。ですが、これだけでは足りません」


「ふぐぅ?(なにが?)」


「肉祭り本番で『魔獣牛』を調理するには、食材を新鮮なまま保存する『冷却設備(冷蔵庫)』が必要です」 


 オトモが次なるターゲットを見定めるように、街の奥を見つめる。


「それに……お気づきですか、店長」


「んぐっ、ごっくん。……なに?」


 ライラは鼻をヒクつかせた。

 目の前のステーキの香りとは違う。

 ツンと鼻をつく刺激臭なのに、なぜか唾液が止まらなくなる甘い香り。

 危険信号と食欲が同時に脳を揺さぶる、矛盾した匂いが風に乗って漂ってくる。


「あっちの路地裏から……すっごく『ヤバい』匂いがする。毒なのに、美味しそうな……」 


 ライラが指差したのは、メインストリートから外れた、薄暗い廃棄区画の方角だった。


 そこには、まだ見ぬ「相棒」と、とびきりの「ゲテモノ」が待っているはずだ。


「デザートは後ほどにしましょう。まずは、この街を骨の髄までしゃぶり尽くしますよ」



■ 現在のレビュースレート掲載情報(自動更新)

【店舗名】

リラクゼーションサロン・オモテナシ(ガーグ支店)


【総合評価】

★0.0 ⇒ ★5.0(急上昇!)

・新着口コミ(黄金の豚オーナー):

 「右腕が蘇った! これでベヒモスも捌けるぜ! 神の手だ! ★5.0!」

・効果:街の料理人たちの間で“謎の整体屋台”の噂が拡散中


【店舗設備】 オモテナシ・壱号機(キッチン化進行中)

・外装:鉄柱 + 紫カーテン + 丸太(不審度MAX)

・内装:ロイヤルスイートベッド + 紅蓮の魔導コンロ ←New!

・注意:ベッド横で高火力調理を行うため、引火リスク上昇中


【従業員】

店長ライラ:ついに“加熱済みの肉”にありつく。野生動物フェーズ終了

執事オトモ:整体師 兼 厨房機器ハンター


【今回の獲得アイテム】

・紅蓮の魔導コンロ(加熱手段の確保) ←New!


【次回予告】 暴食の街と、内臓を救う執事術。

本日のおもてなしは、いかがでしたでしょうか?


もし「楽しめた」「サービス満点だった!」と感じていただけましたら、 感想や評価をいただけますと幸いです。


皆様の応援が、次の「過剰なおもてなし」を生み出す原動力になります! 次回も最高のおもてなしをご用意して、お待ちしております。

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