第9話 満腹都市と、路地裏の開業宣言
霧の『亡霊峠』を抜けた先。
ライラたちの視界に、圧倒的な質量を誇る「鉄と蒸気の要塞」が現れた。
◇
ドォォォォン!!
到着早々、街のどこかで爆発音が響いた。
城壁の向こうから、黒煙と共に巨大な「蟹の足」のようなものが吹き飛び、空中で花火のように散るのが見える。
「……戦争?」
「いいえ、調理です」
オトモが平然と答える。
「あれが『満腹都市ガーグ』。大陸中の食材と料理人が集まり、日夜『味の戦争』を繰り広げる世界最大の厨房都市です」
見ている間にも、城門からは全身をスープまみれにして火傷を負った料理人たちが、担架で運ばれてくる。
ここはただのグルメ街ではない。食うか食われるかの修羅場だ。
街全体から漂うのは、ガーリックと焦がし醤油、そして血と硝煙が混じった、暴力的なほどの「食欲の匂い」。
「はぁ……はぁ……」
ライラの呼吸が荒くなる。
瞳孔が開き、口の端からよだれが決壊している。
彼女の目には、灰色の城壁が「巨大なビスケット」に、噴き出す蒸気が「綿あめ」に見えていた。完全なる幻覚だ。
「天国……! ここが私の墓場よ! ねえオトモ、あの城壁かじっていい!?」
ライラは叫ぶなり、走行中の屋台の窓ガラスに食らいつこうとした。
「落ち着いてください店長。ガラスは消化できません」
「邪魔しないで! 私の胃袋が『全軍突撃』を命じているの! あのマンモス肉の丸焼きに顔面からダイブするのよ!」
「残念ですが、所持金はゼロです」
ピタリ。ライラの動きが凍りついた。
「……はい?」
「前回の『天蓋付きベッド』の改造費用で、手持ちの宝石類は全て溶かしました。現在の所持金は、ゼロ・ゴールドです」
「嘘……でしょ?」
ライラは崩れ落ちた。
目の前には、命がけで調理された至高のご馳走。
なのに、自分は一文無し。
これは拷問だ。地獄の釜茹でよりタチが悪い。
「あ、悪魔……! あんた、私を干からびさせて標本にする気!?」
「ご安心を。この街で流通しているのは『現金』だけではありません」
オトモは、街の入り口に掲げられた巨大な黒い石板を指差した。
「あれは冒険者ギルドが管理する『信用評価板』。この街では、店や個人の『評価(星)』が可視化され、高い信用を持つ者には、優先的に食材や設備が回されるシステムになっています」
つまり、美味い飯を食いたければ「良い仕事」をして「星」を稼げ、ということだ。
「なるほどね……。つまり、稼げばいいのね、音速で! 店を開くわよオトモ! 場所はどこ!?」
「一等地は家賃が高いので、路地裏を不法占拠しましょう」
メインストリートから一本入った、薄暗い裏路地。
配管がむき出しになったその場所に、毒々しい紫色の屋台が停められた。
『移動式リラクゼーション・オモテナシ ~お代は調理器具にて~』
怪しい。あまりにも怪しすぎる。
当然、客は来ない。
「閑古鳥がサンバ踊ってるじゃない! どうすんのよ!」
「おや。カモ……いえ、お客様がいらっしゃいましたよ」
オトモの視線の先。
コックコートを着た大柄な男が、路地裏のドラム缶を蹴り飛ばしていた。
「クソッ! クソッ! なんでこのタイミングで動かなくなるんだ、俺の腕ェッ!」
男は右肘を押さえてうずくまっている。
彼のコックコートには、街でも有名な三ツ星レストラン『黄金の豚』の紋章があった。オーナーシェフのヴォルグだ。
「……中華鍋肘ですね」
オトモが静かに近づく。
「誰だ貴様! 見せ物じゃねぇぞ!」
「長年、重い鉄鍋を振り続けたことによる関節の炎症。……それに、随分と焦っておられる」
図星を突かれ、ヴォルグは脂汗を流して睨みつけた。
「当たり前だ! 明日から『大肉祭り』の本祭だぞ! しかも今年のメイン食材は協会が持ち込んだ『暴虐の魔獣牛』だ!」
「ほう」
「あんな化け物、万全でも調理できるか怪しい……だが、俺がやらなきゃ店はどうなる!? 三ツ星の看板を守るために、どれだけの弟子がついてきてると思ってるんだ! 俺が倒れたら、あいつら全員路頭に迷うんだぞ!」
ヴォルグは悲鳴のように叫んだ。
単なる名誉欲ではない。背負っているものの重圧が、彼の右腕をさらに重くしていたのだ。
「なるほど。料理人の矜持というわけですか。……ならば、なおさら治療が必要です」
「あぁ? 医者にも見放されたんだぞ……」
「医者ではありません。執事です」
オトモはヴォルグの右腕を掴んだ。
「力を抜いて。……少し、骨の音が鳴りますよ」
「は? ぎゃあああああああ!?!?」
ボキィッ!!
湿った路地裏に、生木を折るような、聞いてはいけない音が響き渡った。
ライラが「ひぇっ」と顔を覆う。
だが――。
「……あれ?」
ヴォルグが恐る恐る目を開ける。
右腕を回す。グルン、グルン。
痛くない。それどころか、油を差した機械のように滑らかに動く。
「治ってる……!? いや、現役時代より軽いぞ!?」
「軟骨のズレを修正し、神経の圧迫を取り除きました。これで『魔獣牛』とも戦えるでしょう」
ヴォルグは震える手でオトモの手を握った。男泣きしている。
「あんた……神か!? 礼ならいくらでもする! 金か!? 店の権利書か!?」
「いえ、金銭は不要です。代わりに……貴方の店の裏口に放置されていた、『産業廃棄物』を頂けますか?」
数十分後。
ヴォルグの指示で、数人の屈強なコックたちが屋台に「ある物」を運び込んだ。
赤錆だらけだが、磨けば光る重厚な鉄の塊。
『紅蓮の魔導コンロ(旧式・業務用ハイパワーモデル)』だ。
「本当にこんなゴミでいいのか? 最新式を買ってやるぞ?」
「いえ、この『火力の強さ』こそが重要なのです」
オトモは満足げに頷き、ヴォルグに一枚の石板を差し出した。
「それと、こちらにサイン(評価)を」
「任せろ! 星5つじゃ足りねぇくらいだ!」
ヴォルグが豪快に署名すると、屋台に取り付けられた小さな石板が「カッ!」と光り輝いた。
【評価:★★★★★(5.0) 新着レビュー1件】
街のネットワークに、「黄金の豚亭オーナー推奨」の文字が駆け巡る。
「よし。これで第一段階クリアです」
オトモは手に入れたばかりのコンロを屋台に接続し、ヴォルグがお礼に置いていった「端材の肉(最高級フィレの切り落とし)」をフライパンに放り込んだ。
ジュワアアアアッ!!
魔導コンロの暴力的な火力が、一瞬で肉の表面を焼き固め、旨味を閉じ込める。
「はい、店長。お待たせしました」
「……肉ぅぅぅ!!」
ライラは皿を奪い取り、フォークも使わずにかぶりついた。
カリッ。ジュワッ。
口いっぱいに広がる、熱々の脂と肉汁。
乾パン砂漠だった胃袋に、生命の雨が降り注ぐ。
「んん~っ!! 美味しいぃぃ! 温かいって素晴らしい! 火って偉大!」
ライラは涙目で肉を咀嚼した。
ただの焼肉ではない。これは文明の味だ。
「まずは『加熱』を確保しました。ですが、これだけでは足りません」
「ふぐぅ?(なにが?)」
「肉祭り本番で『魔獣牛』を調理するには、食材を新鮮なまま保存する『冷却設備(冷蔵庫)』が必要です」
オトモが次なるターゲットを見定めるように、街の奥を見つめる。
「それに……お気づきですか、店長」
「んぐっ、ごっくん。……なに?」
ライラは鼻をヒクつかせた。
目の前のステーキの香りとは違う。
ツンと鼻をつく刺激臭なのに、なぜか唾液が止まらなくなる甘い香り。
危険信号と食欲が同時に脳を揺さぶる、矛盾した匂いが風に乗って漂ってくる。
「あっちの路地裏から……すっごく『ヤバい』匂いがする。毒なのに、美味しそうな……」
ライラが指差したのは、メインストリートから外れた、薄暗い廃棄区画の方角だった。
そこには、まだ見ぬ「相棒」と、とびきりの「ゲテモノ」が待っているはずだ。
「デザートは後ほどにしましょう。まずは、この街を骨の髄までしゃぶり尽くしますよ」
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【店舗名】
リラクゼーションサロン・オモテナシ(ガーグ支店)
【総合評価】
★0.0 ⇒ ★5.0(急上昇!)
・新着口コミ(黄金の豚オーナー):
「右腕が蘇った! これでベヒモスも捌けるぜ! 神の手だ! ★5.0!」
・効果:街の料理人たちの間で“謎の整体屋台”の噂が拡散中
【店舗設備】 オモテナシ・壱号機(キッチン化進行中)
・外装:鉄柱 + 紫カーテン + 丸太(不審度MAX)
・内装:ロイヤルスイートベッド + 紅蓮の魔導コンロ ←New!
・注意:ベッド横で高火力調理を行うため、引火リスク上昇中
【従業員】
・店長:ついに“加熱済みの肉”にありつく。野生動物フェーズ終了
・執事:整体師 兼 厨房機器ハンター
【今回の獲得アイテム】
・紅蓮の魔導コンロ(加熱手段の確保) ←New!
【次回予告】 暴食の街と、内臓を救う執事術。
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