第8話 堕落の姫君と、さまよえるヒッチハイカー
朝。荒野のど真ん中。
『オモテナシ・ゼロ号機』は、季節外れの濃い霧の中を走っていた。
外の世界は視界ゼロの真っ白な闇。だが、屋台の中は天国だった。
「……むにゃ。あと五分……いや、あと五百年寝かせて……」
ライラは、とろけていた。
アラクネが織り上げた『エンプレス・シルク』のシーツは、頬ずりしたくなるほど滑らかで、ひんやりと冷たい。
その中身は、コカトリスの『天雷のダウン』。雲のような弾力が、ライラの全身を優しく包み込んでいる。
「店長、朝ですよ」
オトモがモーニング・ティー(ただの白湯)を盆に乗せて声をかけるが、ライラは芋虫のように布団に潜り込んだ。
「うるさいわね……。今日は休業よ。一生休業……」
「そうはいきません。現在、屋台は『亡霊峠』を通過中です」
「嘘よ。揺れてないもん」
ライラの言う通りだった。
屋台の四隅を支える『ねじ曲がった鉄柱(オトモ加工済み)』は、サスペンションとして完璧な仕事をしていた。
どんな悪路の衝撃も、「ゆりかご」のような心地よいリズムへと変換してしまうのだ。
「ねえオトモ。トイレもこの中でできない?」
「却下です。高貴なシルクが泣きます」
「ちぇー。……じゃあ、着替えさせて。私が寝たままで」
ライラは布団の中から、手足だけをニョキッと突き出した。
完全なる「着せ替え人形モード」である。
オトモは呆れつつも、手袋を締め直した。
「……やれやれ。では『早着替え・寝たきりコース』で」
シュババババッ!
オトモの手が残像となる。
布団をめくることなく、パジャマのボタンを外し、外出着へと換装する神業。ライラは一度も目を覚ますことなく、身支度だけが整っていく。
その時だった。
急激に室温が下がった。ライラの吐く息が白くなる。
「……んぅ? さむっ。オトモ、暖房入れてよぉ……」
ライラが身を縮める。
完璧な断熱を誇るはずのカーテンをすり抜け、車内に入り込んだ冷気。
オトモが平然と助手席(ただの木箱)を見た。
そこには――半透明の男が座っていた。
「……ヒヒッ……いい車だなぁ……」
コックコートを着た、太った男の幽霊だ。
その腹は異常に膨れ上がり、未練がましそうな顔をしている。
「恐れ入ります。ですが、当車は予約制でして」
「迎えに来てくれたんだろぉ? この見た目……どう見ても『お迎えの霊柩車』じゃねぇか……」
幽霊がニタニタと笑う。
そう、紫のカーテンに、四隅の鉄柱。この屋台の外見は、死者から見れば「豪華なリムジン」に見えるのだ。
幽霊が発する冷気で、窓ガラスがバリバリと凍りついていく。
「さっさと連れて行けぇ! 俺ぁ、生前は王宮の料理長だったんだぞぉ!」
「ほう」
「死因は『フォアグラの食べ過ぎ』だぁ! まだ食い足りねぇ! あの世のフルコースを食わせろぉ!」
なんと業の深い幽霊か。
食欲に取り憑かれた悪霊が、オトモの首に冷たい手を伸ばす。
「呪い殺してやるぅぅ!」
「困りましたね。物理攻撃は無効ですか。……では、『除霊コース』で」
オトモは懐から、香ばしい匂いのする「干し肉」を取り出した。
そして、幽霊に投げる――のではなく、ライラの鼻先に近づけた。
「……んぅ?」
いい匂いに反応して、ライラがのっそりと顔を出した。
夢うつつ。焦点の合わない瞳。
そして、目の前には、白くてフワフワしたもの(幽霊の太った腹)がある。
「マシュマロ……でっかいマシュマロだぁ……」
ライラが両手を広げ、幽霊に抱きついた。
「へ? あ、おい、触るな!」
「ふわふわぁ……ひんやりして気持ちいい……」
ライラは幽霊の腹を「冷感枕」だと思い込み、ぐりぐりと顔を押し付けた。
そして、半開きの口元からは、ツツーッと「ヨダレ」が垂れ落ちる。
「いたっ! い、痛ぇ!? なんだこの液体は!?」
「んむむ……いただきまぁす……」
ガブッ!!
「ぎゃあああああ!!?」
幽霊が絶叫した。
ライラが、実体のないはずの霊体に噛み付いたのだ。
「魂喰い(ソウルイーター)か!? いや、溶ける! 俺の霊体が溶けるぅぅ!」
「んちゃ、んちゃ……味がしない……」
ライラは不満げに噛みつき直し、さらにダラダラとヨダレを幽霊の体に塗りつけた。
それはただのヨダレではない。
無垢な(食欲にまみれた)聖女の聖水である。悪霊にとっては劇薬だ。
「ヒィィッ! 食われる! 俺が食われるぅぅ!」
「……ペッ。まずい。塩が足りない」
ライラが幽霊を吐き出した。
幽霊は半透明の体をボロボロにされ、半泣きで窓をすり抜けて逃げ出した。
「化け物だぁ! この車、死神よりヤベェ奴が乗ってやがるぅぅ!」
幽霊は一目散に霧の彼方へ消えていった。
助手席には、幽霊が驚いた拍子に落とした「一冊の古びた本」だけが残されていた。
◇
一時間後。
霧が晴れ、ライラがようやく目を覚ました。
「ふぁ……よく寝た。なんか変な夢見たわ。巨大マシュマロ食べたけど、腐ったフォアグラみたいな味がした」
「正夢かもしれませんね。ご飯になさいますか?」
オトモが差し出したのは、いつもの「軍用カンパン」だった。
ライラはそれを見て、眉間のシワを深くした。
「……オトモ」
「はい」
「寝心地は最高よ。でもね、食事がこれじゃ、私の『品位』がプラマイゼロ……いえ、マイナスよ!」
ライラがカンパンを放り投げる。
「温かいスープ! 肉汁滴るステーキ! それを出しなさい!」
「仰せのままに。ちょうど、先ほどのお客様から『良いガイドブック』を頂きました」
オトモは、幽霊が落としていった本を開いた。
それは、表紙が煤けた『大陸ミシュラン・裏(死後版)』。どうやらあの幽霊が愛読していた、冥界のグルメガイドらしい。
「ここから半日の距離に、『満腹都市ガーグ』があります。今はちょうど『肉祭り』の開催期間中とか」
「肉祭り!?」
ライラの瞳が、肉色に輝いた。
「ですが、ご用心を。このガイドブックの注釈によれば……今年のメイン食材は『伝説の暴れ牛』。調理を間違えると、街ひとつが消し飛ぶ危険性があるそうです」
「関係ないわ! 消し飛ぶ前に私が食べる!」
ライラはガバッとシーツを跳ね除け、運転席の背もたれを蹴り飛ばした。
「行くわよオトモ! 全速力! 幽霊だろうが伝説の牛だろうが、私の食欲の前ではただのオカズよ!」
「仰せのままに。……では、シートベルトをお締めください」
オトモがギアを上げる。
不気味な紫のカーテンをなびかせ、屋台は土煙を上げて加速した。
目指すは美食の都。
そして、まだ見ぬ「キッチン」である。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】
リラクゼーションサロン・オモテナシ
【総合評価】
★0.04 ⇒ ★0.04(変動なし)
・新着口コミ:なし
※亡霊峠の住民は全員“死後”のため投稿不可
・特記事項:悪霊による冷気干渉 → 車内温度が一時的に氷点下へ
【店舗設備】 オモテナシ・ゼロ号機(快適度MAX)
・外装:紫カーテン(死者から見ると霊柩車)
・内装:天蓋付きロイヤルスイートベッド(店長が溶けるレベル)
・サスペンション:鉄柱フレーム(ゆりかごモード)
【従業員】
・店長:寝たまま除霊可能。幽霊を“マシュマロ”と誤認し捕食(未遂)
・執事:運転手 兼 早着替え職人
【今回の獲得アイテム】
・『大陸ミシュラン・裏(死後版)』 ←New!
【現在の目的】
・満腹都市ガーグへ向かい、『肉祭り』へ参加
本日のおもてなしは、いかがでしたでしょうか?
次回、いよいよ「ガーグ編」スタート!
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