第74話 バグ・ヒロインの襲来と、絶対不可侵の絶望
光の届かない地下空間。
ブクブクと泡立つ不気味な培養液のタンクが、毒々しいピンク色の光を放っていた。
無機質で冷たい金属の床に、何十本もの禍々しい生体ケーブルが這い回っている。そのケーブルの先で、白目を剥いて虚空を見つめているのは、かつて大国の第一王位継承者と呼ばれたヘリオス王子と、その取り巻きである生徒会の面々だった。
彼らは巨大なピンク色の機械のコアに直接繋がれ、自らの生命力と魔力を絶え間なく吸い取られるだけの生体バッテリーへと成り果てていた。
「モモちゃん……愛してる……」
「モモちゃんバンザイ……僕のヒロイン……」
自我を失い、焦点の合わない瞳でうわ言のように呪文を唱え続けるヘリオスたち。彼らの生命力は管を通り、巨大な機械の中核へと絶え間なく吸い上げられていく。
その頭を、フリフリのレースをあしらった軍服姿の少女が愛おしそうに撫でた。
「ええ、知ってるわ。でもちょっと魔力出力が足りないから、たっぷり愛を貢ぎなさい、私の当て馬ども」
ヒロイン、モモ・ピーチ。
中央の玉座で、彼女は狂気に歪んだ笑みを浮かべた。彼女の体は既に半分以上が謎の機械と同化し、人間離れした異質なオーラを放っている。
謎の女神から与えられた力。それは世界の理を無視し、自らの思い込みを現実に上書きする絶対的な因果律の歪みだった。
「フフフ……あははははっ!ああ、素晴らしいわ。この世界のシナリオは私が決めるのよ」
モモは、濁ったピンク色の瞳を天へと向け、メインコンソールに華奢な指を這わせた。
「さあ、私のハッピーエンドを邪魔した泥棒猫と、あの茶色い脇役どもを……世界からまとめて消去してあげる」
轟音と共に、地下施設を突き破り、ピンク色の絶対寵愛神兵トゥルーエンドが空へと飛び立った。
◇
同時刻、上空一万メートルの暴風の中。
帝国の新型飛行ユニットから火柱を上げながら、一人の少女が単独で空を飛んでいた。
「ピーッ!警告!エンジン温度限界を突破!機体が空中分解します!」
無機質なアラートを、操縦席のジュリアは気合の籠った拳で叩き割って黙らせた。
「警告音なんて知るかァァ!限界まで出力を上げなさい!」
美しい白磁の軍服は煤で汚れ、強風で顔を歪ませ、涙と鼻水を流しながらも、操縦桿を握るジュリアの背筋は一ミリの狂いもなく真っ直ぐに伸びていた。
白磁の隊長の瞳に宿るのは、一途を通り越した異常なまでの執念深さ。
「あいつらだけは……私の誇りをさんざん弄んだあの悪党どもだけは、絶対に逃がさないわ!地の果てだろうが空の彼方だろうが、私が必ず逮捕してやるんだからァァ!」
装甲がひしゃげ、エンジンが悲鳴を上げる。だが彼女の異常な執念は、機械の限界すらも凌駕していた。ジュリアは飛行ユニットの安全装置を物理的に引きちぎり、さらなるオーバードライブをかけて雲海を抜けた。
そしてついに、前方に極彩色ネオンを輝かせる巨大な空飛ぶ温泉施設、参号機スカイ・オモテナシの姿を捉えた。
「見つけたわよ店長ォォォ!!」
◇
そして、爆心地。
抜けるような青空の下、参号機の甲板では信じられないほど呑気な時間が流れていた。
「平和だねー」
ライラがデッキチェアに寝そべり、食後の特大パフェを頬張りながら空を見上げる。
「ええ。あまりにも退屈ですわね。何か筋肉を躍動させるようなイベントでも起きませんこと?」
ロザリアが鉄扇で優雅に扇ぎながら、不満げに欠伸をした。
オトモはパラソルの下で完璧な所作でライラに二杯目の紅茶を注ぎ、キッドは厨房で鼻歌を歌いながら包丁を研いでいた。ミルカはコンソールで新兵器の調整に熱中している。
誰もが、この平穏な空の旅が続くと思っていた。嵐の前の、あまりにも無防備な静けさ。
その平和な空間に、突如として黒焦げの砲弾が降ってきた。
ズドォォォォォンッ!!
甲板の木材を派手に粉砕し、煙を上げて強行着陸したのは、限界を超えて完全にスクラップと化した帝国の飛行ユニットだった。
「な、なんだァ!?」
キッドが厨房から飛び出す。
もうもうと立ち込める煙の中から、ススだらけでボロボロになったジュリアが這い出てきた。彼女は生まれたての小鹿のようにプルプルと震える足で立ち上がると、膝から崩れ落ちそうになりながらも、気合でサーベルを抜き放って万事屋に突きつけた。
「ぜ、ぜぇ……はぁ……つ、ついに追いついたわよ……!全員、大人しくお縄につきなさい……!国家反逆の罪で……ゴホッ、ゲホッ!」
魂を削った、執念の追跡劇の到達点。
息も絶え絶えなジュリアに対し、万事屋の面々は一瞬ポカンとした後、いつもの調子で出迎えた。
「おや、ジュリアさん。素晴らしい執念ですが、少しお疲れのようですね」
「あ、ジュリアだ。お茶飲む?パフェも食べる?」
ライラがのんきにパフェのグラスを差し出し、オトモが微笑む。
「お茶菓子に深海ガニのコロッケもありますよ」
のんびりとした万事屋の歓迎に、ジュリアの額に青筋が浮かぶ。
「ふざけるなぁ!私がどれだけ死ぬ気で追いかけてきたと――」
ジュリアが怒鳴りかけた、その瞬間だった。
ブォンッ!
突如として、抜けるような青空が、毒々しいピンク色に塗り潰された。
「……え?」
ジュリアが空を見上げる。万事屋の面々も、その異様な気配に顔を上げた。
雲を切り裂き、巨大な影が参号機の上空に降臨する。
フリルのような装甲とハート型の禍々しいコアを持つ巨大兵器、絶対寵愛神兵トゥルーエンド。その周囲には、無数の量産機がハエのように群がっている。
そして、神兵の装甲表面には、生きたまま管に繋がれ、魔力を搾取され続けているヘリオス王子たちの無残な姿が張り付けられていた。
「へ、ヘリオス殿下……!?貴様、王族を兵器の部品にするなど……帝国の誇りを何だと思っている!」
ジュリアとロザリアが絶句する。
『アハハハハ!見ぃつけたぁ!』
装甲に備え付けられた巨大なスピーカーから、モモ・ピーチの甘ったるく狂気に満ちた声が響き渡った。
『ロザリアァ!それに……誰よその泥だらけの脇役!私のルートを壊した不純物ども!ここでまとめて消去してあげるぅ!』
「な、なんなのよアレは……!」
ジュリアが圧倒的なプレッシャーの前に後ずさる。
「未知の不可侵結界よ!物理法則も魔力の波長も完全に無視してる……まるで我が儘をそのまま具現化したようなエネルギーの塊よ!」
ミルカがコンソールを叩きながら絶叫した。
「ただの機械だろ!迎撃するぜ!」
キッドが超高温で圧縮した灼熱の特製串焼きを巨大な刃の如く投擲し、オトモが音速で執事用特殊ロープと銀盆を射出する。いかなる魔獣の装甲も貫いてきた万事屋の必殺の一撃。
だが。
ポスッ。
ピンク色の障壁に触れた瞬間、串焼きも銀盆も、まるで最初から存在しなかったかのようにふわりとシャボン玉のように吸収されて消滅してしまった。弾かれたのではない。攻撃という概念そのものを否定されたのだ。
「あぁ!?俺の特製串焼きが……消えやがった!?」
キッドが驚愕に目を見開く。
『無駄よぉ!これは私がこの世界のヒロインであるという絶対の因果律!主役に仇なす脇役の攻撃は、世界そのものが否定するのよぉ!』
未知の理不尽な力。ジュリアが絶望で顔を青ざめさせる中、万事屋の面々は死の恐怖ではなく、深い不快感と怒りを露わにした。
「……因果律?ヒロイン?意味が分かりませんわ。他人の努力やカロリーを無に帰すなんて、泥棒よりタチが悪いですわね」
ロザリアが冷たく吐き捨てる。
「ええ。お客様の自己中心的な思い込みが極度に肥大化し、現実を歪めているようです。……非常に重症なヒロイン症候群ですね」
オトモが片眼鏡を光らせ、静かに手袋を締め直す。
「せっかくの串焼きを消すなんて……万死に値するわ。あのピンクの勘違い女、絶対にぶっ飛ばす」
ライラがパフェのグラスを置き、捕食者の瞳で上空を睨みつけた。
絶望するジュリアをよそに、万事屋の面々は静かに、しかし確かな殺意と怒りを燃やし始めた。
『あはははっ!消えなさい、バッドエンドのゴミどもぉ!』
モモがトドメの極太レーザーをチャージし始める。
圧倒的な絶望。だが、理不尽なエゴの塊に対し、万事屋は一歩も引くことなく、怒りの炎で立ち向かおうとしていた。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ(参号機スカイ・オモテナシ)
【現在地】 上空(ピンク色の特異空間に完全侵食)
【従業員ステータス】
・オトモとライラとキッドとミルカとロザリア:【静かなる激怒】ヒロイン症候群という極度のエゴによる現実改変に対し、死の恐怖ではなく、食べ物と努力を無に帰された不快感と怒りを露わにする。
【共闘者ステータス】
・ジュリア:【巻き込まれ隊長】死ぬ気で追いついた直後に、世界崩壊レベルの謎兵器と遭遇し脇役扱いされ絶望する。
【敵対勢力ステータス】
・モモ・ピーチ:【ヒロイン症候群】極度に肥大化したエゴで現実を歪める。ヘリオス王子を生体バッテリーにし、絶対寵愛神兵トゥルーエンドで強襲。
第七十四話、いかがでしたでしょうか!
モモの狂気、ジュリアの執念、そして万事屋の平和。三つの異なるジャンルが一つに激突し、ついに第七章の真の敵が姿を現しました!
世界の理を書き換える力でヘリオス王子をバッテリーにし、襲い掛かってくるモモ。キッドの必殺の料理もオトモの攻撃も「存在ごと無効化される」という絶望的な状況を、万事屋はどう乗り越えるのか!?
死ぬ気で追いついたのに速攻で巻き込まれ、モモから「モブ騎士」呼ばわりされるジュリア隊長の運命やいかに!
「絶望感ヤバい!」「次回ついにアレが来るのか!」とドキドキしていただけましたら、ぜひページ下部の【ブックマーク登録】と【★★★★★評価】をポチッと押して、絶体絶命の万事屋を応援していただけると嬉しいです!
オトモ「皆様からの熱い高評価が、次回起動するアレの貴重なエネルギーとなります(ニコッ)」




