第72話 エリート部隊のツッコミと、極楽の源泉掛け流し
降り注ぐ極彩色ネオンと祭囃子。
突如として特別防衛基地に出現した参号機スカイ・オモテナシを前に、ジュリア隊長と精鋭部隊は押し問答を続けていた。
「てか隊長!マヂで早く捕まえないとヤバいっしょ!敵、完全くつろいでるし!」
ミレイが派手な爪で指差す先では、ライラがイカ焼きを美味しそうに頬張っていた。
「そ、そうですね!と、とりあえずお話を伺うために確保ォォ!」
ジュリアがサーベルを振りかざし、突撃命令を下す。
だが、殺気立って突撃した一般兵たちは、参号機の入り口に陣取るキッドの飯テロの前に一瞬で瓦解した。
「へいお待ち!極濃ソース焼きそばと、大玉たこ焼きだ!」
鉄板から立ち上る暴力的なソースの匂いと熱気に、腹を空かせた兵士たちは武器を放り出して屋台に群がり、瞬く間に無力化されていく。
◇
一方、参号機の内部。
極楽の温泉施設の裏側、制御室では、ミルカが基地のメインコンピューターをあっさりとハッキングしていた。
「チョロいわね。帝国の軍事回線なんて筒抜けよ。……ん?ねぇ、この基地の正規出入り業者リストに、なんか怪しい名前があるわよ。アトラス運送って言うんだけど」
「……アトラス?」
ライラは一瞬考える。アトラス……猫背の……まあ、いっか!
「キッドのお肉が足りないから、ちょうどいいわ!最高級の霜降り牛肉と米千人分、至急で発注ポチッとな!支払いはもちろん基地のツケで!」
ライラが画面を覗き込み、軍の正規発注システムを使って勝手に食材を注文する。
◇
その頃、参号機の入り口となる男湯と女湯の暖簾の前。
骨抜きになった一般兵たちを掻き分け、キッドの防陣を目にも留まらぬ隠密歩法で潜り抜けた精鋭三人が、恐るべきおもてなしの罠に直面していた。
その殺気に満ちた足取りが、ふと止まる。
「んっ?なんだこれは……温泉の良い匂い……?」
ザックスが警戒しつつ鼻をひくつかせる。
「ようこそ、特別防衛基地の皆様。過酷な空の任務による紫外線と乾燥……日頃の激務、お疲れ様です。本日は特別に、深海泥の極上美容パック風呂をご用意しております。アビスのミネラルが、荒れ果てたお肌のターンオーバーを劇的に促進しまして……」
「マ!?アビスの泥とか激レアじゃん!軍の支給品じゃ肌ボロボロだったし、ウチ絶対入るし!」
帝国の過酷な環境で戦い抜いてきたからこそ、その恩恵には抗えなかった。ミレイが一秒の抵抗もなく女湯の暖簾をくぐり抜けた。
ドボンッ。
自ら飛び込んだミレイのガングロ肌が、瞬く間に透き通るような白磁の美肌へと浄化されていく。
「ウチのアイデンティティが消えたァァァ!でもお肌ちゅるんちゅるん!これマヂで優勝なんですけど!」
そこへ芋ジャージを着たロザリアがさっそうと現れ、「湯上がりのポージングが美しくありませんわ!」と強制的な姿勢指導に入り、ミレイはピカピカの肌で完璧なポージングをキメさせられる。
◇
「こ、こらミレイ!任務はどうしたでありますか!ええい、我が魔眼が深淵の罠を暴くであります!帝国のエリートたるこの私に、こんな幻惑は通用しないのであります!」
ニコが恐るべき魔力を瞳に集中させ、分厚い眼鏡を押し上げようとする。だが、その指先はピクピクと痙攣していた。
「おやおや。ただの極度の眼精疲労とドライアイですね。軍の索敵任務で深淵を見つめすぎた結果、視神経が限界を迎えていますよ。どうぞ、こちらの炭酸風呂と特製ホットアイマスクで血流の改善を」
「くっ……魔眼が……拒絶反応を……いや、ただの温熱療法になど……ああぁぁ、深淵が……熱いぃぃぃ……めちゃくちゃ気持ちいいでありますぅぅ……」
中二病の理屈で必死に抗おうとしたニコだったが、蓄積された疲労という肉体の真実には勝てず、ブクブクと泡立つお湯の中で溶けていった。
◇
仲間たちが次々と沈む中、ザックスが一人後ずさる。だが、その身体からは歴戦の猛者特有の恐るべき闘気が放たれ、万事屋の面々を圧迫した。
「チッ……こいつ、ただの兵士じゃねぇ。痛覚を気合で完全に遮断してやがる。隙がねぇぞ」
キッドが包丁を構え直す。しかし、オトモだけは冷静に片眼鏡を光らせた。
「だ、騙されないぞ!俺は最後まで戦う!気合で腰痛を克服した帝国の戦士だ!」
「素晴らしい気合と忠誠心です。……ですが、痛覚を遮断しているだけで、第三腰椎は完全に崩壊しています。今のあなたは気合で動く死体と同じですよ」
「なっ!?貴様、なぜ俺の古傷を……!」
「姿勢を見ればわかります。これ以上帝国の為にその身を削る必要はありません。……強制治療を」
オトモが神速でザックスの死角に回り込み、崩壊寸前の腰のツボに強烈な一撃を叩き込む。
「ぎゃあああああ!」
そのままザックスは、超強力魔導マッサージチェア付きの薬湯へと放り込まれた。
「馬鹿な、俺の気合が……痛みが……消え……ああぁぁぁ……極楽ゥゥ……」
最後まで抗った歴戦の戦士も、プロフェッショナルな物理的矯正の前にあえなく骨抜きになった。
三人から「ありがてぇぇ!」という純度百パーセントの感謝オーラが立ち昇り、参号機の燃料メーターがグンと跳ね上がって満タンになる。
「ごちそうさまでした」
オトモは満足げにメモを取った。
◇
数十分後。
部下たちが戻ってこないことを不審に思ったジュリアが、恐る恐る大浴場へと足を踏み入れた。
「な、なんなのよこの温泉施設は……!ザックス!ニコ!ミレイ!」
彼女の目に飛び込んできたのは、湯船に浸かり、完全に腑抜けの顔をして極楽浄土へ旅立っている精鋭部隊の姿だった。
「私の精鋭たちが、ただの温泉客になっているぅぅ!」
ジュリアが頭を抱えて絶叫する。
そこへ、基地の裏口からガタガタと音を立てて、一台のボロトラックが安全運転で入ってきた。首から第十三小隊の正規出入り業者のパスを下げた大柄な男が、納品書を片手に降りてくる。
「まいど!アトラス運送です!基地から高級牛肉と米千人分の緊急発注があったんで、市場を走り回ってかき集めてきましたぜ!……って、あれ?」
アトラスは目を瞬かせた。かつて万事屋に叩きのめされた後、心を入れ替えて帝都の物流を牛耳るまでに急成長した彼だったが、まさか軍の最高機密基地で恩人たちと再会するとは思っていなかった。
「……えっ、旦那!?店長!?なんであんたたちがここに!?」
「これは、アトラス様。見事な姿勢になりましたね。迅速な納品、助かりました」
オトモが涼しい顔で出迎える。
「な、なんなのよあなた!勝手に基地に入ってきて!」
ジュリアがアトラスに詰め寄る。
「え?いや、俺は正規の業者で……基地のシステムから正式な発注があって……」
アトラスが困惑する中、オトモが銀のトレイに乗せた長大なレシートをジュリアに差し出した。
「さて、皆様ご満足いただけたようなので。基地内でのケータリング代、精鋭部隊の特別整体コース、入浴料。……そして、正規業者アトラス運送への高級食材千人分の代金。すべて帝国軍第十三小隊の経費でいただきます」
オトモは完璧な営業スマイルを浮かべた。
「んなもん経費で落ちるわけないでしょぉぉぉ!!監査局に殺されるわよ!!」
ジュリアの魂の叫びが響き渡る。
「ちょ、待ってくれ旦那!俺達は足洗って、やっとの思いで帝国軍の正規業者の認可を取ったんだ!あんたらとグルだと思われたら、また無職に逆戻りだァァ!」
アトラスも真っ青になって絶叫した。
泥水すすって真面目に生きてきた白磁の隊長と、真面目に働き始めた元野盗の運送業者。
理不尽な万事屋のせいで、経費の押し付け合いと癒着の疑いという最大のピンチに立たされた二人は、沈みゆく夕日に向かって同時に涙を流した。
「……帝国より怖いわ、あの人たち」
「怖いな……帝国軍より容赦ねぇ」
奇妙な被害者同盟が結成された瞬間だった。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ(参号機スカイ・オモテナシ)
【現在地】 帝都外縁・特別防衛基地(不法占拠中)
【従業員ステータス】
・オトモ:【悪徳執事】他人のツケで肉を買い、入浴料と共に請求する鬼畜。
・ライラ:【勝手に発注】届いた高級牛肉をすでに食べ始めている。
・キッドとミルカ:【裏方】ハッキングと調理で後方支援。
・ロザリア:【マナー講師】美容の誘惑に負けたミレイへ、強制ポージング指導を実施。
【顧客と被害者ステータス】
・ジュリアとアトラス:【被害者同盟】理不尽な請求書と隠蔽工作の必要性に迫られ、夕日に泣く。
・精鋭部隊:【極楽浄土】帝国の意地を見せるも、完璧なオモテナシによりツッコミ機能を完全喪失。




