第67話 無重力の教皇と、質量の反逆
王の印章が施された巨大な隔壁が、重々しい音を立てて開いた。
その奥に広がっていたのは、氷のように冷たく、一切の汚れがない無菌の大空間。だが、その中心には、あまりにも痛々しい光景が広がっていた。
何十本もの光の鎖に繋がれ、空中に磔にされている巨大な青白い塊。雲の大精霊シルフ。本来なら自由な風を操るはずの精霊が、頭を抱えるようにして身をよじり、苦悶の声を漏らしている。
「この悲鳴、シルフだわ!」
ミルカがタブレットを叩き、瞬時に解析結果を弾き出す。
「この子が要塞を浮かせていた本当の動力源よ!限界を超えた酷使で、極度の魔力過負荷……人間で言う超絶怒涛の片頭痛を起こして暴走寸前なんだわ!」
要塞の優雅な浮力は、神の奇跡などではなかった。巨大な精霊を監禁し、命を削って生み出された残酷な動力。
「……醜悪ですね」
オトモが片眼鏡を光らせ、静かに怒りを滲ませた。
その時。無菌の空間に、眩いばかりの光が差し込んだ。
「醜悪とは聞き捨てならない」
天井から、霞と光の粒子を纏いながら、一人の男がふわりと舞い降りる。
純白の法衣。背中には六枚の光の羽。白翼教の最高権力者、教皇ニンバス。通称、純白のセラフィム。霞と光しか口にしないという、究極の軽さを体現する男だ。
ニンバスは万事屋の面々を一瞥し、そして開け放たれた隔壁の王の印章を見て、わずかに眉をひそめた。
「……我が教会の絶対封印が破られているだと?あれは、かつて大地の底で滅ぼした旧き王家の血でしか解錠できぬはず……。貴様ら、一体何者だ?」
その言葉に、ライラは油まみれの指を舐めながら冷たく笑った。
「さあね。ただの通りすがりの店長よ。……それよりあんた、ずいぶん薄っぺらい顔してるわね。ダシが出なそう」
かつての因縁を微塵も感じさせない、食欲ベースの煽り。だが、その瞳の奥には、亡国の王女としての底知れぬ凄みが宿っていた。
ニンバスは鼻を突くように顔をしかめる。
「……不浄な脂と悪臭を撒き散らす不純物め。要塞の調律が乱れたのは、貴様らが持ち込んだその質量のせいだ。脂は罪。質量は悪。我が美しき空を汚す罪、ここで塵に変えてくれよう」
「くだらねぇ」
キッドが出刃包丁を構え、教皇を睨みつける。
「飯を食わずに空に浮いてるだけのスカスカな野郎が、偉そうに語るんじゃねぇ!」
「教育が必要ですね。姿勢も思想も歪みきっている」
オトモが白手袋を締め直し、キッドと共に床を蹴った。神速の踏み込み。キッドの渾身の斬撃と、オトモの急所を貫く整体打撃が、ニンバスの身体を捉える――はずだった。
「無駄だ」
ニンバスが指を鳴らす。
その瞬間、万事屋の面々を奇妙な感覚が襲った。
絶対無力結界。ゼロ・カロリー。
キッドの包丁が、空を切る。オトモの拳が、ニンバスの鼻先数ミリで停止する。いや、停止したのではない。威力が完全に消滅し、風船のようにフワリと宙に浮いてしまったのだ。
「なっ……体に力が、入らねぇ!?」
「重力が……消えましたね」
空間内のあらゆる質量とエネルギーが、強制的に無に変換される絶対領域。オトモたちの身体が、次々と宙に浮き上がり、圧倒的な無力感が全身を襲う。
「質量を持たない世界では、いかなる暴力も無意味。……風に吹かれて塵となりなさい」
ニンバスが冷笑する。圧倒的な無力感。絶体絶命のピンチ。
だが、その絶対無力の結界内で。はっきりと地面を踏みしめている者たちがいた。
「……あら?少し体が軽いですわね」
「うん……でも、立てないほどじゃない」
宙に浮くキッドが目を見開く。
そこに立っていたのは、ブートキャンプで極限まで鍛え抜かれた筋肉を持つロザリアと、圧倒的な質量を持つドラだった。
「ば、馬鹿な!?なぜ貴様ら、私の結界の中で地に足がついている!?」
ニンバスが驚愕の声を上げる。
「ゼロ・カロリー?関係ありませんわ」
ロザリアはジャージの袖をまくり上げ、隆起した上腕二頭筋を誇示するように微笑んだ。
「筋繊維を極限まで圧縮し、自重を何倍にもすれば地に足はつきますのよ!」
それは物理法則をガン無視した、純度百パーセントのゴリラ理論だった。だが、その理論を現実にするだけの密度が、ロザリアの筋肉には詰まっている。
「ボクのドッシリ感は、生きてきた証だ!」
ドラもまた、太い尻尾を大理石の床に力強く叩きつけた。
「お前なんかのスカスカな結界に、奪わせるもんか!」
二人の圧倒的な命の密度。その波動が、ニンバスの結界空間を限界まで圧迫させる。
ピキッ……ミシミシッ。
何もない空間に、ガラスが割れるようなヒビが入り始めた。
「いけぇぇぇ、ドラ!」
ロザリアがドラの身体を掴み、ロケットのように射出した。
「うおおおおおおっ!」
超スピードで飛んでいくドラが、空中で身体を捻り、自慢の太い尻尾を大きく振りかぶる。ロザリアのエネルギーと、ドラ自身の質量。二人の重さを乗せた、前代未聞の合体攻撃。
質量・マシマシ・ストライク。
ズドォォォォォォォンッ!!
「バ、バカな!?私のゼロ・カロリーがぁぁぁ!?」
ニンバスが悲鳴を上げる。ドラの尻尾が空間のヒビに直撃した瞬間、絶対無力結界がガラスのように粉々に砕け散った。
ドスン、ドスン。
重力が戻り、宙に浮いていたキッドやオトモが床に着地する。
「……ふぅ。お見事です、お二人とも」
オトモが乱れた燕尾服の襟を正す。その裏では、正義の騎士へと覚醒したカイムと、マッチョメイドに生まれ変わった天使兵たちが、下層の同胞たちを安全な場所へ避難させる救出劇を完了させていた。
「さて、お膳立ては整ったな」
結界が割れた空間で、キッドが不敵に笑う。出刃包丁をしまい、代わりに通信用の魔導端末を取り出した。
「お高くとまったその口に、俺たちの最高に重い一撃をぶち込んでやる!」
キッドは、G-Logの通信回線を全開にする。世界中に究極のトッピングを要請する準備を始めるためだ。
そして、激闘と感動が交差する熱い空間の隅っこで。
「もぐもぐ……ん、チャーシュー柔らかい。背脂もいい感じ」
ライラは一人、キッドがこれからぶち込むために仕込んでいた極濃スープと具材を、味見と称してちゃっかり盗み食いしているのであった。
「店長!つまみ食いすんな!弾が減るだろうが!」
キッドの怒号が響く中、万事屋の反撃の準備が着々と整っていく。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機
【現在地】 白の要塞・王の印章の奥
【従業員ステータス】
・ライラ:【亡国の王女】かつて大地の底で滅ぼされた旧き王家の血筋であることが判明。だが本人は盗み食いに夢中で、教皇をダシが出ないと一蹴する。
・ロザリア:【物理法則超越】ゴリラ理論により、カロリーを無効化する絶対無力結界を筋肉の密度で無効化。
・ドラ:【質量の肯定者】自らのドッシリ感を武器に、ロザリアとの合体攻撃で結界を粉砕。
・キッド:【高カロリー装填準備】読者参加型通信を開き、トッピングの魔力を要請中。
【施設状況】
・白の要塞:【絶対無力結界崩壊】教皇ニンバスが驚愕の表情で隙を晒している。大精霊シルフは片頭痛で苦しみ継続中。
ロザリアの筋肉とドラの尻尾が、理不尽な結界を物理的に破壊しました!
いよいよ次回は、究極飯テロバトルが幕を開けます。
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