第66話 マッスル・エンジェルと、重力排出炉の惨状
ズドォォォォォンッ!!
ドラの渾身の尻尾が甲板をぶち抜き、純白の装甲に巨大なヒビを走らせた。
直後、要塞の深部から地響きのような悲鳴が轟く。
ギギギギギ……ッ!
不気味な軋み音を立てて、白の要塞が制御不能の暴走を始めた。天を衝くようにそびえ立っていた純白の塔がグラリと傾き、大理石の床がウォータースライダーのように斜めになる。
「きゃあああっ!落ちるぅぅ!」
「飛べない!風が乱れて羽ばたけないぞ!」
優雅だった空の住人たちは大パニックに陥り、次々と甲板を転げ落ちていく。
だが、崩壊の危機に瀕した要塞の端で、分厚い肉の壁となって立ち塞がる者たちがいた。
「筋肉は裏切りませんわ!支えなさい、我が下僕たち!」
ロザリアが鉄扇を振りかざして号令を飛ばす。
呼応したのは、先ほどの地獄のブートキャンプでカロリーと筋肉の快感に目覚めた元天使兵たちだった。
「イエス・マッスル!!」
純白のフリルエプロンをはち切れんばかりの大胸筋で押し上げたマッチョメイドが、太い腕を交差させて壁を受け止める。
「プロテインの恩は、この背筋で返すゥゥ!」
燕尾服の肩をパンプアップで破り捨てた超人執事たちが、丸太のような太ももを深く沈み込ませ、崩れ落ちてくる外壁を物理的に支え始めた。優雅さなど欠片もない、汗と脂にまみれたシュールで暑苦しい光景が、要塞の傾きをギリギリのところで食い止めている。
その隙に、ミルカが弐号機のコンソールを叩き、システムの深層へと潜り込んだ。ホログラムの波形が激しく乱高下している。
「この悲鳴、ただの機械音じゃないわ!魔力が限界を超えて、とんでもない片頭痛を起こしてるみたい!音源は最下層……要塞の心臓部よ!」
同胞たちが心臓部で苦しんでいる。
ドラは太い尻尾を床に打ち付け、迷いのない瞳で暗いハッチの奥を睨みつけた。
その決意に満ちた足元へ、すっかり重力信者と化したカイムがスライディングの勢いで滑り込む。
「大地の女神、ドラよ……私がご案内しましょう!貴女の重き足取りが導くべき、真実の場所へ……!」
「ち、近いよ!?」
恍惚とした表情で床に頬ずりするカイムを先頭に、万事屋の面々は上層の守りを筋肉の防壁に託し、要塞の最下層へと突入した。
◇
蹴り破られた隔壁の向こう側は、息の詰まるような別世界だった。
上層の無菌室のような白さとは真逆の、油と泥と汗が混ざり合う灼熱の地獄。もうもうと立ち込める熱気の中、巨大な歯車とピストンが絶え間なく稼働し続けている。
そして、それらを動かすための重りとして、多数の竜人族や翼を折られた鳥人たちが極太の鎖に繋がれていた。ボロボロになりながら、ただ要塞の浮力を維持するためだけに酷使される命の歯車。
「自分たちが優雅に浮くために……同胞たちを泥水へ押し付けていたなんて……!」
ロザリアの声が微かに震える。
キッドは無言で出刃包丁の柄を握り込み、オトモの片眼鏡が冷たい光を反射した。万事屋の間に、静かで重たい怒りが満ちていく。
「もう泣かなくていい!その冷たい鎖、ボクが全部ぶっ壊してあげる!」
ドラの咆哮が、灼熱の空間を切り裂いた。
溜め込んだ質量と怒りを乗せた太い尻尾が、空気を圧縮しながら横薙ぎに炸裂する。
ガギィィィンッ!
同胞たちを縛り付けていた極太の鉄鎖が、飴細工のように次々と粉砕されていく。
「な、なんだ貴様らは!ここは神聖なる重力排出炉だぞ!」
慌てて駆けつけてきたのは、看守役の天使守備隊と、空気を極限まで圧縮して作られた風の精霊兵たちだった。
「神聖だぁ?てめぇらの飯は泥より不味そうだな」
キッドの包丁が閃く。形のない風の精霊兵たちを、まるで綿あめでも切るようにスパスパと三枚におろしていく。
オトモは静かに間合いを詰め、天使兵の急所を的確に突いた。
「少し、姿勢が歪んでいますね。物理的に矯正して差し上げましょう」
悲鳴を上げる間もなく、看守たちは次々と床に沈んでいく。容赦のないおもてなしの蹂躙劇。
解放された同胞たちは、ドラの力強い背中と、万事屋から漂ってくる強烈なニンニクと生命力の匂いに、初めて希望の光を見出していた。
◇
救出が一段落し、キッドが包丁を収めようとしたその時だった。
さらに奥。
重厚な金属で覆われ、王の印章が刻まれた巨大な隔壁の向こうから、要塞全体を揺るがすほど悲痛な泣き声が響いてきた。
「まだ、一番苦しんでいる誰かがいる……!」
ドラが隔壁に駆け寄る。だが、どんな物理攻撃も受け付けない強固な封印だ。
そこへ、ポテトチップスを齧りながら、ライラがのっそりと近づいてきた。
「王家の紋章……なんか見覚えあるかも」
油でギトギトになったライラの指先が、無造作に印章へと触れる。
ゴゴゴゴゴ……。
絶対の封印が施されていたはずの隔壁が、まるで主を迎えるように重々しく開き始めた。
「おいおい、嘘だろ。脂が潤滑油になったのか?」
キッドが呆れたようにツッコミを入れる。
「……いえ」
オトモの片眼鏡が、冷たく光った。
「脂ではありませんね。あの印章……魔力による血統認証システムです」
「血統……?まさか、ライラさんの……?」
ロザリアが驚愕してライラを見る。
その瞬間、ライラの表情から食欲も眠気も消え去り、冷たく底知れぬ眼差しになった。
彼女は油で汚れた指を舐め取りながら、忌々しそうに吐き捨てる。
「……最悪。こんな空の上にまで、あの退屈な国の残りカスがあるなんてね。……テンション下がるわ」
その声には、普段の能天気な店長の面影は一切なかった。周囲の空気が凍りつくような、亡国の王女としての絶対的な重圧。
冷たい風が、奥から吹き抜けてくる。
悲鳴の余韻が残る通路の先から、一切の質量を感じさせない、冷徹で静かな足音が近づいてきていた。
空の頂点に君臨する気配。
教皇ニンバスが、万事屋の前に姿を現そうとしていた。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機
【現在地】 白の要塞・最下層重力排出炉
【従業員ステータス】
・ドラ:【魂の解放者】同胞を救い出し、自らの質量の価値を完全に肯定する。
・ロザリアとキッドとオトモ:【静かなる激怒】搾取の構造を目の当たりにし、看守たちを物理的に粉砕。
・ライラ:【王家の血筋】油まみれの指で触れたと見せかけ、魔力による血統認証システムで最奥の封印を解除。退屈な国の残りカスに対し、冷たい嫌悪感を覗かせる。
【新規獲得ユニット】
・マッチョメイドと超人執事:【要塞の支柱】上層の崩壊を大胸筋と背筋で支え続ける驚異の耐久力を発揮中。
【施設状況】
・白の要塞:【心臓部の露出】最奥の隔壁が開放。悲鳴の主と、冷徹なる支配者が待ち受ける。
王の印章があっさり開いた理由は、ライラの出自に関係が……?
次話、いよいよ要塞の支配者である教皇との直接対決が始まります!
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