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『おもてなしが過ぎる! ~亡国の王女と最強執事の、ボロ屋台からはじめる接客無双~』  作者: 家守 慈絵夢
第六章 天空の島々と、竜の住まう国 編
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第62話 翼ある者と、入国拒否のサイレン

 目を刺すような、圧倒的な白だった。

 雲海を抜けた弐号機のフロントガラスいっぱいに広がったのは、一切の汚れを知らない白亜の巨塔群。

 天空都市スカイ・ハイ。

 そこは、油の匂いも、土の埃も、スパイスのむせ返るような熱気も存在しない、無菌室のように冷たい都市だった。


 ギチチチッ……!


 都市の玄関口である広場に、弐号機の分厚いゴムタイヤが降り立つ。完璧に磨き上げられた純白の大理石に、長旅でこびりついた泥の轍と漆黒のオイルがベチャリと跡を残した。


 その瞬間。

 広場を優雅に行き交っていた住人たちの動きが、ピタリと止まった。


 彼らの背中には、透き通るような純白の翼が生えている。空の支配階級、鳥人族だ。鳥人たちは、黒煙を上げる真紅の鉄塊を見るなり、一斉に顔をしかめた。そして、何か汚物から逃れるようにバサッと羽ばたき、地面からふわりと数メートル浮かび上がった。


 誰も何も言わない。ただ、鼻をハンカチで覆い、冷たい氷のような視線で下を見下ろしている。その無言の拒絶は、どんな罵倒よりも雄弁にこの街のルールを物語っていた。


「……息が詰まりそうですわね」

 ロザリアが扇子で空気を仰ぎ、眉をひそめた。

「漂っているのは香水と虚栄心ばかり。生きた匂いが一つもしませんわ」


 ウゥゥゥゥゥン……!!


 突如、鼓膜を突き破るような甲高いサイレンが、白亜の塔から鳴り響いた。同時に、上空の太陽を遮るように、無数の影が舞い降りてくる。

 白銀の軽鎧を纏い、鋭い槍を構えた空の防衛隊、天空騎士団だ。


「止まれ、汚らわしい鉄塊!」


 部隊の先頭から、ひときわ巨大な六枚羽を持つ男が進み出た。騎士団長、ゼファー。彼は決して地面には降り立たない。弐号機の屋根より少し高い位置でホバリングしたまま、見下ろすように槍の穂先を向けた。


「我が美しきスカイ・ハイに、泥と油を撒き散らすなど万死に値する。貴様ら、何処のドブから湧いて出た?」


 その言葉に、案内人として同行していたドラが、ハッチからおずおずと顔を出した。


「あ、あの!ボクたちは怪しい者じゃなくて……ただの旅の食事処で……」


 ゼファーの冷徹な瞳が、ドラの頭の角と、分厚い尻尾を捉えた。


「……竜人族か」


 ゼファーは、ゴミでも見るようにフッと鼻で笑った。


「風に乗ることもできず、ただ脂肪と筋肉を蓄えて地を這うだけの鈍重なトカゲが。……その重苦しい体を、我が都市の風に晒すな。空気が淀む」


 ビクッ。

 ドラの肩が跳ねた。彼女は無意識のうちに、自分の太くて重い尻尾を隠すように、両手でドレスの裾を強く握りしめた。指の関節が白くなるほど強く。足元の泥汚れだけをじっと見つめ、上空の美しい鳥人たちを直視することができない。

 圧倒的な劣等感。空の世界の絶対的な価値観が、彼女の声を押し潰した。


「……ごめんなさい……ボクが……ボクが重いから……」


 ドラが一歩、後ずさろうとした――その時だった。


「おどきなさい、ドラ」


 ドラの細い肩に、優しく、だが有無を言わさぬ力強さで手が置かれた。ジャージ姿のロザリアだ。彼女は怯えるドラを背後に庇うと、鉄扇をバサリと広げ、ホバリングするゼファーを真っ直ぐに睨みつけた。


「初対面のレディに向かって鈍重とは。……貴方、羽の手入れの前に、口の中を石鹸で洗うべきですわね」


「なんだと?羽なしの人間風情が……」

 ゼファーが眉をひそめる。


「ええ、わたくしには羽がありませんわ。ですから……地に足をつけ、重力を正面からねじ伏せて生きておりますの!」


 ロザリアの瞳に、好戦的な光が宿る。


「挨拶もまともにできない鳥頭どもに、我が万事屋の礼儀作法を教えて差し上げますわ!キッド!やっちまいなさい!」

「おうよ!上から目線の野郎は、厨房には立たせねぇ!」


 キッドがアクセルペダルを床まで踏み抜く。


 ブオオオオオオオオンッ!!


 真紅の弐号機が咆哮を上げ、純白の広場を削り取りながら急発進した。


「野蛮な……!全翼、あの鉄屑を空の塵に変えろ!」

 ゼファーが右手を振り下ろす。


 ヒュンッ!ヒュンッ!

 上空から、雨あられと光の矢と魔法の槍が降り注ぐ。


「チィッ!ちょこまかと!」

 キッドがハンドルを切り、弐号機をスピンさせながら攻撃を躱す。だが、相手は空を立体的に動く鳥人だ。一度攻撃を外しても、すぐに急上昇し、死角から再び襲いかかってくる。


「届きませんわ!」

 ロザリアがサンルーフから身を乗り出し、鉄扇で突風を起こして矢を弾き落とすが、反撃の風は軽やかに空を舞う鳥人たちにヒラリと躱されてしまう。


「ハハハ!鈍重な鉄塊め!地を這う者には、我々の優雅な軌道など永遠に捉えられまい!」


 上空でゼファーが嘲笑う。攻撃が当たらない。圧倒的な機動力の差。重力に逆らうのではなく、風に愛された彼らの前では、弐号機の分厚い装甲もただの重りでしかないように見えた。


「……あいつら、骨ばっかりで全然美味しそうじゃない」


 ライラが窓枠に頬杖をつきながら、不満げに上空を眺めている。

 その言葉に、コンソールパネルに向かっていたミルカの指が、ピタリと止まった。


「……優雅、ね」


 ミルカの声は、極北の氷よりも冷たかった。彼女の被ったゴーグルの奥で、怒りの青い光が明滅している。技術者として、手塩にかけて魔改造した弐号機を鉄屑と愚弄されたこと。そして何より――大切な仲間であるドラを萎縮させた、その軽薄なプライドが許せなかった。


「……チョコマカと、羽虫みたいに」

 ミルカの指が、赤く光る安全装置のカバーを跳ね上げた。ターゲットは、上空で嘲笑うゼファーたち天空騎士団。


「……店長。あいつら、落としていい?」


 静かな殺意を湛えた技術者の問いかけに、ライラは欠伸を一つ噛み殺し、つまらなそうに上空のゼファーを見上げた。


「……いいわよ」


 ライラの瞳が、捕食者の冷たさを帯びる。


「あんな骨と皮だけのダシも出ない連中、上から見下ろされてるだけで食欲が失せるわ。……ミルカ、キッド。あいつらのその安いプライドごと、大地の泥の味を教えてやりなさい!」


「へっ、了解だ店長!」

 キッドがニヤリと笑う。


「……泥の味、ね。最高の調味料よ」

 ミルカの口角が吊り上がり、無慈悲なスイッチが押し込まれた。

「……リミッター、解除」


 ガチャン!


 次なるオモテナシは、彼らの誇りそのものをへし折る、超重力の洗礼だ。


■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)

【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機

【現在地】 天空都市スカイ・ハイ広場


【ステータス更新】

店長ライラ:【悪徳司令塔】敵の選民思想を食欲ベースで一蹴し、仲間たちの怒りを束ねて泥の味を教えるよう絶対的な号令を下す。

・ドラ:【萎縮】尻尾を隠し、視線が下を向いている。

・ミルカ:【静かなる激怒】制限解除。対空兵器の起動準備完了。

・天空騎士団:【慢心】重いものは自分たちに届かないと信じきっている。

【次回予告】

「……体が、重い!?」

優雅に空を舞っていた鳥人たちの翼が、見えない巨大な手に掴まれたようにひしゃげる。

ミルカが発動した『重力制御アンカー』は、彼らの絶対的な優位性を一瞬にして崩し去った。

墜落し、泥にまみれたエリート騎士たちへ、キッドが差し出したのは……「地の底で育った泥臭い料理」だった。

次回、第63話『重力制御と、撃ち落とされたプライド』。

軽薄な舌に、重厚な旨味を叩き込む。

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