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『おもてなしが過ぎる! ~亡国の王女と最強執事の、ボロ屋台からはじめる接客無双~』  作者: 家守 慈絵夢
第六章 天空の島々と、竜の住まう国 編
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第61話 裸の付き合いと、空への案内人

 岩石竜が空へ射出され、栓が抜けた火口からは、凄まじい勢いで源泉が噴き出していた。

 空気に触れた途端、乳白色のお湯は七色に輝く湯気となり、周囲を幻想的な光のベールで包み込む。


「最高ですわー!」


 一番乗りで湯に飛び込んだロザリアが、歓喜の吐息を漏らした。

 そこは、まさに天上の楽園だった。お湯は雲の成分をたっぷりと含んでおり、入浴すると身体がふわりと浮き上がる『無重力泉』だったのだ。


「あら……お肌のキメが整う音がしますわ。細胞が歓喜の歌を歌っていますのよ」


 ロザリアが、湯をすくって肩にかける。

 普段は縦に巻かれている金髪が、湯気と湿気を含んでしっとりと背中に張り付いている。極限まで研ぎ澄まされた彼女の肌は、虹色の湯気を反射して、まるで磨き上げられた宝石のような生々しい艶を放っていた。それは悪役令嬢の苛烈さを忘れさせる、匂い立つような美しさだった。


「……成分分析完了。高濃度のマナと、特殊な浮遊鉱石のミネラルが溶け込んでるわ」


 少し離れた岩陰で、ミルカが小さく息を吐いた。

 彼女はいつもの無骨なゴーグルを外し、長い髪を無造作に束ねている。流体理学式のサイバー・スク水から解放された素肌は、驚くほど白く透き通っていた。

 普段のクールな天才技術者が見せる、ほんのりと上気した無防備な素顔。そのギャップが、夜霧のような静かな色気を漂わせている。


「ぷかぷか〜。クラゲになった気分〜」


 そしてライラは、完全に重力から解放され、お湯の真ん中で仰向けに浮いていた。

 濡れた銀髪が水面にフワフワと広がり、透明なお湯越しに、健康的でしなやかな肢体が揺らめいている。本能のままに脱力したその姿は、計算された色気など及ばない、生命力に溢れた純粋な愛らしさがあった。

 ……ただし、その手には源泉で茹で上げた『温泉卵』がしっかりと握られているのだが。


「……すごい」


 遅れてお湯に入ったドラは、自分の身体に起きている変化に驚いていた。

 彼女の重い身体も、このお湯の中では羽のように軽い。

 いつもなら邪魔に感じる太い尻尾も、背中の小さな翼も、重力から解放されてふわりと水中に漂っている。しっとりと濡れた竜の鱗が、光を乱反射して美しく輝いていた。


(……軽い。これが、みんなが当たり前に感じている『軽さ』なんだ……)


 ドラは、水面で自分の手を見つめた。

 重さが消えた。空の国で求められる「理想の自分」になれた気がした。

 けれど――なぜだろう。

 心が、ちっとも満たされない。


(重さがなくなったら……ボクは、空っぽになっちゃったみたいだ)


 空の社会が強要する『軽さ』とは、こういうことなのか。

 重さ(個性や本音)を消し去って、ただの浮遊する飾りになること。

 その虚しさに気づいた時、彼女の視線は、隣でぷかぷかと浮いているライラに向いていた。


「……ライラちゃん」


 ドラは、少し恥じらいながら声をかけた。


「さっきの岩石竜……あんなに重かったのに、あんなに綺麗に飛んでいったね」

「うん。ツルツルのピカピカだったね」

「……ライラちゃんは、軽くなりたいと思わないの? ずっとこのお湯の中にいれば、重さを忘れられるのに」


 ドラの唐突な質問に、ライラは水面で首を傾げた。

 そして、手元にあった温泉卵の殻をパリンと割り、一口でパクリと食べた。


「んっ! 黄身がトロトロ!」


 ライラは満足そうに咀嚼し、ゴクンと飲み込んでから、あっさりと答えた。


「私は、軽くなりたくなんてないよ」


「え……?」


「だって、いっぱい食べて、いっぱい泣いて、いっぱい怒って……そうやってお腹の中に詰め込んだ『重さ』が、今の私だからね」


 ライラは自分のお腹をポンと叩いた。


「軽くしちゃったら、味が薄くなっちゃうじゃん。

 重いってことは、それだけ自分の人生ダシが詰まってるってことでしょ。それを捨てるなんて、もったいないよ」


 その言葉は、計算された名言でも何でもない。

 ただの食欲と生存本能に根ざした、ライラなりの絶対的な肯定だった。


「……味が、薄くなる」


 ドラの瞳から、ポロリと涙がこぼれた。

 温泉のお湯に混じって、それはすぐに消えた。

 けれど、彼女の心の中に長年居座っていた「重さへのコンプレックス」という巨大な呪縛が、カタンと音を立てて崩れ去った気がした。


「そうですわよ」

 ロザリアが優雅にお湯を掻き分ける。

「重力に逆らえないなら、重力ごとねじ伏せる筋肉と美学を持てばいいのですわ。わたくしのように!」


「力学のベクトルを変えれば、重さは推進力になるわ。……まあ、アホみたいに重いアンタの質量は、エネルギー源として魅力的ってことよ」

 ミルカも、頬杖をつきながらニヤリと笑う。


 三人の言葉に、ドラは涙を拭って、力強く頷いた。



 風呂上がり。

 脱衣所の外には、オトモが冷えた飲み物を用意して待っていた。


「お疲れ様でした。湯上がりの『フルーツ牛乳』です。腰に手を当てて飲むのが作法ですよ」


「ぷはーっ! 生き返るー!」

 ライラが一気に飲み干す。


 ドラもフルーツ牛乳を両手で持ち、ゴクゴクと飲んだ。

 冷たくて甘い液体が、火照った身体に染み渡る。


「システムや社会に管理された『軽さ』など、ただの空虚です」

 オトモが空の空の彼方を見つめながら、静かに告げた。

「当店は、重苦しいほどのお客様の『本音』を歓迎いたしますよ」


 その言葉に背中を押され、ドラは空になった瓶をテーブルに置き、深々と頭を下げた。


「あの、オトモさん。ライラちゃん!」

「ん?」

「ボクを、キミたちの船に乗せてくれないかな!」


 ドラの顔には、もう朝の暗い影はなかった。

 あるのは、自分の重さを肯定し、前へ進もうとする強い意志の輝き。


「ボクは、この空の『息苦しさ』の正体が知りたい。

 そして……キミたちみたいに、自分の『重さ』を好きになりたいんだ!

 ボク、この辺りの空の地理なら詳しいよ! 美味しいご飯の場所も案内できる! だから、ナビゲーターとして連れて行って!」


 ライラはニカッと笑い、ロザリアも扇子で口元を隠して微笑んだ。

 オトモは恭しく一礼する。


「素晴らしい覚悟です。……ですが」


 オトモは電卓を取り出し、カチャカチャと弾いた。

「従業員割引は適用されますが、お食事代は給料から天引きとなります。よろしいですね?」

「う、うん! 働くよ!」


「では、契約成立です。歓迎いたしますよ、ドラ様」


 こうして、飛べない竜人族の少女ドラは、万事屋オモテナシの新たなクルーとして加わった。


「よし! 次なる目的地へ出発だぜ!」

 キッドが運転席でエンジンを吹かす。

「ドラ、次はどこへ行けばいい?」


「えっとね、ここから北へ向かうと、白くて大きな塔がたくさん建ってる街があるの。

 『天空都市スカイ・ハイ』って言うんだけど……」


 ドラの表情が、少しだけ引き締まる。


「そこは、背中に翼を持った『鳥人族』が住む街。

 彼らは……ボクたちみたいに飛べない者を、すごく嫌ってるんだ」


「ほう。選民思想ですか」

 オトモが冷たく目を細める。

「面白い。……地の底を這う我々の『おもてなし』が、どこまで通用するか。試してみましょう」


 ブオオオオオオンッ!!

 弐号機が咆哮を上げ、雲海を蹴立てて飛翔する。


「……お爺ちゃん!いってきます!。ボクも、重いままで飛べるようになりたいから」

 その背中には、もう迷いはなかった。


 目指すは天空都市。

 空の覇者を気取る者たちへ、大地の重みを教えるための戦いが始まる。


■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)

【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機

【現在地】 竜の峰を出発 → 天空都市『スカイ・ハイ』へ

【新規クルー加入】

・ドラ:【空のナビゲーター】

 [種族] 竜人族(飛べない)

 [動機] 自分の「重さ」を愛する方法を探すため。

【ステータス更新】

・ライラ&ロザリア&ミルカ:【美肌&疲労回復】

 無重力泉の効果により、各種コンディションと艶やかさがMAXに。

【次回予告】

白亜の巨塔が並ぶ天空都市に到着した一行。

しかし、そこで待っていたのは「翼なき者は地を這え」と見下す、傲慢な天空騎士団だった!

問答無用の攻撃を仕掛けてくる鳥人たちに対し、万事屋が取った斜め上の対抗策とは?

次回、第62話『翼ある者と、入国拒否のサイレン』。

空の戦いは、重力で制す。

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