第59話 天空の竜騎士と、ライラのドラゴン・ステーキ
ブオオオオオオオオッ!!
雲海を切り裂き、真紅の巨体が飛翔する。
『万事屋オモテナシ弐号機・ヴェアミーリオ』。
古代の技術と、ミルカの魔改造によって飛行能力を得た移動屋台は、今や空飛ぶ要塞となって大空を駆けていた。
「すごい……! すごいですわライラさん! 雲が下のほうにありますわ!」
ロザリアが窓に張り付き、子供のようにはしゃいでいる。
彼女の着ているドレス(ジャージ素材)が、気圧の変化でパタパタとはためいている。
「絶景だな。……だが、問題が一つある」
運転席のキッドが、深刻な顔でコンソールを指差した。
そこにある『燃料計(感謝メーター)』の針が、レッドゾーンに突入していたのだ。
「……ガス欠寸前だ」
「なんですって!?」
ロザリアが振り返る。
「当然です。空の上には『お客様』がいませんから」
オトモが冷静に紅茶(最後の一杯)を啜る。
「この弐号機の動力源は『感謝の心』。地上でゴーレムから頂いた感謝も、離陸時のフルパワーで使い果たしました。
現在、予備タンクのみで滑空している状態。……あと30分で墜落します」
「墜落ですってぇぇぇ!?」
ロザリアが悲鳴を上げる。
「嫌ですわ! せっかく空へ来たのに、地面とお友達になるなんて!」
「誰でもいい……鳥でも天使でもいいから、何か『客』を見つけて強引に感謝させるしかないわね」
ミルカがレーダーを最大感度にする。
その時だった。
ドガァァンッ!!
何かが弐号機の屋根に激突した。
車体が大きく揺れ、ロザリアがキッドの背中にダイブする。
「敵襲!?」
「いや……上から降ってきた!」
サンルーフを開けると、そこに倒れていたのは――背中に翼を生やした、一人の少女だった。
竜の角と、鱗に覆われた肌。
空の住人、『竜人族』だ。
「……た、助けて……」
少女は息も絶え絶えに、オトモの袖を掴んだ。
「お爺ちゃんが……『竜の峰』の主様が……苦しんでいるの……!
このままだと、村が……村が焼かれちゃう……!」
彼女が指差した先。
雲海の切れ間から、巨大な浮遊島が姿を現した。
その頂上付近から、どす黒い噴煙と、紅蓮の炎が噴き上がっている。
「……竜?」
ライラが反応した。
彼女の瞳孔が、猫のように縦に裂ける。
ジュルリ。
盛大なよだれの音。
「……肉だ」
ライラにとって、ドラゴンは伝説の生物ではない。
空飛ぶ巨大なステーキ肉だ。
「行くわよキッド! オトモ!
あそこに行けば、肉も燃料も手に入るわ!」
「……やれやれ。動機が不純ですが、背に腹は代えられませんね」
オトモがハンドルを切る。
弐号機は黒煙を上げる浮遊島、『竜の峰』へと急降下を開始した。
◇
浮遊島の上空は、地獄絵図だった。
全長50メートルを超える巨大な赤竜が、苦悶の声を上げながらのたうち回っている。
『グオオオオオオッ!! 熱イッ! 焼ケルゥゥゥッ!!』
ドラゴンが口を開くたびに、制御できない炎が溢れ出し、周囲の木々や岩を焼き尽くしていく。
悪意で破壊しているのではない。何か、内側からの苦痛に耐えきれず、暴れているようだ。
「ひどい……。主様、どうしちゃったの……」
竜人の少女、ドラが涙ぐむ。
オトモが片眼鏡を光らせ、ドラゴンの身体をスキャンした。
「……ふむ。胃袋付近に強烈な熱源反応。それに伴う食道の炎症」
オトモが診断を下す。
「あれは『逆流性食道炎』ですね」
「……は?」
全員の声がハモった。
「最近、脂っこい騎士や冒険者を食べ過ぎたのでしょう。
消化しきれない胃酸と炎が逆流し、強烈な胸焼けを起こしています。
……今の彼は、ただ『ゲップが出そうで出ない』苦しみに耐えているだけです」
「……なんて人間臭い理由ですの」
ロザリアが呆れる。
「ですが、放置すれば自身の炎で内臓が焼けただれ、死に至るでしょう。
……治療が必要です」
オトモが白手袋をはめ直す。
「これより『緊急胃洗浄ミッション』を開始します。
ロザリア様、ドラゴンの口をこじ開けてください。
ライラ様、胃の中に溜まった炎を『吸引』してください。
キッド様とミルカ様は、中和剤となる『特製胃薬スープ』の準備を!」
「了解だ! でかい口開けとけよ!」
キッドが厨房へ走る。
弐号機がドラゴンの頭上に回り込む。
ハッチが開く。
「行きますわよー!!」
ロザリアが空へ飛び出した。
ドレス(ジャージ素材)の裾をはためかせ、落下する勢いを乗せてドラゴンの鼻先へ着地する。
『グガァァァッ!?(なんだ貴様は!?)』
ドラゴンが首を振るう。
その質量は数百トン。当たれば粉微塵だ。
「レディの前で暴れるんじゃなくてよッ!!」
ロザリアは踏ん張った。
日々のタイヤ引きで鍛え上げられた、筋力Sの足腰が、ドラゴンの鱗に食い込む。
そして、彼女はドラゴンの上顎と下顎を、素手で掴んだ。
「お口、チャック……いいえ、オープンですわー!!」
ズヌンッ!!
信じられない光景だった。
人間の少女が、50メートル級ドラゴンの顎を、腕力だけで無理やりこじ開けたのだ。
『ガガガッ……!?(口が……閉じない……!?)』
「くっ……! 臭いですわ! 硫黄と獣臭のダブルパンチですわー!
ライラさん! 早く! わたくしの鼻が死にますわ!」
「ナイスよロザリア!」
ライラが弐号機からダイブした。
彼女は一直線にドラゴンの口内――燃え盛る喉の奥へと飛び込んだ。
「ああっ!? ライラちゃんが食べられちゃった!」
ドラが悲鳴を上げる。
だが、食われているのはドラゴンの方だった。
「いただきまーす!!」
ズオオオオオオオオオオッ!!
ライラの肺活量が限界突破する。
喉の奥で渦巻いていた、行き場を失った高熱の炎。それを、彼女は「極上のスープ」として認識し、根こそぎ吸い込み始めたのだ。
『ギョエェェェェッ!?(ワシの炎が……吸われるゥゥ!?)』
ドラゴンの胃袋から、炎が掃除機のように吸い出されていく。
ライラのお腹がポンポコリンに膨らみ、そして――
ゴキュッ。
飲み込んだ。
数千度のブレスを、彼女は平然と消化した。
「んっ、ピリ辛! ……もうちょっと塩気が欲しいかも」
ライラが喉の奥から這い出てくる。
「仕上げだ! 『特製・ひんやり胃薬スープ(ミント風味)』!!」
上空の弐号機から、キッドがホースを構える。
大量の青い液体が、ドラゴンの口内へ放水された。
ジュワアアアアア……。
荒れた食道が冷却され、胃酸が中和されていく。
『……オ、オオオ……』
ドラゴンの目から、狂乱の色が消えた。
代わりに浮かんだのは、極上の安らぎ。
『……スッキリ……した……。
胸のつかえが……取れたわい……』
ドスン。
ドラゴンはその場に座り込み、深く長い安堵の息を吐いた。
治療完了である。
◇
数分後。
浮遊島の広場には、ドラゴンを囲んで村人たちが集まっていた。
「ありがとう! あなたたちのおかげで、村も主様も助かったわ!」
ドラが涙ながらに感謝する。
ドクン……ドクン……!
弐号機のタンクに、村人たちとドラゴンからの莫大な感謝エネルギーが流れ込む。
【燃料計:満タン】。
『礼をしよう、小さき者たちよ』
正気に戻ったドラゴンが、威厳ある声で言った。
『ワシの炎で、極上の肉を焼いてやろう』
「え、お爺ちゃんを食べるんじゃないの?」
ライラが残念そうに呟く。
「自粛してください、店長。……ですが」
オトモがドラゴンの背中(広い)にテーブルクロスを広げた。
「竜の背中で、竜の炎を使った直火焼きBBQ……。これはなかなかの『おもてなし』ですね」
ジュウウウウウッ!!
ドラゴンの吐く、調整された遠赤外線の炎で、厚切りの肉が焼ける。
空の上、絶景を見下ろしながらのBBQ。
「んー! 美味しい!」
ライラが肉を頬張る。口の周りは肉汁とススで真っ黒だ。
「最高ですわ……! 労働(口こじ開け)の後の肉は格別ですわね!」
ロザリアもドレスをまくり上げ、骨付き肉にかぶりつく。完全に野生化している。
「まったく、とんでもねぇ連中だぜ」
キッドが苦笑しながら肉を焼く。
宴もたけなわ、満腹になった一行を見て、竜人の少女ドラが申し訳なさそうに声をかけた。
「あの……皆さん。お腹はいっぱいになったみたいだけど……」
「ん? なによドラ。まだ肉あるの?」
「ううん。……みんな、ススと脂でドロドロだよ?」
言われてみれば、ライラの顔は真っ黒、ロザリアのドレスもドラゴンのよだれと焼肉のタレでベトベトだった。
「ひぃっ!? 鏡! 鏡を!」
ロザリアが悲鳴を上げる。「これでは美学に反しますわ! 今すぐお風呂に入りませんと!」
「ふふっ。それなら、いい場所があるよ」
ドラが得意げに、峰の奥、湯気が立ち上る岩山を指差した。
「この竜の峰の最奥にはね、古来より伝わる『伝説の秘湯』があるの。
竜の魔力が溶け込んだそのお湯は、どんな汚れも落とし、お肌をツルツルのピカピカにする『若返りの湯』なんだよ!」
「わ、若返り……!?」
ロザリアがガタッと立ち上がった。その瞳が肉以上にギラついている。
「行きますわ! 今すぐ行きますわ!
お肌の曲がり角を、ドリフトで強引に戻しますわよ!」
「風呂か。悪くねぇな。戦闘の汗も流してぇし」
キッドも賛同する。
「おやおや。では、今夜はこの峰に停泊させていただきましょうか」
オトモが片眼鏡を拭きながら微笑んだ。
こうして、満腹になった一行は、次なる快楽――「極上の風呂」を求めて、竜の峰に留まることとなった。
しかし彼らはまだ知らない。
その秘湯が、とんでもない「先客」によって塞がれていることを。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機
【現在地】 浮遊島『竜の峰』・キャンプ地
【ステータス更新】
・ロザリア:【美への執念】
[目的] 若返りの秘湯。
・弐号機:【停泊中】
竜の背中で給油(感謝)完了。
【次回予告】
「お湯がない!? 秘湯が枯れてるってどういうことですの!」
意気揚々と秘湯へ向かった一行を待っていたのは、源泉を塞ぐ巨大な「岩」だった。
動かない。壊れない。
その正体は、数百年眠り続ける頑固な『岩石竜』。
「どいてくださいまし! わたくしの美肌タイムですわよ!」
次回、第60話『竜の秘湯と、岩盤の頑固者』。
ロザリアの「研磨」スキルが覚醒する。
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