第56話 恐怖のサメ映画と、王女のフカヒレ解体ショー
ニート姫から譲り受けたエンジンパーツを弐号機に搭載し、山を越えた一行。
眼下に広がっていたのは、突き抜けるような青い海だった。
「海ですわー!!」
ロザリアが窓を開けて叫ぶ。
「わたくし、海は初めてですの!これはもう、優雅なバカンス決定ですわね!」
到着したのはジョーズ・ビーチ。
白い砂浜、エメラルドグリーンの海。しかし奇妙なことに、これほどの絶景なのに人っ子一人いない。入り口には『遊泳禁止。ヤツらが出ます(物理)』という看板があったが、テンションの上がった一行は華麗にスルーした。
「貸切ですわ!オトモ、パラソルとトロピカルジュースを!」
「承知しました。では皆様、着替えをどうぞ」
オトモが指を鳴らすと、更衣室テントが出現した。
◇
数分後。
まずはライラが出てきた。ピンク色のフリルが付いた、可愛らしいビキニ姿だ。
「んー、涼しい」
彼女が浮き輪を抱えて伸びをする。王道だ。平和だ。
続いてミルカ。
シュバッ!
テントが開くと同時に、銀色の風が吹いた。
「……装着完了」
彼女が身につけていたのは、シルバーメタリックに輝く流体理学式・高速競泳水着だった。体に吸い付くような素材には、ネオンブルーのラインが走っている。背中には小型の水中推進プロペラ、目にはソナー付きゴーグル。
「水の抵抗係数を極限までゼロにした。……理論上、マグロより速い」
ミルカが無表情でVサインをする。クール&ハイテクだ。
そして最後に――。
「……解せませんわ」
テントから、どんよりとしたオーラを纏ったロザリアが出てきた。
彼女が着ていたのは、濃紺色の厚手の生地でできた、旧型スクール水着だった。胸元には白布で『2-B ロザリア』と大きく縫い付けられている。
「なんですのこの色気ゼロの布は!芋くさいにも程がありますわ!」
ロザリアが地団駄を踏む。
「機能性を追求した水中戦闘服です」
オトモが真顔で解説する。
「当店の貴重なスポンサーであり、最高戦力である貴女に、水中で怪我をされては困りますからね。貴女の出力に耐えられる水着は、この強化繊維スク水しかありません。フリルなど付ければ、水圧で引き千切れますよ」
「ズルいですわ!ミルカのはあんなにカッコイイんですのに!」
「あれは精密機械です。貴女のは漬物石のような耐久性を重視しました」
「漬物石ですってェェェ!?」
◇
ブツブツ文句を言いながらも、ロザリアは海に入った。
ライラはプカプカと沖の方へ流されていく。
「あー、極楽極楽」
ライラが空を見上げる。
その時。
ザパァッ……!
海面から、無数の鋭い背ビレが現れた。一つではない。十、二十……群れだ。しかもその肌は金属のように輝き、エラからは蒸気を噴き出している。
変異種ミスリル・シャーク。鉄をも噛み砕く顎を持つ、海のギャングだ。
通常なら、ここで悲鳴と共にパニック映画が始まるところだ。BGMはデデン、デデン……という重低音。
しかし。
ライラの瞳が、怪しく輝いた。それは恐怖ではない。獲物を値踏みする捕食者の目だった。
「……今日は当たりだ」
ジュルリ。
ライラがよだれを拭う。
「あんなに生きの良い天然ものが泳いでる……。鮮度抜群。脂の乗り最高。……ロックオン」
ギャァァァス!!
殺気を感じたサメたちが、一斉にライラに向かって加速した。
「ライラさん!危ないですわ!」
ロザリアが叫ぶ。彼女はとっさに水を蹴った。
ドッッッ!!
水柱が上がった。旧型スク水の撥水性が、ロザリアの脚力をロスなく推進力に変える。彼女は人間魚雷と化し、音速でサメの群れに突っ込んだ。
「わたくしの主君に触れるんじゃなくてよォォ!!」
ドガァァッ!!
ロザリアの水中回し蹴りが、先頭のサメの鼻面を正確に捉えた。金属音が響き、サメがギュッ!?と可愛い声を上げて吹き飛ぶ。
だが――その瞬間。
ロザリアは気づいてしまった。
(……!?わ、わたくし……脚が……丸見えですわ!?)
普段のドレスでは絶対に露出しない太ももが、水中で大きくしなり、蹴り上げた反動でスク水の生脚が完全にあらわになっていた。
「ひぃぃっ!?こ、こんな破廉恥な姿で戦っていたなんてぇぇ!!」
ロザリアの顔が真っ赤に染まる。令嬢としての羞恥心が爆発する。見られたくない。隠したい。でも戦わねばならない。その矛盾した感情が、彼女の腕力をリミッター解除させた。
「見ないでぇぇぇ!レディの脚を見ないでぇぇぇ!」
ズドォォォォン!!
「水揚げですわー!!」
ロザリアは羞恥のあまり、次々とサメの尾びれを掴み、彼らの視界から逃れるために、光速で砂浜へと放り投げた。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!
空飛ぶサメ。
「……計算通り」
ミルカも背中のプロペラを起動し、水中からサメを誘導する。
二人の連携とロザリアの羞恥により、サメの群れは一網打尽にされた。
◇
ドサッ。ドサッ。
砂浜に打ち上げられた大量のミスリル・シャーク。ピチピチと跳ねる彼らを待ち構えていたのは、二本の出刃包丁を持った男、キッドだった。
「へい、らっしゃい!」
キッドの目が、職人のそれになる。
「新鮮なうちに捌くぞ!サメは鮮度が命だ!」
ズババババババ!!
キッドの腕が残像となる。空中でサメが三枚におろされ、皮が剥がれ、美しいフカヒレと白身と骨に分解されていく。
「……自動調理器かな?」
海から上がってきたミルカが呟く。
グツグツグツ……。
砂浜にはすでに巨大な寸胴鍋が設置され、オトモ特製の中華スープが煮えたぎっていた。そこへ、解体されたばかりのフカヒレが次々と投入されていく。
◇
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……!
沖合の海が割れ、巨大な水柱と共に、山の如き巨体が現れた。
頭が三つある、超巨大なサメ。キング・トルネード・シャークだ。
そいつは三つの口から同時に竜巻を吐き出し、全てを飲み込もうとした。
「グルァァァァァ!!」
咆哮が空気を震わせる。
「ボスが出ましたわ!あれは流石に投げられません!」
ロザリアが胸元を隠しながら構える。
だが、ライラはよだれを拭いながら、目を輝かせた。
「……頭が三つ。ってことは、あの高級な背ビレも三倍ってことよね!?」
「そういう計算になるな!」
キッドが包丁を鳴らす。
「フカヒレ三倍……。それは当店にとって、莫大な利益に繋がりますね」
オトモが電卓を弾きながら冷徹に告げる。
「わたくしのスク水の屈辱も、三倍のフカヒレで少しは晴れますわ!」
ロザリアが拳を握りしめる。
「……利害が一致したわね。全員、フカヒレを傷つけないように捕獲よ」
ミルカがゴーグルを光らせた。
巨大なボスの出現。しかし、万事屋一行の心は恐怖ではなく、フカヒレ三倍という圧倒的な食欲と金銭欲で完全に一つに結ばれていた。
「いくぞオラァ!」
キッドが砂を蹴り、空中の竜巻を包丁の峰で弾き飛ばしながら、右のサメの頭へと肉薄する。
「鮮度を落とすなよ!」
「わたくしは左をいただきますわ!奥義・突風!」
ロザリアが水上を走り、鉄扇の風圧で左のサメの頭を物理的に殴りつける。
「中央は私が抑えるわ。……アンカー、発射」
ミルカが弐号機に搭載された新パーツ、重力制御アンカーを起動。光の鎖が放たれ、中央のサメの頭を空中に縫い留めた。
「ギャッ!?」
三つの頭が同時に制圧され、巨大サメが空中で完全に固定される。ただの大きな的になった。
「ライラ、仕上げを」
「はーい」
ライラが浮き輪から身を乗り出し、大きく息を吸い込んだ。その目は完全に食事モードだった。
「いただきまーす」
カッ!!
ボォォォォォォォォ!!
ライラの口から、激辛カレーで覚醒したドラゴン・ブレスが放射された。紅蓮の炎が、固定された三頭サメを包み込む。
「(熱ッ!?熱ゥゥゥ!?)」
サメが断末魔を上げるが、逃げられない。絶妙な火力調節により、表面はこんがり、中はジューシーに焼き上げられていく。
「直火焼きフカヒレの完成」
◇
数分後。
静かになった砂浜で、一行は極上のフカヒレの姿煮とサメのステーキを囲んでいた。
「んー!コリコリしてて美味しい!」
ライラが満面の笑みで頬張る。
「……悔しいですわ」
ロザリアも、レンゲで黄金色のスープを啜った。まだ顔は赤い。
「こんな……芋くさいスク水姿で食べるフカヒレが、こんなに美味しいなんて……!貴族として、何かに負けた気がしますわ!」
「負けても腹は膨れる。そして当店の資産も潤う。……食え食え」
キッドが豪快に笑い、オトモが満足げに頷く。
騒ぎを聞きつけた観光客たちが恐る恐る戻ってきた頃には、浜辺にはサメなど一匹もいなかった。あるのは、きれいに磨き上げられた白い骨の山だけ。
「……まだ食べられるかな」
ライラが名残惜しそうに骨を見つめる。
「カルシウムですね。粉末にしてふりかけにしましょう」
オトモが骨を回収し始めた。
恐怖のサメ映画は、万事屋のチームプレイと圧倒的な強欲さによって、美味しいハッピーエンドを迎えたのだった。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機
【従業員ステータス】
・ライラ:【頂点捕食者】恐怖のサメをフカヒレとしか認識せず、ドラゴン・ブレスで炙り焼きにする。
・ロザリア:【羞恥バースト】旧型スク水の生脚を見られた羞恥心でリミッターが外れ、サメを音速で水揚げする。フカヒレ三倍の欲でボス討伐に貢献。
・キッド:【空中の三枚おろし】空から降ってくるサメを残像の速度で解体し、フカヒレ三倍のボス戦に突撃する。
・オトモ:【中華スープの錬金術師】解体されたフカヒレを即座に調理し、フカヒレ三倍の利益に目を輝かせる。
・ミルカ:【水泳部員】流体理学式スク水でサメを誘導し、重力制御アンカーでボスの動きを完全に封じる。
【次回予告】
「この先は、誰も立ち入らない『魔境』よ」
海を越え、一行が足を踏み入れたのは、地図にない空白地帯だった。
そこには、世にも恐ろしい「最強の生物」が住んでいるという。
しかし、その正体は、あまりにも「モフモフ」で「愛らしい」存在だった。
次回、第57話『魔境のモフモフ天国と、理性を失う公爵令嬢』。
ロザリアの「可愛いもの好き」が暴走する。
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