第55話 眠れる森のニート姫と、最強の布団
トラウマ・ミストが晴れ、黒歴史の傷跡も癒えぬまま、一行は森の奥深くへと進んでいた。
やがて、巨大な茨に覆われた古城が姿を現した。
「……汚いですわね」
ロザリアが第一声で吐き捨てた。
伝説では百年の眠りにつく姫がいるとされる神秘的な古城。しかし、目の前にあるのは――。
伸び放題の雑草。風化したピザの空き箱。脱ぎ捨てられた靴下の化石。要するに、歴史的建造物レベルのゴミ屋敷だった。
「茨ではありませんわ!これ、ただの手入れ不足による雑草です!」
ロザリアが鉄扇で雑草を払う。
「庭師は何をしてますの!?美しくありませんわ!」
「生体反応あり。最上階」
ミルカがタブレットを見る。
「でも……バイタルが異常に低い。冬眠してる熊みたい」
「行くぞ。姫様を救出して、謝礼をもらうんだ」
キッドが先頭に立つ。ロザリアはドレスの裾が汚れないよう、つま先立ちで進んだ。
◇
最上階の寝室。
そこには、部屋全体を埋め尽くすほどの、巨大な白い塊が鎮座していた。
「……マシュマロ?」
ライラが目を輝かせる。
「いいえ、布団です」
オトモが即答する。
それは、キングサイズのベッド十個分はあるであろう、巨大な魔導布団だった。
その中心がモゾモゾと動き、ボサボサの髪をした少女が顔だけ出した。
「……何?ウーバー?頼んでないけど」
少女は気だるげに言った。目は半開きで、クマがひどい。
「ウーバーではありません!わたくしたちは万事屋オモテナシ!貴女を救出しに来ましたのよ!」
ロザリアが名乗りを上げる。
「救出……?結構です」
少女――ダララ姫は、布団の中に潜り込もうとした。
「ここWi-Fi飛んでるし、寝心地いいし。……帰って」
「はぁ!?」
ロザリアが絶句する。
「呪いで眠らされているのではなくて!?」
「呪い?何それ美味しいの?私はただ……働きたくないから寝てるだけ。呼吸するのも面倒くさい……。あー、酸素の方から肺に入ってくれないかなー」
筋金入りのニートだった。
その腐りきった性根に、ロザリアのお節介焼きスキルが発動した。
「許せませんわ!レディたるもの、昼まで寝るなど言語道断!ましてや百年も引きこもるなど!叩き起こして差し上げますわ!」
ロザリアは鉄扇を投げ捨て、腕まくりをした。物理攻撃力Aの筋肉が唸りを上げる。
「この薄汚い布団を、剥ぎ取って差し上げますわァァァ!」
ガシッ!
ロザリアが布団の端を掴み、全力で引っ張った。
「ぬんっ!!」
ブチブチブチ……!
床板が剥がれる音がする。しかし――布団はビクともしない。いや、ロザリアの怪力をむにゅーんと吸収し、スライムのように伸びるだけだ。
「な、なんですのこれ!?力が……吸われますわ!?」
「無駄よ」
布団の中から、ダララ姫が嘲笑う。
「これは国宝、魔導布団エターナル・ダウン。衝撃吸収率百パーセント。重力制御付き。あらゆる物理干渉を無効化し、使用者を永遠の惰眠へと誘う……最強の盾よ」
ビヨォォォン!
反動でロザリアが吹き飛ばされ、壁に激突した。
ドガァァッ!
「……物理が、効きませんわ……!?」
ロザリアが崩れ落ちる。筋肉を手に入れて以来、初めての敗北だった。
◇
「ふーん、気持ちよさそう」
それを見ていたライラが、ふらふらと布団に近づいた。
「あら、いい抱き枕が来たわ」
ダララ姫が布団を開く。
「おじゃましまーす」
ボフンッ。
ライラがダイブした。
「むにゃ……」
「……zzz」
一瞬で静寂が訪れた。ニートが一人から二人に増えただけだった。
「ライラさんまで!?起きてくださいまし!貴女は王女でしょう!?」
ロザリアが叫ぶが、二人は幸せそうな寝息を立てるばかり。
「今日からここが新しい王国よ。国名は二度寝ランド……」
「入国希望……むにゃ……」
「ダメですわ!そんな堕落した国、わたくしが滅ぼします!」
◇
「……強制的な起床は不可能です」
オトモが眼鏡を光らせた。
「物理が通じないなら、環境を変えるしかありません」
「環境?」
「ええ。起きたくてたまらなくなる朝を提供するのです。……キッドさん、厨房を」
「おうよ。任せろ」
キッドは城の厨房に立つと、フライパンを熱した。
ジュゥゥゥ……!
厚切りのベーコンが焼ける音。そして、挽きたてのコーヒーの香りが立ち昇る。
「焦げる直前のベーコンの脂の匂い……。空腹の朝、この暴力的な香りに抗える人類はいねぇ」
キッドは換気扇を逆回転させ、その香りを寝室へと送り込んだ。
一方、オトモは超高速で寝室の掃除を開始した。
シュババババ!
散乱したピザの箱が消え、埃が浄化され、淀んだ空気が入れ替わる。そして、遮光カーテンの前に立った。
「……計算完了。あと三秒で、計算された角度の木漏れ日が、姫の瞼を直撃します」
三、二、一……。
シャッ!
オトモがカーテンを開け放った。
そこに、キッドの放ったベーコンの香りが到達する。
「……ん」
布団の中で、ダララ姫の鼻がピクついた。
瞼の裏を、暖かな日差しが刺激する。胃袋が、強制的に活動を開始する。
「……くっ。こんな……こんな優雅な朝を迎えてしまったら……」
姫の身体が震えた。二度寝したい。でも、お腹が空いた。布団は気持ちいい。でも、日差しが眩しくて目が覚めてしまう。
「……二度寝できないじゃない……!」
ガバッ!
布団が跳ね除けられた。
「朝ごはんー!!」
「ベーコン!!」
ダララ姫とライラが同時に飛び起きた。
二人はゾンビのようにテーブルへ向かい、キッドの用意したベーコンエッグを貪り食い始めた。
「うまっ!何これうまっ!ウーバーより美味しい!」
姫が涙目で完食する。
「……負けよ。私の完敗だわ」
姫はフォークを置いた。
「こんなに掃除された部屋じゃ、落ち着いてニートもできないし。……出ていくわ」
◇
「これ、あげるわ」
姫が差し出したのは、城の宝物庫から発掘されたガラクタの山だった。
金目のものは既にウーバー代で消えていたが、その奥に一つだけ、異様なオーラを放つパーツがあった。
「……これ、古代の重力制御エンジンだ」
ミルカが目を丸くする。
「すごい。これがあれば、弐号機を飛行モードに改造できるかも」
「ふーん、あげるわ。重くて邪魔だし」
姫は興味なさそうに言い、ジャージに着替えた。
「じゃあね。次はネットカフェって城を目指すわ」
リュック一つで城を出ていく元・姫。その背中は、妙にたくましかった。
「……たくましいですわね。少し見習いたいですわ」
ロザリアが見送る。
「さて、わたくしたちも行きますわよ。……ライラさん?」
振り返ると、そこには布団の隣で、食後のコーヒーを啜るライラの姿があった。
「……ごちそうさま。美味しかったわ。でも、キッドの朝ごはんは、こんなカビ臭い城の中で食べるより、青空の下で食べる方が百倍美味いわね」
「お、分かってるじゃねぇか店長」
ライラはニヤリと笑い、巨大な魔導布団をポンと叩いた。
「だからこの布団、弐号機に積んで持っていくわよ。これがあれば、どんな悪路でも食後の最高のシエスタが約束されるわ」
「……ライラさん、まさか最初からこの国宝を強奪するつもりでダイブを……!?」
ロザリアが驚愕して尋ねる。
「強奪じゃないわ。あのニート姫の自立を手伝ってあげたんだから、これは正当な報酬よ。……さ、オトモ、運んで頂戴」
ただ一緒に寝ていたわけではない。その寝心地と性能を、自らの体で査定していたのだ。
悪徳店長としての圧倒的な強欲さと図太さを見せつけ、ライラは魔導布団を堂々と没収した。
「かしこまりました。……では、次の街まで、最高の寝心地を提供しましょう」
オトモが恭しく一礼し、魔導布団ごとライラを担ぎ上げた。
「わーい。移動式二度寝ランドだー」
こうして一行は、弐号機を空へ飛ばすための新たなパーツと、最強の物理無効シールド兼ベッドを手に入れ、次なる目的地へと向かうのだった。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機
【新規獲得アイテム】
『魔導布団エターナル・ダウン』
効果:衝撃吸収率百パーセント。重力制御付き。あらゆる物理干渉を無効化する最強の盾兼、最高の二度寝環境。
『古代の重力制御エンジン』
効果:ミルカの改造により、弐号機を飛行モードへ進化させるためのキーアイテム。
【従業員ステータス】
・店長:【悪徳査定】布団の性能を身をもって確かめ、ニート姫の自立支援を名目に国宝を堂々と強奪する。
・ロザリア:【物理敗北】最強の盾(布団)の前に、自慢の筋肉が初めて通用せず敗北。
・執事:【環境整備】超高速の掃除と計算された木漏れ日で、物理の通じないニートを叩き起こす。
・料理人:【朝食の暴力】焦げる直前のベーコンの香りで、ニートの胃袋を強制起動させる。
・ダララ姫:【伝説のニート】ネットカフェを探して放浪中
【次回予告】
「……海だ」
山を越えた一行の前に広がっていたのは、青い海だった。
水着回かと思いきや、そこは「サメ」が支配する危険地帯。
しかし、ライラにとってサメは「巨大なフカヒレ」でしかなかった。
次回、第56話『恐怖のサメ映画と、王女のフカヒレ解体ショー』。
ロザリアの水着(スク水)が火を噴く。
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