第54話 迷いの森と、黒歴史の幻影
カライ・シティで火を噴いたライラの舌も落ち着いた頃。
一行は、次なる目的地へと向かう途中、深く濃い霧に包まれた森へと迷い込んでいた。
『迷いの森』。
そこは、一年中晴れることのない、白濁した世界だった。
「……前が見えませんわ」
ロザリアが鉄扇で霧を払うが、すぐに白い煙が視界を覆う。
「それに、この湿気。わたくしの巻き髪が崩れてしまいますの。美容の敵ですわ」
「GPSもコンパスも死んでる」
ミルカがタブレットを叩きながら呟く。
「磁場がおかしい。……それに、なんか変なデータを受信してる」
「変なデータ?」
キッドがハンドルを握りながら眉をひそめる。
「なんだそりゃ。敵の通信か?」
「ううん。……『脳波』に近い波形。この霧、生きてるみたい」
その時だった。
オトモが眼鏡を光らせ、冷静に分析結果を告げた。
「ご注意を。この霧は、ただの水蒸気ではありません。
対象の『深層心理』に感応し、最も恥ずべき記憶を具現化する『トラウマ・ミスト』です」
「ト、トラウマ……?」
ロザリアが首を傾げた瞬間。
霧が急速に濃くなり、彼らの周囲を取り囲んだ。
ヒュウウウウ……。
不気味な風切り音と共に、前方の霧が揺らぎ、一つの人影を形作った。
「……フッ。この霧、俺の『孤独』に似ているな」
現れたのは、全身に無意味なベルトを巻き、サングラスを二重にかけた、妙にカッコつけた男だった。
年齢は10代前半。手には包丁を逆手に持っている。
「だ、誰ですのあれ? キッドに似てますけれど……」
幻影のキッドが、切なげに空を見上げた。
「俺の包丁は、肉は斬らねぇ……。『魂』を斬る……」
【黒歴史①:孤高の包丁人・ウルフ(15歳)】
「ぶっ!!」
キッドが運転席で噴き出した。
「や、やめろォォォ!! 出るなァァ!!」
キッドが顔を真っ赤にして絶叫する。
「それは俺が料理修行に出たばかりの頃の! 『包丁一本で世界を変える』とか言ってた痛い時期のやつだァァ!」
「へぇ、ウルフさんですか」
オトモがすかさず録音を開始する。
「『魂』を斬る。……名言ですね」
「消せェェ! その記録を消せオトモォォ!」
◇
キッドが悶絶していると、次はミルカの横にピンク色の霧が集まった。
ちゃらら~ん☆
妙にファンシーな効果音と共に現れたのは、フリフリのドレスを着て、巨大なスパナをステッキのように持った少女だった。
「きゅるるん☆ 魔法エンジニア、ミラルンだよっ!」
幻影のミルカが、ウインクをしてポーズを決めた。
「悪い機械は、この『ラブリー・レンチ』で直しちゃうぞ☆
えいっ☆ あなたのハートを、オーバーホール(解体)♪」
【黒歴史②:魔法少女エンジニア・ミラルン(10歳)】
……。
…………。
現在のミルカ(無表情)の手が、ガタガタと震え出した。
「……破壊。今すぐ破壊して」
ジャキッ!
ミルカは背負っていたリュックから、対戦車ミサイルを取り出した。
その目は据わっている。完全に殺す目だ。
「ミルカ!? ミサイルはやめなさい! 自爆しますわよ!?」
ロザリアが止めるが、ミルカは止まらない。
「過去は死ぬべき。……ターゲットロック、ミラルン」
「貴重な資料です。保存しておきましょう」
オトモが録音ボタンを押す。
「きゅるるん☆」
「オトモも破壊する」
◇
車内がカオスになる中、霧はさらに濃くなり、禍々しい赤黒い色に変色した。
真打ちの登場である。
ズズズズズ……。
重苦しい空気と共に現れたのは、深紅のゴシックドレスを纏い、右目に眼帯、左腕に包帯を巻いた少女だった。
その顔は、13歳頃のロザリアに瓜二つだった。
「……ククク。右目が疼くわ……」
幻影のロザリアが、眼帯を押さえてうめき声を上げた。
「鎮まれ、わたくしの『紅蓮の魔眼』……。
今ここで解放すれば、世界は『終焉』を迎えてしまう……!」
【黒歴史③:漆黒の堕天使・ロザ・リリィ(13歳)】
「ヒィィィィィッ!?!?(鼓膜が破れるほどの悲鳴)」
ロザリアがのけ反り、座席から転げ落ちた。
顔は沸騰したヤカンのように赤い。
「や、やめてぇぇぇ! それは……それはダメぇぇぇ!
わたくしが学園に入学する前! お父様の書斎にこもって書いていた『設定ノート』のやつぅぅぅ!」
幻影ロザリアは、手にした黒い革表紙のノート《魔導書》を開いた。
「詠唱開始。
……『世界の理』が、わたくしを拒絶する……。
血の涙を流す時……天界の『扉』が開かれる……!」
「あああああ! 殺して! 今すぐわたくしを殺してぇぇぇ!」
ロザリアは床を転がり回り、自分の頭を抱えた。
物理攻撃も、化学攻撃も耐えた彼女だったが、「過去の羞恥心(精神攻撃)」には耐えられなかった。
HPは満タンだが、MPが一瞬でマイナスに振り切れた。
「素晴らしい素材です」
オトモがマイクの感度を上げた。
「『漆黒の堕天使・ロザ・リリィ』……。今後の教育カリキュラムに採用させていただきます」
「悪魔ァァァ!! オトモ、貴様だけは地獄へ道連れにしますわァァァ!」
◇
車内は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
ハンドルを離して頭を抱えるキッド。
ミサイルを構えるミルカ。
のたうち回るロザリア。
その時。
霧の正体――『トラウマ・ミスト』本体が姿を現した。
「ギャァァァ! 我が魔力よ! 人間たちの負の感情を吸い尽くせェェ!」
霧が巨大な顔を形成し、一行に襲いかかろうとした。
「んー、なんかいい匂い」
ライラが寝ぼけ眼を開いた。
彼女には、この禍々しい霧が、全く別のものに見えていた。
「綿菓子だ……」
「いただきまーす」
ズオオオオオオオオオオオオオオオ!!
ライラが大きく息を吸い込んだ。
「!?!?」
霧が、幻影が、そしてロザリアの黒歴史が、全てライラの口の中へと吸い込まれていく。
「や、やめろォォ! 俺の『黒歴史』を味わうなァァァ!!」
「消化しないで……! 私のデータを解析しないで……!」
「イヤァァァ! わたくしの『設定』を口に入れないでぇぇぇ! 汚らわしいですわァァァ!」
幻影たちは断末魔を上げる間もなく、ライラというブラックホールに消えた。
「んっ」
ライラが霧を咀嚼する。
「……んー、甘酸っぱいけど、ちょっと『青臭い』味がした」
「……」
霧が晴れ、森の景色が戻った。
車内は静寂に包まれた。
キッドはハンドルに突っ伏し、ミルカはリュックを下ろして遠い目をしていた。
そしてロザリアは、白く燃え尽きていた。
「……もう、お嫁にいけませんわ……。
わたくしは……漆黒の……堕天使……」
「後遺症ですね。放置しましょう」
オトモが冷徹に告げた。
「さあ、出発しますよ。キッドさん、運転を」
「……うう……俺の魂……」
「ミルカさん、ナビを」
「……ミラルン……」
オトモは、懐から取り出したレコーダーを再生した。
『きゅるるん☆』
『鎮まれ、わたくしの魔眼……!』
大音量で流れる黒歴史。
全員が死んだ魚のような目で、次なる目的地へと向かうのだった。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機
【従業員ステータス】
・キッド:【黒歴史】
[二つ名] 孤高の包丁人・ウルフ(15歳)
・ミルカ:【黒歴史】
[二つ名] 魔法少女エンジニア・ミラルン(10歳)
・ロザリア:【黒歴史】
[二つ名] 漆黒の堕天使・ロザ・リリィ(13歳)
[弱点] 過去のポエム(即死級)
【次回予告】
「この城には、美しいお姫様が眠っているらしいよ」
森を抜けた一行の前に現れたのは、巨大な茨に覆われた古城だった。
そこには「眠り姫」の伝説があるという。
しかし、実際に眠っていたのは、想像を絶する「怠惰姫」だった。
次回、第55話『眠れる森のニート姫と、最強の布団』。
ロザリアの「おもてなし」vs 姫の「惰眠」。
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