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『おもてなしが過ぎる! ~亡国の王女と最強執事の、ボロ屋台からはじめる接客無双~』  作者: 家守 慈絵夢
第五章 ~亡命したけど金がない! 公爵令嬢(無職)、はじめての庶民ライフ~編
53/77

第53話 灼熱のカレー戦争と、火を噴く王女

 アルバイトを物理的に粉砕してクビになった翌日。

 ロザリアたちは、ライラの「なんか辛いものが食べたい」という鶴の一声で、新たな街へとやってきた。


 灼熱都市カライ・シティ。

 そこは、街全体が赤い湯気に包まれた、狂気のグルメ都市だった。


「……けほっ、ごほっ!な、なんですのこの空気は……!」


 ロザリアが鉄扇で顔を仰ぐが、仰ぐたびに赤い唐辛子パウダーが舞い上がり、余計にむせる。空気が痛い。呼吸が痛い。目に見える景色がすべて、うっすらと赤いフィルターがかかっている。


「目が……目がチカチカしますわ……!ここは地獄の一丁目ですの……?わたくし、胡椒でくしゃみが出るほどデリケートですのに……!」


「すげぇな。住人が全員、汗だくで歩いてやがる」

 キッドが顔をしかめる。彼ですら、この刺激臭には鼻を覆っていた。


 だが、ライラだけは違った。


「くんくん。……いい匂い」

 彼女は赤い空気を胸いっぱいに吸い込み、うっとりと目を細めた。

「スパイシーだねぇ。食欲が湧いてきた」


「正気ですの!?わたくし、呼吸するだけで胃が荒れそうですのに!」


「行くよー。あそこに伝説の香りがする」

 ライラが指差したのは、街の中央に鎮座する、火山のような形をしたレストランだった。看板には激辛専門店レッド・インフェルノの文字。入り口のドクロのオブジェが、楽しそうに笑っていた。



「いらっしゃいませェェェ!燃えてるかァァァ!」


 入店と同時に、上半身裸のマッチョな店主、ボルケーノが叫んだ。

 店内はサウナのように暑い。客たちは皆、タオルを頭に巻き、滝のような汗を流しながら真っ赤なスープを啜っている。


「ひぃっ……!や、野蛮ですわ……!」

 ロザリアがドン引きする。


「注文は!?」

 ボルケーノが筋肉を見せつけながら迫る。


「あ、あの……わたくし、辛いのは苦手でして……。甘口……いえ、できれば水とパンだけをお願いしたく……」


 バンッ!!

 ボルケーノがテーブルを叩き割った。


「甘えは罪だァァァ!!」

「ひぃぃっ!?」


「当店のメニューに水などという軟弱な飲み物はない!水は魂をふやけさせる!痛みこそが味!刺激こそが生!辛さは魂の叫びだ!甘味は逃げだァァァ!」


 店主の絶叫。

 しかし、その横で涼しい顔をしている男がいた。オトモである。

 彼はサウナのような店内で、汗一つかかずに優雅にティーカップを傾けていた。湯気が立っている。熱い紅茶だ。


「……暑い時こそ、熱いお茶に限りますね」

 ズズズ……。


「なっ、なんだコイツは!?」

 ボルケーノが二度見した。

「この灼熱地獄で……熱い茶だと!?毛穴がないのか貴様!?」


「執事ですから」

 オトモは平然と答えた。狂気のベクトルが違う。


「ええい、ならそっちの嬢ちゃんには洗礼を受けてもらう!」

 ドンッ。

 ボルケーノがロザリアの前に置いたのは、ドロリとした白い液体が入ったジョッキだった。


「当店特製マグマ・ラッシーだ!飲み干せ!」

「ラ、ラッシー?……白いですわね。ヨーグルトなら……」


 ロザリアは安堵した。白は安全。その常識を信じて、震える手でジョッキを掴み、一口飲んだ。

 瞬間。


 ドガァァァン!!


 ロザリアの口内で、爆発が起きた。


「~~~~ッ!?!?!?」


 声にならない絶叫。

 白いのは見た目だけ。その正体は、世界一辛い白トウガラシの濃縮液だった。ヨーグルトの酸味など一ミリもない。ただひたすらに、粘膜を焼き尽くす痛み。


 バタリ。

 ロザリアは白目を剥いて泡を吹き、テーブルに突っ伏した。物理攻撃力ゴリラ並みの彼女も、化学攻撃の前には無力だった。


「ふん、軟弱者め」

 ボルケーノが鼻を鳴らす。

「で、そっちの食いしん坊はどうする?」


「んー」

 ライラはメニューの一番下を指差した。


「この地獄の百辛ドラゴンカレーで」


「ほう!勇気があるな!だが遺書は書いたか!?」

「いいから早く。お腹すいた」



 数分後。

 運ばれてきたのは、もはや料理ではなかった。煮えたぎるマグマ。立ち昇る紫色の毒煙。具材は見えない。ただ、深紅の闇がそこにあるだけだ。


「……キッド、これは食べ物でしょうか?」

 オトモが冷静に尋ねる。

「いや、劇物だな」

 キッドが即答する。


 だが、ライラはスプーンを握りしめ、「いただきます」と手を合わせた。

 そして、マグマを一口。


 パクッ。


 店内が静まり返る。ボルケーノが固唾を呑んで見守る。


「……ん」

 ライラがもぐもぐと咀嚼し、飲み込んだ。


「……ちょっと、ピリッとするかも」

「それだけかァァァ!?」

 ボルケーノがずっこけた。


「なかなか美味しいよ。もっとちょうだい」

 ライラはスプーンを加速させ、瞬く間に完食してしまった。

 そして。


「ごちそうさまー」

 ゲフッ。


 ボォォォォォォォォ!!


 ライラの口から、紅蓮の炎が放射された。


「わぁ!?」

 キッドがのけ反る。

 炎はカウンター席の観葉植物を焼き払い、ボルケーノの自慢のリーゼントをチリチリに焦がした。


「す、すげぇ……!」

 ボルケーノが震えた。

「食べた直後にリアルな炎のブレスを吐くとは……!あんたこそ、伝説の炎の申し子だ!素晴らしい!」


「いや、火事になるだろ!」

 キッドがツッコミを入れるが、ボルケーノは感涙にむせび泣いている。


「感動した!これなら、俺の秘蔵のスパイスも耐えられるはずだ!」

 ボルケーノは奥から、ドクロマークのついた小瓶を取り出した。


「これぞ純粋痛覚エキス!味などいらん!ただ純粋に、細胞を破壊する痛みだけを凝縮した液体だ!これをかければ、さらなる高みへ行けるぞ!」


 彼がエキスをライラの皿にかけようとした、その時。


 ガシッ。

 キッドの手が、ボルケーノの腕を掴んだ。


「……待てよ、おっさん」

 キッドの声が低い。瞳が剣呑に光っている。


「あぁ?なんだ色男。邪魔する気か?」

「味などいらんだと……?」


 ゴゴゴゴゴ……。

 荒くれ料理人の背後から、怒りのオーラが立ち昇る。


「てめぇ……食材への愛がねぇな?料理ってのはな、素材とスパイスの調和だ。ただ痛けりゃいいってもんじゃねぇ……!舌を壊す料理は料理人の敗北だ!」


「なんだとォ!?俺の激辛美学を否定するか!」

「ああ、否定するね。本当のスパイス料理ってやつを……俺が教えてやるよ」


 バッ!

 キッドがエプロンを締め直した。


「厨房を貸せ!俺が究極のカレーを作ってやる!」

「面白い!作れるものなら作ってみろ!」



 キッドは厨房に立つと、持参したスパイスボックスを開いた。

 クミン、コリアンダー、カルダモン……数十種類のスパイスが並ぶ。


「いいか、カレーの命は香りだ。スパイスは挽きたてが一番香る。だが、機械で挽くと摩擦熱で香りが飛ぶ」


 キッドは振り返り、気絶していたロザリアを叩き起こした。

 バシッ!


「ロザリア!仕事だ!」

「はっ……!?ここは地獄……?」

「厨房だ。お前の筋肉と鉄扇が必要だ」


 キッドは石臼にホールスパイスを放り込んだ。


「俺が指示するタイミングで、その鉄扇でスパイスを粉砕しろ。熱を持たせないよう、一撃で、分子レベルまで砕くんだ!」


「無茶言わないでくださいまし!?わたくしは令嬢で……」

「やるんだよ!ライラに美味いもん食わせたいんだろ!?」


「……!」

 ライラのため。その言葉に、ロザリアの筋肉が反応した。彼女は鉄扇を構える。


「承知しましたわ!料理もまた、戦場ですのね!」


「いくぞ!クミン!」

「ハァッ!!」

 ガキンッ!

 ロザリアの鉄扇が石臼を一閃。スパイスが一瞬でパウダーと化す。


「コリアンダー!」

「セイッ!!」

「チリペッパー!」

「デヤァァァッ!!」


 凄まじい速度で粉砕されるスパイス。摩擦熱が発生する前に粉になるため、フレッシュな香りが爆発的に広がる。キッドはその香りを逃さず、油とタマネギでコーティングしていく。


「見ろ、これが黄金のオモテナシ・カレーだ!」


 完成したのは、赤黒いマグマではない。黄金色に輝く、美しいスープカレーだった。


「ふん、色が薄いな!そんなもので俺の舌が満足するか!」

 ボルケーノが鼻で笑い、スプーンで一口啜る。


「……ぬ?」


 時が止まった。

 最初は、野菜の甘みが広がった。次に、複雑に絡み合ったスパイスの香りが鼻腔を抜ける。そして最後に――鮮烈な辛さが駆け抜ける。痛くない。心地よい熱さが、全身を駆け巡る。


「……あ、甘い?いや、辛い!?なんだこの奥行きは……!痛覚ではなく、脳が震える美味さだ……!」


 ボルケーノの目から、滝のような涙が溢れ出した。

「うまい……!だが、熱い!口の中が火事だ!」


 彼が口を押さえた、その時。


 スッ……。

 横から、結露したグラスが差し出された。中には、キンキンに冷えた氷水が入っている。


「どうぞ」

 オトモだった。


「み、水だと!?軟弱な!」

「いいえ」

 オトモは静かに、しかし絶対的な説得力を持って告げた。


「冷たい水こそが、次のスパイスを鮮烈に感じさせるためのリセット・ボタンです。……水を飲むことで、次の一口が最初の一口のように美味しくなる。それこそが、究極のオモテナシです」


「リセット……ボタン……?」

 ボルケーノは震える手でグラスを受け取り、一気に飲み干した。


 カラン。

 氷の音が響く。


「……ぷはぁっ!い、生き返る!熱が引いて……そして猛烈に、またカレーが食いたくなる!これが……オモテナシ……!」


 ボルケーノはその場に膝をつき、完食した。

「参った……!俺の負けだ、スパイス・マスター!」



「やったぜ」

 キッドが親指を立てる。店内は拍手喝采。


 その時。

 優雅に扇子を開き、ロザリアがボルケーノの前に歩み寄った。


「……お分かりいただけましたか、店主殿。痛覚だけを追求した自己満足の料理など、真の美食家の腹は満たせませんのよ」

「ああ……俺の負けだ。あんたらのオモテナシの前に、俺の激辛美学は完全に砕け散った……!」


 ロザリアはフッと不敵な笑みを浮かべ、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「よろしい。では、敗者には代償を払っていただきますわ」

「……あ、こいつ商売モードに入ったな」

 キッドとオトモが顔を見合わせる。


「当店のキッドが考案したこの黄金のオモテナシ・カレーのレシピ……そして、オトモが提唱した水のリセット・ボタンという画期的な接客システム。これらを、貴方の店にライセンス契約という形で提供して差し上げますわ!」


「な、なんだと!?そんな神のレシピとシステムを、俺の店で使っていいのか!?」


「ええ。当然、売り上げの三割は当店の口座に振り込んでいただきますわよ!それから、店名に万事屋オモテナシ提携店とデカデカと掲げることが条件ですわ。……さあ、ここにサインを!」


 ロザリアの圧倒的な商魂とプレゼン能力の前に、ボルケーノは涙を流しながら勢いよくサインを書き込んだ。

 これで万事屋に、永続的な不労所得のパイプが完成したのである。


「オーッホッホ!オトモ、見まして!?これでわたくしも立派なスポンサーですわ!」

 ロザリアが勝ち誇る。


「キッド、私も食べるー」

 ライラが皿を出す。

 ボォッ!

 彼女の吐息で、カレーがさらに熱々になる。


「んー!美味しい!辛いけど甘い!」


「ふふ、見事な契約でしたわ。では、わたくしも勝利の美酒ならぬ、勝利のカレーをいただきますわ。あの店主を浄化させた味……楽しみですわね」


 ロザリアもスプーンを手に取り、優雅に口へ運んだ。キッドの料理なら、きっとマイルドで食べやすいはず――。


 パクッ。


「……ん?」


 数秒後。


 ドガァァァン!!


「~~~~ッ!?!?!?」


 声にならない絶叫を上げ、ロザリアは再び白目を剥いて泡を吹き、契約書を握りしめたままテーブルに突っ伏した。


「あ」

 キッドが頭を掻いた。

「わりぃ、あのおっさんの舌に合わせたから、一般人には激辛だったわ」


 店主にとっては優しい味でも、ロザリアにとっては十分致死量だったのだ。


 こうして、カレー戦争は万事屋の完全勝利と巨額のライセンス契約をもって終結した。

 ライラは上機嫌で炎を吐き続け、ロザリアは気絶したまま弐号機へと運ばれていった。彼女の舌が復活するには、あと三日はかかるだろう。


■現在のG-Log掲載情報(自動更新)

【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機


【従業員ステータス】

・ライラ:【ドラゴン・ブレス】

状態:食後三十分間、口から炎が出る。

・キッド:【スパイス・マスター】

評価:料理人としての格が上がった。

・オトモ:【水のソムリエ】

名言:水はリセット・ボタン。

・ロザリア:【不労所得ゴリラ】

評価:料理バトルに乗じてライセンス契約を結ぶ完璧な商才を発揮したが、直後にカレーの辛さで気絶。

弱点:辛いもの。

【次回予告】

「この先は、魔物が住む『迷いの森』よ」

激辛の傷も癒えぬまま、一行は深い森へ。

そこには、人の心の隙間に入り込む精神攻撃型の魔物がいた。

ロザリアが見る幻覚とは? そしてライラの食欲は幻覚さえも食らうのか?

次回、第54話『迷いの森と、黒歴史の幻影』。

ロザリアの古傷(中二病ポエム)が抉られる。

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