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『おもてなしが過ぎる! ~亡国の王女と最強執事の、ボロ屋台からはじめる接客無双~』  作者: 家守 慈絵夢
第五章 ~亡命したけど金がない! 公爵令嬢(無職)、はじめての庶民ライフ~編
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第52話 はじめての労働と、笑顔0円の断罪劇

 翌日。

 ロザリアは、深緑のジャージから、可愛らしい町娘風のフリルエプロンに着替えていた。


「……解せませんわ」


 彼女は鏡の前でくるりと回る。

 場所は、コダマの街にある大衆食堂、満腹亭の裏口。なぜ公爵令嬢である自分が、油とタマネギの臭いが漂う店にいるのか。


「働かざる者、食うべからずです」

 付き添いのオトモが、冷徹に告げた。


「貴女の借金は山積みです。今日からここでアルバイトをして、少しでも返済に充てていただきます」

「労働……!わたくしが、給仕ですって……!?」


 ロザリアは屈辱に震えた。が、すぐにフンと鼻を鳴らした。


「まあ良いでしょう。わたくしにかかれば、接客など赤子の手をひねるようなもの。最高の商才で、店ごと買収できるほどのチップを稼いでみせますわ!」


 自信満々のロザリア。

 だが、彼女は忘れていた。昨日までの特訓で自分が物理ゴリラに改造されていたことを。



「あんたが新入りのロザリアかい?」


 厨房に入ると、腕組みをした中年女性が仁王立ちしていた。パートリーダーのヒルダ。典型的な新入りいじめを生きがいとする、お局様である。


「フン、なんだいその細腕は。お嬢様気分で来られても迷惑なんだよ」

 ヒルダはロザリアの華奢な体(に見えるだけ)を値踏みし、鼻で笑った。


「いいかい?ここは戦場なんだ。使えないヤツは即刻クビだ。……手始めに、そこにある皿を全部洗いな!」


 ヒルダが指差したのは、シンクに山積みになった油汚れの皿だった。通常なら一時間はかかる量だ。お嬢様なら泣き出すに違いない。そう思ってニヤリと笑ったヒルダだったが――。


「あら、これだけですの?」

 ロザリアは優雅に袖をまくった。その下にある筋肉繊維が、微かに唸りを上げる。


「では、失礼して」


 シュババババババッ!!


「は?」

 ヒルダの目が点になった。ロザリアの手が残像と化した。昨日のタイヤ引きで培われた握力と瞬発力が、スポンジに伝達される。


 キュピィィィン!!

 あまりの摩擦熱と圧力により、皿の表面が一瞬で研磨され、新品以上の輝きを放った。いや、よく見ると皿の模様まで削り取られて真っ白になっている。


「……終わりましたわ。次は何を?」

 ロザリアが微笑む。所要時間、三分。


「あ、あぁ……」

 ヒルダが後ずさる。なんだこの女……皿の柄が消えてる……!?


「い、いい気にならないでよ!次は力仕事だ!ほら、倉庫から三十キロの米俵を運んできな!」


 これは無理だろう。普通の男でも苦労する重さだ。ヒルダは勝ち誇った顔をした。


「米俵……これですの?」


 ロザリアは米俵の前に立った。そして、片手でひょいと持ち上げた。まるで、羽毛枕を持つかのように。


「……あら?ずいぶん軽いですわね。中身、入ってますの?」

 パンパン。ロザリアが米俵を片手でお手玉しながら小首を傾げる。


「ひぃっ!?」

 ヒルダが悲鳴を上げた。三十キロをお手玉!?この女、腕の中に油圧シリンダーでも入ってるのか!?


「……ふう。労働とは、意外と退屈なものですわね」

 ロザリアは汗一つかかずに米俵を積み上げた。いじめは、物理法則の前に完全に無力化した。



 厨房での仕事を準備運動で終わらせたロザリアは、ホールへと出た。


「いらっしゃいませですわー」

 棒読みだが、その美貌に客たちがどよめく。しかし、問題はその直後に起きた。


「おいねーちゃん!水!」

 ガラの悪い客がコップを突き出す。


 ピクッ。

 ロザリアの眉が動いた。彼女は優雅に歩み寄り、客の目の前で仁王立ちした。


「……水?」

 ロザリアは鉄扇でテーブルをコツンと叩いた。


「お客様。言葉が足りませんわ。お水をいただけますか?……でしょう?やり直し」

「は、はぁ!?」

 客が面食らう。


「貴方は今、神聖な食事の場にいます。豚のように餌を求めるのではなく、紳士として振る舞いなさい。さあ、リピート・アフター・ミー。お水をください」

「お、お水を……ください……」

「よろしい。大変よくできました」


 ロザリアが優雅に微笑むと、客が顔を真っ赤にして縮こまった。


「ですが、お水だけでは紳士の胃袋は満たされませんわ」

 ロザリアは鉄扇の先で、テーブルをメリッと一ミリほど凹ませた。


「当店の本日のおすすめ、豚肉と野菜の煮込み……実はこれ、昨日から煮込まれて原価率が最も低く、なおかつ当店の利益率が最も高いBセットですの。貴方のような荒くれ者の疲労を癒やすのに最適です。……当然、ご注文なさいますわね?」


「ヒッ……は、はい!それを三つ!」


「賢明な判断ですわ」

 ロザリアは満足げに頷き、厨房に向かって通った声で指示を飛ばした。


「ヒルダ!三番テーブルから、一番利益率の高いBセットが三つ入りましたわよ!さっさと用意なさい!今日の売り上げ目標まで、まだまだ足りませんわよ!」

「は、はいぃぃっ!」


 店内は静まり返り、全員が背筋を伸ばして一番高いメニューを注文し始めた。大衆食堂が、一瞬にして上流階級のマナー教室兼、悪徳商法の現場と化した瞬間だった。



 その時だった。

 バンッ!!

 入り口のドアが蹴破られ、武装した冒険者の男たちが雪崩れ込んできた。


「おいババァ!注文した料理まだかよォ!」

「ぐずぐずしてっと店ごと焼くぞコラァ!」


 たちの悪いクレーマーだ。彼らは近くにいたヒルダに絡み、その肩を突き飛ばした。


「きゃっ!」

 ヒルダが床に倒れ込む。


「へへっ、トロいんだよババァ!愛想笑いくらいしろや!」

 男がヒルダを蹴り上げようとした、その瞬間。


 ガキンッ!!


 重厚な金属音が響いた。男の足が、何かに阻まれて止まった。


「……あ?」

 男が見上げると、そこには優雅に鉄扇を開いたロザリアが立っていた。彼女は鉄扇一つで、男の蹴りを受け止めていたのだ。


「……なんの真似だ、ねーちゃん」


「美しくないですわ」

 ロザリアの声は冷え切っていた。

 彼女が怒ったのは、ヒルダがいじめられたからではない。そもそもヒルダがいじめられていたことに気づいていない。彼女が許せないのは、もっと根源的なこと。


「食事という神聖な場を汚し、あまつさえ他のお客様の追加注文の邪魔をする……。その下品さが、わたくしの美学と商売に反しますの!」


「はぁ?なんだその扇子は?俺たちに踊りでも見せてくれるのかァ?」

 男たちがゲラゲラと笑い、剣を抜いた。


「ええ、踊って差し上げますわ」


 ジャキッ。

 ロザリアが鉄扇を構えた。その優雅な所作の裏で、全身の筋肉繊維が臨界点まで収縮する。


「――貴方たちが空を飛ぶ舞踏会ですけれど!」


「死ねェ!」

 男が剣を振り下ろす。ロザリアは動じない。鉄扇を一閃させた。


「奥義・突風!!」


 ブンッ!!


 魔力などない。ただの凄まじい腕力によるスイングスピードが、衝撃波を生んだ。


「ぶべらぁっ!?」


 男たちが吹き飛んだ。物理的な暴風に煽られ、テーブルごと回転しながら店の壁へと激突する。

 ドガァァァン!!

 壁に大穴が開き、冒険者たちは星となって空へ消えた。


「……ふぅ。少し扇ぎすぎましたわ」

 ロザリアは鉄扇をパチリと閉じた。

 静まり返る店内。腰を抜かしたヒルダが、震える声で尋ねる。


「あ、あんた……何者なんだい……?」


 ロザリアはフリルエプロンの裾を持ち上げ、優雅にカーテシーをした。


「ただの通りすがりの、利益を追求するレディですわ」



 夕方。

 弐号機に帰還したロザリアの姿は、ボロボロだった。


「クビになりましたわ……」


 店長からは、過去最高の売り上げと用心棒としての働きを涙ぐんで感謝された。だが、壁の修理代と削れすぎた皿の弁償代で、今日の給料は全額相殺されたのだ。

 手元に残ったのは、店長がこっそり包んでくれた賄いの残り、唐揚げだけ。


「おかえりー」

 ライラが寝転がりながら出迎える。

「ん?なんかいい匂いする」


 ライラの鼻がひくつく。ロザリアは、懐から温かい包みを取り出した。


「……ふふ、お土産ですわ。ライラさん」


 それは、彼女が初めて自分の腕力と商才で稼いだ、正真正銘の労働の対価。


「わぁ!唐揚げ!」

 ライラが嬉しそうに齧り付く。

「んー!ジューシー!」


 その笑顔を見た瞬間。

 ロザリアの胸に、今まで感じたことのない温かいものが広がった。筋肉痛の痛みさえ、今は心地よい。


(……悪くありませんわね、労働というのも)


 ロザリアは優しく微笑んだ。その手には、しっかりと唐揚げの油が染み込んでいた。


■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)

【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機


【従業員ステータス】

・ロザリア:【はじめての労働】

職業:アルバイト(即日解雇)。

武器:鉄扇。物理攻撃力Aプラス。

評価:客を物理で脅して利益率の最も高い商品を注文させる悪徳商法と、店を半壊させる圧倒的な用心棒スキルで、食堂の過去最高売り上げに貢献。給料は修理代で消えたが、ライラの笑顔という最高の報酬を手に入れる。

【次回予告】

「この街には、美味しい『カレー』があるらしいよ」

ライラの一言で、一行はカレーの街へ。

しかし、そこは「激辛」を至高とする狂気の街だった。

辛党のライラvs甘党のロザリア。

次回、第53話『灼熱のカレー戦争と、火を噴く王女』。

ロザリアの舌が死ぬ。

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