第52話 はじめての労働と、笑顔0円の断罪劇
翌日。
ロザリアは、深緑のジャージから、可愛らしい町娘風のフリルエプロンに着替えていた。
「……解せませんわ」
彼女は鏡の前でくるりと回る。
場所は、コダマの街にある大衆食堂、満腹亭の裏口。なぜ公爵令嬢である自分が、油とタマネギの臭いが漂う店にいるのか。
「働かざる者、食うべからずです」
付き添いのオトモが、冷徹に告げた。
「貴女の借金は山積みです。今日からここでアルバイトをして、少しでも返済に充てていただきます」
「労働……!わたくしが、給仕ですって……!?」
ロザリアは屈辱に震えた。が、すぐにフンと鼻を鳴らした。
「まあ良いでしょう。わたくしにかかれば、接客など赤子の手をひねるようなもの。最高の商才で、店ごと買収できるほどのチップを稼いでみせますわ!」
自信満々のロザリア。
だが、彼女は忘れていた。昨日までの特訓で自分が物理ゴリラに改造されていたことを。
◇
「あんたが新入りのロザリアかい?」
厨房に入ると、腕組みをした中年女性が仁王立ちしていた。パートリーダーのヒルダ。典型的な新入りいじめを生きがいとする、お局様である。
「フン、なんだいその細腕は。お嬢様気分で来られても迷惑なんだよ」
ヒルダはロザリアの華奢な体(に見えるだけ)を値踏みし、鼻で笑った。
「いいかい?ここは戦場なんだ。使えないヤツは即刻クビだ。……手始めに、そこにある皿を全部洗いな!」
ヒルダが指差したのは、シンクに山積みになった油汚れの皿だった。通常なら一時間はかかる量だ。お嬢様なら泣き出すに違いない。そう思ってニヤリと笑ったヒルダだったが――。
「あら、これだけですの?」
ロザリアは優雅に袖をまくった。その下にある筋肉繊維が、微かに唸りを上げる。
「では、失礼して」
シュババババババッ!!
「は?」
ヒルダの目が点になった。ロザリアの手が残像と化した。昨日のタイヤ引きで培われた握力と瞬発力が、スポンジに伝達される。
キュピィィィン!!
あまりの摩擦熱と圧力により、皿の表面が一瞬で研磨され、新品以上の輝きを放った。いや、よく見ると皿の模様まで削り取られて真っ白になっている。
「……終わりましたわ。次は何を?」
ロザリアが微笑む。所要時間、三分。
「あ、あぁ……」
ヒルダが後ずさる。なんだこの女……皿の柄が消えてる……!?
「い、いい気にならないでよ!次は力仕事だ!ほら、倉庫から三十キロの米俵を運んできな!」
これは無理だろう。普通の男でも苦労する重さだ。ヒルダは勝ち誇った顔をした。
「米俵……これですの?」
ロザリアは米俵の前に立った。そして、片手でひょいと持ち上げた。まるで、羽毛枕を持つかのように。
「……あら?ずいぶん軽いですわね。中身、入ってますの?」
パンパン。ロザリアが米俵を片手でお手玉しながら小首を傾げる。
「ひぃっ!?」
ヒルダが悲鳴を上げた。三十キロをお手玉!?この女、腕の中に油圧シリンダーでも入ってるのか!?
「……ふう。労働とは、意外と退屈なものですわね」
ロザリアは汗一つかかずに米俵を積み上げた。いじめは、物理法則の前に完全に無力化した。
◇
厨房での仕事を準備運動で終わらせたロザリアは、ホールへと出た。
「いらっしゃいませですわー」
棒読みだが、その美貌に客たちがどよめく。しかし、問題はその直後に起きた。
「おいねーちゃん!水!」
ガラの悪い客がコップを突き出す。
ピクッ。
ロザリアの眉が動いた。彼女は優雅に歩み寄り、客の目の前で仁王立ちした。
「……水?」
ロザリアは鉄扇でテーブルをコツンと叩いた。
「お客様。言葉が足りませんわ。お水をいただけますか?……でしょう?やり直し」
「は、はぁ!?」
客が面食らう。
「貴方は今、神聖な食事の場にいます。豚のように餌を求めるのではなく、紳士として振る舞いなさい。さあ、リピート・アフター・ミー。お水をください」
「お、お水を……ください……」
「よろしい。大変よくできました」
ロザリアが優雅に微笑むと、客が顔を真っ赤にして縮こまった。
「ですが、お水だけでは紳士の胃袋は満たされませんわ」
ロザリアは鉄扇の先で、テーブルをメリッと一ミリほど凹ませた。
「当店の本日のおすすめ、豚肉と野菜の煮込み……実はこれ、昨日から煮込まれて原価率が最も低く、なおかつ当店の利益率が最も高いBセットですの。貴方のような荒くれ者の疲労を癒やすのに最適です。……当然、ご注文なさいますわね?」
「ヒッ……は、はい!それを三つ!」
「賢明な判断ですわ」
ロザリアは満足げに頷き、厨房に向かって通った声で指示を飛ばした。
「ヒルダ!三番テーブルから、一番利益率の高いBセットが三つ入りましたわよ!さっさと用意なさい!今日の売り上げ目標まで、まだまだ足りませんわよ!」
「は、はいぃぃっ!」
店内は静まり返り、全員が背筋を伸ばして一番高いメニューを注文し始めた。大衆食堂が、一瞬にして上流階級のマナー教室兼、悪徳商法の現場と化した瞬間だった。
◇
その時だった。
バンッ!!
入り口のドアが蹴破られ、武装した冒険者の男たちが雪崩れ込んできた。
「おいババァ!注文した料理まだかよォ!」
「ぐずぐずしてっと店ごと焼くぞコラァ!」
たちの悪いクレーマーだ。彼らは近くにいたヒルダに絡み、その肩を突き飛ばした。
「きゃっ!」
ヒルダが床に倒れ込む。
「へへっ、トロいんだよババァ!愛想笑いくらいしろや!」
男がヒルダを蹴り上げようとした、その瞬間。
ガキンッ!!
重厚な金属音が響いた。男の足が、何かに阻まれて止まった。
「……あ?」
男が見上げると、そこには優雅に鉄扇を開いたロザリアが立っていた。彼女は鉄扇一つで、男の蹴りを受け止めていたのだ。
「……なんの真似だ、ねーちゃん」
「美しくないですわ」
ロザリアの声は冷え切っていた。
彼女が怒ったのは、ヒルダがいじめられたからではない。そもそもヒルダがいじめられていたことに気づいていない。彼女が許せないのは、もっと根源的なこと。
「食事という神聖な場を汚し、あまつさえ他のお客様の追加注文の邪魔をする……。その下品さが、わたくしの美学と商売に反しますの!」
「はぁ?なんだその扇子は?俺たちに踊りでも見せてくれるのかァ?」
男たちがゲラゲラと笑い、剣を抜いた。
「ええ、踊って差し上げますわ」
ジャキッ。
ロザリアが鉄扇を構えた。その優雅な所作の裏で、全身の筋肉繊維が臨界点まで収縮する。
「――貴方たちが空を飛ぶ舞踏会ですけれど!」
「死ねェ!」
男が剣を振り下ろす。ロザリアは動じない。鉄扇を一閃させた。
「奥義・突風!!」
ブンッ!!
魔力などない。ただの凄まじい腕力によるスイングスピードが、衝撃波を生んだ。
「ぶべらぁっ!?」
男たちが吹き飛んだ。物理的な暴風に煽られ、テーブルごと回転しながら店の壁へと激突する。
ドガァァァン!!
壁に大穴が開き、冒険者たちは星となって空へ消えた。
「……ふぅ。少し扇ぎすぎましたわ」
ロザリアは鉄扇をパチリと閉じた。
静まり返る店内。腰を抜かしたヒルダが、震える声で尋ねる。
「あ、あんた……何者なんだい……?」
ロザリアはフリルエプロンの裾を持ち上げ、優雅にカーテシーをした。
「ただの通りすがりの、利益を追求するレディですわ」
◇
夕方。
弐号機に帰還したロザリアの姿は、ボロボロだった。
「クビになりましたわ……」
店長からは、過去最高の売り上げと用心棒としての働きを涙ぐんで感謝された。だが、壁の修理代と削れすぎた皿の弁償代で、今日の給料は全額相殺されたのだ。
手元に残ったのは、店長がこっそり包んでくれた賄いの残り、唐揚げだけ。
「おかえりー」
ライラが寝転がりながら出迎える。
「ん?なんかいい匂いする」
ライラの鼻がひくつく。ロザリアは、懐から温かい包みを取り出した。
「……ふふ、お土産ですわ。ライラさん」
それは、彼女が初めて自分の腕力と商才で稼いだ、正真正銘の労働の対価。
「わぁ!唐揚げ!」
ライラが嬉しそうに齧り付く。
「んー!ジューシー!」
その笑顔を見た瞬間。
ロザリアの胸に、今まで感じたことのない温かいものが広がった。筋肉痛の痛みさえ、今は心地よい。
(……悪くありませんわね、労働というのも)
ロザリアは優しく微笑んだ。その手には、しっかりと唐揚げの油が染み込んでいた。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機
【従業員ステータス】
・ロザリア:【はじめての労働】
職業:アルバイト(即日解雇)。
武器:鉄扇。物理攻撃力Aプラス。
評価:客を物理で脅して利益率の最も高い商品を注文させる悪徳商法と、店を半壊させる圧倒的な用心棒スキルで、食堂の過去最高売り上げに貢献。給料は修理代で消えたが、ライラの笑顔という最高の報酬を手に入れる。
【次回予告】
「この街には、美味しい『カレー』があるらしいよ」
ライラの一言で、一行はカレーの街へ。
しかし、そこは「激辛」を至高とする狂気の街だった。
辛党のライラvs甘党のロザリア。
次回、第53話『灼熱のカレー戦争と、火を噴く王女』。
ロザリアの舌が死ぬ。
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