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『おもてなしが過ぎる! ~亡国の王女と最強執事の、ボロ屋台からはじめる接客無双~』  作者: 家守 慈絵夢
第五章 ~亡命したけど金がない! 公爵令嬢(無職)、はじめての庶民ライフ~編
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第51話 悪魔の布地と、地獄の朝練

 荒野を走る弐号機ヴェアミーリオのリビングで、ロザリアは死んでいた。


「……うぅ。体が……鉛のようですわ……」


 彼女はソファに沈み込み、ピクリとも動かない。無理もない。公爵令嬢として深窓で育った彼女にとって、連日の逃亡劇と戦闘(主に扇によるツッコミ)、そして昨日の破産ショックは、許容量を超えていたのだ。


「貴女の資金、底をつきましたね」


 オトモが空っぽの財布を逆さにして振る。チャリン、と小銭が一枚落ちた。昨日の厨房改造で、公爵からもらったお小遣い(金貨一枚)を全額使い果たしてしまったのだ。


「うぅ……ライラさんに……お肉を……」

 ロザリアがうわ言のように呟く。そして、ハッとして食い下がった。


「お、オトモ!お父様が置いていった山盛りの金貨があるでしょう!?あれを使えば、高級肉もエステも思いのままですわ!」


 しかし、オトモは冷徹に眼鏡を押し上げた。


「お断りします。あちらは当店の運営資金および、昨日のキッチン破壊の借金返済に充当されました。よって、貴女の資産は現在ゼロ……いえ、マイナスです」


「マイナスですってぇぇぇ!?」


「このままでは、ライラ様を守るどころか、貴女が荷物になります」

 オトモは冷徹に言い放ち、一枚の計画書を取り出した。


「よって、本日より新兵矯正プログラムを開始します。基礎体力の向上、および精神の鍛え直しです。……貴女には戦えるメイドになっていただきます」


「メイド……!?」

 ロザリアがガバッと起き上がった。

「そうですわ……ライラさんに仕えるなら、体力は必須!やりますわ!わたくし、鬼になります!」


「良い返事です。では、支給品に着替えてください」


 オトモが差し出したのは、深緑色の奇妙な服だった。伸縮性のある生地。サイドに入った二本の白線。胸元には『2-B キッド』という刺繍がある。


「……なんですの、このテロテロした布は」

 ロザリアが眉をひそめる。


「伸縮魔導繊維の訓練着です。通称ジャージ。動きやすく、吸汗速乾に優れています」


 ロザリアはおずおずと袖を通した。その瞬間。


「……ッ!?」


 彼女は戦慄した。なんだ、この着心地は。

 コルセットの締め付けがない。絹のような滑らかさではないが、肌に吸い付くような親和性。そして何より――このまま一生、ソファでポテチを食べていたい、と思わせる、恐るべき堕落への誘惑。


「こ……これは……!」

 ロザリアは震える手で自分の体を抱いた。


「悪魔の皮膚ですわ……!着た瞬間に人間の尊厳を溶かし、怠惰な獣へと変える呪いの装備……!いけません、この服を着ていると、人生の目標が急速に蒸発していきますわ……!」


「ただの運動着ですが」

「黙りなさい!わたくしは今、理性と戦っているのです!」


 ロザリアはジャージの誘惑を、持ち前の悪役令嬢プライドでねじ伏せた。


「食事の時間です」

 オトモが恭しくワイングラスを差し出した。中に入っているのは、透明な液体。


「朝食のフルコース。前菜の塩水です」


「……」

 ロザリアは震える手でグラスを受け取った。普通なら卓袱台をひっくり返すところだ。だが、今の彼女は極限の空腹状態。


 コクッ。

 一口飲んだ瞬間、彼女の瞳孔が開いた。


「……あ、甘い?」


 乾ききった細胞に、ミネラルが染み渡る。脳が錯覚を起こした。これはただの塩水ではない。生命のスープだ。


「……ブラボー!五臓六腑に染み渡りますわ!シェフを呼んで!いえ、おかわりを!」

「ありません。さあ、外へ」



 早朝のコダマ街道。

 朝日が照らす荒野に、巨大なトラック用の古タイヤが置かれていた。タイヤにはロープが結ばれ、その端がロザリアの腰に巻かれている。


「では、目標地点までダッシュ百本。始め」

 オトモがストップウォッチを押す。


「なめるなですわァァァ!」


 ロザリアが駆け出す。

 ズザザザザッ!

 タイヤが砂煙を上げて引きずられる。重い。死ぬほど重い。だが、彼女は止まらない。ライラを守る盾となるために。


「一本目、クリア!」

 ロザリアが肩で息をする。

「はぁ……はぁ……どうです、オトモ!わたくしの根性を見直しましたか!」


「まだまだですね。……負荷が足りません」

 オトモが指を鳴らす。


「ライラ様、どうぞ」

「ほーい」


 ポヨン。

 タイヤの上に、ライラが飛び乗った。手には特大ののり弁が握られている。


「……は?」

 ロザリアの目が点になる。


「負荷を追加しました。……さあ、二本目です」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!タイヤだけでも重いのに、ライラさんまで!?」

 ロザリアが悲鳴を上げる。

「わたくし、死んでしまいますわ!オトモ、貴方には血も涙もなくて!?」


 だが、オトモは静かに首を振った。その瞳には、冷酷さの中に奇妙な熱が宿っていた。


「ロザリア様。姫君の隣に立つ者は、誰よりも強くなければなりません。……これは教育です」


「きょ、教育……!?」

 その言葉に、ロザリアが怯む。すかさず彼女はライラに助けを求めた。


「ラ、ライラさん!降りてくださいまし!わたくしが潰れてしまいます!」


 しかし、ライラはのり弁の蓋を開けるのに夢中だった。磯の香りが漂う。


「……くんくん。やっぱのり弁だよねぇ」

「ライラさん!?聞いてらっしゃいます!?わたくしの命の危機より海苔ですの!?」


「さあ、スタートです」

 オトモの無慈悲な合図。


「ぬぐぐぐ……!おぼえてらっしゃい腹黒執事ィィ!」


 ロザリアが再スタートを切る。

 ズズズズズ……ッ!

 重さが倍増している。しかもライラがのり弁を食べ始めたせいで、リアルタイムで質量保存の法則が増加していく。


 地獄絵図だった。ジャージ姿で砂まみれになり、形相を変えてタイヤを引く公爵令嬢。その上で、のんきに弁当を食らう王女。そして、無表情でタイムを計る執事。


「ぬぐぐぐ……!お、重い……!ですが……!」


 ロザリアはロープ越しに意識を集中した。ロープから伝わる振動。それはライラが弁当を咀嚼するリズム。そして時折聞こえるうまーという能天気な声。


「あぁ……感じる……!ライラさんと……物理的に繋がっている……!」


 極限状態の中、ロザリアの脳内麻薬が分泌された。苦痛が快感に変わる。重さが愛に変わる。


「これはトレーニングではありません……ご褒美ですわ!」


 恍惚の表情でタイヤを引く公爵令嬢。

 その時。


 ガツンッ!

 タイヤが巨大な岩のくぼみに引っかかり、動かなくなった。


「……あら?」

 ロザリアが足を止める。動かない。これ以上進めない。普通の人間なら、ここで体勢を直すか、岩を避けるだろう。だが、彼女は違った。思考回路が筋肉と愛で焼き切れていた。


 カッ!

 ロザリアの瞳が断罪の色に染まる。


「……反逆、ですわね?」


 彼女は振り返り、動かなくなったタイヤと地面を指差した。


「告発します!第一の罪!わたくしとライラさんの愛の行進を妨害した通行妨害罪!第二の罪!あまつさえ、ライラさんが乗っている神輿を止めるとは、万死に値する不敬罪!」


 ビシィッ!とジャージ姿で岩を指差す。


「本来なら、学園の舞踏会で断罪されて震えるのはわたくしの役目……!ですが今日!この荒野においては、貴様が悪役であり、わたくしが正義の鉄槌ですわ!!」


 ロザリアは腰を落とし、ジャージの袖をまくり上げた。その細腕に、ありえない血管が浮き出る。


「判決を言い渡します!――粉砕刑!!」


「んんんんぬあァァァァッ!!」


 ブチブチブチィッ!

 ジャージの繊維が悲鳴を上げ、愛の馬鹿力が発動した。


「……あぁ、聞こえますわ……!わたくしの筋肉が……歓喜の声を上げて笑っていますわ!!」


 ドガァァァン!!

 彼女は力任せにタイヤを引っこ抜き、引っかかっていた岩ごと粉砕して駆け出した。


「オーッホッホ!愛に障害などありませんわァァァ!」


 砂煙を上げて爆走するロザリア。タイヤの上で、ライラがのり弁の最後の一口を頬張りながら呟く。


「……ロザリア、揺れるから食べるの大変なんだけど」

「申し訳ありません!次は揺れない走りを習得しますわ!」



 ゴール地点。

 百本のダッシュを終え、ロザリアはぜぇぜぇと息を切らしながらも、扇子を開いてオトモを睨みつけた。


「……はぁ、はぁ。どうです、オトモ。わたくしの基礎体力、証明されましたわね?」

「ええ。ゴリラ並の腕力ですね。合格です」

「お黙りなさい。……わたくしがこんな泥臭い特訓を受けたのは、貴様のしごきに屈したからではありませんわ。ライラさんを守るための物理的な盾になること。そして……」


 ロザリアはジャージのポケットから、何かを取り出し、ドサリとオトモの足元に投げ捨てた。


「なっ……これは……」

 オトモの目がわずかに見開かれる。


 それは、コダマ街道特有の希少な魔力鉱石、そして高価な香草の束だった。


「この街道の地質と植生を、走りながらリサーチするためですわ!これだけあれば、当面の路銀と燃料の足しにはなりますわね?」

「……おやおや。走りながら、これを採集していたと?」


「言ったはずですわ、悪徳執事。わたくしは投資家ですのよ。自分の筋肉すらも、利益のための資本に変えてみせますわ!」


 ロザリアは泥まみれのジャージ姿のまま、不敵な笑みを浮かべた。


「わたくしの商才と、この新しく手に入れた腕力……。必ずや貴様のすまし顔を、金貨の山で引っぱたいてやりますわ。覚悟なさい!」


 ただのポンコツではない。

 公爵令嬢としての誇りと知性、そしてライラへの異常な愛が生み出した、頭脳と腕力を兼ね備えた最強のスポンサー。

 オトモは恭しく一礼し、眼鏡の奥で楽しげに目を細めた。


「ええ。お手並み拝見といきましょう、ロザリア様」


■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)

【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機


【従業員ステータス】

・ロザリア:【知能犯ゴリラ】

装備:芋ジャージ(悪魔の皮膚)

スキル:愛の馬鹿力、及び走りながらの地形リサーチと希少素材採集能力。

状態:オトモの理不尽なシゴキを逆に商売の資本に変え、知性と腕力を兼ね備えた最強のスポンサーとして覚醒。


店長ライラ:【重り兼お弁当係】のり弁を食べることに夢中で、ロザリアの激走の負荷(質量保存の法則)を増加させる。

執事オトモ:【鬼教官】ロザリアの体力と商才の成長を評価し、少しだけ見直す。

【次回予告】

「お客様は神様ではありません」

筋力を手に入れたロザリアだが、金はない。

オトモは「労働の尊さを知れ」と、次の街の定食屋でのアルバイトを命じる。

しかし、そこで待っていたのは、典型的な「いじめっ子」の同僚だった。


物理攻撃力がAになった彼女の「扇子」は、もはや凶器と化す。

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