第50話 灼熱の厨房と、改造されたパン焼き機
翌朝。
オモテナシ弐号機『ヴェアミーリオ』の厨房担当、元・荒くれ料理人のキッドは、かつてないほどの高揚感と共にキッチンへと向かった。
「ふふふ……。昨日の公爵からの差し入れ『最高級熟成ハム』。
これを厚切りにして、カリッと焼いたトーストに乗せる……。ライラの喜ぶ顔が目に浮かぶぜ」
彼は眠い目をこすりながら、愛用の厨房のドアを開けた。
そこには、見慣れた木目調の調理台と、使い込まれた鉄鍋があるはずだった。
――ズキュゥゥゥン!!
ビカビカビカッ!!
「……あ?」
キッドはサングラス(かけてないが)が割れるほどの衝撃を受けた。
そこは、厨房ではなかった。
光と電子の魔窟だった。
壁一面に埋め込まれた七色のLED。回転するパトランプ。
コンロは禍々しいクリスタルでデコレーションされ、換気扇からは重低音のクラブミュージックが流れている。
そして、中央に鎮座するトースターは、どう見ても『黄金の砲台(パパ・キャノン仕様)』になっていた。
「な、なんだこれはぁぁぁ!?」
「あ、おはよーキッド」
DJブースのような調理台の下から、煤だらけのミルカが顔を出した。
手にはスパナと、ロザリアの財布(空っぽ)が握られている。
「み、ミルカ! 俺の城に何をした!?」
「何って、ロマンの追求よ」
ミルカは恍惚とした表情で語った。
「昨日の公爵の耕運機を見て、私、気づいちゃったの。
『ただ焼くだけ』なんてつまらない。料理にはエンターテインメントが必要だって。
だから、スポンサー(ロザリア)を募って改造したの」
「スポンサーだぁ!?」
そこへ、騒ぎを聞きつけたロザリアが優雅に現れた。
彼女は胸を張って扇子を開く。
「お静かになさいキッド。これはわたくしへの投資ですわ」
「ロザリア、お前か! なけなしの小遣い(金貨一枚)をどうした!?」
「フフン、有効活用しましたわ!
ミルカが言ったのです。『この金貨があれば、ライラさんのために最高に素早く、最高にエキサイティングにパンを焼く機械が作れる』と!
ライラさんの朝食革命……これぞ有意義な散財ですわ!」
ロザリアは自信満々だった。
まさか、それが悲劇の幕開けだとも知らずに。
「ちなみにキッド、これ第二形態もあるのよ」
ミルカが悪魔のような笑みを浮かべ、スイッチに指をかけた。
「第二形態……?」
「うん。パンを焼くだけじゃなくて、対象の口を画像認識し、音速で食道に叩き込む『自動追尾給餌モード』」
「やめろォォォ!! それは食事じゃねぇ、拷問だ!!」
「大丈夫、計算通りよ」
ミルカは眼鏡を光らせ、早口でまくし立てた。
「射出角度45度、初速マッハ0.8。パンの表面積に対する空気抵抗を最小化することで、カリカリ感を損なわずに胃袋へ直送する……完璧な理論(狂気)だわ」
「試運転いくわよ。……ハムとパンを装填」
ミルカが、キッドの手から食材を奪い取り、黄金の砲台にセットした。
「焼き加減設定:ギャラクシー・バースト。……ファイア!」
カッ!
トースターが太陽のように輝き、一瞬でパンとハムが焼ける。
次の瞬間。
ズドン!!
爆音と共に、トーストが音速で射出された。
「うおおっ!?」
キッドがのけ反る。
黒い塊となったトーストは、リビングの壁に突き刺さり、ジュゥ……と悲しげな煙を上げた。
……。
…………。
静寂が訪れた。
BGMの重低音だけが、虚しく響いている。
壁に突き刺さったのは、見るも無惨な『ハムの消し炭』だった。
「……どう? インパクトあるでしょ」
「……」
キッドは答えない。
ただ、震える手で壁の炭に触れた。
「俺の……俺のハムを……」
ゆらり、とキッドが振り返った。
その瞳からハイライトが消えている。
「食材はな……命なんだよ……!
それを炭にしたってことは……てめぇら、命を二度殺したってことだ……!」
ゴゴゴゴゴ……!
キッドの背後に鬼神の如きオーラが立ち昇る。
それは紛れもない殺意。
「ひぃぃっ!? ち、違いますわキッド! わたくしは『最高のトースト』を頼んだだけで……!」
「問答無用!!」
キッドが包丁を床に突き立てた。
【断罪イベント発生】
「被告人、ロザリア・フォン・ローゼンバーグ!
および実行犯ミルカ!」
「ひっ……!? (なぜわたくしが裁かれますの!?)」
「罪状!
第一、神聖な厨房をパチンコ屋に変えた『不法侵入・改造罪』!
第二、なけなしの金貨をドブに捨てた『浪費罪』!
そして第三……ライラが楽しみにしていたハムを『二度殺し』にした『食材侮辱罪』!!
万死に値する!!」
「ま、待ってくださいまし! わたくしは騙された被害者……!」
「出資者は同罪だオラァ!! 歯ぁ食いしばれぇぇ!」
キッドが包丁を構えて迫る。
ロザリアが「ひぃぃっ! 悪役令嬢が断罪されるのは婚約破棄の時だけですわぁぁ!」と逃げ惑う。
その時。
騒ぎを聞きつけたライラが、のっそりと顔を出した。
「……なんかいい匂いする」
ライラの登場に、ロザリアが救いを求めて駆け寄る。
「ライラさん! 助けてくださいまし! わたくしは貴女様のために、この素晴らしい……!」
「……お腹すいた」
ライラの言葉が、ロザリアの言い訳を遮った。
彼女は七色に光るトースターをじっと見つめ、短く、絶対的な命令を下した。
「……早く食べたい」
その一言で、キッドの殺意がピタリと止まった。
食の王女の絶対命令。
空腹のライラを待たせることは、料理人として最大の罪。
「……チッ。今回だけは見逃してやる。
だがなロザリア、これでお前の全財産(金貨一枚)は消えたぞ。明日からどうするんだ?」
「あ……」
ロザリアの動きが止まる。
そうだ。ハムは炭になり、キッチンはディスコになり、手元には一銭もない。
「お、オトモ! オトモはいなくて!?
追加の融資を! あるいは前借りを!」
振り返ると、そこにはいつの間にかオトモが立っていた。
手には一枚の紙を持っている。
「残念ながら、融資の枠は一杯です」
オトモは冷徹に告げた。
「金がないなら、体で払っていただきましょう」
「ひぃっ!? な、何をさせますの!?」
「ご安心を。……健全な『教育』です」
オトモが広げた紙には、地獄のようなスケジュールが書かれていた。
早朝マラソン。タイヤ引き。スクワット1000回。
「明日から『新兵矯正訓練』を開始します。
ロザリア様。姫君の側に立つ者は、まず己を律する必要があります。
……今の貴女は、金もなく、体力もなく、ただの『光るゴミ(ゲーミングキッチン)』に出資するカモです。
一から鍛え直して差し上げますよ」
「そ、そんな……ご飯は? ご飯は出ますわよね!?」
ロザリアが縋るように聞く。
「ええ、もちろん。
訓練中の食事は『粗食』になります」
オトモは能面のような笑顔で、ロザリアに死刑宣告を下した。
「朝:塩水
昼:塩水
夜:……ご褒美として、塩水です」
「塩しかないですわぁぁぁ!!」
その瞬間、ロザリアの脳裏に未来の光景がフラッシュバックした。
芋ジャージ姿で荒野を走る自分。
重いタイヤを引きずり、泥にまみれ、
そして震える手で、塩水をすする自分――。
「いやぁぁぁぁ! わたくしは公爵令嬢ですのよぉぉぉ!」
ロザリアの絶叫が、重低音のBGMにかき消されていった。
七色に明滅するキッチンの光が、彼女の絶望をドラマチックに演出していた。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・弐号機
【厨房設備】
『ゲーミング・キッチン(パパ・リスペクト)』
[効果] ライラのテンションUP / キッドのSAN値低下 / ミルカの自己満足MAX
【従業員ステータス】
・ロザリア:【一文無し】出資詐欺に遭い、破産。
[状態] 明日から塩水生活確定。
【次回予告】
「……塩って、甘いんですね」
極限状態のロザリア。
支給されたのは、人間をダメにする『悪魔の布地』だった。
タイヤを引き、荒野を駆ける令嬢の目に映るものは、蜃気楼か、それとも筋肉の神か。
物理攻撃力が上昇する音が聞こえる。
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