第48話 亡命令嬢の憂鬱と、赤い毒汁
コダマ街道の荒野に、朝日が昇る。
停車したオモテナシ弐号機ヴェアミーリオのリビングで、ロザリア・フォン・ローゼンバーグは目を覚ました。
慣れない硬いソファ。だが、不思議と体は軽かった。
隣を見ると、銀髪を爆発させ、口元を緩めて二度寝しようとしているライラがいた。
(……本当に、帝国を捨ててしまったのですね、わたくし)
ロザリアは小さく微笑み、自らの決断を噛み締めた。後悔は微塵もない。
そこへ、冷ややかな声と共に黒い影が現れた。燕尾服の執事、オトモである。
「お目覚めですか、ロザリア様」
オトモは銀のトレイをテーブルに置き、残酷な現実を告げた。
「まず、貴女の資産は国家反逆罪により凍結されました。さらに昨夜の宴会費と私の美学費により、当店の金庫は空です。つまり、我々は今、文無しです」
「……は?」
ロザリアの優雅な所作が止まる。
「文無し……?では、今日のライラさんのお食事は?おやつは?最高級の和牛は?」
「ありません。あるのはこれだけです。本日の朝食。激辛即席麺レッド・ヌードルです」
「な……!」
ロザリアは後ずさった。
「……オトモ。わたくし、帝国のあらゆる毒飾を見てきましたが、このような視覚暴力は初めてですわ。これは……兵器ですの?」
「ただのカップ麺です。お湯を入れて三分待つだけですよ」
「三分!?煮込みもせず、出汁も取らず!?そんな魔法のような……いえ、邪法ですわ!」
ロザリアは公爵令嬢としての常識を揺さぶられながらも、悲壮な覚悟でフォークを手に取り、自分用のカップの紙蓋をめくった。
ペラッ。
蓋がめくれ――そして、すぐにクルリと元に戻り、カップを閉じた。
「……?」
もう一度めくる。ペラッ、クルッ。
蓋は頑なに、中身を見せまいと元の形状に戻る。熱気で反り返っているだけなのだが、ロザリアの悪役令嬢としてのプライドが過剰に反応した。
カッ!
「……反逆、ですわね?」
ロザリアは立ち上がり、扇子でカップ麺を指弾した。その声は、舞踏会場の中央で罪人を告発するが如く、朗々と響き渡る。
「第一の罪!貴様はただの紙切れでありながら、わたくしに情報を隠蔽しようとした不敬罪!」
「第二の罪!主であるライラさんの空腹を妨げようとする業務妨害罪!」
「そして第三の罪!わたくしの優雅な朝を台無しにした精神的苦痛!」
彼女はフォークを高く掲げ、冷徹に見下ろした。
「被告、最後に言い残すことは?……沈黙。よろしい、ならば有罪ですわ。判決を言い渡します!――死刑!!」
ドスッ!!
フォークが蓋を貫き、物理的にねじ伏せた。
「オーッホッホ!わたくしに逆らうからこうなるのですわ!ざまぁみなさい!」
カップ麺相手に完全勝利したロザリア。だが、肝心の中身を口にする勇気が出ない。匂いだけで鼻が曲がりそうだ。
その時。
「んー……いい匂い……」
隣でライラがむくりと起き上がり、自分のカップ麺を掴んだ。ズズッ、と一口啜る。
「辛っ!……でも美味い。やっぱ朝はこれだよねぇ」
「ラ、ライラちゃん!?いけません、そんな下賤なエサを!」
ロザリアが止めようとするが、ライラは気にせず、残りの麺をフォークで巻き取った。そして、ふー、ふー、と息を吹きかける。
「ほら、ロザリアも食べなよ。……あーん」
差し出されたフォーク。ライラの吐息がかかったジャンクフード。
(ライラさんが……わたくしに!?しかし、これはどう見ても下賤な……ええい、毒を食らわば皿までですわ!)
ロザリアは公爵令嬢としての矜持と葛藤しながらも、震える口を開けた。
パクリ。
口の中に、ジャンクな旨味と、計算されていない暴力的な塩分が爆発した。
「……ッ!!美味しい……!この暴力的な塩分、そしてライラさんの慈悲深い吐息……!まるで天使と悪魔のワルツですわ!」
「でしょー?美味いっしょ?」
ライラがニカッと笑う。
「はいっ!世界一ですわライラちゃん!」
公爵令嬢の常識が、万事屋の非常識にあっさりと敗北した瞬間だった。
◇
朝食後。
腹を満たしたロザリアは、鏡を見て絶叫した。
「キャァァァ!ドレスが!ライラさんの隣を歩くためのドレスがボロボロですわ!」
昨夜の逃走劇で、ドレスは見る影もない。
「これではライラさんの隣を歩けませんわ……!オトモ!新しいドレスを!」
「金はありません」
オトモは即答し、業務用の銀色ガムテープを取り出した。
「ですが、当店のアフターサービスとして修繕は承りましょう。これはボンテージ・テープと言いまして、最新のパンク・ファッションです」
ビリッ、ビリビリッ!
オトモは目にも留まらぬ速さでロザリアの身体にテープを巻きつけ、破れた箇所を安全ピンで留めていく。
「完成です」
鏡に映ったのは、銀色のテープで補強され、安全ピンがジャラジャラとついた、世紀末の戦闘服のような姿だった。
「……なによこれ。ゴミ捨て場の妖精かしら?」
ロザリアが顔をしかめ、激しく拒絶した。
「お断りですわ!わたくしは誇り高きローゼンバーグの血を引いた者!こんなあからさまに治安の悪い服を着て、ライラさんの隣を歩けると思いまして!?」
だが、オトモは囁いた。
「おやおや。ライラ様を守る騎士になりたいのではありませんか?そのドレスなら、棘で敵を威嚇できます。……ライラ様に近づく悪い虫を、物理的に排除するための鎧ですよ」
「……!」
その言葉に、ロザリアの瞳が輝いた。騎士。ライラさんを守る盾。
「……そうですわね。フフッ、悪くありませんわ」
ロザリアは胸に手を当て、静かに誓うように呟いた。
「ええ、わたくしはもうカゴの中の鳥ではありませんもの。ライラさんのためなら、わたくし……自ら棘を纏う狂犬となり、敵を噛み殺して差し上げますわ!」
彼女は振り返り、ライラに向かって胸を張った。
「見てくださいライラさん!この愛の戦闘服を!これからは、わたくしが貴女様の盾となりますわ!」
ライラはポテチの袋を開けながら、ぼんやりと答えた。
「うん、なんか強そうでいいじゃん。頼もしいよ、ロザリア」
「……っ!!お任せくださいませ!」
気高さと貧乏臭さ、そしてライラへの巨大な忠誠心が同居する、新生・悪役令嬢。
文無しとなった万事屋の、新たな混沌の日々が幕を開けた。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・移動店舗弐号機(逃亡編モード)
【総合評価】 測定不能
・現状:国家反逆罪により資産凍結。手持ち資金ゼロの文無し状態。
【新規メニュー】
『激辛即席麺レッド・ヌードル』
食材:保存食とジャンクな旨味。
効果:公爵令嬢の常識を破壊し、ジャンクフードの沼へ引きずり込む暴力的な塩分。
【従業員ステータス】
・店長:【通常営業】文無しになっても動じず、朝からジャンクフードとポテチを貪る悪徳店長。
・執事:【節約家】ガムテープをパンク・ファッションと言いくるめ、被服費をゼロに抑える悪徳執事。
・ロザリア:【適応開始】カップ麺の蓋を死刑に処す気高さを見せつつ、ジャンクフードの味とガムテープの鎧に順応した新生・悪役令嬢。
【次回予告】
「娘を返せェェェ! パパが来たぞォォォ!」
荒野を爆走する黄金の耕運機。
襲来したのは、ロザリアの父・ゲルハルト公爵だった。
彼は「娘への愛」を込めて、物理的にハムを投げつけてくる!?
次回、パパの暴走は、誰にも止められない。
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