第46話 断罪の法廷(前編) ~努力の結晶と、メッキの剥離~
夜明けの冷気が、荒れ果てた野外ステージを包み込む。
昨日までの喧騒が嘘のように消え、そこにはただ、処刑場のような静寂だけがあった。
「――罪人、ロザリア・フォン・ローゼンバーグ。前へ」
ヘリオス王子の怒声が響く。
近衛騎士に押し出され、ロザリアは泥にまみれたステージへと歩み出た。
だが――彼女は一切たたらを踏まない。汚れたドレスの裾を払い、扇子を開く。その所作は、断罪される者ではなく、舞踏会の主役のように優雅だった。
「……何の真似ですの、殿下」
声は氷のように冷たい。しかし、その奥には、燃え盛る溶岩のような自負が宿っていた。
「わたくしを断罪なさる?よろしいですわ。ですが――その隣の、礼儀作法すら知らぬ平民の言葉を根拠になさるのなら……帝国の法も地に落ちたものですわね」
「貴様……まだモモを侮辱するか!」
「事実を申し上げたまでです。殿下、お忘れですか?」
ロザリアが一歩踏み出す。その一歩だけで、王子の肩がわずかに震えた。
「わたくしは三歳の頃より、子供を捨てました。貴方様の未来を支えるために」
淡々と語られる言葉は、刃より鋭い。
「貴方様が木登りをしていた頃、わたくしは外交文書を暗記しておりました。貴方様が寝息を立てていた頃、眠気覚ましに太ももへ針を刺しながら経済学を修めました」
手袋をはめた手を掲げる。
「この下にあるペンだこが、わたくしの誇り。笑顔の角度を鏡の前で何百回も矯正し、コルセットで肋骨がきしむほど締め付け……全ては、貴方様の隣に立つ完璧な王妃という作品を作り上げるためでしたわ」
それは愛の告白ではない。努力という名の怪物が積み上げた年月の証明だった。
「それを……出会って数ヶ月のポッと出の女の涙一つで否定なさった。……嘆かわしい。あまりにも、嘆かわしいですわ」
「黙れ!愛に時間は関係ない!モモの笑顔の前では貴様の理屈など無価値だ!」
王子の判断力は、モモの魅了魔法に濁らされていた。
彼が剣を抜き、ロザリアへ向けたその瞬間――。
「……ちょっと待ちなさいよ。長い前置きねぇ」
ステージの端、本来なら重罪人として厳重に拘束されているはずの特等席から、場違いな咀嚼音が響いた。
「なっ……貴様、なぜ拘束が解けている!?」
王子が驚愕して振り返る。
そこには、手枷と足枷をまるで知恵の輪のようにあっさりと外し、優雅にカニクリームコロッケを頬張るライラの姿があった。
「帝国の手枷なんて、アビスの鍵穴よりガバガバよ」
ライラは口の周りのパン粉を拭い、呆れたように王子を見下ろした。
「ロザリアの長台詞、いいスパイスだったわ。でも、メインディッシュの前に客の舌が腐ってちゃ、商売にならないのよ」
「き、貴様!近衛兵、こいつを斬り捨てろ!」
王子の命令で騎士たちが動こうとしたが、ライラは全く動じず、高らかに指を鳴らした。
「オトモ、キッド!このバカ王子のショートした脳味噌を、極上のスープで洗浄してやりなさい!店長命令よ!!」
「御意」
「へっ、お待ちどう」
突如、騎士たちの包囲網を縫うように、燕尾服のオトモとコックコートのキッドがステージに躍り出た。二人の動きはアビスで培われた神速であり、騎士たちは反応すらできない。
キッドの手には、銀のトレイに乗った黄金色のスープがあった。
「処刑の前に、最後の解毒をさせていただきませんか?」
オトモが恭しく微笑む。
「ふん……喉は渇いていた。よこせ」
王子は無意識に――あるいはスープが放つ本能的な生命力に抗えず、カップを奪い取り、一気に飲み干した。
――その瞬間。
世界が、静まった。風の音も、罵声も、モモの甘い囁きも消える。胃の奥から湧き上がる温かさが、脳を覆っていた桃色の霧を物理的に押し流していく。
「ぐ……あ……っ……!?」
王子の視界が澄み渡る。
キッドが静かに告げた。
「深海王の脱皮スープだ。古い殻を破り再生した、アビスの真紅の怪物の生命力は、地上の嘘を完全に剥がす」
パリンッ。
王子の美観スキャナーが、内側から砕け散った。偽りの数値を映すレンズが、真実の純度に耐えられなかったかのように。
「……な、なんだ……これは……」
王子は見た。ロザリアの背後に――積み上げられた書物の山が幻のように立ち上がるのを。
破り捨てられた礼法ノート。血の滲む指。深夜の書斎。針で眠気を刺しながら灯した蝋燭の光。
それらが黄金のオーラとなって、ロザリアを包んでいた。
「……ロザリア……君は……なんと気高い……」
次に、モモを見る。
そこにあったのは――ペラペラの紙切れのような、醜い空洞だった。
「う、うわっ……!?な、なんだその……薄っぺらさは……!」
「キャッ!?どうしたの殿下ぁ!」
王子は本能的に後ずさる。
「近寄るな!なぜ私は……こんな安っぽい女を宝石と間違えた……!?」
その言葉が、モモの逆鱗を砕いた。
「……あ?」
モモの体から、どす黒いピンク色の魔力が噴き出す。魅了魔法の暴走――オーバーロード。
「愛してよ!!私だけを見てよ!!私はヒロインなのよォォォ!!」
魔力の奔流が王子を包み、意識を再び混濁させようとする。
王子は半狂乱でロザリアへ手を伸ばした。
「ロザリア……助けてくれ……!私が間違っていた!やり直そう!」
だがロザリアは、一歩も動かない。扇子で口元を隠し、冷徹に告げた。
「……お断りしますわ」
「え……?」
「殿下。わたくしは貴方様の未来を作るために、己を削り続けました。ですが――貴方様は、その未来に値しなかった」
視線は、もはや王子を見ていない。
「平民の色香に惑わされ、忠臣を切り捨てる愚か者。そんな欠陥品に、これ以上の投資は無駄ですわ」
「ロ、ロザリア……?」
「お似合いですわよ。その偽物の愛がお好きなのでしょう?どうぞ、心中なさいませ」
そして背を向ける。
「わたくしが血を吐く思いで積み上げてきた十数年は……こんな安っぽい茶番のためにあるのではありませんわ」
その直後、ライラが満足げに手を叩いた。
「極上のおもてなしだったわね。これで、あんたの私怨もスッキリ精算できたでしょ?」
「ええ。最高の気分ですわ、店長」
ロザリアが悪役令嬢として完全に吹っ切れた、その瞬間――。
ズズン。
空気が物理的に重くなった。モモの暴走魔力すら押し潰す、絶対的な覇気。
「……騒がしいですね」
観客席の最上段、御簾が静かに上がる。
漆黒のドレスを纏った、帝国の真の支配者。女帝マリアンヌが現れた。
会場中が凍りつく中、ロザリアが優雅にカーテシーを決める。
「……遅すぎますわ、陛下。貴女の可愛い息子さんは、もう壊れてしまいましたけれど?」
悪役令嬢ロザリア。
その言葉を受け、女帝の冷酷な視線がステージへ注がれた、その時だった。
ライラの纏う空気が、深海の底よりも冷たく、重く変貌した。
がさつな悪徳店長の気配は完全に消え去り、代わりに現れたのは、底知れぬ静かな怒りと、周囲の空気を圧し潰すほどの絶対的な王者の覇気だった。
泥にまみれた粗末な服を着ているというのに、彼女がそこに立つだけで、巨大な帝国の重圧すらちっぽけな幻に思えた。
キッドとオトモが、かつてない主の気迫を察し、言葉もなく臣下として両脇に傅く。
「……御機嫌よう、ゴルテナの女帝陛下」
ライラの声は決して大きくはなかった。だが、その声は空間の震えとなって、女帝の鼓膜へ直接届いた。
「随分と騒がしい庭園ですこと。帝国の治世も、足元から綻び始めているのではなくて?」
亡国の王女、ライラ。
かつて全てを奪われた過去の血の匂いと、国を統べる者としての圧倒的な威風。ただの気高さではない。それは、敵対する玉座を物理的に喰い破ろうとする、捕食の王の姿だった。
その尋常ならざる覇気に、女帝マリアンヌの目が微かに見開かれる。
帝国の頂点に対しても、二人の少女は一歩も引くことなく、不敵に微笑んでみせた。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・移動店舗弐号機
【総合評価】 計測不能
【本日のメニュー】
『深海王の脱皮スープ』
食材:将軍ガニシュカの脱皮殻から抽出した再生のエキス。
効果:強制解呪。視覚・聴覚を覆う欺瞞を物理的に剥がす。
【重要人物ステータス更新】
・店長:【捕食の王】自ら手枷を外し王子の洗脳解除を命じた絶対的司令塔。女帝の覇気に対し、静かな怒りと同等の王者の覇気で玉座を喰い破ろうとする。
・ロザリア:【真の悪役令嬢】王子への未練、完全消滅。愚か者を切り捨てる高潔な支配者へと進化。
・ヘリオス王子:【精神崩壊】スープにより正気に戻るも、現実と喪失に直面しキャパシティオーバー。
・モモ・ピーチ:【魔力暴走】シナリオ崩壊によるパニックで魅了魔法が暴走。ヒロインの皮が剥がれ、無差別に精神汚染を撒き散らす災害と化す。
・女帝マリアンヌ:【降臨】戦場に介入。その覇気でモモの暴走を物理的に押し潰すが、ライラの尋常ならざる威風に目を留める。
【次回予告】 女帝の冷酷な審判が下る。 地下牢の闇で待つ、ゴルテナの真の支配者とは? そして、全てを捨てたロザリアが選ぶ「新しい人生」の味は――。
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