第41話 万事屋、ナメられる
翌朝。
聖ガルディア学園の中庭に、不穏な空気が張り詰めていた。
「ねぇ聞いた? 生徒会から『立ち入り禁止』の通達が出るらしいよ」
「マジ? あの中庭の店?」
「うん。モモちゃんが泣きながら先生に相談してたって。『ナイフを突きつけられて怖かった』って震えてたらしいよ……」
「うわ、最悪。野蛮人はこれだから困るよね」
それは単なる噂話ではなかった。
教師や生徒会といった「権威」を巻き込んだ、極めて巧妙な情報操作。
万事屋弐号機を見る生徒たちの目は、汚物を見る目から、明確な「敵」を見る目へと変わっていた。
「……クソがッ! 誰が脅しただ、誰が!」
厨房の奥で、キッドが包丁を叩きつける音が響く。
ダンッ!!
まな板に深々と刃が突き刺さる。
「落ち着きなさいキッド。……まな板が割れる」
「けどよぉ! あいつら、あることないこと吹き込みやがって……!」
ライラがキッドの肩を掴む。
彼女は暴れようとはしなかった。ただ、その瞳孔は細く収縮し、捕食者が獲物の喉笛を狙う時の静けさを湛えていた。
「……私も怒ってる。あの女の首を食いちぎりたいくらいにね。
でも今は耐えるの。オトモが『商売で殺す』って言ったから」
客はゼロ。
閑古鳥が鳴くテラス席に、ようやく数人の女子生徒が入ってきた。
彼女たちはカウンターを一瞥もせず、ドカッと椅子に座り込んだ。
「あー疲れたぁ。ここ、椅子だけは上等だよね~」
「ねー。ちょっと休憩しよ」
広げられたのは、ピンク色のカップと、毒々しい色のパンケーキ。
モモの店のテイクアウト商品だ。
「……おい。てめぇら」
キッドが低い声で唸る。
「ウチは持ち込み禁止だ。注文しねぇなら出て行け」
すると、女子生徒たちはキョトンとした顔を見合わせた。
そこにあるのは明確な敵意ではない。もっと質の悪い、無自覚な残酷さだった。
「え~? なんで怒るの? 場所くらい貸してくれてもよくない?」
「ていうかさぁ、ロザリア様のお店って、なんか『古い』んだよね」
「分かるぅ。ロザリア様って、もうダサくない? 時代はモモちゃんみたいな『癒やし系』だし」
古い。ダサい。
彼女たちは無邪気に笑いながら、キッドのコロッケを指差した。
「そんな茶色い料理、映えないし。……ねぇ、邪魔しないでくれる?」
キッドの拳が震える。
だが、ライラの冷たい手がそれを制止した。二人は無言で、屈辱の味を噛み締めた。
◇
弐号機内部、ラボエリア。
ミルカがモニターに映る化学式を睨みつけていた。
「……汚い」
彼女の声には、科学者としての純粋な憤怒が混じっていた。
「成分特定。『チャーム・スパイス(夢見の芥子)』の粗悪な合成品よ」
「ほう。効果は?」
「強力な多幸感と、判断能力の低下。……でも、見て。この分子構造の歪み」
ミルカが画面を指差す。
「即効性を出すためだけに、回路をショートさせてる。これじゃ脳が焼き切れるわ。
……美しくない。こんな雑な式で『魔法』を名乗るなんて、あたしの専門分野への冒涜よ」
「なるほど。未来ある若者を使い捨ての電池にするとは……罪深いですね」
オトモは静かに紅茶を啜った。その眼鏡の奥の光は、絶対零度まで冷え切っていた。
◇
一方、ロザリアは校舎の廊下で立ち尽くしていた。
足元には、半年間書き溜めた『執事喫茶』の計画ノートが泥にまみれて落ちている。
「待って……みんな、お願い!」
ロザリアは、通り過ぎようとするクラスメイトの男子生徒の袖を掴んだ。
「今日のシフトに入っているでしょう!? この半年、毎朝6時から礼儀作法を練習してきたじゃない!」
「……離してくださいよ」
男子生徒は、面倒くさそうに手を振り払った。
「ロザリア様、必死すぎて痛いっすよ」
「僕ら、モモちゃんのライブがあるんで。古いんすよ、アンタのやり方」
「……っ」
積み重ねた半年間が、たった数日の「流行」に敗北した。
彼らの背中を見送るロザリアの前に、ピンク色の影が落ちる。
「あーあ。無駄だって言ったじゃん」
モモ・ピーチ。
彼女は泥だらけのノートをヒールで踏みつけ、あどけない笑顔で言った。
「ここ、分岐しないんだよねぇ」
「な、なにを……」
「このイベント、固定なの。どんだけフラグ立てても無駄」
モモは、まるでバグったNPCを見るような目でロザリアを見下ろした。
「まだ分かんない? 悪役令嬢ルートは『孤立』って仕様なの。
アンタはここで泣いて、みっともなく退場するのがデフォルト設定なんだよ(笑)」
「仕様……? 設定……?」
圧倒的な強制力。
ロザリアはその場に崩れ落ちた。
どれだけ努力しても、どれだけ足掻いても、見えない「システム」が彼女を否定する。
「……誰も、私の言うことを聞かないのね」
ロザリアの声が震える。
公爵令嬢としての誇りが、少女としての小さな尊厳が、音を立てて砕け散った。
だが。
「お立ちください。……見苦しいですよ、オーナー《スポンサー》」
冷ややかな声と共に、目の前に黒い革靴が現れた。
オトモだ。
彼はハンカチを差し出すこともしない。ただ、冷徹な目で現状を見下ろしている。
「オトモ……。もう、無理よ……運命には勝てない……」
「運命? システム? ……くだらない」
オトモは眼鏡の位置を直し、モモに群がる腑抜けた男子生徒たちを一瞥した。
「あれは単なる『故障品』です。精神の回路が焼き切れているだけのこと」
「え……?」
「壊れた道具は、叩いて直すのが一番早くて確実です」
バチバチバチッ!!
突然、オトモが懐から取り出した黒い棒が、凶悪な青白いスパーク音を立てた。
空気が焦げる臭いが漂う。
「ひっ……!? オトモ、それ……?」
「執事専用・教育的指導棒『愛の鞭』です」
オトモはさも当然のように説明する。
「本来は新人の根性を叩き直すための器具ですが……今回は特別仕様です。
焼き切れた回路を繋ぎ直すには、外部からの強力なショック療法が不可欠ですので」
オトモの眼鏡が、逆光で怪しく光った。
その口元に浮かぶのは、慈悲深き執事の微笑みか、それとも冷酷な処刑人の嗤いか。
「これより、緊急メンテナンス(地獄のブートキャンプ)を開始します」
彼は電流の走る鞭を構え、宣言した。
「悲鳴を上げる準備はよろしいですか?
あのボンクラどもを、私が一から叩き直して……『完璧な執事』に作り変えて差し上げましょう」
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】
万事屋オモテナシ・移動店舗弐号機(学園祭出張モード)
【総合評価】
計測不能(System Error)
・現状:学園生徒会および教職員より「要注意店舗」認定。社会的孤立状態。
・テラス席稼働率:100%(※売上ゼロ。モモ信者による悪意ある占拠)
【店舗設備】
『ヴェアミーリオ(弐号機)』
・ラボ:成分分析完了。「チャーム・スパイス(粗悪合成品)」を特定。
・厨房:キッドの包丁が怒りで発熱中。
【新規獲得アイテム】
『愛の鞭』
[分類] 執事専用・教育的指導棒
[効果] 精神のたるみを物理的に叩き直す。対・洗脳用ショック療法機能付き。
【従業員ステータス】
・店長:【捕食者・待機】静かなる殺意。
・執事:【処刑人・起動】修理(物理)を開始。
・料理人:【激怒】無自覚な悪意に対し、料理人の矜持が傷つく。
・整備士:【技術的憤怒】科学への冒涜を許さない。
・スポンサー(ロザリア):【絶望からの再起動】
【敵対勢力】
・モモ・ピーチ:【転生ヒロイン(確定)】
[特性] ゲーム脳 / 権威利用 / NPC扱い
[状態] 万事屋を社会的に抹殺したと確信し、勝利宣言中。
【ミッション更新】
『緊急メンテナンス:精神構造の再構築』
・対象:ロザリアのクラスメイト(故障品)
・手段:オトモ式執事ブートキャンプ(電流・解毒・再教育)
・難易度:鬼
【次回予告】
「背筋が1ミリ曲がっています(バチィッ!)」
「笑顔が引きつっていますね。電流で表情筋をほぐしましょう(バリバリ!)」
学園の裏庭に、貴族たちの断末魔が響き渡る!
オトモによる地獄の特訓。
それは教育ではない。修理である。
果たして彼らは、モモの誘惑に打ち勝つ「鋼の精神」を手に入れられるのか!?
涙と鼻水と電流の青春! 立派な下僕になりなさい!
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