第40話 天使のカフェと、悪魔のレシピ
学園の中庭を不法占拠した万事屋一行。
次なるミッションは、敵情視察である。
「離しなさいよ執事! あたしは弐号機のチューニングに戻るのよ!」
嫌がるミルカの襟首を掴み、オトモが引きずっていく。
「諦めてください、ミルカ様。敵は『食』と『香』を使うタイプです。貴女のセンサーによる環境分析が不可欠なのです」
「……労働基準法違反だわ。効率が悪すぎる」
「私の辞書には『休暇』という文字はありませんね」
先導するのは、気合を入れて化粧を直したロザリアだ。
一行は、ピンク色のオーラが漂う人だかり――「エンジェル・カフェ」へと足を踏み入れた。
◇
「……うわぁ、趣味悪い」
ライラが思わず顔をしかめた。
そこは、異様な空間だった。
ファンシーなレースと風船で飾られた屋外カフェ。
席を埋め尽くすのは、大勢の男子生徒たちだ。
だが、彼らの様子がおかしい。会話もなく、虚ろな目で黙々とパンケーキやタピオカドリンクを口に運んでいる。
「ピピッ……」
ミルカが装着したゴーグルの数値が跳ね上がる。
「……数値がおかしいわ。空気中の糖分濃度、およびフェロモン数値が異常値をマーク。換気不全ね。……ここの客、脳波がベータ波で固定されてる」
「ほう。集団催眠に近い状態ですか」
オトモはモノクルを光らせ、近くの男子生徒の顔を覗き込んだ。
「失礼」
オトモが男子生徒の頬に触れる。
「あ……? モモちゃ……ん……?」
「酷いですね。過剰な糖分摂取による『糖化』で肌がボロボロです。それに……」
ブチッ。
オトモが男子生徒の首筋を強めに押した。
「アッー!」
「リンパも詰まりまくっている。これでは思考も澱むはずです。……少々、調整しておきましたよ」
オトモが手を離すと、男子生徒は白目を剥いて気絶した(が、肌の血色は良くなった)。
「あらぁ~? 私のお客様に乱暴しないでくださぁい♡」
甘ったるい声と共に、その少女は現れた。
モモ・ピーチ。
ピンク色の髪を揺らし、計算され尽くした上目遣いでロザリアを見上げる。
「ロザリア様ぁ。また邪魔しに来たんですかぁ? ここは『映え』とか分からない古い人には合わないですよぉ?」
「……ご挨拶ね、モモさん。今日は遠方からのお客様を紹介しに来たのよ」
ロザリアが震える手で扇子を握りしめる。
モモはライラたちを一瞥し、鼻で笑った。
「うわ、なんか薄汚い人たちぃ。新しい使用人ですかぁ?」
しかし、次の瞬間。
モモの目が、ライラの後ろに控える二人の男――オトモとキッドに釘付けになった。
「……あら?」
モモの瞳が、獲物を狙う肉食獣のように輝いた。
彼女はライラのことなど完全に無視して、キッドに歩み寄る。
「すごぉい……! ワイルド系のイケメン! 腕の筋肉ヤバくないですかぁ?」
モモが馴れ馴れしくキッドの上腕二頭筋に触れようとする。
「あ?」
キッドが眉を顰めて手を払うが、モモは気にしない。
今度はオトモの方へ顔を近づけ、上目遣いで見つめる。
「こっちは眼鏡執事キャラ? えー、完成度高すぎなんですけどぉ! SSR確定演出じゃん!」
モモは自分の胸元を強調するように身体をくねらせ、猫撫で声を出した。
「ねぇねぇ、お兄さんたちぃ。こんな貧乏くさい『モブ』に仕えるの、やめません?
ウチの店に来てくれたらぁ、特別に私の『側近』に入れてあげますよぉ♡」
「……は?」
「毎日私の手作りスイーツ食べさせてあげるしぃ、特別なコトもしてあげる。……ね?」
ウィンク一つ。
学園中の男子を虜にしてきた、必殺の魅了スキルだ。
しかし。
「……悪いな嬢ちゃん。俺は香水のキツい女は好みじゃねぇんだ」
キッドは露骨に嫌そうな顔で鼻をつまんだ。
「おやおや。お誘いは光栄ですが……私は『本物』にしか仕えない主義でして」
オトモは懃懃無礼な笑みで一蹴した。
「チッ……」
一瞬、モモの顔が歪んだが、すぐに貼り付けたような笑顔に戻る。
「ま、いいですけどぉ。どうせすぐに私の虜になるしぃ」
「……挨拶は済んだ?」
無視され続けていたライラが、不機嫌そうに口を開いた。
「店長のライラよ。あんたの料理が評判だって聞いたからさ、味見しに来てあげたわよ」
「あはっ! いいですよぉ。私の『究極パンケーキ』で、格の違いを教えてあげますっ!」
◇
出されたのは、生クリームがタワーのように盛られた極彩色のパンケーキだった。
ライラはフォークを手に取り、一口食べる。
咀嚼。……ごくり。
「……どう?」
モモが自信満々に問う。
「甘いだけね」
ライラは無表情で感想を述べた。
「ただ砂糖と……なんか舌が痺れる粉の味がするだけよ。卵も牛乳も死んでるわ。生地はパサパサだし、クリームは植物性の安物。……キッド、これ3点」
「了解。駄菓子以下だな」
キッドがメモを取る。
モモの笑顔が引きつった。
「はぁ!? アンタ味オンチなんじゃない!? これは前世……ううん、私の故郷の最先端スイーツなのよ!」
「ふーん。じゃあ、次はこっちの番だぜ」
キッドがバスケットから取り出したのは、揚げたての『カニクリームコロッケ・サンド』だ。
アビスの深海ガニの濃厚な味噌と、サクサクの衣。漂う香ばしい匂いは、それだけで周囲の生徒たちの虚ろな目を覚まさせるほどの破壊力があった。
「俺の自信作だ。揚げ時間はコンマ一秒まで計算してる。俺の腕を信じて食ってみな」
モモは、「イケメンが作った料理なら」と少し期待した顔でサンドイッチを掴む。
「ふーん……。ワイルド系男子の手作り料理かぁ。ギャップ萌えってやつ?」
そう言って、端を少しかじった。
その瞬間。
「……オェッ!」
モモは口に含んだものを、大袈裟な音を立ててナプキンに吐き出した。
「なっ……」
キッドが目を見開く。
「うっわ、脂っこぉい! なにこれ、魚臭いしぃ! こんなの食べたら肌荒れしちゃう!」
そして彼女は、冷ややかな目でキッドを見下した。
「顔は90点なのに、料理のセンスは0点ですねぇ。ガッカリ。イケメンが台無しですよぉ」
言い捨てると、残りのサンドイッチを――。
ポイッ。
足元にあったゴミ箱へ、放り投げた。
「こんなの、豚の餌にもならないですよぉ(笑)。ゴミはゴミ箱へ、ね?」
時が、止まった。
自分への求愛を断られた腹いせか。それとも本心か。
いずれにせよ、それは料理人にとって最大のタブー。
食材への冒涜。技術への侮辱。
「……てめぇ」
キッドの声から温度が消えた。
スラリ。
彼の手には、いつの間にか包丁が握られている。
「俺の料理を……捨てやがったな?」
膨れ上がる殺気。
周囲の空気が凍りつき、モモの取り巻きたちすらも後ずさる。
かつて『鉄墓標の狂犬』と呼ばれた男の、本物の殺意。
だが、キッド以上に静かだったのは、ライラだった。
彼女はゆっくりとゴミ箱に歩み寄ると、捨てられたサンドイッチを拾い上げた。土埃を払い、悲しげに見つめる。
「……キッドのご飯は、世界一なんだよ」
ライラが顔を上げた。
その瞳には、ハイライトがなかった。
それは王女の顔ではない。アビスで魔物を喰らっていた「捕食者」の顔だ。
「食べ物を粗末にする奴は……私が食べてあげる」
「ひっ……!」
モモが初めて恐怖に顔を歪めた。
「そこまでです」
パチン。
オトモが指を鳴らし、殺気立つ二人を制止した。
「お客様《敵》の前で取り乱すのは二流のすること。……キッド様、店長、下がっていなさい」
「離せ旦那! こいつは殺す!」
「落ち着きなさい。……今ここで殺しては、単なる暴力です」
オトモは眼鏡の位置を直し、モモを見下ろした。
その目は、全く笑っていなかった。
「おやおや。私のことも勧誘していただきましたが……訂正させていただきます」
「は、はいぃ?」
「これほど品性の欠片もない方の下で働くなど、生理的に無理ですね。……虫唾が走ります」
オトモの氷の刃のような言葉に、モモの顔が赤く染まる。
「料理への冒涜、万死に値しますが……我々は『商売』で勝たねばなりません。徹底的に、完膚なきまでに、貴店の価値を地に落とすことでね」
そして、騒ぎのどさくさに紛れて。
ミルカが無表情で動き回っていた。
「……サンプル、確保だわ」
彼女が長いピンセットで回収したのは、モモが吐き出したナプキンと、食べかけのパンケーキの残骸。
それを密閉袋に入れ、懐にしまう。
「唾液と食べ残しがあれば、成分分析できる。……バカキッドが暴れなくて助かったわ。あの女、たぶん『クロ』よ」
「ふふ、ナイスプレーです、ミルカ様」
オトモは優雅に一礼した。
「それでは失礼しますよ、お嬢さん。
……次にお会いする時は、その高い鼻がへし折れていることでしょう」
万事屋一行は背を向けた。
背後で「なによあいつらぁ! 次は絶対に跪かせてやるんだからぁ!」と喚くモモの声を聞きながら。
ライラは誓った。
ロザリアのためとか、そんな綺麗な理由じゃない。
キッドの料理をゴミ扱いしたあの女だけは――絶対に、許さない。
「潰すよ、オトモ」
「ええ。地獄のフルコースをご用意しましょう」
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【ミッション更新】
『反撃の狼煙:人材育成』
・目標:ロザリアの取り巻き(ポンコツ)を再教育する。
・手段:オトモ式執事ブートキャンプ ・難易度:鬼
【次回予告】
「背筋が1ミリ曲がっています(バチィッ!)」
「笑顔が引きつっていますね。電流で表情筋をほぐしましょう(バリバリ!)」
オトモによる地獄の特訓が始まった。 ターゲットは、モモに現を抜かす貴族のボンボンたち。 彼らの悲鳴が学園に木霊する時、最強の「執事軍団」が誕生する!?涙と鼻水と電流の青春! 立派な下僕になりなさい!
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