第4話 熱湯と友情の、スチーム洗浄
ギャリィィンッ!
不快な金属音が響き、ジュリアの身体が泳いだ。
剣が弾かれたのではない。「滑った」のだ。
「くっ……! 刃が、通らない……!?」
「ギャハハハ! 無駄だ無駄だぁ!」
アブラッシュが高笑いと共に、その巨体をくねらせる。
ギトギトと光る彼の軍服と皮膚からは、異常な量の「液体」が分泌されていた。
恐怖による脂汗ではない。彼が丹精込めて塗り重ね、毛穴から噴き出させた『防衛用超高粘度オイル』だ。
「私の肌は摩擦係数ゼロ! 斬撃も打撃も、全てツルリと受け流す! 貴様のナマクラになど捕らえられるものか!」
「うぅっ……気持ち悪いです……!」
ジュリアが踏み込むが、足元の地面まで油でヌルヌルになり、踏ん張りが効かない。
アブラッシュのサーベルが、体勢を崩したジュリアに迫る。
「死ねェ! 美しくなった顔ごと切り刻んでやる!」
ジュリアが目を瞑った。
その時だ。
バシャッ!
アブラッシュが振り回したサーベルから、ドロドロの油飛沫が飛び散った。
それが、屋台の美しい紫のカーテンと、ライラの頬に付着する。
「あ」
屋台の空気が凍りついた。
オトモが静かに、片眼鏡の位置を直す。
「……お客様。やりましたね?」
「え?」
「当店の店長は、不衛生と『汚れ』を何よりも嫌います」
次の瞬間、屋台のカウンターが跳ね上がった。
飛び出してきたのは、銀髪の少女――ライラだ。
その手には、ボイラーに繋がれた『銀色の噴射ノズル』が握られている。
「よくも私の城に泥を……いいえ、油を塗ったわね!!」
「な、なんだ貴様は!?」
「ただの店長よ! オトモ、圧力最大! 温度120度!」
「ウィ」
オトモが屋台の奥にあるバルブを回す。
本来は客に提供する『おしぼり』を一瞬で蒸し上げ、殺菌するための業務用高温スチーム発生機。
その安全リミッターが、今、解除された。
「油汚れには、熱湯とアルカリ洗剤よッ!!」
ライラがトリガーを引く。
ブシュゴォォォォォォォォッ!!!
ノズルから白煙を上げ、猛烈な勢いで高温スチームが噴射された。
それは慈悲なき熱の暴力。
「あつゥゥゥッ!? 熱い熱い熱いィィ!」
アブラッシュが悲鳴を上げる。
高温の蒸気は、彼が自慢する「ヌルヌル装甲」を瞬時に乳化させ、ドロドロに溶かして洗い流していく。
「やめろ! 私のバリアが! 貴重な美容オイルが分解されるゥゥ!」
「うるさい! 消毒だァァ!」
ライラは容赦しない。
逃げ回る隊長をノズルで追いかけ回し、執拗にスチームを浴びせかける。
数秒後。
そこには、油が完全に抜け落ち、カサカサに乾いたアブラッシュが立ち尽くしていた。
「あぁ……私の潤いが……お肌が突っ張る……」
「今よ、新人!」
ライラが叫んだ。
「頑固な汚れは浮かせたわ! あとはアンタが拭き取りなさい!」
「――はいっ、店長!!」
ジュリアが弾かれたように動いた。
もう足元は滑らない。
彼女は大地を強く踏みしめ、ボロボロの剣を上段に構える。
「あ、あわわ、待て、話し合えば……」
「退職金代わりの一撃ですッ!!」
ズバァァァァァァァンッ!!
渾身のフルスイング。
剣の腹で強打されたアブラッシュは、ピンボールのように空高く弾き飛ばされた。
「覚えてろー! あとで化粧水たっぷり塗らなきゃあああ……」
キラン、と空の彼方で星が光る。
静寂が戻った荒野に、プシュー……とスチームの残心が響いた。
「ふぅ……。ひどい汚れだったわ」
ライラがノズルを下ろし、汗を拭う。
その背中へ、ジュリアが駆け寄ってきた。
「あ、あの……! ありがとうございました! 私……私……!」
「礼には及ばないわ。……それより、行くわよ」
「え?」
「ここにいたら、アンタも同罪でしょ。ウチ、ちょうど人手が足りてないのよ」
ライラはぶっきらぼうに言い捨てて、屋台のドアを指差した。
一緒に来い。そう言っているのだ。
だが。
「……申し訳ありません。私は、行けません」
ジュリアは、真っ直ぐにライラを見つめ返した。
「はぁ? 何言ってんの。上官をあんなに派手に吹っ飛ばしたのよ? 軍法会議で処刑コースじゃない」
「はい。それでも……私はここに残ります」
ジュリアは拳を握りしめ、かつて自分がうずくまっていた場所――検問所の粗末な小屋を見やった。
「帝国には、私みたいに『汚い』って言われて、泣き寝入りしている子がまだたくさんいます。私が逃げたら、あの子たちを置いていくことになる」
「……」
「私は、店長たちに救われました。自分が変われることを知りました。……だから今度は私が、内部からここを変えたいんです」
その瞳に、迷いはなかった。
かつてのドブネズミのような怯えはない。そこには一人の「騎士」が立っていた。
「……バカね。そんなの、イバラの道に決まってるじゃない」
「でも、私が選んだ道ですから」
ライラは溜息をつき、オトモを見た。
「オトモ。こいつの『反逆罪』、なんとかなる?」
「お任せください。先ほど、彼が吹っ飛ぶ瞬間に、懐へ『裏帳簿のコピー』と『横領の告発状』をねじ込んでおきました」
オトモが涼しい顔で、予備の手袋をはめる。
「彼は『クリーム代』欲しさに、軍の予算を横領していましたからね。それが露見すれば、即刻解雇。……それに、今のジュリア様はこの検問所の誰よりも『美しい』。美こそ正義の帝国軍において、どちらの言葉が信じられるかは明白です」
「……性格悪っ。でも、それなら安心ね」
ライラはふんと鼻を鳴らし、足元に転がっていた太い丸太――アブラッシュがぶつかってへし折れた『検問所の遮断機』を拾い上げた。
「じゃあ、これは貰っていくわよ」
「えっ、あ、はい。壊れたゴミですけど……」
「ちょうどいい『物干し竿』を探してたのよ。頑丈そうだし」
ライラは遮断機を軽々と担ぐと、背中を向けたまま言った。
「……絶対に死なないでよ。次に会うとき、またメソメソ泣いてたら許さないんだから」
「ッ……! はいっ!!」
ジュリアが背筋を伸ばし、最敬礼をする。
ライラは振り返らなかった。振り返れば、引き留めてしまいそうだったからだ。
「出すわよ、オトモ」
「畏まりました。……ご武運を、小さなレディ」
オトモが一礼し、屋台を発進させる。
不完全燃焼の黒煙を上げ、歪な鉄柱と紫のカーテンを揺らしながら、奇妙な屋台は夕日の中へと消えていく。
遠ざかる背中を見送りながら、ジュリアは誓った。
いつか再び会うとき、胸を張れる自分であるために。
◇
こうして、ライラたちは新たな「物干し竿」を手に入れ、一人の友人と別れた。
だが、その出会いは確実に、帝国の未来に小さなひび割れ(キッカケ)を残したのだった。
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【店舗名】
リラクゼーションサロン・オモテナシ
【総合評価】
★0.02 ⇒ ★0.03(微増!)
・新着口コミ(雑用係 → 副隊長J):
「最高の勇気をいただきました。いつか恩返しします! ★5.0!」
・新着口コミ(元隊長A):
「カサカサだ……訴えてやる…… ★0.0」
【店舗設備】 オモテナシ・ゼロ号機(微改修)
・外装:深紫のベルベット + 頑丈な物干し竿(元・検問所の遮断機)
・動力:廃トラクターエンジン
・装備:業務用高温スチーム(対油汚れ・消毒用)
【従業員】
・店長:高圧洗浄の鬼。別れ際にちょっとデレる
・執事:運転手 兼 情報工作員
【次回予告】 雷鳴の怪鳥と、尻の限界
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