第39話 悪役令嬢と、鉄の厨房
アビスの深海から浮上し、久々の太陽を浴びた万事屋一行。
弐号機『ヴェアミーリオ』は、タイヤ走行モードに切り替え、意気揚々と港町のゲートへと向かっていた。
「いやぁ、やっぱ地上はいいな! 道が平らだ!」
キッドが運転席の横で伸びをする。
「空気も乾燥していて、服がカビる心配もありませんね」
オトモも上機嫌でハンドルを握る。
平和な旅の再開――かと思われたが、そう簡単にはいかなかった。
「止まれェェェッ!!」
ゲートの前で、数十人の兵士が銃を構えて道を塞いだのだ。
彼らの鎧には、大陸を支配する軍事国家『ゴルテナ帝国』の紋章。
「なんだその車両は! 所属と積荷を申告しろ!」
隊長らしき男が怒鳴る。
無理もない。全長九メートル、真紅の装甲に包まれた巨大な甲殻類のようなバスが走ってきたのだ。どう見ても一般車両ではない。
「おやおや。ただの移動販売車ですよ」
オトモが窓を開けて微笑む。
「嘘をつけ! その分厚い装甲、どう見ても軍用車両だろ! さては隣国の新型兵器か!?」
「いいえ、当店は平和主義です。……少々『頑丈』なだけですが」
「問答無用! 直ちに降りて武装解除しろ! 抵抗するなら発砲する!」
カシャカシャッ!
一斉に銃口が向けられる。
「ちっ……めんどくせぇな」
キッドが懐から包丁を取り出そうとする。
「オトモ、強行突破するか? それとも全員眠らせるか?」
「いえ、お客様《兵士》に暴力を振るうのは二流です」
オトモは涼しい顔で、ダッシュボードから何かを取り出した。
「彼らは殺気立っていますが、同時に『空腹』の相が出ています。ここは一つ、物理的な賄賂で買収しましょう」
「なるほどな。揚げたてのカツサンドでも食わせてやれば、イチコロか」
二人が不穏な(しかし平和的な)解決策を実行しようとした、その時だった。
「――おやめなさい!!」
凛とした、しかしどこか焦りを含んだ少女の声が響き渡った。
「騒々しいですわよ、この能無しども!!」
ヒヒィィィン!
一頭の白馬が、兵士たちの列を割って飛び込んできた。
手綱を握るのは、豪奢な真紅のドレスを纏った少女。
太陽の光を浴びて輝く、見事な金髪の縦ロール。手には扇子。
その姿は、絵本に出てくる「お姫様」そのものだったが、彼女が放つ覇気は猛獣のそれだった。
「こ、公爵令嬢!? ロザリア様!?」
隊長が真っ青になって敬礼する。
ロザリア・フォン・ローゼンバーグ。
ゴルテナ帝国筆頭公爵家の令嬢であり、その苛烈な性格から『鉄血の薔薇』と恐れられる貴族院のトップだ。
「なぜこのような場所に……!?」
「散歩よ。それより、その車両に銃を向けるとは何事かしら?」
ロザリアは馬から飛び降りると、扇子で隊長の兜をパコーン! と叩いた。
「そ、その車は……わたくしの、個人的な『最高機密』ですわ! 傷一つつけることは許しません!」
「えっ、公爵家の……? し、失礼いたしましたァ!」
サーッ……と波が引くように、兵士たちが道を開ける。
その光景を、弐号機の中からライラはポカンと見ていた。
「……ロザリアだ」
「ライラの知り合い?」
「うん。幼馴染。……あの子、
私になにかあったら絶対探しに来るって言ってたから」
ライラが窓を開け、身を乗り出す。
「おーい! ロザリアー!」
その声を聞いた瞬間。
今まで威厳たっぷりに兵士を叱り飛ばしていた悪役令嬢の背中が、ビクゥッ! と跳ねた。
彼女は恐る恐る振り返り、ライラの顔を確認すると――。
「ライラ……ちゃん……?」
扇子が地面に落ちる。
次の瞬間、彼女はドレスの裾をまくって全力疾走した。
「ライラちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」
ドォォォォン!!
ものすごい勢いで弐号機のボディに体当たりし、窓から身を乗り出したライラの首に抱きついた。
「生きてたぁぁぁ! よかったぁぁぁ! うわぁぁぁぁん!!」
「ぐぇっ!? く、くるじい……離せロザリア! 首の骨が折れる!」
「だってぇぇ! 三週間も連絡がないからぁ! 死んだかと思ったじゃないのよぉぉ!」
鼻水を垂らして号泣する公爵令嬢。
周囲の兵士たちは、「えぇ……」とドン引きして視線を逸らしている。
「……おいオトモ。あいつ、情緒どうなってんだ?」
「平常運転です。ロザリア様はライラ様の前だけああなるのですよ」
「三週間……?」
ライラは窒息寸前になりがらも、首を傾げた。
「何言ってんの? 私たちがアビスに落ちてから、もう三ヶ月は経ってるよ?」
「は? 三ヶ月? 貴女、遭難して頭がおかしくなったの?」
ロザリアが涙目でキョトンとする。
「だってぇぇ! 三週間も魔導手紙の返事が来なかったのよぉ!
毎日送ってたのに! 死んだかと思ったじゃないのよぉぉ!」
「おやおや」
オトモが懐中時計を取り出した。
「私の時計と、地上の日付にズレがありますね。……どうやらアビスの高濃度魔素空間では、時間の流れが遅かったようです」
「つまり?」
「浦島太郎の逆バージョンです。我々が深海で三ヶ月過ごしている間に、地上では三週間しか経っていないということですね」
「なによそれ! ラッキー! 年取らなくて済んだ!」
ライラはケラケラと笑う。
「笑い事じゃないわよ! 心配したんだから……!」
ロザリアはもう一度ライラを強く抱きしめ、そして小さな声で囁いた。
「……おかえり。私の、大事な親友」
◇
感動の再会も束の間。
場所を弐号機の中に移し、オトモが紅茶を淹れると、ロザリアはすぐに「公爵令嬢モード」へと切り替わった。
涙の跡を化粧で完璧に隠し、扇子で口元を隠して足を組む。
「さて、本題よ。ライラ、貴女を保護したのには理由があるわ」
「えー、タダ飯食わせてくれるんじゃないの?」
「黙んなさい。……単刀直入に言うわ。私の学園に来なさい」
ロザリアの表情が曇る。
「私の通う『聖ガルディア学園』で、今、とんでもないことが起きているの」
「とんでもないこと?」
「ええ。最近転入してきた平民の女……『モモ・ピーチ』という生徒がいるのだけど」
ロザリアは忌々しげに吐き捨てた。
「あいつが来てから、学園はおかしくなったわ。
珍妙な料理で男子生徒をたぶらかし、私のクラスが伝統的に行っている『執事喫茶』を妨害し始めたの!
食材ルートは止められるわ、悪評は流されるわ……このままじゃ学園祭で私の顔に泥が塗られる!」
「へぇ、料理で?」
ライラの目が少しだけ真剣になる。
「そうなの! 『パンケーキ』だの『タピオカ』だの、見た目ばかり派手な甘ったるい菓子で、生徒たちを洗脳しているのよ!」
ロザリアはテーブルをバンッと叩いた。
「お願い、ライラ。貴女の料理と、そこの……本物の執事も……少しだけ貸してちょうだい! くっ……認めるのは癪だけど、あの泥棒猫を叩き潰すには、あの男の腕も必要なのよ!」
ライラはチラリとオトモを見た。
オトモは電卓を弾きながら、ニヤリと笑う。
「光栄です、ロザリア様。……その“いやいや”でも、十分すぎるほどの信頼ですよ。 学園祭……貴族の子弟が集まるイベントですね。
弐号機は燃費が悪く、当面の活動資金(および感謝エネルギー)が必要です。……お引き受けしましょう」
「本当!?」
「ええ。ただし、売上の七割は頂きます」
「構わないわ! お金なら腐るほどあるもの!」
ロザリアが胸を張ると、ライラはふっと笑った。
「じゃあ決まり。万事屋オモテナシ、学園祭に出張します。……ロザリア、あんたの顔、私たちが守るよ」
こうして、契約は成立した。
◇
ロザリアの権力を使い、弐号機は帝都の検問をフリーパスで通過。
そのまま、白亜の巨大学園都市「聖ガルディア学園」へと乗り込んだ。
ズズズズ……。
真紅の巨体が、優雅な中庭の芝生を踏みしめて停車する。
「ここなら文句ないでしょ? 一番目立つ場所よ」
ロザリアがドヤ顔で言う。
「うわぁ、広いねぇ」
ライラが窓から外を眺めた、その時だった。
中庭の向こう、噴水の周りに人だかりが見えた。
その中心にいるのは、ピンク色の髪をフワフワとさせた、愛らしい少女。 彼女は男子生徒たちに囲まれ、何か黒い粒の入った飲み物を配っている。
『きゃっ、なにあの車ぁ~? おっきくて怖ぁ~い♡』
甘ったるい、砂糖菓子を煮詰めたような声。
男子生徒たちがデレデレと鼻の下を伸ばし、「僕が守ってあげるよ、モモちゃん!」と騒いでいる。
「……あいつ?」
ライラが鼻をひくつかせた。
「そうよ。あれがモモ・ピーチ」
「ふーん……」
ライラは目を細め、ボソリと呟いた。
「なんか、嫌な匂いがする」
それは料理の匂いではない。
もっとドロドロとした、人工的な、嘘の匂い。
万事屋オモテナシ、学園への殴り込み。
戦いのゴングは、静かに鳴らされた。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・移動店舗弐号機
【現在地】 聖ガルディア学園・中庭(不法占拠中)
【新メンバー】
・ロザリア:【スポンサー(仮)】。ライラへの愛が重い。
【敵対勢力】
・モモ・ピーチ:【転生ヒロイン】。ピンク髪。タピオカ。サイコパスの予感。
【次回予告】
「えー、なにこの料理。古臭~い(笑)」
ついに接触したモモ・ピーチ。
彼女はライラの料理を一口食べるなり、ゴミ箱へ捨てた!?
ブチ切れるキッド。殺気を放つオトモ。
そして判明する、彼女の料理に隠された「依存性」の正体とは……。
本物 vs 偽物。仁義なき料理戦争、開幕!
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