第37話 アビスの掃除人と、ディーラーたちの末路
カァン……カァン……。
平和を取り戻したアビスの最下層に、復興のハンマー音が響き渡っていた。 かつての絢爛豪華なカジノタワーは見る影もなく、あるのは瓦礫とゴミの山。 だが、そのゴミ山の一角――まさに「画面の端っこ」で、奇妙な集団が蠢いていた。
「……うぐぅッ! み、水が冷たい……!」
泥水に手を突っ込み、ひたすら皿を洗い続けているのは、かつてのカジノ王、ジャックだ。 かつてワイングラスを優雅に揺らした『美しき爪』は、今や泥と洗剤にまみれ、無惨に欠けていた。
「文句を言うな新入り! そっちの皿のぬめりが取れてねぇぞ!」
「ひぃッ! も、申し訳ありません 先ぱいぃ!」
監視役兼教育係のスラム住人に怒鳴られ、ジャックは涙目でスポンジを握りしめる。 そして、その周囲では、かつてライラたちを苦しめた「4人のディーラー」たちが、感覚を失ったまま、廃人のように座り込んでいた。
「……さて。ゲームセットよ」
その前で、ライラが懐から一枚のカードを取り出した。 漆黒の『ブラックカード』だ。
「執事は今、休暇中だから。……代わりにお会計を済ませてあげる」
ライラはオトモの仕草を真似て、不器用に指を鳴らした。
パチン。
ブラックカードが微かに光り、契約が解除される。 奪われていた彼らの「感覚」が、一斉に返還された瞬間だった。
「チップはお返しするわ。……オトモからの伝言よ。『たっぷりと味わってください、現実という名の労働を』ってね」
その言葉が合図だった。
「あぁぁぁぁっ!! 光だ! 光が見えるぅぅ!!」 元・視覚ディーラーのピエールが、戻ってきた視力に歓喜の声を上げた。 だが直後、彼は自分の磨いている窓ガラスを見て絶叫した。
「って、汚ねぇぇぇぇ!! なんだこの指紋は! 泥汚れは! 許せん! 私の美しい視界にシミひとつ残してなるものかぁぁ!」
彼は半狂乱になりながら、さらに猛スピードで窓を磨き始めた。潔癖症の悲しき性だ。
「耳が……耳が治ったわ!」
元・聴覚ディーラーのバンシーも叫ぶ。
だが、彼女の仕事は「瓦礫粉砕の鐘」をハンマーで叩くこと。
ゴォォォォンッ!!
「うるさぁぁぁぁっ!! 耳が! 私の繊細な鼓膜がぁぁ!
キンキンするぅぅ! でも叩かなきゃノルマが終わらないぃぃ!」
彼女は耳栓も許されず、自ら出す騒音に身悶えしながらハンマーを振るう。
「は、鼻が通った……!」
元・嗅覚ディーラーのハーミットは、下水掃除の真っ最中だった。
「おごぉぉぉっ!! くっさぁぁぁ! 肥料と生ゴミのハーモニーがダイレクトに脳を! 鼻がもげるぅぅ! 誰か鼻栓をくれぇぇ!」
鋭敏すぎる嗅覚が仇となり、彼は白目を剥きながら肥溜めを運ぶ。
「ゆ、指が動く……!」
元・触覚ディーラーのアルセーヌ。彼の手には、巨大な岩が乗せられていた。
「痛ぁぁぁぁいッ!! 岩がゴツゴツして痛い! マメが潰れた感触が鮮明に!
爪が割れる音まで指先から伝わってくるぅぅ!」
神の如き触覚を取り戻した彼は、ただの「ささくれ」にすら悶絶しながら瓦礫を運んでいた。
見えるから汚い。聞こえるからうるさい。匂うから臭い。感じるから痛い。
それはまさに、感覚を持つ者だけが味わえる「生きた地獄」だった。
「あはは! いい気味!」
その様子を瓦礫の上から見下ろしながら、ライラが焼き鳥を齧った。
「『感じる』って素晴らしいでしょ? 痛みも臭いも、生きてる証拠よ。
精々働きなさい、元エリートさんたち」
彼女はニカリと笑う。
その手にある焼き鳥は、彼女にとって久しぶりの「味のする食事」だった。
◇
「……いいのかい? 姐さん」
調理場の裏で、革命軍の兄ちゃんが尋ねた。
彼らは今、王女と将軍のための宴会の準備をしている。だが、誰も「俺たちが革命軍だ」とは名乗っていない。
「名乗らないの? 恩を売るチャンスよ?」
ライラが尋ねる。
「いいってことよ」
男はニヒルに笑い、鍋をかき混ぜた。
「王女様たちが『民に反乱を起こされた』なんて知ったら、気に病むだろ?
俺たちは、ただの『通りすがりの親切な市民』。
姐さんが笑って、このアビスが平和になれば、俺たちの革命は大成功さ」
その言葉に、ライラは少し驚き、そして嬉しそうに目を細めた。
「……へぇ。粋じゃない」
◇
宴会場――かつてのカジノロビーには、心地よい音楽が流れていた。
♪~
瓦礫のステージに立っているのは、歌姫ルルだ。
彼女の透き通るような声が、アビスに伝わる「復興の民謡」を歌い上げている。
それに合わせ、スラムの住人も、元カジノの客も、手を取り合って踊っていた。
「……しかし、困ったな。人数が多すぎてメインディッシュが足りねぇ」
キッドが空の鍋を見て頭を抱える。
これだけの人数を満足させる巨大な食材など、そうそう手に入らない。
『……デハ、私ニ、償イヲサセテ下サイ』
申し出たのは、殻を失った将軍ガニシュカだった。
彼は王女に一礼すると、おもむろに自身の再生しかけた巨大な脚の一本に手をかけた。
パカッ。
乾いた音がして、巨大な脚が根元からポロリと外れた。
血は出ていない。まるでプラモデルのパーツを外したかのような、綺麗な断面だ。
「ひぃっ!? ガニシュカ、足が!?」
ライラが悲鳴を上げる。
「大丈夫よ。カニの『自切』ね」
ミルカが冷静に解説する。
「危険を感じたり、必要がないと判断した時に自分で切り離す習性よ。トカゲの尻尾みたいなもので、痛みもほとんどないし、次の脱皮ですぐに生えてくるわ」
『左様。……ドウゾ、召シ上ガッテ下サイ。脱皮直後ノ身ハ、最高級ノ味ト聞キマス』
将軍が、自らの脚をキッドに差し出す。
それは、彼なりの「循環」への参加表明だった。
「……ありがとう、ガニシュカ。あなたの命、大切にいただくわ」
ライラが深く頭を下げる。
「へッ、上等だ! 極上の『将軍ガニ』、最高に美味くしてやるぜ!」
キッドの包丁が閃く。
大鍋でボイルされたカニは、アビスの香草と、カジノから押収した高級バター、そしてレモンを添えて振る舞われた。
テーブルの下では、壱号機のタイヤとして酷使されたウミウシたちが集まっていた。
ミルカが落としたキャベツの芯や、カニの殻についた身を「ムシャムシャ、キュッキュッ」と幸せそうに食べている。
彼らもまた、戦いを終えてただのマスコットに戻っていた。
「いっただっきまーす!!」
ライラが、一番大きな身にかぶりついた。
ジュワッ……と広がる濃厚な旨味。
そして何より、舌を駆け巡る「甘み」。
「ん~~~~っ! 甘い! 筋肉の締まりが違う!」
ライラの瞳が輝く。
味がある。世界には色がある。
その当たり前の幸福が、彼女の心を満たしていく。
『……美味イ。私ハ、コンナニ美味カッタノカ』
将軍もまた、自分の身を食べて感動していた。
自分が「恐怖の対象」ではなく、「誰かを笑顔にする糧」になれたことが、何より誇らしかった。
◇
「……む」
テントの中で、全身包帯だらけの男が目を覚ました。
オトモだ。
彼の鼻孔をくすぐったのは、濃厚なバター醤油の香り。
「……おはようございます。……私の分は?」
「おう、起きたか不死身野郎」
キッドがニカっと笑い、皿を差し出した。
「一番いい『爪』のとこ、取っといてやったぜ」
「……気が利きますね」
オトモは満足げに微笑むと、カニ爪を口に運び、再び深い眠りへと落ちていった。
執事の休息。
明日にはまた、完璧な立ち振る舞いで紅茶を淹れてくれるだろう。
◇
宴の喧騒から少し離れた場所で、ミルカは一人、焚き火に当たっていた。
その手には端末と、書きなぐられた図面。
視線の先には、戦場に転がる巨大な赤い物体――『将軍の抜け殻』があった。
役目を終え、鉄屑となった壱号機の残骸が、風に吹かれている。
寂しさはない。むしろ、それは次なる進化への礎だった。
「……素材は最強。動力はオクトヴィア王女様の魔力結晶をベースにして……。
……いける」
ミルカの瞳に、焚き火の炎とは違う、クリエイターの狂気的な情熱が宿る。
「……もう、ただの『車』である必要はないわね」
彼女がペンを走らせる。
そこに描かれたシルエットは、従来のセダンやトラックの形状を大きく逸脱していた。
巨大で、多脚で、そしてどこか「生き物」のような――。
ミルカはニヤリと笑った。
「作ってみせるわ。壱号機を超える、最強の『弐号機』を」
その図面の中身を知る者は、まだ誰もいない。
アビスの夜明けと共に、新たな怪物が生まれようとしていた。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・革命軍
【総合評価】 ★3.50(急上昇! 祝・アビス編完結!)
【現在地】 アビス最下層・復興キャンプ
【ステータス更新】
・ライラ:【味覚完全回復】。食欲も全開。
・オトモ:【休息中】。ディーラーへの「しつけ」完了。
・ディーラー&ジャック:【更生労働中】。感覚過敏地獄にて贖罪中。
・ミルカ:【新プロジェクト始動】。ターゲットは将軍の甲羅。
【次回予告】
アビス編、堂々の完結!
そして物語は新章へ。
完成した「弐号機」の姿とは?
地上で待つのは新たな依頼?
アビス編、これにて決着です!
長きに渡る深海での戦い、お付き合いいただきありがとうございました。
ディーラーたちも(ある意味)元気に働いていますし、将軍も美味しく(?)いただきました。
次回からは、いよいよ地上編がスタート!
ミルカが設計した「とんでもないモノ」の全貌をお楽しみに!
「アビス編最高だった!」「弐号機気になる!」と思ったら、
ぜひ【ブックマーク登録】と【★★★★★評価】で、彼らの新たな旅立ちを祝福してください!
(オトモ「評価をいただければ、地上でも極上のおもてなしをお約束します」)




