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第36話 深海の繭と、過保護な騎士の真実

 ズゴゴゴゴゴゴゴ……。


 重厚な岩の扉が、数十年分の沈黙を破って開かれた。  戦いの余韻が残る泥だらけの戦場に、眩いばかりの青白い光が差し込んでくる。


「うわ、眩しっ……」


 ライラが目を細める。  扉の向こうに広がっていたのは、監禁部屋などではなかった。  壁一面に美しい蛍光珊瑚が群生し、透き通るような湧き水で満たされた、広大な「深海の聖域」だった。  その中心、空中に浮かぶようにして、巨大な水の球体――『コクーン』が鎮座していた。


「……綺麗。これが、アビスの最奥……」  ミルカが思わず息を呑む。


 パチン。  静かな音が響き、水の繭が弾けた。  中からゆっくりと降りてきたのは、透き通るような肌を持つ人魚だった。  ただし、その下半身は魚ではない。優雅にうねる八本の脚。  深海に咲く花のような、タコの人魚――王女オクトヴィアだ。


 彼女は地面に降り立つと、状況に混乱する様子もなく、静かに戦場を見渡した。


「……水が凪いだわ。……終わったのね」


 その声は、水紋のように空間に響き渡った。



『見、見ナイデ下サイ……ッ!』


 王女の姿を見た瞬間、将軍ガニシュカが悲鳴のような声を上げた。  彼はオトモの施術で正気を取り戻していたが、その心は羞恥で張り裂けそうだった。


 彼は両手で顔を覆い、巨体を丸めて縮こまる。


『申シ訳アリマセン……! 私ハ、王女様ヲ守ル「殻」ヲ失イマシタ……!  コノ様ナ、醜イ姿《裸》ヲ晒シテシマッタ……!』


 彼の目には、自分は「皮を剥がれた無様な肉塊」としか映っていない。  母の言いつけを守れなかった罪悪感と、柔らかい自分への嫌悪。  それは、長年刷り込まれてきた呪いだった。


 だが、オクトヴィアは躊躇わなかった。  彼女は泥だらけの地面を滑るように進み、真紅の筋肉塊へと歩み寄る。


『来ナイデ下サイ! 汚レテシマウ! 私ハ穢レテイル……!』


「いいえ。穢れてなどいないわ」


 オクトヴィアは、将軍の巨大な腕に、吸い付くように抱きついた。  柔らかい肌と、柔らかい筋肉が触れ合う。


「醜い? 違うわガニシュカ。殻を脱いだ今の姿こそ……『本当のあなた』よ」


『ナゼ……私ナドヲ……』


「全部聞こえていたわ。水は音を伝えるから」


 オクトヴィアは優しく微笑み、将軍の頬に手を添えた。


「繭の中で、ずっと聞いていたの。  あなたが毎晩、扉の外で『守れなくてごめんなさい』と泣いていたことも。  ……ジャックの嘘に怯えて、震えていたことも」


『……ッ!?』


「ごめんね、ガニシュカ。  あなたのその『硬すぎる殻』が邪魔で……今まで一度も、あなたの体温を感じてあげられなかった」


 王女は顔を埋めるようにして、将軍の「中身」を抱きしめた。


「やっと触れ合えた。……こんなに、温かかったのね」


 その言葉は、将軍が何十年も抱えてきたコンプレックスを、一瞬で溶かした。  忌み嫌っていた「柔らかさ」こそが、彼女が求めていた「温もり」だったのだ。


『ウ、ウウッ……アアアアアア……!』 『ウオォォォォォォォォォン!!』


 将軍の目から、大粒の涙が溢れ出した。  それは恐怖の涙ではない。安堵と、贖罪の涙だった。



「……へぇ。監禁されてたにしちゃ、随分と仲良しじゃない」


 その光景を見て、ライラがつまらなそうに鼻を鳴らした。  手にはしっかりとフォークが握られているが、その切っ先は下がっている。


「店長、どうすんだ? まだ食う気か?」  オトモを介抱していたキッドが呆れて尋ねる。


「……やめた。あーあ、タコとカニのカルパッチョにするつもりだったのに」


 ライラはわざとらしく溜息をつくと、フォークを腰に収めた。


「あんなに泣いてちゃ、塩辛くて肉が水っぽくなってるわよ。  質が落ちたから、見逃してあげるだけ。……フン」


「へいへい。そういうことにしておきましょうや」  キッドは苦笑いしながら、肩の力を抜いた。



「離せ! 無礼者! 私は王女様の側近だぞ!」


 感動の余韻をぶち壊すように、騒がしい声が響いた。  革命軍の兄ちゃんたちが、後ろ手に縛り上げた男をずるずると引きずってくる。  カジノ王ジャックだ。


「王女様! こいつが全ての元凶、ジャックです!」  兵士が叫び、ジャックを王女の前にゴミのように放り出した。


「お、王女様! ご無事でしたか!」


 ジャックは泥にまみれた顔を上げ、必死に媚びを売った。


「酷いのです! この野蛮人どもが私を!  私は先代将軍の言いつけを守り、貴女様をお守りしていただけなのに!」


 オクトヴィアの瞳が、冷ややかに光った。


「……お黙りなさい」


 その一言には、深海の底のような重圧があった。ジャックがヒッと息を呑む。


「ガニシュカのお母様《先代将軍》は、確かに厳格な方でした。でも、彼を愛していたわ。  ……ジャック。あなたがその『不器用な愛』を歪めて、『恐怖の鎖』に変えたのですね。私利私欲のために」


「そ、それは……誤解で……」


「アビスは深海……上から落ちてきたものを『循環』させる場所です」


 オクトヴィアは静かに宣告した。


「あなたは奪いすぎました。  これからは、壊したものを直して返しなさい。このアビスが、元の美しい姿に戻るまで」


「え……?」


「無期限の強制労働を命じます。瓦礫の撤去、及び、街の清掃に従事しなさい」


「そ、そんなぁぁぁ! 私のカジノ帝国が! 私は王だぞぉぉぉ!」


「連れてお行きなさい」


 王女が手を振ると、革命軍の兵士たちが「へいよッ!」とジャックの足を持って引きずり始めた。


「いやだぁぁ! 皿洗いなんてしたくないぃぃぃ!」


 ジャックの情けない悲鳴が遠ざかり、彼は物語の「端っこ(モブの位置)」へと退場していった。



 戦場に、本当の静寂が戻った。  誤解は解け、元凶は去り、王女と将軍は和解した。  すべてが大団円――に見えた。


「……で。どうやって帰るの、これ?」


 ミルカの冷静な一言が、現実を突きつけた。


「あ」  ライラが口を開ける。


 見上げれば、頭上のエレベーターシャフトは完全に崩落している。  足元の壱号機は、見る影もなく全損している。  ここは地下数千メートル。徒歩で帰るには、あまりにも遠すぎた。


「詰んだわね。ここでタコとカニ食べて暮らす?」 「店長、それは最終手段だ」


 キッドが頭を抱える中、ミルカの視線がある一点に釘付けになっていた。


「……ねえ、キッド」 「あん?」 「材料なら、あるじゃない」


 ミルカが指差したのは、戦場に転がる巨大な赤い物体。  将軍ガニシュカが脱ぎ捨てた、「深紅の甲羅」だった。


「……おいミルカ。まさか、アレを使う気か?」


「……完璧よ。あの甲羅の硬度はミスリル以上。深海の超高圧にも耐え抜いた、『天然の潜水装甲』だわ」


 ミルカの瞳に、技術者エンジニアの狂気じみた光が宿る。


「あれを加工すれば……地上へ浮上できる、最強の『船』が作れる!」


■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)


【店舗名】 万事屋オモテナシ・革命軍 【総合評価】 ★3.00(↑回復) 【現在地】 アビス最下層・聖域前


【ステータス更新】

・王女オクトヴィア:【覚醒。アビスの真の統治者。

・将軍ガニシュカ:【和解】王女の側近として復帰(ただし殻なし)。

・ジャック:【皿洗い(Punishment)】無期限労働刑。

・ライラたち:帰還手段なし → 新プロジェクト始動。


【次回予告】

……おや? 次回は箸休め? いいえ、ジャックたちの「端っこ生活」と、革命軍の祝勝会。 そして、ついに動き出す「弐号機」の設計図!


 

タコとカニ、感動の和解でした。  「硬い殻が邪魔だった」という王女様の言葉、ガニシュカには一番の救いだったことでしょう。  そしてジャックは……まあ、しっかり働いてもらいましょう。


 さて、次回は少しトーンを落として、アビスの後始末と「大宴会」の準備です!  そしてミルカが目をつけた「あの甲羅」が、どう生まれ変わるのか……?  

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