第34話 裸の王と、真紅の防衛本能
ジュワワワワワワワッ!!!!!
アビスの底に、肉が焼け焦げるような異臭と白煙が充満する。 空から降り注いだ『龍の涎』が、将軍ガニシュカの巨体を包み込んでいた。 ウミウシの消化液、工業用廃酸、そしてサラマンダー・ペッパーの超高熱。 この悪魔的なフルコースが、物理攻撃を無効化し続けてきた「脱皮不全の殻」を、猛烈な勢いで侵食していく。
『ギョ、ギャアアアアアアアアアッ!?』
将軍がのたうち回るたびに、分厚い装甲が雪崩のように崩れ落ちていく。 何十年もの間、彼を外界から遮断し、同時に苦しめてきた牢獄が、今まさに溶け落ちようとしていた。
「へっ、ざまぁみろ! 頑固な汚れもイチコロだぜ!」
着地した壱号機から、キッドが身を乗り出して拳を突き上げる。 散々煮え湯を飲まされた相手が、無様に転げ回る姿。これ以上のカタルシスはない。
「剥けた! 剥けたわよキッド! 見てあのピンク色のお肉! 茹でたてみたいで美味しそう!」
ライラもフォークをカチカチと鳴らして歓喜する。 鎧さえなくなれば、ただの巨大なカニだ。
勝った。誰もがそう確信した。
◇
だが、その勝利の瞬間に毒を注ぎ込む、怨嗟の声があった。
「将軍! 騙されてはいけませんぞぉぉッ!!」
瓦礫の山から、血まみれの男が這い出していた。 カジノ王ジャックだ。彼はまだ生きていた。 彼は最後の悪あがきとして、将軍の最も脆い部分――「心」に致命的な嘘を吹き込んだ。
「そいつらは『帝国』からの刺客です! 我々の目を盗み、王女様を地上へ連れ去り『見世物』にするつもりですぞ!!」
ピタリ、と将軍の悲鳴が止まった。
『……王女ヲ……連レ去ル……?』
「そうです! 母上は言いましたよね? 『柔らかい地上の人間は、嘘つきで穢れている』と! 奴らは王女様を騙し、その身を汚すつもりだぁぁぁッ!!」
その言葉は、酸よりも深く、将軍の脳髄を焼いた。 将軍の複眼が小刻みに震え、彼に見えている世界が一瞬にして反転する。 瓦礫の山ではない。そこは、幼い頃に過ごした暗く冷たい深海だった。
――お聞き、ガニシュカ。 ――柔らかい者は嘘をつく。守ってくれるのは硬い殻だけよ。 ――あの方を、王女様を、決して外に出してはいけない。
『ウ、ウソツキ……! 外ハ……外ハ穢レテイル……!』
将軍の虚ろな瞳が、キッドとライラを捉えた。 そこにはもう、理性の光はない。 あるのは、「母上の言いつけを破り、外敵を招き入れてしまった」という幼児的なパニックと、過剰な防衛本能のみ。
『見ルナァァァァァァァッ!!』
バァァァァァンッ!!
将軍の絶叫と共に、溶けかけた残りの甲羅が、内側からの爆発的な圧力で弾け飛んだ。 凄まじい衝撃波が壱号機を揺らす。
「なッ、自らパージしただと!?」
土煙が晴れた先。 そこに、50メートルの巨体はなかった。
立っていたのは、人間より二回り大きい程度の、異形の存在。 極限まで圧縮されていた肉体が解放され、全身の筋肉が剥き出しになっている。 その色は、血管が透けるほどに鮮烈な「真紅」。
美しくも、痛々しい。 皮を剥がされた獣のような、生々しい生命の塊。
「……速そうね。身が締まってて」 ライラが呟いた、その瞬間だった。
ドォォォォォンッ!!
音が、置き去りにされた。 真紅の影がただ一歩踏み出しただけで、空間の水圧が歪み、足元の岩盤が粉々に爆ぜた。
「……は?」 キッドが目を見開く。 見えなかった。エンジンの轟音よりも速く、風よりも鋭い。
「速すぎます! ソナーが追いつきません!」 ルルが悲鳴を上げる。
真紅の怪物は、明確な殺意を持ってライラを見た。 ジャックの嘘を信じ込んだ彼は、ライラこそが「王女を奪う捕食者」に見えているのだ。
『寄ルナ! 穢レタ羽虫共ォッ!!』
将軍が腕を振るう。 それは攻撃というより、嫌悪感からくる「拒絶」の動作だった。 だが、その速度は音速を超え、衝撃波の刃となって襲いかかる。
「しまっ――」
回避不能。 キッドが死を覚悟した、その時。
グンッ!!
動くはずのない壱号機が、猛烈なGを伴って横滑りした。 キッドが操作したわけではない。 タイヤに巻き付いたウミウシたちが、勝手に駆動したのだ。 いつもなら勝手に動いてはキッドに怒られていたポンコツタイヤが、この最期の瞬間だけは、迷わなかった。
壱号機は、キッドとライラを荷台から外へ弾き出し、自ら真紅の刃の軌道上へと割り込んだ。
ズンッ。
乾いた音が響く。 世界がスローモーションに見えた。
泥だらけのボンネット。 ガタガタのサスペンション。 主を守るために酷使され続けたボディ。
それら全てが、一瞬にして真ん中から両断された。
ドガァァァァァァンッ!!
爆発。 キッドとライラは泥の中に叩きつけられ、転がった。 顔を上げると、そこには燃え上がる鉄屑と化した、壱号機の残骸があった。
「あ……」 ライラの声が震える。
相棒《壱号機》が、死んだ。 彼らを守って。
『……ハァ、ハァ……近寄ルナ……ボクニ触ルナ……』
真紅の怪物は、燃える残骸の前で、ガタガタと震えている。 圧倒的な強者ではない。 ただ、布団を剥がされて泣き叫ぶ、巨大な赤ん坊だ。 触れようとする空気さえも「拒絶」し、その振動だけで周囲の瓦礫を粉砕している。
キッドは泥だらけの手で顔を拭い、ゆっくりと立ち上がった。 その目に、怒りの色はなかった。 あるのは、静かな職人の眼差しと、底知れぬ凄み。
「……なんだ、その目は。 王様かと思ったら……ただの迷子のガキじゃねぇか」
キッドは腰のホルスターに手を伸ばす。 そこにあるのは、壱号機のアームのような強力な武器ではない。 師匠から譲り受けた、ただの鉄の包丁だ。
「……よくも俺の相棒《壱号機》をやってくれたな。高くつくぜ、大将」
シャランッ。 二本の出刃包丁が、炎の照り返しを受けて鈍く光った。
「包丁ってのはな、人を斬るモンじゃねぇ。 暴れる客《食材》を、落ち着かせるための道具だ」
キッドが包丁を構える。 殺気はない。 暴れる子供をあやすような、慈悲の構え。
「……もう苦しまなくていい。 おねんねさせてやるよ」
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・革命軍 【総合評価】 ★2.80(変動なし) 【現在地】 カジノ跡地・決戦場
【ステータス更新】
・将軍ガニシュカ:【真紅の防衛本能(Crimson Panic)】へ移行。 母上の言いつけ(トラウマ)に縛られ、全ての接近者を「拒絶」する暴走状態。
・壱号機:【全損(Destroyed)】。 最後のログ:『Pro...tect... Master...』
・キッド:覚悟完了。道具への依存を捨て、技術のみで挑む。
【次回予告】
速すぎる拒絶。届かない刃。 暴走を止めるのは、意外な「食欲」?
さらば、壱号機。 泥とウミウシにまみれながら、最後までキッドたちの足となってくれました。 (君の魂は、きっと次の機体に……)
そして現れた「真紅の将軍」。 彼はジャックの嘘と母の呪縛によって、完全に心を閉ざしてしまいました。 そんな「お客様」に対し、料理人キッドはどう包丁を振るうのか?
次回、三位一体の攻略戦! 「キッドがんばれ!」「壱号機ありがとう!」と思っていただけたら、 【ブックマーク登録】と【★★★★★評価】で応援をお願いします!




