第30話 涙の味と、崩れ落ちる塔
ズガァァァン!!
カジノタワー最上階、ロイヤル・スイート。 豪奢なクリスタルの柱が次々と粉砕され、破片が宝石のように舞い散る。
「ハハハ! 見えすぎる! 聞こえすぎる! 貴様らの心臓の鼓動すら、俺にとっては大鐘の音のようだ!」
カジノ王ジャックが哄笑する。 視覚、聴覚、嗅覚、触覚……数多の偉人たちの「感覚チップ」を取り込んだ彼の肉体は、スーパーコンピューター並みの処理能力で、オトモたちの攻撃を完全に予測し、回避していた。
「くそっ! 包丁が当たらねぇ!」
「ダメよ! 死角がない! 背後から狙っても瞬時に反応される!」
キッドとミルカが歯噛みする。 万能ゆえの無敵。だが、オトモはその「万能さ」の中に、致命的な弱点を見出していた。
「……情報過多ですね」
オトモが冷静に呟く。
「彼は今、針が落ちる音も、塵が舞う光景も、すべてを『重要情報』として処理している。……ならば」
オトモが懐からハンカチを取り出し、優雅に合図を送った。
「皆様、彼に『最高級の刺激』を贈りましょう。脳味噌が焼き切れるほどの、大量の情報を!」
「……へっ。なるほどな!」
キッドがニヤリと笑い、懐から大量の金属食器を取り出した。
「総員、構え! ジャック様へのファンサービスだ!」
【作戦名:感覚のオーバーフロー】
「くらいなさい! 『特製閃光弾』!!」
ミルカが試験管を足元に叩きつける。
カッッ!!
部屋中を埋め尽くすほどの、強烈な白光が炸裂した。
「ぐアァァァッ!? ま、眩しいッ!?」
全てを見通す伝説の剣豪『見切りのハヤテ』の動体視力を取り込んでいたジャックにとって、その閃光は網膜を直接焼かれるごとき激痛となる。
「まだまだァ! 『金ダライのオーケストラ』だ!」
ガシャガシャガシャガシャーン!!
キッドが両手の包丁で、散らばった銀食器や金属柱をメチャクチャに叩き鳴らす。 天才指揮者『マエストロ・エコー』の絶対聴覚を持つジャックの鼓膜に、不協和音がドリルとなって突き刺さる。
「やめろぉぉ! うるさい! 頭が割れるぅぅ!」
そして、トドメの一撃。
「ルル! 歌って!」
ライラの叫びに、鳥籠から出たルルが大きく息を吸い込んだ。
『ラァァァァァァァァァッ!!』
それは攻撃的な叫びではない。純粋な想いの奔流。 計算も理屈もない、感情の爆発。 論理的思考で未来予測をしていたジャックの脳内に、処理不可能な「感情のノイズ」が雪崩れ込む。
「あ、あが……あ……!?」
ジャックの動きが止まった。 目は白黒し、口から泡を吹き、痙攣している。 視覚、聴覚、嗅覚、触覚……全てのセンサーが限界値を超え、脳がショートしたのだ。
「今です」
その隙を見逃す執事ではない。 オトモは音もなく懐に入り込み、ジャックの硬い腹部に掌底を当てた。
「欲張りすぎましたね。……消化不良には、一度戻してスッキリするのが一番ですよ」
【執事流・強制異物除去】
ズドンッ!!
衝撃が甲羅を貫通し、ジャックの胃袋を直接叩き上げた。
「ごふぅっ!!?」
ジャックの口が大きく開かれる。 ドバババババッ!! まるで噴水のように、飲み込んでいた大量の「感覚チップ」が吐き出された。 赤、青、緑……煌びやかな宝石の雨。
その中に、ひとつだけ。 柔らかく、優しいピンク色に輝くチップがあった。
「――見つけた!」
ライラが跳んだ。 獣のような瞬発力。 彼女は空中で回転し、落下するそのチップを――
パクッ。
口でキャッチし、そのまま喉を鳴らして飲み込んだ。
ドクン。
その瞬間。 ライラの世界が、色を取り戻した。
灰色の空気が、甘い香りに変わる。
無機質だった光が、暖かさを帯びる。
口の中に残っていた鉄の味が、唾液の甘みが、爆発するように脳を駆け巡る。
「……あ」
ライラが着地する。 背後では、チップを全て吐き出したジャックが、白目を剥いて轟音と共に倒れ伏した。 勝負ありだ。
「……店長」
キッドが駆け寄り、ポケットから何かを取り出した。
戦いの中でひしゃげ、粉々になった「保存用のクラッカー」だ。
「こんなもんしかねぇけど……食うか?」
ライラは震える手でそれを受け取った。
ただの乾パン。しかも粉々。
高級フレンチに比べれば、ゴミのような粗食だ。
ライラはそれを口に運んだ。
ボリッ。モグモグ……。
乾いた食感。 少しの塩気。 そして、小麦の素朴な香り。
「…………」
ライラの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……しょっぱい」
「そりゃそうだ、保存食だからな」
「パサパサする……喉が渇く……」
「悪かったな、水持ってきてなくて」
「……でも」
ライラは涙でぐしゃぐしゃになった顔で、満面の笑みを浮かべた。
「……美味しい……ッ!!」
それは、世界で一番のご馳走だった。
仲間が守ってくれた味。自分が勝ち取った味。
生きて、食べて、感じる喜び。
失っていた「彩り」が、たった一枚のクラッカーの中に詰まっていた。
「おかえりなさいませ、店長」
オトモがハンカチでライラの口元を拭う。 ミルカも、ルルも、安堵の表情で笑い合った。
大団円。 そう思った、その時だった。
ミシッ……バキキキキッ!!
不吉な音が響いた。 ジャックの巨体が倒れた衝撃と、これまでの戦闘の余波で、タワーの床(強化ガラス)に亀裂が入ったのだ。
「え?」
パリィィィィィィィンッ!!!!
ガラスが砕け散った。 足場が消滅する。
「うわあああああああ!?」 「きゃああああ!!」
オトモたちは、瓦礫やジャックの巨体と共に、タワーの中心にある巨大な空洞――「吹き抜け」へと吸い込まれていった。 眼下に広がるのは、カジノの光さえ届かない、真の暗黒。 アビスの最下層。 怪物『将軍ガニシュカ』が眠る、奈落の底だ。
「おやおや。……退店はエレベーターを使いたかったのですが」
落下しながら、オトモは冷静にライラを抱き寄せた。
「しっかり掴まっていてください! ……次なるステージは『地獄の底』です!」
光の塔から、闇の底へ。 カジノ編・完。 そして物語は、アビスの真実へと加速する。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・革命軍
【総合評価】 ★1.45(維持)
【現在地】 落下中(カジノタワー → アビス最下層)
【ステータス更新】
・ライラ:【味覚奪還】。世界が美味しくなった。幸福度MAX。
・ジャック:感覚チップ全ロスト。気絶中。一緒に落下中。
・オトモ:空中姿勢制御中。
・ルル:救出成功。キッド、ライラと一緒に落下中。
【獲得アイテム】
・味覚チップ(ライラの元に戻った)
・大量の感覚チップ(ジャックが吐き出したものが雨のように降っている)
【現在のクエスト】
『メインクエスト:将軍ガニシュカの治療(?)』
・目的地:アビス最下層・動力炉付近。
・ターゲット:将軍ガニシュカ。
・状態:強制移動中。
【次回予告】 奈落の底と、孤独な怪物。
本日のおもてなしは、いかがでしたでしょうか? カジノ編、これにて決着! ですが、休む暇はありません。そのまま最終章・将軍編へと突入します。
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