第3話 肌荒れの少女兵と、鏡の中の真実
荒野を、一台の奇妙な屋台が走っていた。
『オモテナシ・ゼロ号機』である。
その姿は、以前にも増して怪しさを極めていた。
屋台の四隅に、飴細工のように捻じ曲げられた「無骨な鉄柱」が突き立ち、そこへ分厚い「深紫のベルベットカーテン」が吊るされて、隙間なく覆い尽くしているのだ。
「……ねえ、オトモ。ここ、霊安室?」
薄暗い荷台の奥で、ライラが膝を抱えて呟いた。
前回のアトラス団戦で手に入れたこのカーテン、遮光性は完璧だが、閉塞感が半端ではない。
「失敬な。紫外線対策を極めた、移動式プライベートサロンですよ」
「どう見ても『走る棺桶』か『呪いの馬車』じゃない! 鉄柱のせいで檻みたいだし、風通しが悪すぎて息苦しいわ!」
「おやおや。この重厚なドレープこそが、高貴な身分を隠す鉄壁の盾となるのです。……少々、通気性は犠牲になりましたが」
不満を漏らすライラを乗せ、不気味な紫の箱は突き進む。 だが、相変わらずマフラーからは「不完全燃焼の黒煙」が漏れ出し、運転席では執事が奇妙な上下運動(手動サスペンション)を繰り返している。やがて、その行く手に帝国の検問所が見えてきた。
「……ねえオトモ。あそこ、見えてきたわよ」
荷台のライラが声を潜めた。 地平線の先、街道を塞ぐように設置されたバリケード。 ゴルテナ帝国の検問所だ。 赤と黒の軍旗がはためき、武装した兵士たちが目を光らせている。
「どうするの? 正面突破?」
「まさか。我々は善良な一般市民(評価★0.0)です。堂々と通りましょう」
「手配書が出回ってるのに正気!?」
ライラは慌ててフードを深く被った。銀色の髪は、王家の血筋を示す最大の特徴だ。これを見られたら一発で終わる。
キキーッ。 屋台が検問所の前で停車した。 オトモは静かにサイドブレーキを引き、運転席から降りて、うやうやしく出迎えた。
「いらっしゃいませ。旅のマッサージ屋でございます」
「は、はい、ストップ……ストップしてください……」
近寄ってきたのは、ライラと同じくらいの年齢の少女兵だった。 サイズの合っていないブカブカの軍服。鼻まで隠れるような分厚い丸眼鏡。 そして何より目立つのは、おでこや頬に広がった赤い腫れ――酷い「肌荒れ《ニキビ》」だった。
「あのぅ……身分証と、積荷の検査を……あうっ」
少女兵は、自分で言いながら何もないところで躓いた。 ドサッ。屋台の前に盛大に転ぶ。
「だ、大丈夫?」 ライラが思わず声をかけると、少女は真っ赤な顔で起き上がった。
「す、すみません! 私、ドジで……うぅ、また眼鏡がズレて……」
「(……なにこの子。帝国兵にしては弱そう)」
少女兵は、ジュリアといった。胸のネームプレートには『雑用係』と書かれている。 彼女はオドオドと眼鏡の位置を直しながら、ライラの顔を覗き込んだ。
「あの……失礼ですが、フードを取っていただけますか? 『銀髪の王女』の手配書が出ていまして……」
「ッ……!(やばい!)」
ライラの心臓が跳ねた。 終わった。こんな序盤で、旅が終わる。 ライラが覚悟を決めて、オトモに目配せ(逃げるわよ!)を送ろうとした、その時だった。
「おやおや、銀髪ですか? それならここにいますよ」
オトモがあっさりと、ライラのフードを剥ぎ取った。
「はああぁ!? あんた何して――」
さらり。美しい銀髪が白日の下に晒される。 ジュリアが目を見開いた。
「あ! その髪色! 間違いありませ――」
「ええ、見てやってください。この痛々しい『若白髪』を」
「……はい?」
ジュリアの動きが止まった。 ライラも止まった。
「……え、しらが?」
「左様です。うちの店長は、極度の経営難とストレスにより、十代にして髪の色素が抜け落ちてしまったのです。……可哀想に。昨日はもっと黒かったのですが、今日の株価暴落で真っ白に……」
オトモがハンカチで嘘泣きをする。 あまりにも堂々とした大嘘。だが、ジュリアの表情が「警戒」から「同情」へと変わっていく。
「そ、そうだったんですか……。すみません、私、てっきり手配書の王女様かと……」
「王女? まさか。そのような高貴な方が、こんな油まみれのボロ屋台で、必死に日銭を稼いでいるわけがないでしょう?」
「そ、そうですよね! 失礼しました!」
「ちょっ……!(納得するんかい!)」 ライラは心の中で盛大にツッコんだ。
「おいジュリアァッ! 何をもたもたしている!」
その時、検問所の奥から怒声が響いた。 現れたのは、ジュリアの上官らしき男。 立派な軍服を着ているが、その顔はギトギトと脂ぎり、強烈な整髪料の匂いが鼻をつく。
「隊長……! い、いえ、今検査を……」
「黙れ『汚顔』! 貴様のそのニキビ面を見ていると、私の美しい肌まで荒れそうだと言っているだろう!」
男――アブラッシュ隊長は、汚いものを触ってしまったとばかりに手を払い、ジュリアを乱暴に突き飛ばした。 そして、地面に転がった部下には目もくれず、新たな獲物であるライラたちへと向き直る。 その粘着質な視線は、屋台の隅々までを金銭的価値で値踏みするように、ジロジロと嫌らしく舐め回していた。
「……おい、貴様ら。マッサージ屋なら、当然『売上』はあるんだろうな?」
「えっ……?」
「全額置いていけ。私の肌を潤す『最高級美容クリーム』の購入資金にする。……足りなければ、屋台のパーツを売って金に換えるぞ」
「そ、そんな……!」
ジュリアが思わず声を上げた。 検問はあくまで不審者のチェックであり、私欲のための没収など規則にはない。これは完全なる職権濫用、ただの「横領」だ。 彼女は震える足で立ち上がり、勇気を振り絞って上官の前に立った。
「た、隊長! それは規則違反です! 通行税ならともかく、全額没収だなんて……ただのカツアゲじゃないですか!」
「黙れ『汚顔』! 私が美しい状態であることが、この国への最大の貢献なのだ!」
ドカッ!
アブラッシュの軍靴が、無慈悲にジュリアの腹を蹴り抜いた。
「うぅっ……!」
ジュリアがくの字になって吹き飛ぶ。 アブラッシュは、ニヤニヤしながら自分のテカテカした顔を撫で回した。
「帝国の正義は『美』だ。私のように潤いに満ちた者だけが優遇される。貴様のようなブサイクなドブネズミは、一生ゴミ拾いでもしていろ!」
ジュリアが唇を噛み締め、うつむく。 もう反論できない。痛み以上に、彼女自身、鏡を見るたびに自分の顔に絶望していたからだ。 どうせ私は、汚い。誰からも愛されない。
「……おやおや」
低い声が響いた。 オトモが、静かに一歩前に出る。 その左目の片眼鏡が、ギラリと冷たい光を放った。
「……不快ですね」
「あぁん? なんだ執事風情が。私の美しさに嫉妬か?」
「いいえ。貴方の顔面の皮脂量が、です。……それ以上に、貴方の目。審美眼が腐っている」
オトモはアブラッシュを無視し、うずくまるジュリアの前に跪いた。
「立てますか、お嬢さん」
「……私、汚いですから。隊長の言う通り、ドブネズミですから……」
「誰がそんな嘘を?」
オトモの手が、ジュリアの分厚い眼鏡を優しく外した。
「こ、困ります! 隠さないと……!」
「隠す必要などありません。……ご覧なさい。貴女の肌は汚れてなどいない」
オトモの指先が、ジュリアの頬に触れる。
「これは『汚れ』ではありません。貴女の過酷な労働と、誰よりも動いた汗。そして『強くなりたい』という熱意が、出口を探して詰まっているだけです」
「え……?」
「つまり、貴女の肌は、貴女の夢に追いついていない。……ならば、私が道を開通させましょう」
オトモの手が残像と化した。
シュシュシュシュシュッ……!!
それは打撃ではない。極限まで繊細なタッチで行われる、超高速フェイシャル・マッサージ。 『執事流・白雪のピーリング』。
「毛穴の奥の葛藤を除去。……老廃物という名の『自信のなさ』を排出。……皮脂の曇りを一掃し、泥に埋もれていた貴女の『本来の輝き』を呼び覚まします」
心地よい風が吹いたような感覚。 ジュリアが呆然としている間に、オトモは彼女の前髪をかき上げ、隠されていた額を露わにした。
「……施術完了。鏡を見てごらんなさい」
オトモが屋台のバックミラーを向ける。 そこに映っていたのは―― 赤みと腫れが引き、透き通るような白磁の肌を持つ、凛とした少女の顔だった。 眼鏡の奥に隠されていた瞳は、驚くほど大きく、力強い光を宿している。
「これ……私……?」
「ええ。ドブネズミではありません。気高き獅子の相です」
「な、なんだとォ!?」 アブラッシュが驚愕の声を上げた。 薄汚い雑用係だったはずの少女が、今や自分よりも遥かに美しく、輝いて見えたからだ。
「ええい、小細工を! 許さんぞ、私の部下を勝手に改造しおって!」 アブラッシュがサーベルを抜き、襲いかかる。 狙いは、まだ呆然としているジュリアの背中。
「あぶない!」 ライラが叫ぶ。 だが、オトモは動かなかった。守る必要がないと知っていたからだ。
キィンッ! 澄んだ金属音が響いた。
「……え?」
アブラッシュが目を見開く。 彼のサーベルは、ジュリアがとっさに抜いたボロボロの剣によって、完璧に受け止められていた。
「……鏡を見ろと言われました」 ジュリアが顔を上げる。その瞳にもう怯えはない。
「鏡の中の私は、もう泣いていませんでした。……だから、私ももう泣きません!」
「生意気な! 返り討ちにしてくれる!」
アブラッシュの身体から、ドロリとした油が溢れ出す。 美しくなった少女兵と、脂ぎった小悪党。 覚醒の戦いが、今始まる。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】
リラクゼーションサロン・オモテナシ
【総合評価】
★0.01 ⇒ ★0.02(誤差の範囲!)
・新着口コミ(雑用係J):
「私、生まれ変われました。鏡を見るのが、もう怖くありません! ★5.0!」
・※注記:今回の敵将からの評価はマイナス査定でした。
【店舗設備】 オモテナシ・ゼロ号機(微改修)
・外装:深紫のベルベット仕様(通気性:最悪)
・新メニュー:『執事流・白雪のピーリング』
※若白髪の店長も推奨……という“設定”が追加されました。
【従業員】
・店長:若白髪の苦労人(という設定)
・執事:運転手 兼 美容部員
【次回予告】油汚れの隊長と、灼熱の洗浄。
本日のおもてなしは、いかがでしたでしょうか?
もし「この、アブラッシュがぁぁぁ!」「ジュリアがんばれぇぇ!」と感じていただけましたら、 感想や評価をいただけますと幸いです。
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