第29話 カジノ王の晩餐と、奪われた舌の行方
カツン、カツン……。
深紅の絨毯を踏みしめる音が、静寂のホールに響く。
四天王を全て撃破したオモテナシ一行は、ついにカジノタワー最上階、『ロイヤル・スイート』の扉を押し開けた。
そこは、海底とは思えぬほどの絶景だった。
全面ガラス張りの壁からはアビスの全景が見下ろせ、天井にはクリスタルのシャンデリアが輝いている。
その中央に鎮座する、巨大な円卓。
そこに、彼の王はいた。
「ようこそ、ドブネズミ諸君。……随分と騒がしい来店だったな」
ワイングラスを揺らすのは、身の丈3メートルを超える巨大なタカアシガニ。
純白のタキシードを着こなし、甲羅には無数の宝石――いいや、怪しく光る「感覚チップ」を埋め込んだ異形の紳士。
カジノ王、クラブ・ジャックだ。
その背後には、黄金の鳥籠に囚われた歌姫ルルの姿もある。
「ルル!」
「店長さん……! 来ちゃダメ! 逃げて!」
ルルが悲痛な声を上げるが、ライラの足は止まらない。
彼女の視線は、ジャックの手元にあるワイングラスに釘付けになっていた。
その底で、ピンク色のチップが揺らめいている。
ライラの『味覚』だ。
「返せ。……私の舌を、返せ」
ライラが唸る。
「クックック……。焦るな。まずは食前酒と洒落込もう」
ジャックはグラスを掲げ、ライラを見下ろしてニヤリと笑った。
「帝国の手配書を見た時は半信半疑だったがな。……まさか、こんな薄汚い小娘が、亡国の王女ライラ・ハートだとは」
「……!」
キッドとミルカが息を呑む。
オトモが眉をひそめた。
「おやおや。私のカモフラージュは完璧だったはずですが? 今の店長はどこからどう見ても、底辺屋台の主ですよ」
「ああ、外見は見事なもんだ。帝国軍の目は欺けたかもしれん。……だがな、執事くん」
ジャックはグラスの中のチップを指先で弄んだ。
「『舌』は嘘をつけない」
「……なに?」
「このチップには記録されていたよ。幼少期から摂取してきた、最高級の宮廷料理の記憶……繊細な出汁の判別能力……。
これは泥水を啜って生きてきた庶民の舌じゃない。
国を一つ傾けるほど金をかけた、正真正銘の『王族の舌』だ」
ジャックの言葉に、オトモは深いため息をついた。
「……やれやれ。外見は偽れても、身体に染み付いた『育ち』までは隠せませんでしたか。私の食育が行き届いていたことが、ここで裏目に出るとは」
「そういうことだ。……さあ、味わわせてもらおうか。王家の歴史が詰まった極上のヴィンテージを!」
ゴクリ。
ジャックは躊躇なく、チップごとワインを飲み干した。
「あ」
ライラの中から、何かが抜け落ちた音がした。
「んん~っ! 素晴らしい芳醇さだ! 甘美な記憶が脳髄に染み渡る! これぞ王の味!」
ジャックが恍惚の表情で舌なめずりをする。
ライラの中で、プツンと理性の糸が切れた。
「……吐き出せ」
彼女の手からフォークとナイフが落ちる。
もはや道具などいらない。
「私の……私の美味しいご飯を……返せェェェェェッ!!」
ドォォォン!!
ライラが弾丸のように飛び出した。
ただの少女のタックルではない。飢餓獣の突進だ。
「店長! 単独先行は危険です!」
オトモが叫ぶが遅い。ライラの牙がジャックの喉元に迫る。
だが。
ヒュンッ。
ジャックの巨体が、残像を残して消えた。
「なっ……!?」
ライラが空を切る。
次の瞬間、彼女の背後にジャックが立っていた。
「遅いな。……アビス最強の剣豪『見切りのハヤテ』の動体視力を使えば、貴様の動きなど止まって見える」
ドゴォッ!!
ジャックの裏拳がライラを吹き飛ばす。
「店長!」
キッドとミルカが援護射撃を開始する。
包丁の投擲と、強酸ボトルの乱れ打ち。
だが、ジャックは振り返りもせずにそれらを全て叩き落とした。
「無駄だ。かつてアビスを震撼させた盲目の天才指揮者、『マエストロ・エコー』の聴覚……。
今の私には、背後の風切り音すらシンフォニーの一部として聞こえている」
「くそっ……! 全部見えてやがるのか!?」
ジャックが両手を広げる。
その甲羅に埋め込まれた無数のチップが、不気味に明滅していた。
「そうだ。剣豪ハヤテの眼、マエストロ・エコーの耳、そして地下闘技場の無敗王者『稲妻のレイ』の反射神経……!
そして、愚かな債権者どもから奪い取った『才能』を、私は全てこの身に取り込んだ!
今の私は、あらゆる感覚を極めた『感覚の合成獣』だ!」
最強の身体能力と、最強の感覚。
死角なし。隙なし。
オトモの拳さえも、今のジャックには届かない。
「なぜだ……! なぜそこまでして力を求める!」
オトモが問う。
ジャックは冷たく笑った。
「俺のためではない。……全ては、あのお方のためだ」
「あのお方?」
「このアビスの最深部に眠る、真の支配者……『将軍ガニシュカ』様だ!」
ジャックが床を強く踏み鳴らす。
「将軍は最強の『硬度』を手に入れた。だが、その代償として……彼の殻の内側は、永遠の孤独と激痛に苛まれている。
痛み! 熱! 身動き一つ取れない閉塞感!
それを紛らわせるには、他者の『快楽』が必要なのだ!」
他人の舌で美味を味わい、他人の目で絶景を見る。
そうして感覚を上書きし続けなければ、将軍の精神は苦痛で崩壊してしまう。
このカジノは、一人の怪物を介護するための巨大な鎮痛剤精製工場だったのだ。
「理解したか? 貴様らの感覚は、偉大なる将軍の『薬』になるのだ。光栄に思え!」
ジャックがハサミを振り上げる。
圧倒的な力の差。絶望が場を支配する。
その時。
♪~~……
静かな、しかし凛とした歌声が響いた。
鳥籠の中のルルだ。
彼女は震えながらも、しっかりと前を向いて歌っていた。
「……ルル?」
それは、軍歌ではない。
かつてスラムで、ライラのスープを飲んだ時に口ずさんだ、優しく柔らかい子守唄。
『負けないで……! 店長さん、みなさん……!』
その歌声は、攻撃力を持たない。
だが、音波となって空気を震わせ、傷ついた戦士たちの心を鼓舞する。
ドクン。
倒れていたライラの胃袋が、歌声に共鳴して脈打った。
「……聞こえる」
ライラがゆっくりと立ち上がる。
味覚はない。嗅覚も慣れてしまった。
だが、ルルの歌声が、彼女の「本能」を呼び覚ましていた。
「……あいつの身体から、『不味そうな音』がする」
「ほう?」
オトモが片眼鏡を直す。
ライラには見えていた。
ジャックの動きが一瞬、ピクリと止まる瞬間を。
ハヤブサの目と、コウモリの耳と、ボクサーの反射神経。
それらが同時に作動した時、あまりの情報量に脳が処理落ち《オーバーフロー》を起こしているノイズを。
「……混ぜすぎよ」
ライラが涎を拭う。
「高級食材だって、闇鍋にしたらただの生ゴミよ。……今のアンタは、消化不良を起こした脂身の塊にしか見えないわ!」
「なんだとぉ!?」
「オトモ! あいつ、胃もたれしてるわよ!」
主人の指示が飛ぶ。
執事は恭しく一礼し、手袋を締め直した。
「御意。……どうやら、王様には強力な『胃薬』が必要なようですね」
反撃のゴングが鳴る。
感覚のキメラか、飢えた野獣か。
カジノタワー最上階、最後の晩餐が幕を開ける。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・革命軍
【総合評価】 ★1.45(上昇中)
【現在地】 深海カジノ・最上階「ロイヤル・スイート」
【対戦相手】 カジノ王・クラブ・ジャック(戦闘中)
※ステータス:感覚ドーピングにより全能力Sランク。ただし脳内負荷増大中。
【重要情報】
・ライラの正体:ジャックに見破られる(味覚チップの記録により確定)。
・黒幕の存在:将軍ガニシュカ。感覚チップは彼への鎮痛剤として集められていた。
【次回予告】
混ぜすぎた才能と、素材の味。
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