第28話 爆薬ジェンガと、神の指を持つ男
……………。
第4のエリアに足を踏み入れた瞬間、ライラは息を呑んだ。
そこは、これまでの狂騒が嘘のように静まり返った、重厚なVIPルームだった。
床には深紅の絨毯。壁には名画。
そして部屋の中央には、一台のテーブルと、その上に積み上げられた「ガラスの塔」が置かれていた。
「お待ちしておりました、同業の方」
闇の奥から、一人の紳士が現れた。
長身痩躯。仕立ての良いタキシードを着こなしているが、その手足は異様に長く、関節が一つ多い。
そして何より目を引くのは、目隠しをしていることと――その指先から伸びる、長い触覚のような髭だ。
第4のディーラー、『指先のアルセーヌ』。
深海に潜むテナガエビの変異種にして、カジノ最高の技巧派。
「私の名はアルセーヌ。……カジノ王ジャック様より伺っております。なんでも、神の如き指先を持つ執事がいる、と」
アルセーヌが優雅に一礼する。
その所作は洗練されており、これまでの荒くれ者たちとは格が違った。
「買いかぶりですよ。私はただの執事です」
オトモもまた、礼儀正しく頭を下げる。
「謙遜は不要です。……貴方の足音、呼吸、そして空気の揺らぎ。それだけで分かります。貴方の筋肉は、ミクロン単位で制御されている」
アルセーヌがテーブルの上の「塔」を指差した。
「さあ、始めましょうか。私の『触覚』と、貴方の『指』を賭けた遊戯を」
テーブルに鎮座するのは、高さ3メートルにも及ぶ巨大なジェンガタワー。
だが、そのブロックは木ではない。
内部で赤く発光する液体が揺らめく、透明なクリスタルだ。
「ルールは単純。交互にブロックを引き抜き、上に積む。……ただし、このブロックは『ニトロ・クリスタル』。わずかな衝撃、手汗の湿度、そして指の震えに反応し、即座に大爆発を起こします」
「……ひぇっ」
ライラが口元を押さえて後ずさる。
つまり、崩したら負けではない。崩したら「死」だ。
「先行は私から」
アルセーヌが、音もなくテーブルに近づいた。
彼の長い指が、スルリと伸びる。
目隠しをしているはずなのに、迷いがない。指先の触覚が、空気の流れだけでブロックの位置を把握しているのだ。
ヌッ。
彼がブロックに触れた瞬間、その指が「液体」のように変形した。
ブロックの表面に吸い付き、摩擦ゼロで滑らせる。
タワーはピクリとも揺れない。
「……はい、どうぞ」
あまりにも静かな一手。
キッドがゴクリと唾を飲む音が、部屋に響くほどだった。
「お見事。では、私も」
オトモが、白手袋をゆっくりと外した。
露わになったのは、傷一つない、白く美しい素手。
彼はタワーの前に立ち、中段のブロックに手を伸ばした。
トン。
指先が触れる。
オトモは目を細めた。
(……なるほど。重心が右に3ミリ偏っている。さらに、このブロックは上の段と癒着気味だ)
普通の人間なら引き抜けない。
だが、オトモの指先が、微細に振動した。
**ヴィィィィ……**
目に見えない超高速振動。
それが癒着を「ほぐし」、ブロックを自由にする。
スッ。
オトモは何の抵抗もなくブロックを引き抜き、頂上に置いた。
「……ほう。やりますね」
アルセーヌの髭がピクリと動く。
そこからは、息詰まる攻防が続いた。
5段、10段、20段。
タワーはスカスカになり、まるで虫食いの柱のように危ういバランスで立っている。
見ているライラたちの方が酸欠になりそうだ。
(……強い。この男、タワーの重心を完全に把握している)
アルセーヌは、焦り始めていた。
自分の触覚は「風」を読む。対して、この執事の指は「構造」を読んでいる。
ならば、仕掛けるしかない。
「……次で終わりです」
アルセーヌが動いた。
彼が引き抜いたのは、タワーの「要」となるブロック。
それを抜くことで、タワーの重心が一気に左側へ偏り、次にどこを触っても崩壊する「詰み」の形を作ったのだ。
カチャリ。
ブロックが置かれる。
タワーがゆらりと揺れ、ギリギリで静止する。
これは罠だ。次にオトモが触れた瞬間、その微かな重みでバランスが崩壊する。
「さあ、どうぞ。……どこを触っても『死』ですよ」
アルセーヌが勝利を確信して微笑む。
ライラが悲鳴を上げそうになるのを、キッドが口を塞いで止める。
オトモは、静かにタワーを見上げた。
「……随分と、姿勢が悪くなりましたね」
「は?」
「背骨が曲がっています。これでは血流も滞り、肩も凝るでしょう」
オトモが、タワーの最下段、土台となるブロックにそっと手を添えた。
引き抜くのではない。
優しく、諭すように、掌を押し当てる。
**【執事流・構造整体】**
ドクン。
タワー全体に、波紋のような振動が走った。
それは破壊の衝撃ではない。「矯正」の波動だ。
微細な振動が、積み上げられたブロック一つ一つの隙間を埋め、ズレを修正し、偏っていた重心を強制的に「中央」へと引き戻す。
ギギッ……。
タワーが生き物のように身震いし――そして、真っ直ぐに立ち尽くした。
「なっ……!? 重心が……戻った!?」
アルセーヌが触覚を逆立てて驚愕する。
物理法則への冒涜。
ジェンガのタワーそのものを「整体」し、歪みを正したのだ。
「お待たせしました。……どうぞ、貴方の番です」
オトモは何事もなかったかのように手を引いた。
「ば、馬鹿な……! そんなことが……!」
アルセーヌの手が震える。
計算が狂った。
オトモが重心を修正したことで、アルセーヌが次に狙っていた「安全なブロック」が、今やタワー全体を支える「最大の負荷がかかるブロック」へと変わっていたのだ。
触れれば崩れる。
だが、パスはできない。
「……くっ!」
アルセーヌが意を決して指を伸ばす。
彼の神の如き触覚が、ブロックの表面に触れる。
重い。
山のような重圧が、指先にのしかかる。
「ぬ……ぐ……っ!」
指が滑らない。
冷や汗が目隠しを濡らす。
その動揺が、指先にわずかな「震え」を生んだ。
カチッ。
小さな音が、静寂の部屋に雷鳴のように響いた。
タワーが傾く。
「あ……」
崩壊の瞬間。
オトモの懐からブラックカードが飛び出し、漆黒の閃光を放った。
「勝負ありです」
バシュッ!!
光がアルセーヌの両腕を包み込む。
爆発は起きなかった。
その代わり、アルセーヌの誇り高き「触覚」そのものが奪われたのだ。
「う……腕が……感覚が……!?」
アルセーヌが絶叫する。
彼の自慢の長い腕は、まるで石膏のように白く硬化し、ピクリとも動かなくなっていた。
指先の感覚はおろか、痛みさえ感じない。ただの重い「棒」がぶら下がっているだけ。
「私の指がぁぁぁ! 何も感じない! 風も! 熱も! 何もぉぉぉ!!」
その場に崩れ落ちるアルセーヌ。
タワーのブロックがバラバラと降り注ぐが、彼はそれを避けることすらできない。
「……良い勝負でした」
オトモは静かに白手袋をはめ直し、崩れたタワーを一瞥した。
「ですが、貴方はタワーを『積み上げる対象』としてしか見ていなかった。……私は、これを『患者』として見ました。その差です」
オトモが振り返る。
ライラたちが、ポカンと口を開けて立っていた。
「さあ、行きましょう店長。……残るは一人。カジノ王ジャックのみです」
視覚、聴覚、嗅覚、触覚。
全てのディーラーを撃破した。
残された最後の感覚――「味覚」。
それを取り戻すための、最後の戦いが待っている。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・革命軍
【総合評価】 ★1.30(上昇中)
【現在地】 深海カジノ・エリア4「静寂のVIPルーム」
【対戦相手】 触覚ディーラー・アルセーヌ(戦闘不能)
※両腕の感覚喪失により廃業。
【ステータス更新】
・オトモ:神業「構造整体」によりジェンガを攻略。指先の無事を確保。
・ライラ:緊張のあまり空腹を一時忘れるも、解決した瞬間に腹の虫が鳴る。
・キッド&ミルカ:ハイレベルすぎる攻防にドン引き。
【現在のクエスト】
『メインクエスト:カジノ・ロワイヤル』
・最終目的地:最上階・王の間。
・ターゲット:カジノ王クラブ・ジャック。
・目的:ライラの「味覚」奪還。
【次回予告】
最後の晩餐と、王の孤独。
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