表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/45

第27話 芳醇なる裏切りと、激臭の目覚まし時計

 シーン……。


 第3の扉が開いた先は、不気味なほど静かだった。

 先ほどの騒音地獄が嘘のようだ。

 そこは、巨大なガラスドームに覆われた「屋内庭園」だった。

 色とりどりの巨大イソギンチャクが花のように咲き乱れ、ピンク色の珊瑚がアーチを描いている。


「……いい匂い」


 ライラが鼻をクンクンとさせた。

 漂っているのは、花の蜜のような、あるいは煮込んだフルーツのような、極上の甘い香り。

 さっきまで「腹減った、殺す」と唸っていたライラの表情が、嘘のようにとろけていく。


「あぁ……ママの匂い……。懐かしい、王宮のデザートの匂い……」


「警戒してください、店長。……敵の姿がありません」


 オトモが片眼鏡を光らせ、周囲を警戒する。

 イソギンチャクの陰、珊瑚の裏。どこにもディーラーの姿はない。

 あるのは、充満する芳香だけ。


『クックック……。ようこそ、私の庭園へ』


 どこからともなく、湿っぽい声が響いた。

 スピーカーではない。通気口ダクトを通して、壁の裏側から響いてくる声だ。


『私は第三のディーラー、『調香師パフューマー・ハーミット』。……戦いは野蛮だと思わないかね? ここではただ、香りに酔いしれればいい』


「姿を見せなさい! 隠れてないで正々堂々と……」

 ミルカが叫ぶが、ハーミットはせせら笑う。


『馬鹿なことを。私は「ヤドカリ」だぞ? 安全な殻(ダクトの奥)から出るわけがないだろう。……さあ、吸い込みたまえ。私の最高傑作、『食欲増進フェロモン・改』をね』


 シュウウウウ……。

 イソギンチャクの中心から、ピンク色のガスが噴き出した。


「毒ガスか!? ミルカ、中和だ!」

「待って、成分分析が……これ、毒じゃないわ! 脳内麻薬の一種よ!」


 ミルカが叫ぶが、遅かった。

 ガスを吸い込んだライラの瞳孔が、カッと開いた。


「……オトモ」


 ライラが、ゆらりと執事の方を向く。

 その瞳は焦点が合っていない。口の端からは、滝のようにヨダレが流れ落ちている。


「おやおや。店長、どうされました?」


「……美味しそう」


「はい?」


 ライラの目には、いつもの執事が映っていなかった。

 彼女の脳内で、オトモの黒い燕尾服は「サクサクの衣」に、長い手足は「プリプリの身」に変換されていた。

 そこに立っているのは、執事ではない。

 人間大の、揚げたての――『特大エビフライ』だ。


「いただきまぁぁぁす!!」


 ドォォン!!

 ライラが地面を蹴った。その速度は、ベヒモスすら食らい尽くした捕食者のそれだ。


「っ!? 店長、正気に戻ってください!」


 オトモが半身でかわす。

 ライラのフォークが空を切り、鉄の柱を紙のように貫く。マジだ。殺す気(食べる気)だ。


「逃げるなエビフライ! タルタルソースをかけてやるぅぅ!」

「誰が揚げ物ですか! 私は執事です!」


 オトモは防戦一方だった。

 相手は主。傷つけるわけにはいかない。関節技も打撃も封印された状態で、飢えた野獣の猛攻を凌がなければならない。


『ハハハハ! いいぞ! 共食いだ! 空腹のあまり仲間を喰らう……その絶望のスパイスこそが至高!』


 ダクトの奥から、ハーミットの歪んだ笑い声が響く。

 卑劣な罠。

 オトモがライラを抑えている間、キッドたちは手が出せない。


「クソッ! どうすりゃいいんだ! 店長を気絶させるか!?」

「ダメよ! 今のあの子はバーサーカー状態。下手に近づけば私たちがミンチになるわ!」


 逃げ回るオトモ。追い詰めるライラ。

 このままではジリ貧だ。

 オトモが、回避しながら鋭く叫んだ。


「キッド様! 許可します! アレを使ってください!」


「アレだぁ? 何のことだ……はっ!?」


 キッドが自分のリュックを見て、青ざめた。

 スラムを出る時、「非常食」として持ち出した、とっておきの瓶詰め。


「ま、マジかよ執事! あんなもんここで開けたら、俺たちまで死ぬぞ!?」

「構いません! 鼻が曲がるのと、食い殺されるのと、どちらが良いですかッ!」


 ガブッ!

 ライラの歯が、オトモの燕尾服の裾を食いちぎった。


「……チッ! やるしかねぇか!」


 キッドは覚悟を決め、タオルを顔にグルグル巻きにした。

 そして、厳重に封印されたガラス瓶を取り出した。

 中には、ドロドロに発酵し、原形をとどめていない深海魚の切り身。

 スラム特産『アビス・シュールストレミング(発酵3年モノ)』。


「ミルカ! 換気扇の魔力回路を逆流させろ! 風向きを『ダクトの奥』へ変えるんだ!」

「了解! ……うわ、瓶越しでも臭うんだけど!?」


 ミルカが鼻をつまみながらコンソールを叩く。

 ブオオオオオ……!

 庭園の空調が逆回転を始め、猛烈な風が吸気口(ハーミットの隠れ家)へと吸い込まれていく。


「準備完了! いつでもいけるわよ!」


「よし……! ハーミット! テメェの鼻に、スラムの『生活臭』をぶち込んでやる!」


 キッドが瓶の蓋に手をかけた。

 そして、渾身の力で――回す!


 ポンッ!!


 軽い音がした。

 直後、世界の色が変わった。

 瓶から噴き出したのは、可視化できるほどの「紫色の瘴気」。

 生ゴミと、腐った卵と、数年履き古した靴下を煮込んで濃縮したような、暴力的悪臭。


「うごぉぉぉっ!?」

「目が……目が潰れるぅぅ!?」


 キッドとミルカが白目を剥いて倒れる。

 だが、風に乗った瘴気は、一直線にダクトの奥へと吸い込まれていった。


 そして――


「んぐっ……!?」


 オトモの腕に噛み付こうとしていたライラが、ピタリと止まった。

 鼻がヒクヒクと動く。

 甘いフェロモンの香りが、圧倒的な悪臭によって上書きされ、消し飛んだのだ。


「……くっさぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」


 ライラが絶叫し、その場で嘔吐した。

 幻覚など一瞬で吹き飛ぶ、生存本能を揺さぶる臭さ。

 エビフライに見えていたオトモが、ただの執事に戻る。


「オトモ!? なにこれ!? 世界の終わり!?」

「いいえ、ただの発酵食品です」


 オトモは(鼻栓をして)涼しい顔で答えた。

 その時。


 『ギャアアアアアアアアアアアッ!!!!』


 ダクトの奥から、この世のものとは思えない断末魔が響いた。

 ドサドサッ!!

 天井の通気口が外れ、何かがボトッと落ちてきた。

 巨大なヤドカリ――調香師ハーミットだ。

 彼は触覚(鼻)をかきむしり、のたうち回っている。


『は、鼻がぁぁぁ! 私の敏感な鼻がぁぁぁ! 臭い! 痛い! 脳が腐るぅぅぅ!』


 調香師として鋭敏になりすぎた嗅覚が、仇となった。

 スラムの激臭は、彼にとって致死性の神経毒以上のダメージを与えたのだ。


「……出ましたね、引きこもり」


 オトモが、のたうち回るヤドカリを見下ろした。

 手にはブラックカード。


『た、助けてくれぇぇ! 鼻を……鼻をもいでくれぇぇ! この臭いから解放してくれぇぇ!』


 ハーミットが涙と鼻水を垂れ流して懇願する。

 オトモは憐れむように目を細めた。


「ええ、叶えて差し上げましょう。……それが、貴方への唯一の『慈悲』です」


 カードが光る。

 ハーミットの嗅覚神経が焼き切られ、機能が停止する。

 世界から匂いが消えた。

 あの地獄のような悪臭も、消え失せた。


『あ……あぁ……助かった……』


 ハーミットは、嗅覚を奪われたことに安堵し、幸福そうな顔で気絶した。

 皮肉な結末。

 最大の武器を奪われることが、救いになるとは。


「……ふぅ。ひどい目に遭ったわ」


 ライラが鼻をつまみながら立ち上がる。

 部屋にはまだ、うっすらと紫色の気配が残っている。


「キッド……あんた、よくあんなもの持ってたわね」

「へへっ……非常食兼、魔除けだよ。……まさかこんな形で役立つとはな」


 キッドも青い顔で笑う。

 今回は、オトモの拳ではなく、スラムの「生活の知恵(悪臭)」が勝利をもたらした。


「さあ、行きましょう。この部屋に長居すると、服に臭いが染み付きます」


 オトモが鼻栓をしたまま、先を促す。

 視覚、聴覚、嗅覚。

 三人のディーラーを撃破し、残るは二人。


 次は「触覚」。

 カジノ王が欲しがっていた、オトモの「神の指」を賭けた戦いが待っている。


■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)


【店舗名】 万事屋オモテナシ・革命軍

【総合評価】 ★1.25(微増)

【現在地】 深海カジノ・エリア3「芳香の庭園(激臭汚染区域)」

【対戦相手】 嗅覚ディーラー・ハーミット(自爆により戦闘不能)


【ステータス更新】

・ライラ:一時的に錯乱するも、激臭ショック療法により正気に戻る。

・キッド:生物兵器の使用許可を得て、MVP級の活躍。ただし本人は臭いでダウン寸前。

・ミルカ:換気システムのハッキングに成功。

・オトモ:主のおやつ(エビフライ)にされかけたが、無傷。鼻栓装備中。


【次回予告】

神の指と、触れることなき決闘。

本日のおもてなしは、いかがでしたでしょうか?


当店のサービスにご満足いただけましたら、ぜひ、「お客様アンケート(ご感想、評価)」や「次回のご予約ブックマーク」をお願いいたします。


お客様からの温かいお声が、オトたちの「過剰なおもてなし」をさらに加速させる燃料となります!

次回も、極上のサービスをご用意してお待ち申し上げております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ