第26話 狂騒のホールと、聴覚を喰らう歌姫
バキバキバキッ……!!
鏡の迷宮に、無慈悲な解体音が響いた。
オトモの手によって、自慢の「虹色甲殻腕」を素手で剥ぎ取られたディーラー・ピエールが、床に転がって震えている。
「ひっ……ひぃっ……! 私の腕が……美しい殻が……!」
ピエールは半裸(甲殻的な意味で)になり、無防備な柔らかい肉を晒していた。
だが、本当の恐怖はここからだった。
オトモの懐にある『ブラックカード』が、どす黒い光を放ち始めたのだ。
「勝負ありです。……カジノのルールに従い、チップ(代償)を頂きましょう」
オトモがカードを掲げる。
「や、やめろ! 待ってくれ! 金なら払う! だから……!」
ピエールが懇願するが、契約は絶対だ。
カードから放たれた黒い光が、ピエールの顔面――その複眼ゴーグルへと吸い込まれていく。
「あ……あぁ……? 暗い……電気が消えたぞ……?」
ピエールが虚空を手で探る。
カジノの煌びやかなネオンも、自分の手さえも、彼にはもう見えていなかった。
「視神経の信号を遮断しました。……貴方はもう、二度と光を見ることはない」
「いやだぁぁぁ! 私の色がぁぁ! 闇だ! 闇しか見えないぃぃ!」
絶叫し、のたうち回る元ディーラー。
その姿は、このゲームが単なる遊びではなく、魂の一部を賭けた「共食い」であることを如実に物語っていた。
「……行くわよ」
ライラが短く言った。
同情はない。負ければ自分がああなる。
彼女はフォークを強く握りしめ、震える足を叱咤して前へ進んだ。
◇
次のエリアへの扉が開く。
そこは、先ほどの鏡の迷宮とは対照的な、広大なコンサートホールだった。
壁、天井、床。すべてが「反響板」として磨き上げられた金属で覆われている。
カチッ、カチッ……
乾いたクリック音が、不気味に響いている。
「あらあら、次は随分と汚いお客様ねぇ」
ステージの中央から、甲高い声が響いた。
スポットライトを浴びて現れたのは、真紅のイブニングドレスを纏った女性――に見えた。
だが、それは服ではない。
彼女の身体そのものが、艶やかな「赤い甲殻」で構成されていたのだ。
頭部からは長い触角が髪のように伸び、左腕は異常に肥大化した「巨大なハサミ」になっている。
第二のディーラー、聴覚を支配する『絶叫のバンシー』。
その正体は、音響兵器として進化した変異種ロブスターだ。
「ルルちゃん、元気にしてる? あの子、とっても良い『楽器』だったのに、すぐに壊れちゃって残念だわぁ」
バンシーが、ハサミを鳴らして笑う。
その言葉に、キッドのこめかみに青筋が浮かんだ。
「……テメェか。あのちっこいの(ルル)の喉を潰したのは」
「ええそうよ。教育してあげたの。……さあ、次はアンタたちが鳴く番よ! チップ(聴覚)を賭けて踊りなさい!」
バンシーが左腕の巨大なハサミを高く掲げた。
ハサミの中は空洞になっており、そこが不気味に振動し始める。
「開幕の曲よ! 『脳漿シェイク・ラプソディ』!!」
カチチチチチチチチチチッ!!!!
ハサミが目に見えない速度で開閉し、摩擦音を発生させる。
それはテッポウエビが獲物を気絶させる「衝撃波」の千倍の威力。
指向性を持った音の弾丸が、鼓膜を突き破り、三半規管を直接粉砕しにかかる。
「ぐあっ……!?」
「きゃああっ!」
キッドとミルカが同時に膝をついた。
壱号機の装甲は物理衝撃には強いが、「音(振動)」は内部まで透過する。
世界がぐるぐると回り、強烈な吐き気が胃袋をせり上げる。
「くっ……平衡感覚が……!」
オトモでさえも、片膝をつき、眉間を押さえた。
立っていられない。地面が液状化したような錯覚。
「アハハハハ! どうしたの? もうアンコール? じゃあもっとイイ声を聞かせてあげる!」
バンシーの背後の壁から、無数の「有線マイク」のような触手が伸びてくる。
音波で動けなくなった獲物を、物理的に串刺しにするつもりだ。
「……させない!」
叫んだのはミルカだった。
彼女は吐血しながらも、這いつくばって壱号機のコンソールを叩いていた。
「解析完了……! 周波数3000ヘルツの摩擦音……ハサミの共振を利用した衝撃波よ!」
「ミルカ様……?」
「壱号機のスピーカーを逆位相で鳴らす! 完全には消せないけど……『相殺』ならできるわ!」
ブォォォォォン……!
壱号機から重低音が放たれた。
バンシーの金切り声とぶつかり合い、不快な振動がわずかに中和される。
「へっ……でかしたぜ、メガネ!」
その一瞬の隙に、キッドが立ち上がった。
足元はおぼつかない。世界はまだ回っている。
だが、彼の手には二本の包丁が握られていた。
「三半規管が死んでてもなァ……料理人の『リズム感』は脳味噌に焼き付いてんだよ!」
カン! カン! カン!
キッドは自らの包丁を打ち鳴らし、正確な8ビートを刻み始めた。
外部の狂ったリズムを、自らの体内時計で強制的に上書きする。
「千切りの時間だァァ!」
シュババババッ!
迫りくるマイク触手の群れを、キッドが踊るように切り刻んでいく。
「なっ……!? あたしの可愛い触覚ちゃんたちが!?」
バンシーが驚愕する。
その視線の先。
キッドが切り開いた道の真ん中を、ゆらり、と歩く人影があった。
「……うるさい」
ライラだった。
彼女は耳を塞いでいない。ふらつきもしない。
その瞳は、焦点が合っていないまま、ただ一点――バンシーの左腕、音源となっている「巨大なハサミ」だけを凝視していた。
「ご飯が……不味くなるでしょ!!」
彼女の怒りは、音の苦痛を凌駕していた。
味のない食事。それだけでも苦痛なのに、さらに騒音で食事の邪魔をされる。
それは、食いしん坊にとって万死に値する大罪。
「な、なによその目は! 近寄るんじゃないわよ!」
バンシーが再びハサミを鳴らそうとする。
だが、遅い。
ライラは獣のような低い姿勢で飛びかかった。
「黙って食わせろぉぉぉッ!!」
ガブッッ!!!
「ギィェェェェェェッ!?」
ライラが噛み付いたのは、バンシーの喉ではない。
音の発生源である、左腕の巨大なハサミの「関節部分」だった。
バリバリバリッ! ブチィッ!!
硬い殻が砕ける音がした。
ライラは歯が欠けるのも構わず、ハサミを開閉させるための強力な筋肉(腱)を、顎の力だけで食いちぎったのだ。
プツン。
ホールから音が消えた。
「あ……あ……ハサミが……動かない……?」
バンシーが左腕を押さえて狼狽える。
自慢の楽器を破壊され、彼女はただの「片腕のロブスター」に成り下がった。
訪れた静寂。
その静けさの中に、革靴の足音が響いた。
「……お静かに。ディナーの邪魔です」
オトモが立っていた。
乱れた燕尾服を直し、白手袋を締め直す。その所作は、嵐の後とは思えぬほど優雅で、冷酷だった。
「ひっ……!」
「貴女の演奏は、リズムがズレすぎています。……私が『調律』して差し上げましょう」
オトモの手が、バンシーの左腕の付け根へと伸びる。
【執事流・強制調律】
コキッ。
小さな音がした。
腕を折ったのではない。
甲殻の継ぎ目、神経の通り道、そして音を生み出す共鳴腔の角度を、ミリ単位で「ズラした」のだ。
二度と、音が響かない構造へと。
「スカ……ヒュー……」
バンシーがハサミを振るが、間抜けな風切り音しか出ない。
痛みはない。だが、彼女は二度と、あの不快な音を出すことができない体に作り変えられたのだ。
「完了です。……これなら、店長のお食事の邪魔にはなりませんね」
ブラックカードが再び光る。
バンシーの耳(触覚の振動感知器官)から、聴力が奪われていく。
自分の悲鳴すら聞こえない、永遠の無音地獄。
「……ごちそうさま。不味かった(殻の味)」
ライラがハサミの破片をぺっと吐き出し、口元の煤を拭った。
「オトモ、こいつも身が少ないわ。……次!」
視覚、そして聴覚。
二人のディーラーが沈黙した。
一行は静まり返ったホールを後にし、タワーの中層へと進む。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・革命軍
【総合評価】 ★1.20(上昇中)
【現在地】 深海カジノ・エリア2「狂騒のホール」
【対戦相手】 聴覚ディーラー・バンシー(再起不能)
※正体:音響兵器化した変異ロブスター
【ステータス更新】
・ミルカ:対音響防御システムを確立。科学者としての自信を取り戻す。
・キッド:三半規管が無事死亡するも、リズム感だけで戦闘継続可能。
・ライラ:騒音への怒りでバーサーカー化。ロブスターの腱を食いちぎる。
・オトモ:ブラックカード行使(強制執行)。
【次回予告】
芳醇なる毒ガスと、鼻の利かない戦い。
本日のおもてなしは、いかがでしたでしょうか?
当店のサービスにご満足いただけましたら、ぜひ、「お客様アンケート(ご感想、評価)」や「次回のご予約ブックマーク」をお願いいたします。
お客様からの温かいお声が、オトたちの「過剰なおもてなし」をさらに加速させる燃料となります!
次回も、極上のサービスをご用意してお待ち申し上げております。




