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第26話 狂騒のホールと、聴覚を喰らう歌姫

 バキバキバキッ……!!


 鏡の迷宮に、無慈悲な解体音が響いた。

 オトモの手によって、自慢の「虹色甲殻腕」を素手で剥ぎ取られたディーラー・ピエールが、床に転がって震えている。


「ひっ……ひぃっ……! 私の腕が……美しい殻が……!」


 ピエールは半裸(甲殻的な意味で)になり、無防備な柔らかい肉を晒していた。

 だが、本当の恐怖はここからだった。

 オトモの懐にある『ブラックカード』が、どす黒い光を放ち始めたのだ。


「勝負ありです。……カジノのルールに従い、チップ(代償)を頂きましょう」


 オトモがカードを掲げる。


「や、やめろ! 待ってくれ! 金なら払う! だから……!」


 ピエールが懇願するが、契約は絶対だ。

 カードから放たれた黒い光が、ピエールの顔面――その複眼ゴーグルへと吸い込まれていく。


「あ……あぁ……? 暗い……電気が消えたぞ……?」


 ピエールが虚空を手で探る。

 カジノの煌びやかなネオンも、自分の手さえも、彼にはもう見えていなかった。


「視神経の信号を遮断しました。……貴方はもう、二度と光を見ることはない」


「いやだぁぁぁ! 私の色がぁぁ! 闇だ! 闇しか見えないぃぃ!」


 絶叫し、のたうち回る元ディーラー。

 その姿は、このゲームが単なる遊びではなく、魂の一部を賭けた「共食い」であることを如実に物語っていた。


「……行くわよ」

 ライラが短く言った。

 同情はない。負ければ自分がああなる。

 彼女はフォークを強く握りしめ、震える足を叱咤して前へ進んだ。



 次のエリアへの扉が開く。

 そこは、先ほどの鏡の迷宮とは対照的な、広大なコンサートホールだった。

 壁、天井、床。すべてが「反響板」として磨き上げられた金属で覆われている。


 カチッ、カチッ……


 乾いたクリック音が、不気味に響いている。


「あらあら、次は随分と汚いお客様ねぇ」


 ステージの中央から、甲高い声が響いた。

 スポットライトを浴びて現れたのは、真紅のイブニングドレスを纏った女性――に見えた。

 だが、それは服ではない。

 彼女の身体そのものが、艶やかな「赤い甲殻」で構成されていたのだ。

 頭部からは長い触角が髪のように伸び、左腕は異常に肥大化した「巨大なハサミ」になっている。


 第二のディーラー、聴覚を支配する『絶叫のバンシー』。

 その正体は、音響兵器として進化した変異種ロブスターだ。


「ルルちゃん、元気にしてる? あの子、とっても良い『楽器』だったのに、すぐに壊れちゃって残念だわぁ」


 バンシーが、ハサミを鳴らして笑う。

 その言葉に、キッドのこめかみに青筋が浮かんだ。


「……テメェか。あのちっこいの(ルル)の喉を潰したのは」

「ええそうよ。教育してあげたの。……さあ、次はアンタたちが鳴く番よ! チップ(聴覚)を賭けて踊りなさい!」


 バンシーが左腕の巨大なハサミを高く掲げた。

 ハサミの中は空洞になっており、そこが不気味に振動し始める。


「開幕の曲よ! 『脳漿のうしょうシェイク・ラプソディ』!!」


 カチチチチチチチチチチッ!!!!


 ハサミが目に見えない速度で開閉し、摩擦音を発生させる。

 それはテッポウエビが獲物を気絶させる「衝撃波」の千倍の威力。

 指向性を持った音の弾丸が、鼓膜を突き破り、三半規管を直接粉砕しにかかる。


「ぐあっ……!?」

「きゃああっ!」


 キッドとミルカが同時に膝をついた。

 壱号機の装甲は物理衝撃には強いが、「音(振動)」は内部まで透過する。

 世界がぐるぐると回り、強烈な吐き気が胃袋をせり上げる。


「くっ……平衡感覚が……!」

 オトモでさえも、片膝をつき、眉間を押さえた。

 立っていられない。地面が液状化したような錯覚。


「アハハハハ! どうしたの? もうアンコール? じゃあもっとイイ声を聞かせてあげる!」


 バンシーの背後の壁から、無数の「有線マイク」のような触手が伸びてくる。

 音波で動けなくなった獲物を、物理的に串刺しにするつもりだ。


「……させない!」

 叫んだのはミルカだった。

 彼女は吐血しながらも、這いつくばって壱号機のコンソールを叩いていた。


「解析完了……! 周波数3000ヘルツの摩擦音……ハサミの共振を利用した衝撃波よ!」

「ミルカ様……?」

「壱号機のスピーカーを逆位相で鳴らす! 完全には消せないけど……『相殺ノイズキャンセリング』ならできるわ!」


 ブォォォォォン……!

 壱号機から重低音が放たれた。

 バンシーの金切り声とぶつかり合い、不快な振動がわずかに中和される。


「へっ……でかしたぜ、メガネ!」


 その一瞬の隙に、キッドが立ち上がった。

 足元はおぼつかない。世界はまだ回っている。

 だが、彼の手には二本の包丁が握られていた。


「三半規管が死んでてもなァ……料理人の『リズム感』は脳味噌に焼き付いてんだよ!」


 カン! カン! カン!

 キッドは自らの包丁を打ち鳴らし、正確な8ビートを刻み始めた。

 外部の狂ったリズムを、自らの体内時計で強制的に上書きする。


「千切りの時間だァァ!」


 シュババババッ!

 迫りくるマイク触手の群れを、キッドが踊るように切り刻んでいく。


「なっ……!? あたしの可愛い触覚ちゃんたちが!?」

 バンシーが驚愕する。

 その視線の先。

 キッドが切り開いた道の真ん中を、ゆらり、と歩く人影があった。


「……うるさい」


 ライラだった。

 彼女は耳を塞いでいない。ふらつきもしない。

 その瞳は、焦点が合っていないまま、ただ一点――バンシーの左腕、音源となっている「巨大なハサミ」だけを凝視していた。


「ご飯が……不味くなるでしょ!!」


 彼女の怒りは、音の苦痛を凌駕していた。

 味のない食事。それだけでも苦痛なのに、さらに騒音で食事の邪魔をされる。

 それは、食いしん坊にとって万死に値する大罪。


「な、なによその目は! 近寄るんじゃないわよ!」

 バンシーが再びハサミを鳴らそうとする。


 だが、遅い。

 ライラは獣のような低い姿勢で飛びかかった。


「黙って食わせろぉぉぉッ!!」


 ガブッッ!!!


「ギィェェェェェェッ!?」


 ライラが噛み付いたのは、バンシーの喉ではない。

 音の発生源である、左腕の巨大なハサミの「関節部分」だった。


 バリバリバリッ! ブチィッ!!


 硬い殻が砕ける音がした。

 ライラは歯が欠けるのも構わず、ハサミを開閉させるための強力な筋肉(腱)を、顎の力だけで食いちぎったのだ。


 プツン。

 ホールから音が消えた。


「あ……あ……ハサミが……動かない……?」

 バンシーが左腕を押さえて狼狽える。

 自慢の楽器ハサミを破壊され、彼女はただの「片腕のロブスター」に成り下がった。


 訪れた静寂。

 その静けさの中に、革靴の足音が響いた。


「……お静かに。ディナーの邪魔です」


 オトモが立っていた。

 乱れた燕尾服を直し、白手袋を締め直す。その所作は、嵐の後とは思えぬほど優雅で、冷酷だった。


「ひっ……!」

「貴女の演奏は、リズムがズレすぎています。……私が『調律』して差し上げましょう」


 オトモの手が、バンシーの左腕の付け根へと伸びる。


 【執事流・強制調律サイレント・チューニング


 コキッ。


 小さな音がした。

 腕を折ったのではない。

 甲殻の継ぎ目、神経の通り道、そして音を生み出す共鳴腔の角度を、ミリ単位で「ズラした」のだ。

 二度と、音が響かない構造へと。


「スカ……ヒュー……」

 バンシーがハサミを振るが、間抜けな風切り音しか出ない。

 痛みはない。だが、彼女は二度と、あの不快な音を出すことができない体に作り変えられたのだ。


「完了です。……これなら、店長のお食事の邪魔にはなりませんね」


 ブラックカードが再び光る。

 バンシーの耳(触覚の振動感知器官)から、聴力が奪われていく。

 自分の悲鳴すら聞こえない、永遠の無音地獄。


「……ごちそうさま。不味かった(殻の味)」

 ライラがハサミの破片をぺっと吐き出し、口元の煤を拭った。


「オトモ、こいつも身が少ないわ。……次!」


 視覚、そして聴覚。

 二人のディーラーが沈黙した。

 一行は静まり返ったホールを後にし、タワーの中層へと進む。


■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)


【店舗名】 万事屋オモテナシ・革命軍

【総合評価】 ★1.20(上昇中)

【現在地】 深海カジノ・エリア2「狂騒のホール」

【対戦相手】 聴覚ディーラー・バンシー(再起不能)

 ※正体:音響兵器化した変異ロブスター


【ステータス更新】

・ミルカ:対音響防御システムを確立。科学者としての自信を取り戻す。

・キッド:三半規管が無事死亡するも、リズム感だけで戦闘継続可能。

・ライラ:騒音への怒りでバーサーカー化。ロブスターの腱を食いちぎる。

・オトモ:ブラックカード行使(強制執行)。


【次回予告】

芳醇なる毒ガスと、鼻の利かない戦い。

本日のおもてなしは、いかがでしたでしょうか?


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