第25話 極彩色の地獄と、視覚を賭けたルーレット
ズズズズズ……!!
深海の静寂を破り、スラムと上層を隔てていた巨大な鋼鉄の隔壁――「嘆きの門」が、内側からの爆発によって崩れ落ちた。
舞い上がる粉塵。その灰色の煙を切り裂いて飛び出したのは、黄金の回路を血管のように脈打たせる黒い怪物『オモテナシ壱号機』だ。
「ヒャッハー! 上層の空気を吸わせろぉぉ!」
「見ろ! 俺たちの強さを! もう石ころじゃねぇぞぉ!」
壱号機のルーフや側面には、スラムの魚人たちが鈴なりになってしがみついている。
まるで世紀末の暴走パレードだ。だが、その表情は以前のような死んだ目ではない。オトモの施術で体のキレを取り戻し、長年の圧政への怒りを燃料に変えた彼らは、生ける弾丸と化していた。
門の向こうに広がっていたのは、暴力的なまでの光の洪水だった。
深海都市上層『カジノ・エリア』。
発光サンゴで築かれた摩天楼が極彩色のネオンを放ち、空には巨大なホログラムの美女が妖しく踊る。
海底とは思えない、眠らない不夜城。
そこは、金と欲望だけが酸素のように循環する、煌びやかな地獄だ。
「……チカチカする。ウザい」
助手席で、ライラが低く唸った。
彼女の瞳は虚ろだ。
味覚を失い、世界から「色彩」が消えている彼女にとって、この過剰な光の演出は神経を逆撫でするノイズでしかなかった。
彼女は今、極度の「空腹による激怒」状態にある。ただし、腹は減っていない。心が、魂が飢えているのだ。
「おやおや。どうやら熱烈な歓迎委員会のようですよ」
オトモがハンドルを切りながら、前方を指差す。
メインストリートを塞ぐように、数百の黒服たちが整列していた。
サメ、エイ、カジキ。海の捕食者たちが、高級スーツに身を包んで待ち構えている。
カジノ警備隊だ。
「ようこそ、野蛮な下層民の諸君」
隊列の中央から、拡声器を持ったサメ男――警備隊長シャークが進み出る。鋭い牙を見せ、嘲るように笑った。
「ここから先は『選ばれし会員』のみの聖域だ。泥臭いドブネズミどもは、速やかに消毒させてもらおうか」
ジャキッ!
数百の銃火器が一斉に構えられる。
だが、オトモは減速しなかった。むしろ、アクセルを深く踏み込む。
「会員証ならありますよ」
オトモは窓から手を出し、指に挟んだ一枚のカードを風になびかせた。
漆黒の輝きを放つ、ボルテッカ組長から譲り受けた『裏カジノのブラックカード』だ。
「なっ……!? 貴様、なぜそれを!?」
「正規の手続き(治療)で手に入れました。文句はおありで?」
隊長がたじろぐ。
ブラックカードの保持者は、この街では貴族と同等の特権を持つ。たとえ相手が人間だろうが、そのカードを持つ者を撃てば、カジノの「信用」に関わる。
その一瞬の迷いを、執事が見逃すはずがない。
「通りまーす」
ドォォォォン!!
壱号機が、バリケード代わりの高級リムジンを跳ね飛ばし、強引に突破口を開く。
「ひぃっ!? ば、バカ野郎! カードを持ってても突っ込む奴があるか!」
「お客様は神様です。神の通り道を塞ぐ方が悪いのでは?」
壱号機に続き、スラムの住人たちが雪崩れ込む。
豪華な深紅の絨毯の上を、泥だらけの足が踏み荒らしていく。
「止まれ! 撃て! 撃てぇぇ!」
銃撃が始まる。だが、スラムの住人たちは怯まない。
彼らはオトモの施術で「関節の可動域」が限界突破しているのだ。銃弾をマトリックスのように避け、あるいは硬化した皮膚(硬化病の名残)で弾き返す。
「ヒャッハー! 俺の背中はダイヤモンドより硬ぇぞ!」
「腰が軽い! いくらでも動ける!」
カジノはパニックに陥った。
優雅にルーレットを楽しんでいた富裕層たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。カクテルグラスが砕け、チップが舞う。
「さあ、カジノ王の城はどこですか?」
オトモが尋ねるまでもない。
街の中央にそびえ立つ、巨大な黄金のカニの像を冠したタワー。『カジノ・タワー』がそこにあった。
「待ってなさい、私の舌……!」
ライラがタワーを睨みつける。
だがその時。
タワーの壁面にある超大型スクリーンに、ノイズと共に映像が映し出された。
ワイングラスを揺らす、巨大なタカアシガニ――クラブ・ジャックだ。
『やぁやぁ、元気そうで何よりだ、人間』
ジャックが画面越しに嘲笑う。
「……ジャック!」
『せっかくここまで来たんだ。歓迎してやろう。……だが、ただ通すのも面白くねェ』
ジャックが指を鳴らすと、画面が切り替わった。
映し出されたのは、カプセルの中に囚われた歌姫ルルと、その周囲に配置された四人の異形の影。
『私の城へ辿り着きたければ、この「四人のディーラー」とゲームをしてもらう。……賭けるチップは、もちろん貴様らの「残り四つの感覚」だ』
視覚、聴覚、嗅覚、触覚。
残された感覚を賭けた、デスゲームの開幕宣言。
『第一のゲームは「視覚」。……目利きの良さが自慢の執事クン、君のその眼鏡、いつまで保つかな?』
オトモの懐にあるブラックカードが、勝手に熱を帯びて発光し始めた。
強制認証。
このカードを持つ者は、カジノ内での「ゲームの拒否権」を失う代わりに、勝利すれば「あらゆる要求を通せる」という絶対の掟がある。
「……なるほど。逃げも隠れもせず、正面から毟り取る気ですか」
オトモが不敵に笑う。
ジャックが指を鳴らすと、街の風景が歪んだ。
壱号機の周囲の空間が隔離され、巨大なカジノテーブルの上に乗せられたかのような錯覚に陥る。
ヒュンッ!
音もなく、壱号機の前に一人の男が現れた。
派手な燕尾服に、目元を覆う奇妙な「複眼ゴーグル」。
その背中からは、虹色に輝くシャコのような甲殻腕が伸びている。
「ボンジュール! 私は第一のディーラー、『万華鏡のピエール』! 君たちの可愛いお目々、チップ代わりに頂いちゃうヨ!」
男が指を鳴らすと、周囲の景色が一変した。
上下左右、あらゆる方向が「鏡」で覆われた迷宮。
壱号機の姿が無限に反射し、距離感が消失する。
「なっ……!? どこが前だ!? 計器が狂ってやがる!」
キッドが叫ぶ。
レーダーも、目視も効かない。無限の鏡像の中に、敵の姿も自分の位置も見失う。
「オトモ! 敵反応多数! ……いえ、全部虚像!? 実体がないわ!」
ミルカがコンソールを叩くが、センサーはエラーを吐き続ける。
「アハハハ! 見えないデショ? 分からないデショ? さあ、見えない恐怖に怯えて死ぬとイイ!」
キィィィン!
鏡の中から、光の弾丸が無数に発射された。
反射し、屈折し、予測不能の軌道で壱号機を襲う。
ジュッ! ジュッ!
ベヒモスの装甲が焼ける匂いがする。
光速の攻撃。見えた時にはもう撃たれている。
「ぐぅッ! どこだ!? どこから撃ってきてやがる!」
キッドが包丁を構えるが、鏡に映る自分自身に斬りかかることしかできない。
「無駄無駄ァ! 私の目は『シャコ万華鏡』! 色彩も距離も、全てを支配する!」
ピエールの嘲笑が、全方位から響く。
視覚を支配された恐怖。
だが、その絶望的な状況下で――ただ一人、虚ろな目をした少女が呟いた。
「……オトモ。あいつ、食べていい?」
「店長、見えているのですか?」
「ううん。何も見えない。……でもね」
ライラが窓を開け、鼻をヒクつかせた。
「……匂うのよ。あいつから、すっごく『甲殻類の焦げた匂い』がする」
味覚を失った代償か、それとも食への執念か。
ライラの脳は、役に立たない視覚情報を遮断し、残された感覚――「嗅覚」のリミッターを解除していた。
彼女の鼻孔が捉えたのは、レーザーの高熱でわずかに焦げた、ピエールの甲殻のタンパク質の匂い。
「右斜め45度、距離30メートル! 美味しそうなエビのグリル臭がするッ!」
「御意!」
オトモは迷わずハンドルを切った。
視覚情報(鏡の迷宮)を完全に無視し、ライラの鼻だけを信じてアクセルを踏み抜く。
「えっ? ちょっ、そっちは壁――」
ピエールの声が裏返る。
ガシャアアアアアアン!!
壱号機が「何もない空間(鏡の死角)」を突き破った。
鏡の破片が舞い散る中、そこには慌てて逃げようとするピエールの実体があった。
「みーつけたぁ……!」
ライラが屋根から飛び掛かる。
その手にはナイフとフォーク。その目は焦点が合っていないが、涎だけは正確に敵を捉えている。
「ヒィッ!? メ、目が合ってないのに!? なんで!?」
「目は口ほどに物を言うっていうけど……鼻は目よりも正直なのよぉッ!」
ガブッ!!
ライラがピエールの自慢の「虹色甲殻腕」に、生身で噛み付いた。
「ギャアアアアア!? 私の美しい腕がぁぁ!?」
バリボリ、グチャッ。
咀嚼音。
だが、ライラはすぐに顔をしかめて吐き出した。
「ぺッ。……味しない。硬いだけ。不合格」
ライラは無慈悲に吐き捨てると、オトモに冷徹な指示を出した。
「オトモ、こいつ『殻』ばっかりで身が少ないわ。剥いて!」
「承知しました。視覚の次は、触覚で楽しませてあげましょう」
オトモが運転席から降り立つ。
幻惑の鏡はもう割れた。
そこにあるのは、恐怖に震えるディーラーと、飢えた野獣たちだけだった。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】 万事屋オモテナシ・革命軍
【総合評価】 ★1.15(微増)
【現在地】 深海カジノ・エリア1「鏡の回廊」
【対戦相手】 視覚ディーラー・ピエール(戦闘不能寸前)
【ステータス】
・ライラ:味覚喪失中 → 嗅覚覚醒
・オトモ:ブラックカード行使(強制ゲーム参加)
【次回予告】
砕け散る鏡と、剥き出しの真実。
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