第23話 硬化病と、パンデミック
スラムが燃えた夜から、数日。
『万事屋オモテナシ』の治療院は瓦礫の山となり、一行は指名手配犯として追われる身となった。
だが、彼らは逃げなかった。
スラムのさらに奥深く、廃棄された地下水道エリアに、新たな拠点を構えていたのだ。
「……ひでぇ有様だな」
キッドが顔をしかめる。
地下水道には、無数の魚人たちが横たわっていた。
彼らの体は、まるで石像のように灰色に変色し、ピクリとも動かない。
関節が固まり、エラが石灰化し、呼吸すらままならない状態だ。
【進行性・生体硬化症】。
通称「硬化病」。今、スラムで爆発的に流行している奇病だ。
「……痛い……体が、動かねぇ……」
「助けて……息が……」
硬くなった皮膚がひび割れ、そこから体液が滲む。
それは「硬さこそ正義」とするアビスにおいて、皮肉にも最も恐れられる死に方だった。
「原因は明白ですね」
オトモが、水道の水を試験管ですくい、光にかざした。
水は白く濁り、底にはキラキラと光る結晶が沈殿している。
「上層《カジノ街》からの排水です。軍部や富裕層が使った『硬化剤』の廃液が、ろ過もされずにここに垂れ流されている」
「あいつら……! 自分たちは硬くなって強くなったつもりだろうけど、そのツケを下層に押し付けてるだけじゃない!」
ライラが憤る。
軍部は「強い兵士」を作るために薬を打ち、その副作用を含んだ汚水をスラムに捨てていたのだ。
スラムの住人は、文字通り「社会の毒」を飲まされて石になっていく。
「……おい、人間!」
その時、一人の魚人が足を引きずりながら近づいてきた。
以前、オトモに石を投げたチンピラの一人だ。だが今は、右半身が石のように変色している。
「お前ら……医者なんだろ? こいつらを……俺の家族を治せるか?」
彼の背後には、完全に石化して動かなくなった幼い子供が抱えられていた。
以前のような敵意はない。あるのは、藁にもすがる思いだけ。
「軍の病院に行っても『金のない奴は診ない』って……『硬くなれて良かったな』って笑われたんだ……!」
悔し涙を流す魚人。
ライラはオトモを見た。
オトモは静かに頷き、白手袋を締め直した。
「……準備はいいですね、皆様」
「おうよ! これだけの人数、まとめて『下処理』してやるぜ!」
「中和剤の散布準備完了! 派手にいくわよ!」
オモテナシ一行が動く。
それは隠れながらの治療ではない。
スラム全体を救う、大規模な「集団施術」の開始だ。
「壱号機、スピーカー最大出力! ……これより、強制治療を開始します!」
オトモの声が地下水道に響く。
同時に、ミルカが開発した「強力軟化ガス(お酢成分配合)」が噴射された。
白煙が充満し、魚人たちが「酸っぱい!?」と目を丸くする。
「さあ、踊りますよ!」
オトモが残像を残して駆けた。
シュババババッ!!
その動きは、もはや目視できない。
横たわる患者たちの間を風のように駆け抜け、すれ違いざまに全身のツボを連打していく。
【オモテナシ流・連弾・解し】
百裂拳のような指圧。
石灰化した関節に衝撃を与え、ヒビを入れ、可動域を強制的に開放する。
「ぐあっ! ……あ? 動く!?」
「腕が……曲がるぞ!」
さらにキッドが続く。
巨大な鍋で作った「特製ヌルヌル海藻スープ」を、ひしゃくで豪快に配っていく。
「飲め! 内側から粘膜を保護しろ! 硬くなったエラを潤すんだ!」
ライラも走る。
味覚のない彼女だが、今は一人一人に声をかけ、背中をさすり、スープを飲ませる。
「大丈夫! 柔らかくなるのは悪いことじゃない! 生きてる証拠よ!」
数時間後。
地下水道は、うめき声ではなく、驚きと安堵の声で満ちていた。
数百人の石化患者たちが、肌の色を取り戻し、互いの「柔らかい体」を抱き合って喜んでいる。
「治った……本当に……」
「人間が……俺たちを助けたのか?」
その時だ。
ガシャーン!!
水道の鉄格子が破られ、再びロブスター親衛隊が現れた。
数は50。重武装だ。
「発見したぞ! 反逆者どもだ!」
「貴様ら! 勝手に『廃棄物』を修理するな! 石になった魚人は、そのまま砕いて道路の舗装材にする予定だったんだぞ!」
隊長の言葉に、スラムの空気が凍りついた。
舗装材。
自分たちの命は、道路の砂利程度の価値しかなかったのか。
「……確保しろ! 抵抗するならスラムごと吹き飛ばせ!」
ロブスターたちが銃口を向ける。
オトモが前に出ようとした、その瞬間。
ザッ……!
オトモの前に、壁ができた。
それは、今しがた治療を終えた魚人たちだった。
チンピラも、老婆も、子供も。
武器など持っていない彼らが、オトモたちを庇うように立ちはだかったのだ。
「……手出しはさせねぇ」
先ほどのチンピラが、震える足で踏ん張り、ロブスターを睨みつけた。
「俺たちは舗装材じゃねぇ……生きてるんだ!」
「この先生たちは、俺たちを『柔らかく』してくれた! お前らみたいなカチカチの石ころに、渡してまるか!」
「なっ……貴様ら、下等生物の分際で軍に逆らう気か!?」
「うるせぇ! 硬いのがそんなに偉いなら、一生石にでもなってろ!」
ウオオオオオオッ!!
民衆が雄叫びを上げた。
それは恐怖による悲鳴ではない。初めて自分たちの尊厳のために上げた、「革命の叫び」だった。
ドクン……ドクン……ドクンッ!!
壱号機のエンジンが、かつてないほど激しく脈打った。
数百人の感謝。そして「生きる意志」。
莫大なエネルギーが奔流となって駆け巡る。
【エンジン出力:20% → 45%】
「……見えますか、店長」
オトモが、立ち上がった民衆の“柔らかな盾”を見つめ、静かに微笑んだ。
「柔らかいものは、脆いわけではありません。……集まれば、どんな鎧よりも強靭な『波』になる」
民衆の蜂起。
数の暴力に恐れをなしたロブスター隊が、たじろぎ、後退していく。
「お、覚えてろ! 増援を呼んで皆殺しにしてやる!」
捨て台詞を吐いて逃げ帰る軍部。
スラムに、勝利の歓声が響き渡った。
だが、これは始まりに過ぎない。
ライラは、歓喜の輪の中で、上層のカジノ街を見上げた。
「……待ってて、ルル。今度は私たちが、あんたを助けに行く番よ」
スラムは統一された。
次なる標的は、この腐った「硬化社会」の中枢。
カジノ街への、殴り込みである。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】
万事屋オモテナシ・革命軍
※治療院から組織へと進化しつつある。
【総合評価】
★2.50(↑爆増!)
・スラムのパンデミックを解決し、数百人の信奉者を獲得。
・顧客満足度:スラム住民「柔らかいって最高だ! ★5.0」
【エンジン出力状況】
・ステータス:中出力(MIDDLE)
・現在出力:45%
・特記事項:民衆の熱狂により出力大幅アップ。壱号機の「武装変形」の一部が使用可能に。
【従業員状態】
・リーダー(ライラ):
状態:カリスマ覚醒中。民衆の希望の星となる。
・参謀:
状態:指揮官モード。カジノ攻略の作戦を立案中。
・キッド&ミルカ:
状態:大量調理と調合で疲労困憊だが、士気は高い。
【現在のクエスト】
『メインクエスト:アビス・ベガス攻略戦』
・目的:上層エリアへの進軍。
・障害:スラムと上層を隔てる巨大関所「フジツボ・ゲート」。
・戦力:オモテナシ一行 + スラムの有志たち。
【次回予告】
深海の関所・フジツボの砲台。
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