第21話 電気ウナギ組長と、絶縁整体
深海スラムの朝は、重苦しい。
頭上を覆う巨大なプレートの隙間から、上層カジノ街の眩しいネオンが「ゴミ」のように降り注ぐだけ。
廃ビルの湿った一室で、ライラは膝を抱えていた。
目の前には、キッドが作った「特製深海雑炊」がある。湯気が立ち上り、本来なら食欲をそそる磯の香りが充満しているはずだ。
だが、ライラはスプーンを持とうとしない。
「……店長、食わねぇと死ぬぞ」
「……うん」
ライラは力なく一口啜る。
喉を通る温かさはある。だが、味がない。
出汁の濃厚な旨味も、塩気も、米の甘みも。すべてが舌に触れた瞬間に「無」に変換される。
食べるという行為が、ただの「燃料補給」という苦痛な作業に成り下がった絶望。
「……ごちそうさま」
半分も食べずに、ライラは横になった。
その小さくなった背中を見て、キッドが拳を震わせる。
「クソッ……! 俺の料理で笑顔にならねぇなんて……!」
「焦ってはいけません」
オトモが静かに白手袋をはめる。
その瞳は、冷徹なまでに据わっていた。
「今は、一粒でも多くの真珠を稼ぐこと。……行きましょう。今日も患者が待っています」
◇
『万事屋オモテナシ・治療院』の前には、今日も行列ができていた。
ただし、客層は最悪だ。
チンピラ、密輸業者、賞金首。
正規の病院に行けない、スラムのアウトローたちだ。
昨日、地元のチンピラをオトモが再起不能《リハビリ送り》にしたことで、「あそこにはヤベェ闇医者がいる」と噂が広まっていたのだ。
「おい人間! 俺の背ビレが曲がっちまった! なんとかしろ!」
「へいへい、順番守れよ。……次はアンタだ」
キッドが受付をし、ミルカが会計(真珠の鑑定)をし、オトモが次々と施術していく。
ボキッ! ゴキッ!
荒療治だが、確実に治す。
その評判は、泥水のようにスラムの地下深くへ浸透していた。
その時だ。
バリバリバリバリッ……!!
凄まじい放電音と共に、店の入り口が吹き飛んだ。
並んでいた患者たちが「ひぃぃ!?」と悲鳴を上げて逃げ惑う。
「どけ! 『雷魚会』のお通りだ!」
現れたのは、黒いスーツを着た大柄な魚人たち。
その中心に、一際巨大な影があった。
全長5メートル。蛇のように長い体躯を特注スーツに押し込んだ、電気ウナギの老魚人。
アビス裏社会を牛耳る組織のドン、ボルテッカ組長だ。
「……ここか。人間がやってる闇医者ってのは」
組長が低い声で唸る。
その体からは、常に青白い稲妻がバチバチと放出されていた。
周囲の空気がイオン化し、焦げ臭いオゾンの匂いが漂う。
「いらっしゃいませ。……ドアの修理代は請求させていただきますよ?」
オトモが動じずに紅茶(出がらし)を注ぐ。
「フン……度胸だけはあるな」
ボルテッカ組長が、ドカリと鉄パイプ椅子に座る――瞬間、椅子が赤熱し、飴細工のようにぐにゃりと曲がった。
「見ての通りだ。……俺は今、『放電』が止まらねぇ」
組長が苦悶の表情を浮かべる。
「若い頃からの『威嚇』のしすぎだ。常に気を張って、ナメられねぇように電気を流し続けてきたせいで、放電器官がバグっちまった。……触れるもの全てを壊す。愛する女も、生まれたばかりの孫も抱けねぇ」
深刻な症状だ。
威嚇のために電気を流し続けた代償は大きい。筋肉は石のように固まり、神経は焼け付く寸前。『強さ』を演じるために、体そのものが悲鳴を上げていた。
「アビス中の医者に見せたが、全員感電して逃げやがった。……人間、テメェに治せるか?」
治せなければ殺す。いや、放電で消し炭にする。
そんな殺気が漂う中、オトモは静かに問いかけた。
「……お孫さんを、抱きたいと?」
その言葉に、組長の強面が歪んだ。
深い後悔と、悲痛な叫びが漏れ出す。
「……先日だ。生まれたばかりの孫に会いに行った。あいつの小さな手が、俺に触れた瞬間……指先が焼けちまったんだよ……」
組長が、自身の巨大な手を震わせながら見つめる。
「ギャン泣きする孫。怯える娘。……抱きしめたいのに、触れたら殺しちまう……。こんな体じゃ、組長としても、祖父としても失格だろうが……!」
その悲しみは本物だった。
オトモは片眼鏡を光らせ、組長の体をスキャンした。
「……なるほど。背中の『発電板』が、長年の威嚇で過緊張 を起こし、互いに癒着していますね。本来なら“放電を止める”ための筋肉が動かず、スイッチが入ったまま固まっている状態です」
「治せるのか!?」
「ええ。ただし……少々、特殊な道具が必要です」
オトモが指を鳴らす。
「ミルカ様! 『アレ』の準備を!」
「了解! カジノの裏ゴミ捨て場で拾った廃液で作った『特製絶縁ジェル』ならあるわよ!」
ミルカがドラム缶いっぱいのピンク色のネバネバした液体を持ってきた。
深海の巨大ナマコから抽出した粘液に、絶縁体となる油を混ぜた特製ローションだ。
「キッド様、組長を『衣』で包んでください!」
「おうよ! ウナギは皮が滑るからな。こういう“コーティング作業”は慣れてんだ!」
バシャアッ!
キッドが的確な手つきでジェルを浴びせ、暴れる電流の隙間を縫って、組長の全身に均一にコーティングしていく。
「ぬぉっ!? なんだこりゃ!?」
「絶縁コーティングです。これで私が感電死するのを防ぎます。……さあ、いきますよ」
オトモが分厚いゴム手袋をはめ、ヌルヌルの背中に指を突き立てた。
【深海式・絶縁指圧】
「ぐおおおおっ!?」
「硬い! まるで鉄塔のようだ! ……ですが、凝りは必ずほぐれる!」
バチバチバチッ!!
ジェル越しに凄まじい火花が散る。オトモの髪が逆立つ。ゴム手袋が焦げ臭い煙を上げる。
だが、指は止まらない。
発電器官の深層にある「緊張の核」を、執拗に攻める。
「力を抜きなさい! もう、誰かを威嚇する必要はない!」
「黙れッ! 俺は組長だ……! 柔ぇ所なんざ見せたら、一瞬で食われちまうんだよ……!」
「それが“凝り”だと言っているのです!
――貴方が守りたいのは、組の看板ですか?
それとも……生まれたばかりのお孫さんの、小さな手ですか?」
ズプンッ!!
オトモの親指が、硬直した筋肉の隙間をこじ開け、ツボの最奥に到達した。
「――ッ!?」
組長の目が見開かれる。
走馬灯のように、昔の記憶が溢れる。
ただ、家族と笑いたかった日々。強くなるほどに遠ざかった、柔らかな感触。
「……ふぅーーーーーっ」
組長の口から、長く、深い溜息が漏れた。
それと同時に、体から放たれていた稲妻が、スゥ……と消えた。
「……消えた? 放電が……止まった?」
組長が恐る恐る、自分の手を近くにあった古雑誌に向けた。
焦げない。燃えない。
ただ、紙の感触があるだけだ。
「せいこう……!」
ミルカがガッツポーズ。
「体が……軽い。まるで稚魚に戻ったようだ……」
ボルテッカ組長が涙を流し、ヌルヌルの手でオトモの手を握りしめた。
「ありがとう……! 人間……いや、先生!」
ドクン……ドクン……!!
廃ビルの地下で眠っていた壱号機のエンジンが、力強く脈打った。
裏社会のドンの、本気の感謝。
それは大量のエネルギーとなって、枯渇していたタンクを満たしていく。
「お代は、これだ」
組長が懐から、革袋をドンと置いた。
中には溢れんばかりの真珠と……一枚の「黒いカード」。
「アビスの裏カジノへの会員証だ。……これがありゃ、一般人は入れねぇ『上』へ行ける」
「……感謝します」
オトモが恭しく受け取る。
資金、コネ、そして上層へのチケット。
スラムの底から、最初の一歩を踏み出した瞬間だった。
◇
だが、その様子を、廃ビルの窓の外からじっと見つめる視線があった。
それは、組長の部下ではない。
もっと冷たく、硬質な……軍部の監視ドローン(カブトガニ型)の赤いレンズだった。
モニターの向こうで、甲殻族の軍人が呟く。
「スラムに妙な人間がいる。……『歌姫』の脱走を手引きするかもしれん。監視を続けろ」
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】
万事屋オモテナシ・治療院(スラム支店)
【総合評価】
★0.1(↑0.06 UP!)
・理由:裏社会のドンを治療し、スラムでの影響力を確保。
・顧客満足度:ボルテッカ組長「孫を抱っこできた! ★5.0」
・※注記:帝国の検閲により、評価はほぼ無効化されています。
【エンジン出力状況】
・ステータス:低出力(LOW)
・現在出力:15%
・特記事項:組長の感謝により、最低限の自走と、多少の武装使用が可能に。
【現在の所持金】
・100,000パール(組長の謝礼)
・借金残り:900,000パール
【獲得アイテム】
・『裏カジノの会員証』
→ カジノエリアのVIPルームへ侵入可能。
【従業員状態】
・店長:
状態:味覚喪失中。
変化:少し元気が出た。「オトモ、すごいね」と呟くが、声に覇気はない。
・執事:
状態:冷静(内心は燃えている)。
目的:ブラックカードを使って、味覚チップの行方を探る。
【次なる障害】
・軍部の監視(不審な人間としてマークされ始めた)。
・スラムで噂を聞きつけた「さらなる厄介な患者」。
【次回予告】
沈黙の歌姫と、石化する喉。
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