第17話 黄金の溶解と、禁断の魔改造
熱狂の宴が終わった、その夜。
ガーグの街外れ、岩陰のセーフティゾーン。
「……すげぇ。マジで1000枚ありやがる」
月明かりの下、キッドが震える手で金貨の山を掬い上げた。
チャリ……と重く、甘美な音が響く。
『大肉祭り』優勝賞金、金貨1000枚。
それは、スラムの住人が一生かかっても拝めない額だ。これさえあれば、表通りに自分の店を持つどころか、城だって買える。
「私の研究費……これなら最新の魔導炉が三つは買えるわ……!」
ミルカもまた、黄金の輝きに瞳を奪われていた。
夢が叶った。
ボロボロの屋台『オモテナシ・ゼロ号機』の横で、彼らは勝利の余韻に浸っていた。
――その時だった。
ウゥゥゥゥゥゥゥッ……!!
不穏なサイレンの音が、夜空を引き裂いた。
余韻など一秒も許さない。
ガーグの方角から、無数の探照灯が荒野を舐めるように照らし出し、瞬く間に周囲を真昼のように明るく染め上げた。
「……なんだ!? まだ祭りか?」
「いいえ。徴収です」
オトモが冷ややかに告げた。
上空には、帝国の紋章を掲げた巨大な『武装飛行船』が浮かび、地上には数百の装甲車部隊が、既に蟻の這い出る隙間もなく包囲を完了していた。
『警告! その屋台を完全に包囲した!』
空気を震わせる拡声器の音が響く。
『貴様らが倒したベヒモスの素材、および優勝賞金は、すべて帝国軍が管理する国家重要物資である! 直ちに武装解除し、投降せよ!』
街の腐敗した役人たちが、帝国軍と結託し、全てを奪いに来たのだ。
逃げ場はない。ゼロ号機は半壊し、動くことすらままならない。
「ふざけんな! 俺たちが命がけで獲ったんだぞ!?」
キッドが叫ぶが、装甲車の砲塔が一斉にこちらを向く。
絶体絶命。
だが、砲撃は始まらなかった。代わりに、冷酷な最後通告が下された。
『ただし、我々の目的は物資の回収である。砲撃による破損は望ましくない。……よって、夜明けまで待ってやる』
「……あぁ?」
『慈悲深い将軍閣下の温情だ。朝日が昇るまでに積み荷をまとめて出てこい。一秒でも遅れれば、屋台ごと消し飛ばす!』
それは完全な「詰み」の宣告だった。
夜明けまであと数時間。逃げることも、戦うことも許されない。ただ震えて朝を待つしかない処刑宣告。
「……クソッ! ここまで来て、また全部奪われるのかよ……!」
キッドが金貨袋を地面に叩きつけようとした。
その腕を、白い手袋が掴んだ。
「諦めるのは早いですよ」
オトモだ。
その片眼鏡は、無数の銃口を向けられた絶望的な状況下で、なぜか楽しげに怪しく光っていた。
「夜明けまで待つとは、随分と余裕ですね。……おかげで『作業時間』が確保できました」
「は? 作業って……この包囲網の中で何をする気だ?」
「奪われるのが嫌なら、使ってしまえばいいのです」
オトモは、スクラップ寸前のゼロ号機を指差した。
「今ここで、この金貨を全て『投資』するのです。……奴らのド肝を抜く、最強の移動要塞を作るための『資材』として」
「……はぁ!?」
キッドとミルカの声が重なった。
「正気か!? 1000枚だぞ! これを修理費にするってのか!?」
「修理ではありません。『進化』です」
オトモは流れるように説明を始めた。
「キッド様。貴方が解体したベヒモスの骨と皮……あれはミスリルをも凌ぐ最強の装甲素材です。ですが、加工するには通常の炉では熱量が足りない」
「あ、当たり前だ! 専用の設備が……」
「ミルカ様。貴女の冷却理論を屋台全体に拡張するには、最高純度の魔導回路(伝導体)が必要です。ですが、ミスリル線は手に入らない」
「……そうね。だから諦めて……」
「いいえ。ここにありますよ。最高の伝導体が」
オトモが金貨を一枚、指先で弾いた。
ピンッ、と澄んだ音が鳴る。
純金。魔力伝導率において、これに勝る金属は数少ない。
「……まさか」
ミルカの顔色が青ざめ、そして徐々に紅潮していく。
「金貨を……溶かして回路にする気!? 1000枚全部!?」
「ええ。金貨のまま持っていれば奪われますが、屋台の『心臓』になってしまえば、奴らも剥ぎ取れません。夜明けまでの数時間……最高の『工作』の時間だとは思いませんか?」
狂気だ。
敵の包囲網の中で、敵が欲しがっている金貨を溶かし、敵が欲しがっている素材を使って、敵を蹴散らす武器を作る。
それは、究極の背信行為。
「……ふ、ふふふ」
キッドが笑い出した。
それは諦めの笑いではない。職人としての血が騒ぐ、獰猛な笑みだ。
「上等だ……! どうせ奪われるくらいなら、全部溶かして『伝説』にしてやるよ!」
「……理論値は計測不能。でも、もし成功すれば……帝国戦艦だって追い越せる」
ミルカが工具箱を蹴り開けた。その目もまた、マッドサイエンティストの色に染まっている。
「やるわよ! 私の科学と、あんたの金で、化け物を作ってやるわ!」
「決まりですね。――『大改装』の始まりです」
◇
そこからは、狂乱の夜だった。
包囲する帝国軍の目の前で、異様な光景が繰り広げられた。
「おい、なんだあれは?」
「焚き火か? ……いや、何かを叩いているぞ?」
遠巻きに見守る兵士たちがざわめく。
岩陰から立ち上る、青白い火花と、ドロドロに溶けた黄金の蒸気。
カン! カン! という金属音と共に、時折「ヒャッハー!」という奇声や、「溶けろぉぉ!」という絶叫が聞こえてくる。
「降伏の準備でもしているのだろう。金貨を溶かしてインゴットにしているのかもしれん」
指揮官は鼻で笑い、攻撃命令を出さなかった。
それが、致命的なミスだった。
岩陰では、地獄の釜が開いていた。
「火力最大! コンロの魔力を炉に回せぇぇ!!」
キッドがベヒモスの巨大な骨をハンマーで叩き割る。
火花が散り、汗が飛び散る。
手に入れたばかりの『伝説の調理器具セット』のうち、アダマンタイトの包丁とノコギリが、惜しげもなく解体工具として酷使されていく。
「あぁぁぁ! 私の老後資金がぁぁ! 店がぁぁ! 溶けていくぅぅ!」
ミルカが半泣きで叫びながら、金貨の袋を坩堝へ逆さまにぶちまける。
ドロドロに溶けた黄金の液体。
それはミルカの手によって、屋台の床下、壁、そしてエンジン内部へと、血管のように張り巡らされていく。
「もっとだ! 排気効率が悪い! ベヒモスの肺を使え!」
「冷却が追いつかない! ブリザード出力を200%へ!」
オトモは全体指揮を執りながら、自らも屋台のフレームに指を突き刺し、『金属整体』で歪みを矯正していく。
鉄が飴のように形を変え、骨と皮が融合し、黄金の回路が脈打ち始める。
ライラは?
彼女はベヒモスの残り肉(中落ち)を焼きながら、包囲する軍隊を睨みつけていた。
「見てなさいよ……。あんた達が指をくわえて待ってる間に、とびきりの『お返し』を作ってあげるわ」
◇
そして、空が白み始めた。
約束の夜明けだ。
「時間だ! 総員、突入! 物資を回収しろ!」
指揮官の号令と共に、装甲車部隊がエンジンを吹かし、一斉に岩陰へと殺到する。
「抵抗するな! 手を上げて出てこい!」
兵士たちが銃を構え、踏み込む。
だが。
そこに「屋台」はなかった。
あったのは、朝日に照らされ、黄金の輝きを放つ黒い怪物だった。
外装は、あらゆる衝撃を吸収するベヒモスの赤黒い皮革。
フレームは、鋼鉄よりも強靭な竜骨。
そして車体の至る所に、金貨1000枚分の純金回路が、幾何学模様のタトゥーのように走っている。
『新生・オモテナシ壱号機』。
それはもはや屋台ではない。陸を走る魔王城だ。
「な……ひぃっ!?」
先頭の兵士が銃を取り落とした。
撃てない。
壱号機から放たれる圧倒的な『威圧感』――ベヒモスの「王の気配」がそのまま残っており、本能的な恐怖で足が竦んだのだ。
「な、なんだあれは……!? 金!? あの輝き、まさか全部金なのか!?」
兵士たちが度肝を抜かれる中、壱号機の装甲扉がプシューッと開き、4人が姿を現した。
全員、煤と油にまみれ、目は血走り、しかし最高に清々しい顔をしている。
「……おはようございます、帝国軍の皆様」
オトモが優雅に一礼する。
「申し訳ありませんが、没収できるものは何もありませんよ」
「はぁ!? 金貨1000枚はどうした!」
「ここに」
オトモが足元の床――黄金に輝くエンジンカバーをコツンと踏んだ。
「すべて、この車の『血肉』となりました」
「き、貴様らぁぁぁ!! 我々の資産をぉぉぉ!!」
指揮官が絶叫する。
だが、オトモたちは動じない。
オトモは振り返り、疲れ切った二人の同乗者に声をかけた。
「キッド様、ミルカ様。仕上げの『デザート』といきましょう」
オトモが取り出したのは、バーナーで表面を焦がした、4つのクレームブリュレ。
甘く、香ばしい匂いが、硝煙の臭いを塗り替える。
パキッ。
数千の銃口の前で、4人が同時にスプーンで焦げ目を割り、口へと運ぶ。
「……へっ。悪くねぇ味だ」
キッドがニヤリと笑う。
「……最高効率のエネルギー補給ね」
ミルカがスプーンを舐める。
それは、新たな「契約」の儀式だった。
金はない。店もない。
あるのは、この最強の屋台と、イカれた仲間だけ。
「店長。命令を」
オトモが運転席に座り、真新しいエンジンキー(ベヒモスの牙製)を握る。
ライラは口の端についたクリームを拭い、呆然とする指揮官に向けて、ベッと舌を出した。
「残念だったわね! このお肉も、この金ピカの車も、ぜーんぶ私の胃袋よ!」
ライラが高らかに叫ぶ。
「総員、乗車! 帝国の包囲網を食い破って、次の街へ行くわよ!!」
グオオオオオオオオッ!!
壱号機が咆哮を上げた。
それはエンジンの音ではない。蘇ったベヒモスの魂の叫びだ。
黄金の回路が発光し、タイヤが大地を削る。
伝説の夜逃げ――いいや、伝説の旅立ちが今、始まる。
■ 現在のG-Log掲載情報(自動更新)
【店舗名】
リラクゼーションサロン・オモテナシ(新生・移動要塞モード)
※旧・ゼロ号機は廃棄処分
【総合評価】
★0.04(レビュースレートは圏外)
・新着口コミ:投稿不可
※「帝国軍」はあまりのショックと、壱号機の放つ『王者の威圧』により、スマホ(通信石)を操作不能。
※システム警告:この店舗は現在、国家レベルの指名手配対象です。
【店舗設備】 『新生・オモテナシ壱号機』 ←Full Change!
・外装:ベヒモス・レザー(対魔法・対衝撃防御ランクS+)
・骨格:ベヒモス・ボーンフレーム(耐久度S+)
・心臓:ベヒモスの肺 + ミルカ式魔導エンジン(出力計測不能)
・神経:純金1000枚サーキット(魔力伝導率・理論値限界突破)
・武装:絶対零度砲※金貨回路により即時発射可能
・内装:ロイヤルスイートベッド(完備)、魔導コンロ、無限水蛇口
・総工費:金貨1000枚(+プライスレスな職人の狂気)
【従業員】
・店長:
状態:幸福(クレームブリュレ摂取済)。
備考:帝国の包囲網を「観客」として扱い、高笑いで出発。
・執事:
状態:通常運転。
備考:魔改造の総指揮官。「敵の待ち時間」を「作業時間」へ転換した悪魔。
・同乗者:
状態:左眉毛消失。職人魂の暴走状態。
備考:伝説の調理器具を「解体工具」として使いこなす。金銭感覚が崩壊。
・同乗者:
状態:白衣に焦げ跡。マッドサイエンティスト覚醒。
備考:老後の資金(金貨)を全て回路に溶かし込み、科学的エクスタシーに達する。
【今回の獲得成果】
・新機体:『新生・オモテナシ壱号機』
→ 優勝賞金とベヒモス素材、そして伝説の調理器具を全投入した、世界に一台の魔導要塞。
・契約更新:『舌の契約(永年)』
→ キッド&ミルカが“美味い料理なしでは生きられない体”になり、一蓮托生の「共犯者」へ。
・資金残高:0枚
→ 綺麗さっぱり使い切りました。
【現在の目的】
・帝国の包囲網を強行突破し、ガーグを脱出する。
・追ってくる「空の要塞」及び「将軍」を振り切り、次のエリアへ。
【次回予告】爆走! 黄金の夜逃げ・怒りのデスロード。




