第16話 極上のレア・ステーキと、食卓の上の決戦
0.1秒。
世界がスローモーションに落ちる。
前方には、口内を赤熱させ、全てを灰にするブレスを吐こうとする暴虐の魔獣牛。
対するは、エンジンを限界まで唸らせ、正面から突っ込む紫色の屋台。
熱と質量。
二つのベクトルが交差する寸前、執事の声が静寂を切り裂いた。
「総員、衝撃に備えてください! これより一気に『仕上げ』ます!」
【工程1:冷却】
「熱力学の借りは返すわよ! 食らいなさい、『絶対零度砲』!!」
ミルカがレバーを叩き込む。
屋根上の冷蔵庫から放たれたのは、青白く輝く冷気の奔流だった。
五百度の熱源に対し、マイナス二百度の冷気。七百度の温度差が一点で衝突する。
ジュウウウウウウウッ!!!!
それは爆発音ではなかった。巨大な肉を鉄板に押し付けたような、食欲をそそる調理音だった。
ベヒモスの悲鳴は上がらない。声帯ごと凍結したからだ。
パキィッ……パキパキパキッ!
心地よい音が響く。
急激な熱収縮により、鋼鉄よりも硬い「熱の鎧」に無数の亀裂が走る。
それはまるで、クレームブリュレの表面をスプーンで割るような、脆く美しい崩壊だった。
【工程2:熟成】
鎧が砕け、赤黒い筋肉が露出したその瞬間。
オトモはアクセルを床まで踏み抜いていた。
「筋肉が緩みましたね。では、『圧縮衝突』!!」
ドォォォォォォォォォン!!
数トンの質量を持つゼロ号機が、ベヒモスの胸部――凝りの中心点に深々と突き刺さる。
破壊ではない。衝撃波を内部へ浸透させる、究極の「指圧」だ。
ベヒモスの巨体が「く」の字に折れた。
ゴリリッ、と体内で何かがほぐれる音がする。
強制的なリラックス。
怒りで鬱血し、赤黒く変色していた全身の筋肉から、スゥーッと力が抜けていく。
血流が巡る。熱が逃げる。
どす黒かった肌色が、鮮やかで艶のある「桜色」へと変わっていく。
立ち上る湯気は、もはや噴煙ではない。芳醇な肉の香りだ。
【工程3:解体】
衝撃の反動で屋台が跳ね上がり、キッドが空中に放り出された。
宙を舞う彼の眼下には、完全に脱力し、無防備に喉元を晒した極上の食材があった。
見える。
筋肉の断層。脂の乗った霜降り《サシ》。包丁を入れるべき「正解のライン」が、光って見える。
「……肉は逃げねぇ。だから俺も逃げねぇ」
キッドは空中で回転しながら、包丁を逆手に構えた。
恐怖はない。あるのは、食材への敬意と、料理人の魂のみ。
「この刃は、傷つけるためじゃねぇ。お前を『料理』にして救うためにあるんだよ!」
秘技『解体包丁・一刀両断』。
閃光。
それは音もなき一撃だった。
刃は抵抗なく吸い込まれ、骨の隙間を滑り抜け、神経と血管だけを正確に断ち切った。
ズゥゥゥゥン……。
地響きと共に、二十メートルの巨体がゆっくりと地に伏した。
首は落ちていない。血抜きのために血管だけを切断する、神業の処理だ。
そこにあるのは、もはや災害ではない。
余熱で最高の焼き加減に仕上がった、三百トンの極上レア・ステーキだった。
静寂。
誰もが言葉を失う中、ただ一人、フォークとナイフを持った少女が屋台から飛び降りた。
「ありがとう。あなたの熱も、怒りも、全部私が食べてあげる」
ライラは慈しむように肉に触れ、そして満面の笑みを浮かべた。
「いっただきまーす!!」
ザクッ!
巨大なフォークが肉に突き刺さる。
溢れ出す肉汁。立ち上る香気。
一口目を頬張った瞬間、ライラの表情が蕩けた。
「んん~っ!! 熱々! 外はカリカリ、中はトロトロ! 怒りすぎて熟成された赤身の旨味が爆発してるぅぅ!」
そのあまりに幸せそうな捕食音(ASMR)が、広場に響き渡る。
逃げていた観客たちが、一人、また一人と戻ってきた。
恐怖が食欲に上書きされていく。
「な、なんだあれ……美味そう……」
「俺たちも……食えるのか?」
「皿を持ってこい! 祭りだぁぁぁ!!」
わっと歓声が上がり、人々がステーキの山へと殺到する。
ガーグの狂気が、平和な「大試食会」へと変わった瞬間だった。
『優勝は……謎の屋台チームだぁぁぁ!!』
復活したアナウンスが響く中、ボロボロになった屋台の横で、キッドとミルカがへたり込んでいた。
顔は煤だらけ。手は震えている。
だが、二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「へっ……あのデカブツを一瞬で冷凍パックかよ。あの気取ったシェフより、お前の方がよっぽど『三ツ星』だぜ」
「……ふん。あんたこそ、口だけの『ヤンキー』かと思ったら……腕だけは確かだったわね」
憎まれ口。
けれど、そこに込められたのは、戦友だけが共有する最上級の敬意だった。
「……やったな、三ツ星」
「……ええ。最高の調理だったわ、ヤンキー」
そんな二人にお茶を差し出しながら、オトモは静かに空を見上げた。
「さて。メインディッシュは完了しました」
執事は片眼鏡の位置を直し、優雅に微笑んだ。
「……最後は、甘い『デザート(契約)』で締めましょうか」
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【店舗名】
リラクゼーションサロン・オモテナシ
(ガーグ中央広場・大試食会会場)
【総合評価】
★5.0 ⇒ ★5.0
・新着口コミ:大量発生
→ 「人生で一番うまい肉だった!」
→ 「屋台が怪獣を倒したってマジ?」
→ 「あの少女の食べっぷりが忘れられない」
・効果:ガーグ全域で“伝説の屋台”として認知され始める
【店舗設備】 オモテナシ・ゼロ号機(瀕死だが稼働中)
・外装:半溶解。半壊。
・内装:ベッド焦げ、棚ゆがみ、床は肉汁まみれ
・機能:絶対零度砲
・状態:エンジン過熱、冷却ユニット疲労、要オーバーホール ←New!
【従業員】
・店長:ベヒモス完食モード。幸福度MAX
・執事:整体師 兼 魔導技師 兼 調理戦術家
→ 次の「デザート(契約)」の準備に入る
・同乗者:戦友としての信頼度MAX
・同乗者:技術者としての誇り回復
【今回の獲得成果】
・メインディッシュ:『ベヒモスの丸焼き・瞬間冷却仕立て』
→ 都市全体を満腹にし、ガーグの復興を促進
・優勝賞品:金貨1000枚&伝説の調理器具セット ←New!
・信頼:キッド&ミルカとの絆が正式に“同盟”へ昇格
・名声:ガーグの料理人社会で一気にトップクラスへ
【現在の目的】
・賞金と調理器具を活用し、次の店舗計画(新拠点)を検討
・ガーグ編の締めとして、“デザート(契約)”を完遂する
・屋台の修理と、次の街への移動準備
【次回予告】 甘い契約と、旅立ちのデザート。




