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第15話 走る調理台と、狂気の三段階プロセス

 もはや、そこは祭り会場ではなかった。

 溶岩の沼と化した広場から、人々は悲鳴も上げずに逃げ去った。恐怖が声を奪ったのだ。

 残っているのは、破壊の限りを尽くす「災害ベヒモス」と、瓦礫の山だけ。


 その地獄の縁を、一台の紫色の屋台が猛スピードで爆走していた。


「しまっ……熱波が来るぞ! 伏せろぉぉ!!」


 キッドが叫び、ミルカの頭を押さえつける。

 直後。


 ゴォオオオオッ!!


 背後を、炎の津波が通過した。

 直撃ではない。ただの余波だ。

 だが、それだけで屋台の塗装が一瞬で剥がれ落ち、後部バンパーが飴のように溶け落ちた。


「タイヤが! タイヤが溶けてグリップしないわ!」


「エンジン温度限界突破! 冷却水が沸騰しています!」


 オトモが必死にハンドルを制御するが、ゼロ号機は氷の上を滑るように蛇行する。

 逃げ切れていない。

 ベヒモスの歩幅は十メートル。一歩踏み出すたびに、地面が波打ち、死の距離が縮まる。


「無理だ……! あんなのどうやって料理しろってんだよ!」


 荷台で熱風に焼かれながら、キッドが絶望の声を絞り出す。

 彼の最強の解体術ですら、傷一つつけられなかった事実は、彼の心をへし折るに十分だった。


「物理的に詰んでるわ……!」

 ミルカが、ヒビ割れた魔導計器を床に叩きつけた。


「数値がおかしいのよ! あの熱量、エネルギー保存の法則を無視してる! あんなの生物じゃない、物理法則が死んでるわ!」


 科学の敗北。

 天才が匙を投げ、職人が膝をつく。

 車内を支配するのは、完全なる「諦め」だった。

 だが。

 その絶望的な轟音の中で、ふと、音が消えた。


「…………」


 ハンドルを握るオトモが、バックミラー越しに怪物を睨んだまま、沈黙したのだ。


 1秒。

 2秒。


 永遠にも似た思考の空白。


「……見えました」


 オトモが小さく呟く。


「あぁ!? 何がだよ!」


「氷山なら、ここにありますよ」


 オトモは急ハンドルを切り、路地裏へ突っ込んだ。


「いいですか。奴の硬度は『怒り』と『熱』によるものです。血流が止まり、熱が内側にこもっている」


「……だから何だ! 理屈なんざどうでもいい!」


「つまり――冷やしてリラックスさせ、叩いてほぐせば、肉は柔らかくなるということです」


 キッドとミルカが息を呑んだ。

 冷やす? 叩く? あんな活火山を?


「正気か!? 相手は全長二十メートルだぞ! 誰がマッサージするんだよ!」


「私の指では小さいですね。ですから……『これ』を使います」


 オトモの目が、狂気と理性なき交じった異様な光を帯びた。


「これより作戦行動――いいえ、『調理』を開始します。全員、死ぬ気で配置についてください!」



【工程1:冷却ブランチング


「ミルカ様! 貴女の冷蔵庫のリミッターを解除し、排熱機能を逆転させてください!」


「はぁ!? そんなことしたら回路が焼き切れるわよ!」


「構いません! 内部の冷気を一点に集中し、前方に放射する『絶対零度砲フリーザー・カノン』*へ改造するのです!」



【工程2:熟成マッサージ


「冷却で筋肉が脆くなった一瞬の隙に、私がゼロ号機で突撃します。

 速度ではありません。数トンの質量を一点に押し込む――

 『圧縮衝突マス・インパクト』で、内部から凝りを粉砕します」



「車で指圧だと……!? 死ぬ気かよオトモ!!」



【工程3:解体デクパージュ


「キッド様! ほぐれて柔らかくなった瞬間、奴の首元に『霜降り(急所)』が露出します。貴方の包丁で、その一瞬を断つのです」


「……俺に、ベヒモスの首を獲れってのか?」

 キッドの手が震えた。恐怖ではない。あまりの重圧にだ。


「ええ。チャンスは一度きり。失敗すれば全員ミンチです」


 無茶苦茶だ。

 だが、キッドは震える手で、腰の包丁を強く握りしめた。


「……やってやるよ」


「キッド?」


「ここで逃げたら、俺はただのゴミだ。目の前に『肉』があるのに逃げ出す料理人が、どこの世界にいるってんだ!」


 職人の矜持プライド

 それが恐怖をねじ伏せた。


「いいわ……! あたしの“ブリザード理論”で、あの理不尽を凍結してやる!」


 ミルカも叫び、工具箱をひっくり返す。


 走る屋台は、瞬く間に「戦場」へと変わった。

 ミルカが配線を引きちぎり、キッドが火花を散らして包丁を研ぐ。


「だがオトモ! どうやって奴を引きつける!? 正面から行けばカノンを撃つ前に黒焦げだぞ!」


「ええ。だからこそ……『より強い食欲』をぶつけます」


 オトモの視線が、屋根の上へ向けられた。

 そこには、灼熱の風を受けながら、じゅるりと涎を拭う少女がいた。


「店長」


「ん? ご飯できた?」


「これから作ります。……貴方のその『捕食者の殺気』を全開にして、奴を睨みつけてください」


 ライラは囮ではない。

 ベヒモスと同格、いやそれ以上の「対抗馬ライバル」だ。


「任せて! 一番美味しそうな顔で見ればいいのね!」


 ガガガガッ!


 ミルカが最後の配線を繋ぎ終えた。

 冷蔵庫『ブリザード2000・改』が唸りを上げ、冷気の粒子を撒き散らす。


「改造完了! いつでも撃てるわよ!」


「研ぎ終わったぜ。……命ごと持ってけ!」


 全員の準備が整った。

 オトモはアクセルペダルを床まで踏み込んだ。


「では、戻りましょうか。メインディッシュが待ちくたびれています」


 キキキキッ!!


 ゼロ号機が悲鳴を上げながらドリフトし、Uターンを決める。

 目指すは地獄の中心。


 ◇


 広場では、ベヒモスが建物を溶解させながら、苛立ちの咆哮を上げていた。

 その時だ。


 ブオオオオオオオン!!


 爆音と共に、瓦礫の山を飛び越えて、紫色の影が舞い戻ってきた。

 屋台の屋根が展開し、そこから巨大な「砲塔(冷蔵庫)」がせり上がってくる。


 ベヒモスが振り返る。

 その視線の先で、ライラがナイフとフォークをカチカチと鳴らし、ニタリと笑った。


「待たせたわね、牛さん!」


 彼女の背後から立ち上る、どす黒いほどの食欲のオーラ。

 ベヒモスは本能的に悟った。コイツは餌ではない。「俺を食いに来た捕食者」だと。


 グオオオオオオオオッ!!


 二体の怪物が、正面から対峙する。

 熱風が止む。

 爆音も、悲鳴も、全てが遠のく。


 ドクン。ドクン。


 心臓の音だけが響く、極限の静寂。

 オトモが白手袋を締め直し、真っ直ぐにハンドルを構えた。


「お待たせいたしました」


 静かに、しかし力強く、宣言が放たれる。


「これよりメインディッシュの『下処理』を開始します」


 刹那。


 4人の声が重なった。


「「「いただきます!!」」」



■ 現在のレビュースレート掲載情報(自動更新)


【店舗名】

リラクゼーションサロン・オモテナシ

(ガーグ中央広場・災害級戦闘エリア)


【総合評価】

★5.0 ⇒ ★5.0(変動なし)

・新着口コミ:なし

 ※観客は全員避難。評価どころではない


【店舗設備】 オモテナシ・ゼロ号機(半壊・戦闘特化モード)

・外装:大半が溶解

・内装:ロイヤルスイートベッド(熱波で焦げ始め)

・機能:魔導冷却ユニット『ブリザード2000(改)』

・追加機能:絶対零度砲フリーザー・カノン ←New!

・注意:後部バンパー溶解、タイヤのグリップ低下、エンジン温度限界突破


【従業員】

店長ライラ:捕食者モードMAX。ベヒモスを“食材”として認識

執事オトモ:整体師 兼 魔導技師 兼 戦術料理人

 → “怪獣の拘縮肉”を見抜き、三段階調理法を立案

同乗者キッド:恐怖を超え、料理人の矜持で参戦

同乗者ミルカ:冷蔵庫を砲塔へ改造。科学の限界を突破


【今回の獲得情報】

・作戦:『三段階調理法トリプル・プロセス』 ←New!

 ① 冷却ブランチング:絶対零度砲で筋肉を脆化

熟成マッサージ:ゼロ号機の質量を一点に叩き込む

解体デクパージュ:キッドの一撃で急所を断つ

・敵情報:ベヒモスの弱点=“怒りによる全身拘縮”

・心理状態:全員が恐怖を超え、「食」への執念で一致


【現在の目的】

・三段階調理法を成功させ、ベヒモスを“料理可能な状態”へ導く

・肉祭り本番で勝利し、賞金と名誉を獲得する


【次回予告】 実食。災害の肉は、甘いか苦いか。



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