第14話 灼熱の悪夢と、溶ける三ツ星
ガーグ中央広場。
その光景は、祭りと呼ぶにはあまりに異質だった。
「く、苦しい……息が……」
「熱い……結界の外だぞ!? なんで服が焦げるんだ!」
観客席からは悲鳴が上がっていた。
広場の中央、極厚の鉄柵と三重の魔法結界で隔離された空間。そこの空気だけが陽炎のように揺らぎ、酸素が燃焼し尽くされているのだ。
「待たせたな野郎ども! 今年もこの季節がやってきたぞぉぉ!!」
司会者が防護結界の中で絶叫する。
「我らがガーグが三日三晩焚き続けた『誘引スパイス』の香りに釣られて! 今年も奴が、“自ら”ノコノコとやって来たぁぁ!!」
ズゥゥゥゥン……!!
地響きと共に、広場の巨大ゲートが内側から溶解し始めた。
檻ではない。それは街の外から魔獣を招き入れるための「玄関」だ。
「今年のメイン食材は、過去最凶! 空腹のSランク指定魔獣・暴虐の魔獣牛のおなぁぁりぃぃだぁぁ!!」
ドロドロに溶け落ちる鉄門。
その奥から現れたのは、生物という枠を超えた「歩く活火山」だった。
グオオオオオオオオッ!!
「飯はどこだ」と言わんばかりの咆哮。
ガーグという都市は、美味い肉を食うためなら、自らを餌にして災害すら招き入れる狂人の巣窟なのだ。
体長二十メートル。
赤黒い岩石のような皮膚の隙間から、マグマの如き血液が脈動している。
一歩踏み出すたびに、石畳がジュワッという音を立てて泥のように溶け、広場が「溶岩の沼」へと変わっていく。
「あ、あぁ……」
最前列の観客が腰を抜かす。
これは料理ではない。災害だ。都市一つを灰にするための移動要塞だ。
「一番手は、我らがガーグの誇り! 三ツ星シェフ・ヴォルグ率いる『黄金の豚』チームだ!」
死の熱気の中、ヴォルグが進み出た。
その表情に恐怖はない。あるのは、研ぎ澄まされた職人の矜持だ。
「オトモ殿に治してもらったこの腕……そして、この日のために用意した『最高傑作』を見せてやる!」
彼が抜いたのは、透き通るような白銀の刃。
『純度100%ミスリル包丁』
家が三軒建つほどの高額素材。魔法耐性と耐熱性において、この世に切れぬものはないとされる伝説の調理器具だ。
「いくぞ! 総員、氷結結界! 一瞬でいい、奴の熱を抑え込め!」
部下たちの魔法支援を受け、ヴォルグが翔けた。
速い。
達人の域に達した踏み込み。狙うはベヒモスの首動脈。
(見える! 熱対流の隙間! そこだ!)
ヴォルグは確信していた。
この刃なら通る。この腕なら届く。
彼は渾身の力で、ミスリルの刃をベヒモスの皮膚へと叩きつけた。
ヌルッ。
「……は?」
硬い手応えすら、なかった。
ヴォルグの視界の中で、最強のはずのミスリル包丁が、まるで水飴のように変形していた。
切るよりも早く、触れた瞬間の超高熱で、分子結合そのものが崩壊したのだ。
ベヒモスが、鬱陶しそうに鼻を鳴らした。
ただの呼吸。
だが、それは圧縮された熱風の塊(衝撃波)となってヴォルグを襲った。
「がはぁぁぁぁっ!?」
三ツ星シェフが、燃えるゴミのように吹き飛ばされる。
全身の皮膚が焼け爛れ、手には溶けた金属の塊だけが残っていた。
「……無理だ。技術とか、道具とか、そういう次元じゃねぇ……」
ヴォルグの目から光が消える。
誇りが、物理的に溶かされた瞬間だった。
――その絶望的な静寂を、下品な破壊音が引き裂いた。
ガガガガガガッ!!
広場の外壁を粉砕し、紫色の屋台が黒煙を上げて突っ込んでくる。
「ちょっと通るわよ! 私の特上ステーキが焦げちゃうじゃない!」
屋台の屋根から、ライラが身を乗り出していた。
周囲が地獄絵図と化す中、彼女の瞳だけは、恍惚としたピンク色に輝いている。
「すごい……見てオトモ! あれ、自分で自分を焼いてるわ!」
「ええ、天然のオーブン機能ですね」
「ってことは、中まで火が通ってるってことよね!? 噛んだ瞬間に肉汁が蒸発するレベルのレア……ああっ、もう我慢できない! あれ全部、私の胃袋に入るのよね!?」
狂気。
誰もが「死」を見るその巨体に、彼女だけは「極上の膳」を見ていた。
「へっ、イカれたオーナーだぜ。……だが、露払いは任せな!」
屋台からキッドが飛び出した。
彼の手には、ギザギザに研ぎ澄まされた巨大な出刃包丁。
スラム街で、数々の廃棄魔獣を解体してきた実戦仕様の刃だ。
「竜の鱗だろうが、鋼鉄の装甲だろうが、関節の継ぎ目は必ずある!」
キッドの動きは、ヴォルグよりも鋭かった。
熱波を紙一重でかわし、ベヒモスの膝裏、わずかな皮膚の重なり目を目掛けて刃を走らせる。
それは、ワイバーンの首すら一撃で落とす必殺の解体術。
ガィィィン!!
高い金属音が響き、キッドの手首が悲鳴を上げた。
刃が弾かれたのではない。
あたかも巨大な山脈を斬りつけたかのような、圧倒的な質量差による拒絶。
「あぁ!? 傷一つついてねぇ……だと!?」
刃こぼれどころか、包丁の刀身が衝撃でひしゃげている。
「ダメよキッド! 下がって!」
屋台からミルカが悲鳴を上げた。彼女の手元の魔導計器が、バチバチと火花を散らしている。
「計測不能!? なにこれ……表面温度五百度なんて生温いもんじゃない! 内部熱量が桁違いすぎる! これは生物じゃないわ、熱力学の暴走よ!」
「科学も通じねぇってのかよ……!」
キッドが後退る。
ベヒモスがゆっくりと首を巡らせた。
その眼球すらも赤熱し、知性のかけらもない「破壊の意志」だけがそこにあった。
グオオオオオオオオ……
咆哮一発。
それだけで大気が震え、屋台の窓ガラスにヒビが入る。
誰もが死を確信した。
だが。
その灼熱の絶望の中で、ただ一人。
執事オトモだけは、涼しい顔で片眼鏡の位置を直していた。
「……ふむ」
彼の目は、ベヒモスを見ていなかった。
見ていたのは、その皮膚の下にある筋肉の繊維、血流の滞り、そして骨格の歪みだ。
「……僧帽筋の異常収縮。背骨第三節の可動域制限。それに伴う熱循環の不全」
オトモが小さく呟く。
「なんだそれは! 呪文か!?」
「いいえ、診断です」
オトモは、化け物を見上げるようにして、静かに告げた。
「……なるほど。これは“肩こり”ではありませんね。
怒りで全身の筋肉が石のように硬直し、熱が逃げずに蓄積している。いわば“怪獣級の拘縮肉”です。」
絶望の淵で、執事は白手袋を締め直した。
彼には見えていた。
この災害を「料理」に変えるための、たった一つのレシピが。
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【店舗名】
リラクゼーションサロン・オモテナシ(ガーグ中央広場・戦闘区域)
【総合評価】
★5.0 ⇒ ★5.0(変動なし)
・新着口コミ:なし
※観客は全員、熱波で口コミどころではない
【店舗設備】 オモテナシ・ゼロ号機(戦闘モード突入)
・外装:鉄柱 + 紫カーテン(外壁破壊で一部損傷)
・内装:ロイヤルスイートベッド + 魔導コンロ + 無限水蛇口
・機能:魔導冷却ユニット『ブリザード2000(改)』
【従業員】
・店長:ベヒモスを“極上ステーキ”として認識。捕食者モードMAX
・執事:整体師 兼 魔導技師 兼 診断士(クリニカル・アイ発動)
・同乗者:必殺の解体術が通じず、包丁が変形
・同乗者:科学的解析がエラー連発。熱力学の敗北を確認
【今回の獲得アイテム/情報】
・敵情報:『暴虐の魔獣牛』 ←New!
→ 体温:ミスリルを溶かす灼熱
→ 皮膚:竜殺しの刃すら通らない
→ 行動:怒りによる全身硬直(拘縮肉)
・状況:『黄金の豚チーム』の壊滅
→ ヴォルグのミスリル包丁が溶解
・希望:オトモの診断
→ ベヒモスの弱点は“筋肉の拘縮”と判明
【現在の目的】
・ベヒモスの“拘縮肉”を利用し、調理可能な状態へ導く
・肉祭り本番で勝利するための“レシピ”を確立する
【次回予告】 怪獣の肩こりと、執事の一手。




