第12話 凍てつく冷蔵庫と、潔癖の白い処刑隊
廃棄区画の奥深く。
居酒屋『鉄の墓標』の厨房は、カオスと化していた。
「あーもう! どいてなさいよバカキッド! あんたの筋肉じゃこの繊細な魔力回路は理解できないでしょ!」
「うっせぇ! てめぇが爆発させたんだろうが! 俺のサソリを返せ!」
白煙を上げる巨大冷蔵庫の前で、キッドとミルカが怒鳴り合っている。
冷蔵庫『ブリザード2000・改』は、まるで呼吸するように膨張と収縮を繰り返し、隙間から致死性の冷気を垂れ流していた。
「おやおや。これは重症ですね」
オトモが煙を払いのけて近づく。
片眼鏡越しに見るその機械は、技術的にはミルカの天才性が光る芸術品だったが、構造的には破綻していた。
「冷却魔力を圧縮しすぎています。動力源は……『雪女の涙石』ですか。情念が重すぎて、排熱が追いついていません」
「……! 分かるの、執事?」
ミルカがススだらけの顔を上げた。
「ええ。配線がスパゲッティです。これでは電子の流れが渋滞を起こして熱暴走します」
「だ、だって! 廃材だけで組んだからケーブルが足りなくて……!」
「言い訳は不要です。整理しましょう」
オトモが袖をまくり上げる。
技術者同士のマニアックな修復作業が始まろうとした――その時だった。
『警告!! こちら満腹都市・特別衛生局である!!』
外から、空気を震わせるほどの拡声器の音が響いた。
「えっ? なに?」
「チッ……! 嗅ぎつけやがったか!」
キッドが舌打ちをして包丁を構える。
ドォォォォン!!
戦車の鉄扉が爆破され、白い煙と共に数十人の集団が雪崩れ込んできた。
全身を純白の防護服に包み、ガスマスクを装着した異様な集団。
手にはモップではなく、火炎放射器や高圧酸洗浄機を持っている。
街の汚れを物理的に消滅させる掃除屋――『衛生局』だ。
「汚い……あまりにも汚い!!」
部隊の中央から、ひと際背の高い男が進み出た。
マスク越しでも分かる神経質な目つき。局長のブリーチだ。
「カビ! 油汚れ! そして規格外の魔力漏れ! ここは菌の博覧会か!? 許せん……私の視界に『汚れ』が存在することすら許せん!!」
「うるせぇよ潔癖症! ここは廃棄区画だ、汚くて何が悪い!」
キッドが吠える。だが、ブリーチは聞く耳を持たない。
「問答無用! 汚物は消毒だ! 店ごと焼き払えぇぇ!!」
ゴオオオオッ!!
一斉に放たれる火炎放射。
狭い店内が瞬く間に灼熱地獄と化す。
大切にしていた調理器具が、壁に飾ったメニューが、炎に巻かれていく。
「やめろぉぉ! 俺の城だぞ! 俺と大将が守ってきた店なんだよぉぉ!!」
キッドが絶叫し、炎の中へ飛び込んだ。
二刀流の出刃包丁が銀色の閃光となって走る。
キンッ! キンッ!
火炎放射器のノズルを正確に切断し、炎を未然に防ぐ。料理人の包丁さばきは、戦闘においても一流だった。
「すげぇ……あのデカイ図体でなんて速さだ……!」
衛生局員たちがたじろぐ。
だが、多勢に無勢。後方から放たれた酸の放水が、隙間を縫って飛んでくる。
「きゃっ!? 私の服が!」
流れ弾(酸)が、ライラのスカートの裾を溶かした。
その瞬間、彼女の脳内で何かが切れた。
「……よくも、オトモに作ってもらった服を」
「え?」
「それに……私のサソリが焦げてるじゃない!!」
ライラは手近にあったフォークを握りしめ、鬼の形相で突撃した。
食い物の恨みは海より深い。
「消毒だとぉ!? あんたらの性根を消毒してやるわっ!!」
「ひぃっ!? なんだこの女!? 目がヤベェ!!」
ライラは衛生局員のマスクを剥ぎ取り、懐に入っていた「予備のカンパン(岩石)」を口にねじ込んだ。
物理的な餌付け攻撃。戦場はカオスと化した。
「あと十秒……五秒……!」
その背後で、オトモの指が残像となる。
絡まった魔力回路をバイパスし、暴走するエネルギーを一本のラインに統合する。
『執事流・配線整復術』。
「……接続完了。冷却機能、正常化」
ピタリ。冷蔵庫の振動が止まった。
オトモは不敵に笑い、ブリーチたちの方を向いた。
「皆様、少々頭に血が上っているようです」
「なんだと貴様……!」
「頭を冷やすには、これが一番ですよ。……余剰冷気、全開放」
オトモが冷蔵庫の扉を勢いよく開け放った。
ブワアアアアアアアアッ!!!!
解き放たれたのは、極限まで圧縮された絶対零度の冷気。
それは白い奔流となって、前方へ一直線に噴出した。
「な、なんだこれは!? 火が……消え……!?」
「さ、さむ……い……」
カキンッ!
一瞬だった。
火炎放射器の炎ごと、衛生局員たちが凍りついた。
ブリーチが驚愕の表情のまま、芸術的な氷像へと変わる。
「……粗熱(あら熱)が取れましたね」
オトモが静かに扉を閉める。
店内はシンと静まり返り、ダイヤモンドダストがキラキラと舞っていた。
「す、すげぇ……」
「嘘……完成してる……あたしの理論が……」
キッドとミルカが呆然と立ち尽くす。
だが、店はボロボロだった。壁は焼け焦げ、天井は抜け、戦車としての機能も停止している。
さらに無線機からは、第二波の増援を呼ぶ声が聞こえてくる。
「……ここも、もう終わりかよ」
キッドが悔しげに拳を握りしめる。
守りたかった場所。帰るべき場所。それが今、権力の前に潰されようとしている。
「感傷に浸っている時間はありません」
オトモが声をかけた。
「じきに本隊が来ます。ここに留まれば、貴方達もあの冷蔵庫も『廃棄処分』です」
「……じゃあどうしろってんだよ! 俺らには行くあてなんか……」
「ありますよ」
オトモが親指で外を指した。
そこには、エンジンを吹かして待つ『オモテナシ・ゼロ号機』があった。
「とりあえずの避難です。……あの車なら、貴方達二人と、そのデカい冷蔵庫くらい積めます」
「はぁ!? あんなポンコツに乗れってのかよ!?」
「嫌ならここで凍りますか?」
選択肢はなかった。
キッドとミルカは顔を見合わせ、そして頷いた。
「……チッ。借りとくぜ!」
「冷蔵庫はあたしが運ぶ! 手伝って執事!」
こうして、二人の「招かれざる客」と、一台の「問題児(冷蔵庫)」が屋台に積み込まれた。
◇
オモテナシ・ゼロ号機は土煙を上げ、廃棄区画を脱出する。
行き先はまだない。
彼らは仲間ではない。ただの「同乗者」だ。
だが、車内には初めて、4人分の息遣いが響いていた。
廃棄区画の奥深く。
居酒屋『鉄の墓標』の厨房は、カオスと化していた。
「あーもう! どいてなさいよバカキッド! あんたの筋肉じゃこの繊細な魔力回路は理解できないでしょ!」
「うっせぇ! てめぇが爆発させたんだろうが! 俺のサソリを返せ!」
白煙を上げる巨大冷蔵庫の前で、キッドとミルカが怒鳴り合っている。
冷蔵庫『ブリザード2000・改』は、まるで呼吸するように膨張と収縮を繰り返し、隙間から致死性の冷気を垂れ流していた。
「おやおや。これは重症ですね」
オトモが煙を払いのけて近づく。
片眼鏡越しに見るその機械は、技術的にはミルカの天才性が光る芸術品だったが、構造的には破綻していた。
「冷却魔力を圧縮しすぎています。動力源は……『雪女の涙石』ですか。情念が重すぎて、排熱が追いついていません」
「……! 分かるの、執事?」
ミルカがススだらけの顔を上げた。
「ええ。配線がスパゲッティです。これでは電子の流れが渋滞を起こして熱暴走します」
「だ、だって! 廃材だけで組んだからケーブルが足りなくて……!」
「言い訳は不要です。整理しましょう」
オトモが袖をまくり上げる。
技術者同士のマニアックな修復作業が始まろうとした――その時だった。
『警告!! こちら満腹都市・特別衛生局である!!』
外から、空気を震わせるほどの拡声器の音が響いた。
「えっ? なに?」
「チッ……! 嗅ぎつけやがったか!」
キッドが舌打ちをして包丁を構える。
ドォォォォン!!
戦車の鉄扉が爆破され、白い煙と共に数十人の集団が雪崩れ込んできた。
全身を純白の防護服に包み、ガスマスクを装着した異様な集団。
手にはモップではなく、火炎放射器や高圧酸洗浄機を持っている。
街の汚れを物理的に消滅させる掃除屋――『衛生局』だ。
「汚い……あまりにも汚い!!」
部隊の中央から、ひと際背の高い男が進み出た。
マスク越しでも分かる神経質な目つき。局長のブリーチだ。
「カビ! 油汚れ! そして規格外の魔力漏れ! ここは菌の博覧会か!? 許せん……私の視界に『汚れ』が存在することすら許せん!!」
「うるせぇよ潔癖症! ここは廃棄区画だ、汚くて何が悪い!」
キッドが吠える。だが、ブリーチは聞く耳を持たない。
「問答無用! 汚物は消毒だ! 店ごと焼き払えぇぇ!!」
ゴオオオオッ!!
一斉に放たれる火炎放射。
狭い店内が瞬く間に灼熱地獄と化す。
大切にしていた調理器具が、壁に飾ったメニューが、炎に巻かれていく。
「やめろぉぉ! 俺の城だぞ! 俺と大将が守ってきた店なんだよぉぉ!!」
キッドが絶叫し、炎の中へ飛び込んだ。
二刀流の出刃包丁が銀色の閃光となって走る。
キンッ! キンッ!
火炎放射器のノズルを正確に切断し、炎を未然に防ぐ。料理人の包丁さばきは、戦闘においても一流だった。
「すげぇ……あのデカイ図体でなんて速さだ……!」
衛生局員たちがたじろぐ。
だが、多勢に無勢。後方から放たれた酸の放水が、隙間を縫って飛んでくる。
「きゃっ!? 私の服が!」
流れ弾(酸)が、ライラのスカートの裾を溶かした。
その瞬間、彼女の脳内で何かが切れた。
「……よくも、オトモに作ってもらった服を」
「え?」
「それに……私のサソリが焦げてるじゃない!!」
ライラは手近にあったフォークを握りしめ、鬼の形相で突撃した。
食い物の恨みは海より深い。
「消毒だとぉ!? あんたらの性根を消毒してやるわっ!!」
「ひぃっ!? なんだこの女!? 目がヤベェ!!」
ライラは衛生局員のマスクを剥ぎ取り、懐に入っていた「予備のカンパン(岩石)」を口にねじ込んだ。
物理的な餌付け攻撃。戦場はカオスと化した。
「あと十秒……五秒……!」
その背後で、オトモの指が残像となる。
絡まった魔力回路をバイパスし、暴走するエネルギーを一本のラインに統合する。
『執事流・配線整復術』。
「……接続完了。冷却機能、正常化」
ピタリ。冷蔵庫の振動が止まった。
オトモは不敵に笑い、ブリーチたちの方を向いた。
「皆様、少々頭に血が上っているようです」
「なんだと貴様……!」
「頭を冷やすには、これが一番ですよ。……余剰冷気、全開放」
オトモが冷蔵庫の扉を勢いよく開け放った。
ブワアアアアアアアアッ!!!!
解き放たれたのは、極限まで圧縮された絶対零度の冷気。
それは白い奔流となって、前方へ一直線に噴出した。
「な、なんだこれは!? 火が……消え……!?」
「さ、さむ……い……」
カキンッ!
一瞬だった。
火炎放射器の炎ごと、衛生局員たちが凍りついた。
ブリーチが驚愕の表情のまま、芸術的な氷像へと変わる。
「……粗熱(あら熱)が取れましたね」
オトモが静かに扉を閉める。
店内はシンと静まり返り、ダイヤモンドダストがキラキラと舞っていた。
「す、すげぇ……」
「嘘……完成してる……あたしの理論が……」
キッドとミルカが呆然と立ち尽くす。
だが、店はボロボロだった。壁は焼け焦げ、天井は抜け、戦車としての機能も停止している。
さらに無線機からは、第二波の増援を呼ぶ声が聞こえてくる。
「……ここも、もう終わりかよ」
キッドが悔しげに拳を握りしめる。
守りたかった場所。帰るべき場所。それが今、権力の前に潰されようとしている。
「感傷に浸っている時間はありません」
オトモが声をかけた。
「じきに本隊が来ます。ここに留まれば、貴方達もあの冷蔵庫も『廃棄処分』です」
「……じゃあどうしろってんだよ! 俺らには行くあてなんか……」
「ありますよ」
オトモが親指で外を指した。
そこには、エンジンを吹かして待つ『オモテナシ・ゼロ号機』があった。
「とりあえずの避難です。……あの車なら、貴方達二人と、そのデカい冷蔵庫くらい積めます」
「はぁ!? あんなポンコツに乗れってのかよ!?」
「嫌ならここで凍りますか?」
選択肢はなかった。
キッドとミルカは顔を見合わせ、そして頷いた。
「……チッ。借りとくぜ!」
「冷蔵庫はあたしが運ぶ! 手伝って執事!」
こうして、二人の「招かれざる客」と、一台の「問題児(冷蔵庫)」が屋台に積み込まれた。
◇
オモテナシ・ゼロ号機は土煙を上げ、廃棄区画を脱出する。
行き先はまだない。
彼らは仲間ではない。ただの「同乗者」だ。
だが、車内には初めて、4人分の息遣いが響いていた。
■ 現在のレビュースレート掲載情報(自動更新)
【店舗名】
リラクゼーションサロン・オモテナシ(ガーグ支店・廃棄区画脱出中)
【総合評価】
★5.0 ⇒ ★5.0(変動なし)
・新着口コミ:なし
※衛生局は口コミ文化が存在しないため投稿不可
・裏ガーグの住民から「衛生局を凍らせた屋台」として恐れられ始める
【店舗設備】 オモテナシ・ゼロ号機(冷却システム搭載完了)
・外装:鉄柱 + 紫カーテン
・内装:ロイヤルスイートベッド + 魔導コンロ + 無限水蛇口
・機能:魔導冷却ユニット『ブリザード2000(改)』正式稼働 ←New!
・注意:冷気の逆流により、屋台内部が“冬モード”に切り替わることがある
【従業員】
・店長:怒ると衛生局員を餌付けする“暴食の狂戦士”化
・執事:整体師 兼 厨房機器ハンター 兼 魔導技師 兼 冷却管理者
【今回の獲得アイテム】
・設備:魔導冷却ユニット『ブリザード2000(改)』
→ 絶対零度級の冷気を制御可能
・人材:キッド&ミルカ(同乗者) ←New!
→ 荒くれ料理人と爆発科学者の凸凹コンビ
・成果:衛生局・第一波の殲滅(冷却による瞬間凍結)
【現在の目的】
・安全圏へ退避し、キッド&ミルカの身柄と冷蔵庫を保護
・肉祭りの仕込みに向けて、冷却・保存体制を整える
【次回予告】 荒野の静寂と、暴虐の魔獣牛。




