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第11話 廃棄区画の甲殻類と、鉄墓標の狂犬

 満腹都市ガーグの「表の顔」がメインストリートなら、「裏の顔」はここにある。


 都市の北側に広がる、広大な廃棄区画。

 かつての戦争で使われた兵器の残骸や、工場の廃液、そして行き場を失ったあぶれ者たちが吹き溜まるスラム街だ。


 オモテナシ・ゼロ号機は、その薄暗い迷路をゆっくりと進んでいた。


「……臭い。鉄錆と油の臭いで鼻が曲がりそう」


 ライラがハンカチで鼻を覆う。

 周囲には光がなく、重く澱んだ空気が漂っている。まるで深海の底を這っているようだ。


「引き返しますか? 治安も最悪ですよ」


「まさか! 私の鼻が言ってるの。『このヘドロの海の底に、真珠が落ちてる』って!」


 ライラは確信に満ちた目で闇の奥を睨みつけた。

 腐敗臭の中に一筋だけ混じる、強烈に食欲を刺激する香り。

 それは焦がしたバターと、数種類のスパイス、そして甲殻類を焼いたような香ばしさだった。


「なるほど。確かに、暴力的なまでに良い香りです」


 オトモがハンドルを切る。

 行き止まりに見えたスクラップの山の裏側。そこに、その店は鎮座していた。


 かつての戦争で使われていたであろう、超重戦車。

 砲塔は煙突に改造され、そこから白い調理煙を噴き上げている。キャタピラの間には、鉄板を溶接して作った無骨な扉があった。


 看板には、赤いペンキで殴り書きされた文字。


 『居酒屋・鉄の墓標アイアン・グレイブ』。


 その横には『素人お断り』『貴族は帰れ』という、商売っ気ゼロの注意書きが添えられている。


「ここよ! ここから天国の匂いがする!」


 ライラが屋台を飛び出し、重い鉄扉を蹴り開けた。


「ごめんくださーい! 一番いい匂いのやつを出しなさい!」


 店内は、戦車の装甲に囲まれた狭い空間だった。

 客は一人もいない。

 薄暗い照明の下、操縦席を改造した厨房に、一人の男が立っていた。


「あぁ? ……なんだお前ら」


 男がゆっくりと振り返る。

 金髪のツンツン頭に、目つきの悪い三白眼。コックコートの袖をまくり上げ、その腕には無数の切り傷と火傷の跡がある。

 手には、出刃包丁が握られていた。


「迷子か、お嬢ちゃん。ここはミルクを飲む場所じゃねぇぞ。ケツまくって帰りな」


「ミルクはいらないわ。ご飯を出して」


「ハッ! 俺の料理を食うだと? 貴族のお上品な舌じゃ、一口で気絶するぜ?」


 男――キッドは、ダンッ! と包丁をまな板に突き立てて威嚇した。

 普通の客なら悲鳴を上げて逃げ出すだろう。

 だが、オトモは涼しい顔でカウンターの席を引いた。


「威勢がいいですね。ですが、客に対するマナーがなっていません」


「あぁ? 俺は客なんて呼んでねぇよ。俺が食わせたい奴にだけ食わせる。それがこの店のルールだ」


「面倒くさい男ね。いいから出しなさいよ。今、その鍋で揚げてるやつ!」


 ライラがカウンターをバンバンと叩く。

 キッドは舌打ちをし、鍋から油切り網を引き上げた。


「……後悔すんなよ。こいつはこの辺の路地裏に巣食う、荒野の嫌われ者だ」


 ドンッ。

 皿の上に置かれたのは、真っ黒な甲殻に覆われた異形だった。

 鋭いハサミ、トゲだらけの足、そして毒針を備えた尻尾。


 『アーマード・スコーピオン(装甲蠍)』の素揚げである。


「……虫じゃん」


 ライラが固まる。


「言っただろ。見た目でビビって食えねぇ奴ばかりだ。食わねぇなら金置いて消えな」


 キッドがニヤリと笑う。

 だが、ライラの「固まり」は恐怖ではなかった。観察だ。

 彼女は鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅いだ。

 泥臭さは一切ない。あるのはスパイシーな香りと、濃厚な磯の香りだけ。


「……いただきます!」


 バキッ!

 ライラは蠍の太いハサミを鷲掴みにし、そのままかぶりついた。

 キッドが目を見開く。


「おい!? 殻ごと行ったか!?」


 バリボリッ、バリバリッ!

 豪快な咀嚼音が戦車内に響く。

 硬い殻が砕けた瞬間、中から熱々のエキスが口いっぱいに弾け飛んだ。


「!!」


 ライラの瞳孔が開く。

 美味い。

 ただのエビやカニではない。泥の中で栄養を蓄えたその身は、ロブスターよりも甘く、濃厚な味噌のようなコクがある。

 殻の香ばしさと、衣にまぶされた激辛スパイスが、脂の甘みを極限まで引き立てている。


「んん~っ!! 美味しいぃぃ! なにこれ、エビ!? カニ!? いや、それ以上!!」


 ライラは止まらなかった。

 足も、胴体も、毒があるはずの尻尾まで、猛獣のような勢いで平らげていく。


「へっ……マジかよ。あの尻尾、毒袋ごと食いやがった」


「ほう。完璧な毒抜きと、関節の泥抜き。……下処理に相当な手間をかけていますね」


 オトモが感心したように呟く。


「見た目は最悪ですが、仕事は繊細だ。貴方、ヤンキーのような顔をして、随分と几帳面な性格のようですね」


「う、うっせぇ! てめぇには聞いてねぇよ!」


 キッドが顔を赤くして怒鳴る。

 だが、その表情には、自分の料理を偏見なく平らげてくれたことへの喜びが滲んでいた。


「ごちそうさま! 最高だったわ! おかわり! あと百匹!」


 ライラが空になった皿を突き出す。

 キッドは呆れたように頭を掻いた。


「百匹だぁ? うちはそこらのファミレスとは違うんだ。在庫は今のっ……」


 その時だった。


 ドォォォォン!!


 店の奥から、腹に響く爆発音が轟いた。

 同時に、厨房の奥の扉が吹き飛び、真っ黒な煙と冷気が噴き出してくる。


「ゲホッ、ゴホッ! ……クソッ、またかよ!」


 キッドが包丁を投げ捨てて叫んだ。


「おいミルカ! てめぇまた冷蔵庫爆発させやがったな! 食材が全部台無しじゃねぇか!」


「うるさいわねバカキッド! 理論値は合ってるのよ!」


 煙の向こうから、一人の少女が這い出てきた。

 ボサボサの髪に、白衣代わりのボロボロのシャツ。顔中ススだらけで、咳き込みながらも手にはスパナを握りしめている。


「ただちょっと冷却魔力が暴走しただけで……! あと一歩で『絶対零度保存』が完成するのに!」


「完成する前に店が消し飛ぶわ! ああもう、これじゃ明日の仕込みができねぇ!」


 奥の部屋を覗くと、そこには巨大な冷蔵庫の残骸があり、周囲の壁ごとカチコチに凍りついていた。

 せっかくのサソリの在庫も、氷の塊の中で砕け散っている。


「おやおや。どうやら次のコースは『デザート(冷却)』の問題のようですね」


 オトモが片眼鏡の位置を直す。

 深海の底で出会った二人の狂犬。

 彼らが抱えるトラブルは、単なる故障ではないようだ。



■ 現在のレビュースレート掲載情報(自動更新)


【店舗名】

リラクゼーションサロン・オモテナシ(ガーグ支店・廃棄区画出張所)


【総合評価】

★5.0 ⇒ ★5.0(変動なし)

・新着口コミ:なし

 ※廃棄区画の住民は“胃袋が限界”のため投稿不可


【店舗設備】 オモテナシ・ゼロ号機(キッチン強化段階)

・外装:鉄柱 + 紫カーテン

・内装:ロイヤルスイートベッド + 魔導コンロ + 無限水蛇口

・機能:高火力調理・無限冷水供給

・注意:スラムの油煙により“車体の臭い”が悪化中


【従業員】

店長ライラ:未知の甲殻類を殻ごと完食。毒耐性が上昇

執事オトモ:整体師 兼 厨房機器ハンター 兼 食材鑑定士


【今回の獲得アイテム】

・料理:『アーマード・スコーピオンの素揚げ』

 → 見た目最悪・味は極上の“荒野のロブスター”

・出会い:『キッド&ミルカ』 ←New!

 → 喧嘩ばかりだが腕は一流の凸凹コンビ

・課題:『冷蔵庫の暴走』

 → 絶対零度保存の失敗により店が半壊。要修理


【現在の目的】

・ミルカの冷却装置を修理し、肉祭りの仕込みを可能にする

・キッドの厨房を立て直し、食材ルートを確保する


【次回予告】 絶対零度の余韻と、始まりのソルベ。



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