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第10話 濁った胃袋と、黄金のコンソメスープ

 満腹都市ガーグの裏路地。

 三ツ星シェフ・ヴォルグが「星5」をつけたという噂は、一晩で街中を駆け巡っていた。



 翌朝、怪しげな紫色の屋台の前には、長蛇の列ができていた。


「いらっしゃいませー! お代は現金または『調理器具』よ! チャーハンなら私が預かるわ!」


 ライラが看板娘として声を張り上げる(そして客の差し入れをつまみ食いする)。


 オトモの施術は順調だった。料理人特有の職業病――腱鞘炎、腰痛、味見のしすぎによる胃もたれ――を、次々と「執事流・整復術」で完治させていく。



 だが、正午を過ぎた頃。

 オトモの手が止まった。


「……店長。在庫切れです」


「えっ? もう食材がないの?」


「いいえ。水です」


 オトモが蛇口をひねるが、カヒューッという乾いた音しかしない。

 屋台のタンクが空になったのだ。


「この街の『上水道』は、ギルドによる完全契約制。高額な権利金(賄賂)を払った店にしか水は供給されません」


「はぁ!? じゃあどうすんのよ! 喉が渇いて干物になっちゃう!」


「困りましたね。水がなければ、スープも紅茶も淹れられません」


 その時だった。

 行列を強引に押しのけ、三人の肥満体の男たちが現れた。

 彼らが歩くたびに、周囲の料理人たちが青ざめて道を空ける。


「どけ、ドブネズミども。……ここか? ヴォルグごときが推奨している違法屋台は」


 先頭の男が、侮蔑の眼差しでライラを見下ろした。

 胸元には、舌を模した金色のバッジ。

 彼らこそ、この街の飲食店を生かすも殺すも思いのままにする批評家集団――『七つのセブン・タング』の幹部たちだ。


「貴様らが店主か。単刀直入に言おう。今すぐ店を畳んで街から出て行け」


「……理由は?」


 オトモが静かに問う。男は醜悪に歪んだ唇で笑った。 


「衛生法違反だ。貴様の店は『水契約』を結んでいないだろう? 我々は水道局の顧問も兼ねている。水のない店など、食中毒の温床だ」


 言いがかりではない。

 彼らは、自分たちの許可なく流行り始めたこの屋台を潰すために、明確な殺意を持って「水の権利」という武器を使いに来たのだ。

 彼らの背後には、既得権益を守ろうとする大手レストランの影が見える。


「さあ、営業停止だ。それとも……我々の靴でも舐めるか? そうすれば泥水くらいは恵んでやるぞ?」


 下卑た笑い声を上げる男たち。

 ライラが激怒してフォークを構える。だが、オトモが片手でそれを制した。


「なるほど。水の管理者が、水不足を理由に潰しに来たと。……理屈は通っています」


「分かったら失せろ」


「ですが、奇妙ですね」


 オトモは一歩踏み出し、リーダー格の男の、膨れ上がった腹を指差した。


「水の管理者たる貴方達の体が、これほどまでに『濁っている』とは」


 男の表情がピクリと動く。


「……なんだと?」


「聞こえますよ。貴方の内臓から、下水のような音が」


 チャプン、グジュゥ……。


 オトモには聞こえていた。

 連日の接待、過剰な試食、そして運動不足。

 彼らの胃袋は限界を超えて拡張し、消化しきれない脂とアルコールが、血管の中をドロドロのヘドロのように流れている。

 彼らは「美食家」ではない。ただの「生ゴミ処理機」だ。


「貴方、最近『水』が不味いでしょう? 何を食べても脂の味しかしないはずだ」


「な、なぜそれを……」


「舌が苔で覆われ、味覚が死んでいます。今の貴方は、フォアグラとゴムの区別もつかない」


 図星を突かれ、男たちが狼狽する。

 実は彼らも困っていたのだ。味がわからなければ、賄賂をもらう価値すらなくなる。彼らは今、自分の体という牢獄の中で腐りかけていた。


「貴方達に必要なのは、権力でも美食でもありません。体を洗い流す『排水処理ドレナージュ』です」


「き、貴様に何ができる!」


「私が治せば、水は美味くなります。……代わりに、分かっていますね?」


 オトモの眼鏡が光る。

 男たちは生唾を飲んだ。背に腹は代えられない。


「や、やれるものならやってみろ! もし治らなければ即刻処刑だ!」


「契約成立です。では、少々『絞り』ますよ」


 オトモの手が、男の腹に触れた。


 次の瞬間。


「あぐっ!? ひぎぃぃぃぃ!?」


 路地裏に絶叫が響いた。

 それはマッサージというより、工事だった。

 『執事流・内臓整復術ストマック・テトリス』。

 オトモの指が、肋骨の隙間にめり込み、癒着した腸を無理やり引き剥がし、滞っていたリンパ液を強制的に流し込んでいく。


「流れる! ヘドロが! 俺の脂が流れていくぅぅぅ!!」


 男たちの全身から、黄色い汗が滝のように噴き出した。

 それは体内に溜まっていた毒素そのものだ。強烈な悪臭が立ち込めるが、オトモは表情一つ変えずに絞り上げる。


「はい、終了です」


 数分後。

 そこには、一回り体が小さくなり、憑き物が落ちたような顔をした男たちがへたり込んでいた。

 体は羽のように軽い。胃の不快感は消え失せている。


「……信じられん。俺の胃袋が、新品みたいだ……」


「仕上げです。これを」


 オトモが差し出したのは、カップに入った液体だった。

 高級スープではない。なけなしの在庫で作った、ただの「白湯(お湯)」だ。

 男たちは震える手でそれを口に運んだ。


 ゴクリ。


 瞬間、彼らの目から涙が溢れ出した。


「う……うまい……!!」


 何の味付けもないお湯。だが、リセットされた彼らの舌には、それが甘露のように感じられた。

 混じり気のない、純粋な水の味。

 彼らが長い間忘れていた、生命の根源の味だ。


「ああぁ……水って、こんなに美味かったのか……!!」


 男たちは号泣しながら白湯を飲み干した。

 もはや屋台を潰す気など微塵もない。この感動の前には、賄賂も権力も無意味だった。


「……負けた。俺たちの完敗だ」


 リーダーの男が、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

 それは彼らが独占していた利権そのもの。


「持って行け。特級水利権の証……『無限水蛇ウロボロスの蛇口』だ。これを屋台に取り付ければ、街のどこにいても地下水脈から最高純度の水が出る」


「感謝します。では、今後ともご贔屓に」


 オトモは恭しく一礼し、権利書を受け取った。

 その日の夕方。

 屋台には真新しい銀色の蛇口が取り付けられていた。

 ひねれば、キラキラと輝く冷たい水が無尽蔵に溢れ出す。


「ぷはーっ! 生き返る! やっぱ水よねー!」


 ライラがジョッキで水をあおる。

 これで飲み水の心配も、調理用の水の確保も完璧だ。


「これで『火』と『水』が揃いました。スープの準備は万端です」


 オトモは満足げに頷き、そして視線を北側の空――黒い煙が立ち上る『廃棄区画』へと向けた。


「さて、店長。口の中がサッパリしたところで……次は少々、刺激的な『魚料理ポワソン』はいかがですか?」


「魚? この砂漠みたいな街に魚なんているの?」


「ええ。深海のように暗い路地裏に、ハサミを持った美味しいのがいるそうですよ」


 コース料理はまだ始まったばかり。

 次なる皿は、サソリと、それを操る若き料理人たちとの出会いである。



■ 現在のレビュースレート掲載情報(自動更新)


【店舗名】

リラクゼーションサロン・オモテナシ(ガーグ支店)


【総合評価】

★5.0 ⇒ ★5.0(「七つの舌」認定店)

・新着口コミ(七つの舌・筆頭):

 「水とは、これほど甘いものか……。我が舌は生まれ変わった。★5.0!」

・効果:街の衛生局・組合からの干渉が完全消滅(免罪符獲得)


【店舗設備】 オモテナシ・ゼロ号機(ライフライン確保)

・外装:鉄柱 + 紫カーテン

・内装:ロイヤルスイートベッド + 魔導コンロ + 無限水蛇口(New!)

・機能:蛇口から最高純度の冷水が無限供給

・注意:ベッド横で高火力調理 → 引火リスク上昇中


【従業員】

店長ライラ:水分補給完了。肌ツヤ向上

執事オトモ:水道局顧問(非公式) 兼 内臓整復師


【今回の獲得アイテム】

・無限水蛇口(New!)


【現在の目的】

・廃棄区画へ向かい、刺激的な『魚料理ポワソン』を食す。


【次回予告】 裏ガーグの荒くれ料理人と、爆発する天才少女。

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