BONUS STAGE1・悠紀と雨音
「ひどい!私のことを捨てるのね!」
目に涙を浮かべつつ、演技掛かったセリフを吐きながら、雨音は顔を手で覆う。
悠紀が若葉とウルティメット・ラウンド出場を目指してチームを組んだ日よりも少し前。
駅前から裏路地に入った場所にある喫茶店、『ロンドンマーチ』。
薄くジャジーな音楽が心地良く流れ、白髪のいかにもな妙齢のロマンスグレーがカウンターにて豆を挽く音と共に、ペーパーフィルターから滴り落ちる香り高い深い琥珀色に職人の視線を差し向けている。
ここは軽食すら出さない、コーヒーのみをメニューとするストロングスタイルを貫く、知る人ぞ知る店だ。
壁にそびえるは原色で彩られたステンドグラス。天井を緩やかに回転するシーリングファンが、ゆらりと穏やかに流れる店内の空気を掻き混ぜる。
雨音の悲痛な声が優雅な時を刻む店内を引き裂くも、お客さんは席ごとが別次元で分断されているかのように、何ら気にする素振りも見せずに豊かな香りを燻らせたカップを楽しんでいる。
一席には悠紀。
その対面には雨音が鼻をすすって、涙が滲む目にハンカチを当て、拭っている。何故か雨音の姿はシックな色で落ち着いたメイド服を身に纏っている。
「本当に、ごめんなさい」
カラン、と氷の傾くアイスコーヒーの載るテーブルに向かって深い礼。申し訳なさが滲む、心からの謝罪だった。
そんな悠紀の対応に気が削がれたのか、雨音は男にフラれる芝居を中断し、銀色のトレイを指で軽く弾いた。
「ノリが悪いな。つまらん奴め」
半眼の雨音は息を吐きつつ、悠紀を見据える。
雨音はこのロンドンマーチでバイトをしている。だが、メイド服はこの店のユニフォームなどではない。なぜメイド服なのかと言えば、それは彼女のおよそ年齢的には大人ではあるのにも関わらず、知らない人から見ればそうは見えない容姿にあった。
雨音がアタックしたバイト志望の店には軒並み面接で落とされる利き目に遭った。学生証を提示しても、信じてもらえるのは半々で、何か事情があって働き口を求めている子供と間違われるのがほとんどだ。
そんな苦戦の末、ようやく見つけたバイト先だ。まったくマスターには頭が上がらない。雨音だって、ゲーム代は自力で捻出しなければならない。この先の戦いを見据えているのなら尚更だ。
固定客がいるとは言え、潰れられては困る。メイド服(自前)は、店の経営にコーヒー以外はあまりこだわりのないマスターに代わって、客寄せパンダに甘んじる雨音の恩返しのつもりだ。
そのお陰か、この店の客層は純粋にマスターのコーヒーを嗜む上質な大人の客と、主に雨音に注がれる生暖かい視線と見事に二分される。店のスタイルも相まって、騒ぎ立てる客もおらず落ち着いてコーヒーを楽しめる店となっている。
ただ、悠紀は雨音のメイド服姿を拝みに来たわけではない。
「あのメスガキが原因だな」
雨音は悠紀の頭を下げる理由を語らずとも感じていた。
普段虎一とイチャイチャと仲睦まじく対戦に講じ、女っ気を微塵も感じさせなかった(身内を除く)悠紀が、あろうことか今まで苦楽を共にした仲間を切り捨て、新しい女に走ったのだ。これが驚かずにいられるか。
と、それにフラれる女として芝居を打ったが悠紀は乗ってこず、ただクソ真面目に頭を下げるのみ。相変わらずのお硬さに辟易していたところだ。
思えば初めて悠紀と出会った時から、こういう真面目な奴だっけ。
確かに若葉とかいうガキが勝てば悠紀を手放すとは言ったものの、そもそもチームを正式に組んだ訳では無い。
それなのに、悠紀はわざわざ律儀にバイト先まで乗り込んで来たのだ。
「ん?そういう意味ではフラれた、ということになるのか?」
目を細めつつ、雨音はうーんと唸った。
雨音や虎一と組まずに若葉を選んだ選択を、悠紀は裏切り行為と思って責めているのだろう。だが、雨音の考えは、逆だ。楽しそうな変化すら感じる。
去年は確かに虎一と共に戦い、準優勝といる結果を得た。今年も同様に優勝を手に入れたいと思わなかった訳では無い。
「これからは仲間ではなく、敵、ライバルになるのだな!」
悠紀の頼れる先輩、仲間である雨音は転じて、この先の戦いの壁になる。それは、悠紀も覚悟していた事だ。
雨音もそんな悠紀と戦ってみたいと思っていた。普段の対戦ではなく、大会レベルでの戦場で。決勝に行けるかどうかはまた別の話だが。
「あの、注文いいですか?」
「あ、は〜い。少々お待ち下さい♡」
遠くから聞こえるお客さんの声に、雨音は瞬時に切り替えた営業モードで答える。
「私よりも、虎一だ。奴にこそちゃんと話してやれ」
客席に向かう振り向きざまの雨音の顔は、幼いながらにしっかりと先輩の顔をしていた。
「あ、ついでに美味しくな〜れ、って魔法をかけてもらえます?」
子供を見るような温かな視線を投げる客がリクエストを送る。
「そういうサービスは請け負って無いんで」
青筋を額に貼り付けつつ、香りの立つコーヒーカップをトレイに載せた雨音を眺めながら、悠紀は氷の傾くグラスを口に含んだのだった。




