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ROUND8・THE IDOL OF XENOGLOSSIA

 えれくとりっがーは、昨年デビューした7人のメンバーからなるアイドルグループである。

 まだ新人の域を出ないので、今のところ大きな会場での活動は見られないが、それを逆手にとった小規模会場でのメンバー主体のイベントが、ライブはもとより好評のようである。

 今日は森田の他にも同好のクラスメイト、そしてその中のひとりである宮本の代わりとして駆り出された悠紀。移動費も宮本持ちと大盤振る舞いなところに、ライブにかけた思いが見える。

 今日行われるライブもそれほど大きくない会館レベルだが、森田たち以外のファンとおぼしき人間がすでに男女問わず見受けられる。

 森田を先導に、会場内に入る。宮本から託された席はかなり良い席だった様で、本来の持ち主が血の涙を流したというのもあながち冗談ではない気がした。

 他のメンツはぽつぽつと見えるくらいに離れていたが、森田が隣で少し安堵。

「はい、これ」

 森田から手渡されたのは、謎の棒だった。サイリウムと呼ばれる、アイドルライブには欠かせない光る棒。

「めろんちゃんのメンバーカラーは緑だから。宮本の分も応援してあげて」

 やがて注意事項と共に館内の明かりが落ち、照明が照らす七色の光が指し、会場を分かつ緞帳が開かれた。

 割れんばかりの歓声が空気を駆け、振動する。

 言語は知っているはずなのに、聞いたことのない声援が熱を帯び、それがさらに波動となって檀上にいる少女たちに叩きつけられる。色がそれぞれ違う、だが揃いの衣装に身を包んだ女の子が踊り、歌う。

 リーダー格であろう赤を基調としたコスチュームを揺らし、観客席を指さして、叫ぶ。

「お前たちっ!ついてこれるかぁぁっ!」

 熱波の様な轟音が一斉に射出される。隣にいるいつも気弱でおとなしい森田も、その波を構成する一部となって喉を絞る。

「私たちを、確かめてみろっ!」

 檀上にいる数より会場の人間が勝っているはずなのに、その少女たちの歌声は、遥かに響く。

 アイドルのパワーというものを初めて目の当たりにした。

 檀上とファンの圧倒的な熱に押され、悠紀はただただ託されたサイリウムを力なく揺らす事しか出来なかった。


 ライブは何事もなく終了。ただ、えれくとりっがーファンに言わせれば、本番はこれかららしい。宮本が望む物が手に入るかはこれからに掛かっている。

「ふー、今回も最高だったよ」

 推しのデザインされたタオルで汗を拭いつつ、森田は何かを達観した修行僧のような穏やかな表情。・・・まさか森田がライブになると性格が著しく変貌する人間だとは思わなかった。

「めろんちゃんは、檀上にゲーム機をセッティングするから、このまま待ってればいいと思うよ」

 手にしたサイリウム等のグッズをリュックに仕舞いながら、森田はホールの出口に向かおうとする。

「ちょっと待て、俺を置いていくのか」

「僕の推しは外のロビーでやるイベントだから」

 森田の連れもそれぞれの目当てのためか、とっくに姿が見えない。

「対戦相手に選ばれるのは完全に抽選だから、僕かいようがいまいが確率は変わらないよ」

 それは、そうなのだろうが。

「じゃ、そういうことで」

 森田は早足でホールを後にした。

 言いようのない心細さと共に周囲を見渡すと、めろんが目的とおぼしき数十人のファンが。ここには同好の士しかいないのが確定しているからか、知らない人間同士でそれぞれが楽しそうにえれくとりっがーの魅力について語り合っている。

 ここで万が一にも話しかけられたら困る。なにしろ、悠紀はえれくとりっがーについての情報は何一つ持ち合わせていないからだ。

 やがて、スタッフジャンパーに身を包んだ男たちがテーブルやらイスやらを舞台袖から運び込み、セッティングしてゆく。その中には、巨大モニターとゲーム機が。どうやら対戦会とやらは家庭用を使用するようだ。

「桜田めろんとの対戦希望の方は、こちらに集合お願いします」

 スタッフが拡声器を使って参加者を募る。悠紀もそれに従う。

 スタッフの元には50人ほどが集まった。その際の説明によると、紙を渡され、同じ数字の書かれた紙をめろんが引き、合った人が当選。

 先着では無いので数字の多い、少ないは当てにならないだろう。

 スタッフから四つ折りの紙が渡される。そして。

「みんな!集まってくれて、どうもありがとう!」

 ステージの端から、先程の歌っていた衣装そのままの姿のめろんが現れた。

 グループの中では長身、年も悠紀と同じくらいか。ライブを見た感想ではアイドルアイドルしておらず、どちらかといえば凛々しく格好いい感じだ。実際、男子だけでなく、女の子のファンの姿も見受けられる。

「ファンタジア・ヘブンの対戦会、始めるよ!」

 めろんの宣誓で、大会は開会された。

「今日は10戦くらいやりたいな!」

 10戦か。この集まった人数からすると、少ない。まず全員は当たらないだろう。いつもがどんな感じか知らないので何とも言えないのが本音だ。

 めろんがスタッフから渡された立方体の箱に手を差し込む。引き抜いた手には、折られた白い紙が摘まれていた。

 そして、それを読み上げる。

 番号を呼ばれた男は、歓喜の声と共に自分の腕を高らかに天に突き上げた。

 檀上に上げられた男は、めろんと一言二言言葉を交わすと、対戦の準備の終わった席に着いた。

 檀上に設置されたモニターに、ファンタジア・ヘブンのゲーム画面が映し出される。隣り合った事に、男性は嬉しそうに身体を震わせている。

 めろんが1Pサイド、上げられたファンが2P固定の2本先取制であるらしかった。対戦モードに移行。

 2Pサイドの男性は、『カラス』と呼ばれるキャラクターを選択。

 長い獲物の先三分の一くらいに刃が付いている武器。例えるなら床屋で髭を剃ってもらうようなカミソリを、そのまま巨大にした武器だ。

 カラスは病的な程に痩せこけた容姿で、およそそんな武器を扱うにはに似つかわしくない華奢な体躯をしているが、ゲーム中ではアクティブかつトリッキーな動きを信条とする。

 一方のめろん。以外なチョイスに悠紀は驚きを隠せなかった。

めろんが選択したキャラクターは『デモネード・ネコロラノフⅧ世』。デュラノアをも上回る高難度キャラ。悠紀も使いこなすレベルのプレイヤーとは対戦した事はまだない。

 デモネードは死霊の国を統治する女王という設定のキャラクターで、ゾンビやスケルトンを使役して戦う。その真の強さを引き出すには各種必殺技による布石が必要不可欠だ。逆に言えば、デモネードは必殺技を使いこなさなければ、凡百のキャラクターに成り下がる。

 一瞬期待が悠紀の胸を掠めるも、目の前で始まった対戦は、心を揺り動かすには程遠い戦いだった。

 いまだかつてめろんに勝ったファンはいない、とは良く言ったもので。穏やかな、ほのぼのした戦いがそこにはあった。接待プレー、とでも言うのか。

 ファンは憧れのアイドルとゲームを通じてコミュニケーションが取れる。そんな至福な時間を一秒でも長く味わいたいと思う気持ちを悠紀は一蹴する事は出来ない。

 わざと1ラウンド落とすのはデフォルトで、遠距離での通常技の空打ち。明らかに遅延行為が見られる。

 悠紀は、もしかしたらこの中に腕の立つプレイヤーが、と期待していたのだが。まさにゲームで遊ぶ、という表現がしっくりくる戦いが続く。

「梅津君」

 声に気が付いて横を見ると、森田が戻ってきていたところだ。その手には、推しのメンバーのグッズであろう紙袋を手に満面の笑顔だ。どうやら目的は達成できたようだ。よかったな。

「どう?」

 と聞くが、悠紀は無言で肩を竦める事しか出来なかった。今まで番号が呼ばれる気配もない。

「あと1枠。望み薄、だな」

 祈る事で確率が上がるなら、悠紀はいくらでも手を組んでいるところだ。

 チケットを託してくれた宮本には悪いけど、願いを叶えることは出来なさそうだ。

 めろんがくじを引き、最後の番号が読み上げられる。

「じゃあ、いくよ。今日最後のラッキーナンバー!」

 めろんの視線がくじを一瞥した後、前方に顔を力強く向けた。

 開いた口から出た数字に真っ先に反応したのは、何故か隣の森田だった。

 肩がグッと捕まれ、異常な重力を感じる。

「やったよ!梅津君!選ばれた!嘘みたいだ!」

 まるで自分事のように嬉しさを弾けさせ、悠紀の肩をガシガシと揺らす。

 念の為確認なんだが、森田はめろんが推しでは無いんだよな?それでこの熱狂ぶりか。森田も宮本を思っての歓喜かも知れない。

 悠紀の手の中の紙をスタッフが確認。森田が悠紀の肩を軽く叩きながら檀上に送り出してくれた。

 改めて驚いたのは檀上から見る、客席の視線。自分はファンでも何でも無いのに、最後の一枠を奪ってしまって申し訳ないやら、だ。

 檀上でめろんに感じた背丈への感想は錯覚ではなく、目線が悠紀とほぼほぼ変わらないようて、悠紀は思わず目の前の丹精な顔立ちに引き込まれる。

 キリリと鼻筋の通った顔。すらりと伸びた足はスポーツ選手と呼べるくらいにしなやかで。目を引くのは決して身に纏ったアイドル衣装のおかげだけではないだろう。

「お兄さん、お名前は?」

 めろんがまさに目の鼻の先で、マイク片手に悠紀に聞く。めろんは檀上に上がった全てのプレイヤーにこのように対話していた。

「・・・えーと、U2、です」

 言ってから、しまったと思った。別にプレイヤーネームを聞かれている訳じゃ無いんだよな。

 悠紀は誤魔化すように軽く咳払い。

「あ。梅津悠紀、です」

 めろんは最初はぽかんとしていたが、悠紀の緊張を悟ったのか、くす、と薄く笑って

「そわそわしてるけど、こういうの、初めて?」

 アイドルライブですら初めてなのに、このような状況下で緊張しないやつはいまい。

「私のブースに足を運んでくれた、って事はファンタジア・ヘブンに一家言あると取って、おっけー?」

「・・・まあ」

 先の一連を見ると、本気で対戦できない空気が見える。うーん。上手く立ち回って、一方的にならないように勝つ事は出来るのか?

 ふと気がつくと、めろんの澄んだ瞳が悠紀をじっと見ていた。

「な、なんですか?」

「ん。お兄さん、どこかで見た事ある様な」

 ・・・そんな馬鹿な。悠紀とめろんは初対面だし、個人名どころかグループ名も知らなかったのだ。

「ま、いっか。ところでお兄さんはパッドとアケコン、どっちにする?」

 これも対戦前に聞いている事で、使用できるコントローラーを選べるようだ。その使用率は参加者全てパッドで、めろん自身も同様だった。

「じゃあ、アケコンでいいですか」

 正直、悠紀はパッドでは格ゲーはやりにくい派だ。

 悠紀の言葉の何処が琴線に触れたのか、めろんは明らかにテンションが上昇し、指を鳴らす。

「そうこなくちゃ。良いね、キミ!」

 めろんは弾ける笑顔でスタッフに目配せ。すると舞台袖よりワゴンに載ったふたり分のアケコンが搬入。それがゲーム機に接続される様子に、客席がにわかにざわめき始める。

 新たに設置されたアケコンは、悠紀の所持している物よりも上位互換の良いモデルのタイプだった。

 良いな。グッズよりこっちが欲しいと言ったら宮本に恨まれるだろうか。

「さあ、始めよっか!」

 悠紀とめろんがお互いの席に座る。心なしか、めろんの纏う雰囲気が変化した気がする。まるで、パチッ、とスイッチが切り替わる様な。そして、それが気のせいではないとすぐにきづかせられる。

 キャラクターセレクト画面へ。悠紀はいつも通りの朧丸。めろんも一貫してデモネードを選択。

 デモネードはファンタジア・ヘブンに置いてもクセの多い、特異なキャラクターだ。

 幼い容姿の全身に、包帯が覆うという際どい外見で、言動や行動に幼さ故の残酷さが際立つ。包帯に巻かれた腕や首をゆらゆらと揺らし、地に足が着いていないような危うさが見えるキャラクターだ。

 他の格ゲーから入った者ならまず確実に戸惑うであろう、時間がゆっくりになったと錯覚する緩やかなジャンプ。 

 前後の移動も鈍重で、ダッシュも一癖ある。キャラ人気とは反比例するかの様な使いにくい性能。だが、この手のキャラには何かあるのが格ゲー界の常だ。

『ラウンド1』

 悠紀はレバーを握り、ボタンに指を添える。背後から聞こえる声援は、九割九分、隣の少女に向けれた物。

『ファイト』

 悠紀は様子見とばかりにバックステップ。だが、この選択が間違いだと気づく。

 デモネードが構えると、画面上部から十字架が降ってきて地面に突き刺さる。西洋の墓の様な十字架だ。

 めろんの初手は、インディビジュアルアクションである『偉大ナル墓標』だ。

 偉大ナル墓標は、画面内に設置する事によりデモネードに恩恵を与える。十字架を消費する事により、デモネード自身を強化、補助。もちろん攻撃に使う事も出来る。

 十字架の画面滞在時間は、ゲーム中のタイムカウントで約25秒。

 インディビジュアルアクションの性能を知って置きながら引いてしまったのは、一歩出遅れたと言わざるを得ない。十字架が一個でも設置されたら、すでにデモネードのペースだ。

 デモネードは通常技からして特殊で、包帯を巻いた腕が伸びたり、地面に沈み込んだかと思えば遠くの位置から手首が出現して突き上げる。今も褐色の手首が朧丸に触れたところだ。

 レバーでの射程距離の調節もしっかりと理解している。

 悠紀の前の対戦だけを見て、認識を誤ったかも知れない。

 画面上の十字架が崩れ、解体。それと入れ替わるように、地面からゾンビが出現する。十字架を消費して発動する必殺技、『目覚メル呼ビ声』だ。ゾンビが前方にゆっくりと進み、画面内に徘徊させるだけでも相手の動きの抑止になる。当たった時のダメージは微々たるものだが、起き上がりに重ねれば起き攻めが可能になる。

 地上移動の悪性能が一転。鋭い空中ダッシュからのジャンプ攻撃も強烈。

 足に巻いた包帯がドリル状に変形し、朧丸に触れる。当然中段攻撃で、下段を読んだ悠紀のガードを崩し多段ヒットの螺旋が体力を削る。

 着地して地上技に繋ぐタイミングも完璧。しゃがみ弱キックからしゃがみ強キックに繋げるスタイリッシュモーション。

 デモネードはトリッキーな必殺技こそ潤沢だが、直接攻撃に直結する打撃技を持たないのが弱点だ。デモネードの地上ヘビーアタックは、立ち、しゃがみともこちらはダウンしないので、しゃがみ強キックで止めたのだろう。スタイリッシュモーションのダメージこそ一端のコンボダメージには劣るが、デモネードは再度起き攻めのチャンスが得られる。

 案の定、めろんの選択は偉大ナル墓標。だが、受け身を取った朧丸にゾンビ召喚までは間に合わなかったのか、選択した行動はバックジャンプ。

 空中から飛び道具を放つ必殺技、『死ノ風』で牽制を兼ねたフォロー。ボタンにより角度を選択でき、牽制に最適な空中必殺技だ。

 だが威力が低く、これだけでは試合は制せない。慣れていないプレイヤーほどお手軽な飛び道具に頼ってしまう傾向があるが、あくまでも他の必殺技を理解した上でのパズルの1ピースだ。そして、めろんは『それ』を熟知している。飛び道具を連発などという悪手を選ばない。間違いなく、手練れだ。

 死ノ風を放ち、すぐさま空中ダッシュ。

 悠紀は次いで出されたジャンプ攻撃をファストフード。次は下段か。再度ジャンプで攻め立てるか。

 ・・・違う!

 褐色の細腕に、豪傑であるはずの朧丸の体躯がやすやすと持ち上げられ、空中に放り投げられる。

 デモネードのコマンド投げである『咎人ノ烙印』だ。通常投げよりも投げ間合いも広く、投げ後に追撃ができる。技自体のダメージは少ないが(弱攻撃程度)、追撃できる性質が厄介だ。追撃できる余裕があるということは、その分動ける隙がある事を示している。

 めろんは空中から落下してくる朧丸に追い打ちを加えず、十字架を設置。そしてゾンビ召喚。徹底した起き攻め。一介のアイドルにしてはえげつない攻め手。

 森田の言葉が思い出される。

 えれくとりっがーは各自得意な分野がある。・・・誰もこんなレベルとは思わないぞ!

 ・・・いや、反省すべきは自分だ。若葉に抱いた間違った第一印象を繰り返している。めろんは十分、悠紀を敗北たらしめる力を持っている!

『KO』

 朧丸の体力ゲージはゼロ。悠紀は1ラウンド目を落とす。

 横目で見ると、同様に視線を滑らせためろんと交錯する。

 めろんの表情は対戦前と変わらずアイドル好きでもない人間すら魅力してしまいそうな笑みを浮かべている。だだ、その奥にあるのは、好機に遭遇した戦士のごとく。

 2ラウンド目。

 一転、悠紀は攻めに走る。

 デモネードのターンに回させない。悠紀もデモネードとの対戦経験が多い訳では無い。特に手練れのプレイヤーなら尚更だ。

 デモネードの防御は硬い。物理的なものではなく、めろんのガードテクも手伝って、標準以上だろう。牽制に出した『弧月』もファストガードで難無く弾く。

 先程までにファンと戦っていた時の緩さは微塵も感じられない。

 ゆらゆらと、のらりくらりと立ち回られ、気づけは画面内には十字架が突き刺さっている。

 間合いを離された原因。

 デモネードは画面内にワープする『黄泉ヘノ扉』がある。ボタンとコマンドの組み合わせで出現位置を変えられる。これには翻弄させられた。そして何より。

 デモネードは全キャラクターの中で唯一ゲージが無くともガードキャンセル技を所持している。

 ガードキャンセルとは、ガード中に特定の必殺技コマンドを入力してガード硬直をなくして反撃に転ずるシステム。

 ファンタジア・ヘブンでは、ガード中にヘビーアタックを入力する事でガードキャンセルが成立する。そして、その際にはEXPゲージを一本消費する。

 ダメージは無いに等しいが、激しい防戦から反撃の糸口になる重要なシステムだ。

 そして、デモネードにはガードキャンセルヘビーアタックのシステムそのものが無い。その代わりにゲージの有無に関わらず使えるガードキャンセル専用の必殺技を所持している。

『現世ノ鏡』は、コマンド入力が成立するとその名の通り鏡状の壁を放ち、相手キャラクターを弾き飛ばす。GCヘビーアタックとは違い、完全にダメージはゼロだが、デモネードにとっては相手を突き放せるという事に意味がある。

 めろんは上手くはない。巧いのだ。

 ガードキャンセルにブルって纏わりつくのを恐れたら、相手のペースは変わらないだろう。悠紀はあくまで攻めの姿勢を崩さない。

 ガードの巧さだけでなく、物理的に高い防御力も厄介だ。

 デモネードには十字架を消費して自身の攻撃力と防御力を上昇させる技もある。攻撃上昇と防御上昇は同居しないが、最大3段階まで上げられる防御力上昇パターンは確実にデモネードの敗戦を遠ざける。

 しかし、悠紀は怯まない。 中段、下段。投げを織り交ぜ、ガードの的を絞らせない。突飛な事はしない。あくまで自分の磨いてきた戦いを貫く。

『KO』

 2ラウンド目は悠紀が奪取。だがやはり防御力の上昇がネックだ。いつもなら倒しきれる連続技の減りが少ない。ゲージを潤沢に使って、強引にでも押し切った。

「やるね!」

 1ラウンドを落としても、めろんは瞳を輝かせている。負けた事よりも、楽しさが勝っている。そんな感じだ。

 悠紀自身も、どこかで味わった感覚が全身を覆っている。

 ああ、若葉と初めて対戦した時と似ているんだ。それと同時に、悠紀は自分の目が曇っている事に気がついた。

 ウルティメット・ラウンドのチームの事に気を取られ、格闘ゲームの本来の楽しさを忘れていたのかも知れない。

 そうだ、自分の隣に居る女の子は、確かにアイドルだが、こんなにも強く、自分の心を揺り動かしてくれるじゃないか。

 悠紀はレバーを握り直す。最終ラウンド。正念場だ。

 攻めのスタイルは変わらない。押して攻めねばこちらの負けが濃厚になる。

 デモネードにダメージを与えても、連携の甘いところをガードキャンセルで押し返される。

 一発ガードキャンセル!しかもMAX版のおまけ付き。

 現世ノ鏡はMAX版だろうがダメージはゼロのまま。真に恐ろしいのは、成立時に相手キャラクターを画面端にまで押しやるのはそのままに、相手を僅か数秒、捕縛するという点だ。

 僅かな時間。めろんにはそれだけで十分だった。

 デモネードのカットイン。尊大な少女の腰が玉座に沈み込み、画面端で麻痺している相手に向かって指を突き立てる。

 デモネード側の画面端から、無数の白骨の塊が吐き出される。比喩でも何でも無く、画面中を覆い尽くす程の骸骨兵が朧丸に向かってなだれ込む。

 デモネードのハイブリッドアーツのひとつである『亡者ノ行進』。

 発生はやや遅いが、画面全体をカバーする必殺技。大抵のキャラクターは圧倒的な攻撃範囲に、そのままガードするしかない。

 朧丸は捕縛から回復。ガードに徹すれば捌ききれる。

 亡者ノ行進の怖さは、その広すぎる攻撃判定ではない。技を打ち終えた後、デモネードは行動が可能になる点だ。

 この意味が分かるだろうか。大量の白骨の波を盾に、攻めを継続できるのだ。

 白骨の初弾をファストガードで凌いだ瞬間、悠紀は自分の行動の間違いを悔いる。

 デモネードは数歩ダッシュしただけで、動きを止めた。画面が一瞬停止する。デモネードのカットインが再度挟まったからだ。

(まずい!)

 悠紀は内心で歯噛みする。

 画面内の時が進んだ瞬間、朧丸の姿は地面の中に引きずり込まれた。

 デモネードのもうひとつのハイブリッドアーツ、『冥府ヘノ導キ』!

 地上にいる相手をゾンビが地面に引きずり込みダメージを与える『ガード不能技』だ。

 一見強力そうな技だが、亡者ノ行進以上に発生にラグがあり、知っている相手ならばカットインが始まった後でもジャンプで簡単に回避出来るのは周知の事実だ。

 だが、そんな技は使わないであろうという油断、さらに白骨の雪崩の演出の激しさで視界の誤魔化しも手伝い、地上に貼り付けられた朧丸を容易に吸い込む。

 無数のゾンビにタコ殴りにされた朧丸が地上に吐き出される。

 この時点で、朧丸の体力は点滅の瀕死状態。対するデモネードはまだ一本分が丸々残る。倒しきれない体力ではないが、間合いが離れた状況で、近づくまでに持つ体力かどうかは疑問だ。

 このまま遠距離で削り殺すチープな戦法に徹する相手だとは思わないが、伸ばした手で牽制するくらい、距離を維持しようとしているのは確かだ。

死ノ風。レバー入れ遠距離立ち武器攻撃。

 ・・・消極的になったな。

 こちらが何かを仕掛けようとしているのがバレたか?

 やるしかない。

 悠紀は朧丸を一キャラ分の距離をダッシュで間合いを詰め、停止。地面から這い出る手首をガード。

 よし。タイミングを良く見ろ。

 朧丸のしゃがみ弱攻撃の空撃ちで牽制。・・・乗ってくるか?

 デモネードのモーションを凝視。やけにスローモーションに見えるのは、神経が研ぎ澄まされたからだろうか。

 来た!

 デモネードの遠距離強キック。

 巻き付いた包帯が腿から足首までの距離を伸ばす。リーチにして画面半分程を届く蹴り。

 悠紀はボタンを弾く。特殊なエフェクトと共に朧丸が動く。

 朧丸のインディビジュアルアクション、『刹那の見切り』。入力すると、避けるモーションと共に、半身を捻る。効果はその名の通り、『避け』。入力した瞬間から無敵になり、相手の攻撃を回避できる。だが、投げ技には無効。終わり際に隙もある。  

 飛び道具程度を避けるのは簡単だが、それならファストガードしたほうが恩恵は高い。例えばデモネードの亡者ノ行進は、ガード不能連携を除けば気合のファストガードで全段凌げる。 

 だが、刹那の見切りは初弾はともかく、残りをもれなく食らう。

 刹那の見切りの真価は、その後の追加入力にこそある。

 相手の攻撃が朧丸に当たる瞬間に避けると、通常とは異なるエフェクトが発生。コレが成功した瞬間にレバーを相手方向に倒すと、無敵時間を伴うダッシュ、『暁』に派生する(ちなみに後ろならば『黄昏』)。

 デモネードの伸びた足が引っ込むよりも速く、朧丸が駆ける。

 よし!

 後は、何十、何百と練習して来た指の記憶を引き出すだけ。

 流れるように、ボタンを打ち込む。

 MAX版の月閃に繋いで、デモネードを浮かせる。

 ここからだ。

 悠紀は追撃には行かず、そのままコマンドを入力。

 朧丸が刀を構えた瞬間、身体に赤黒い闘気の様な揺らめきが滲む。

『死月』。

 朧丸のアンリミテッドアーツだ。攻撃技ではなく、自身の攻撃力を大幅に上昇させる技。時間で体力が減少してしまうが、それを上回るメリットがある。なお、この効果で体力がゼロになることはないが、どんな技を食らっても終わりという可能性を孕んでいる。

 圧倒的攻撃力を得た。このまま押し切る!

 高まった攻撃力で、硬くなったデモネードを切り刻んでゆく、防御力が上昇してもなお、お釣りがくるダメージだ。お手玉のように、空中で浮かせたままデモネードを落とさない。

 流れるような連続技。限界まで攻撃を叩き込み、キャンセルハイブリッドアーツ、『清風明月』で締める。

『KO』

 月の軌道を残す斬撃が、包帯少女の断末魔と共に斬り伏せる。

 画面上の侍が、振るった刀を鞘に納める勝ちポーズ。

 溜め込んだ熱を追い出すように、悠紀は大きく息を吐く。じっとりとレバーを握る手が汗ばんでいるのが分かる。流れる空調が頬を掠め、心地良さと共に悠紀の意識を画面内から現実に引き戻す。

 自分の頭上に影と気配を感じ、見るとそこには満面の笑みのめろんが立っていた。

「凄いね、キミ!こんなにも熱くなったのは久しぶりだよ!」

 言うが早いか、めろんは悠紀の手を取ると、大きく揺さぶった。

「ど、どうも」

 めろんの手の平は、細く華奢ではあったが、それと同時に熱くもあった。それは、悠紀同様対戦による熱を帯びた事にであろう。

 舞台袖からスタッフが紙袋を持ってきて、それを一度めろんに手渡す。

「はい!これ、私達グッズの詰め合わせ!」

 悠紀はそれを受け取る。檀上の下からはどよめきが。その声の中に悠紀は戻って行く。出迎えたのは、キラキラと眼鏡すら輝かせた森田だ。

「凄いね!梅津君!僕は格ゲーの素人だけど、めちゃくちゃ興奮したよ!」

「いや、結構ギリギリだったけどな」

 あの連続技も、実戦で決まる事はそうそうない。

 手にした紙袋を森田に預けつつ、悠紀は答えた。

「みんなっ!今日は来てくれて本当にありがとーっ!また、どこかで会おうっ!」

 客席のファンに、とっておきのアイドルスマイルを飛ばし、手を振りながらめろんは舞台袖に消えていった。その際、めろんが悠紀に向かって片目を瞑って見せたのは・・・。気のせいだろうな。

 ふと、周囲を見ると、何人かは悠紀を凝視している。うーん。空気を読まずにめろんに勝ちやがって、とか思われているのだろうか。

 グッズも手に入れた。ならばこの場には用はない。そそくさと気まずそうにホールを出て、会場を後にする。

「めろんちゃんの今まで見た事のない姿を引き出した梅津君を羨んでるのかも」

 だといいけど。

 めろんとの対戦会は、実質めろんへの接待プレーだと思っていた。だが、対戦した限りでは初心者に手をかけて喜ぶタイプのプレイヤーではないだろうし、悠紀に負けたからといって態度を悪くする人間でも無かった。何より、あれは初心者狩りだけで身につく強さではない。

 たぶん、相手の力量を測り、相手に合った戦い方が出来る人間なのだろう。

 勝ち負けだけではない、楽しませる戦いができる、しなやかな人間だった。

 別行動の面子も合流し、帰宅の道に着いた。

「ありがとう、梅津君に頼んでよかった」

 最寄り駅に到着し、悠紀が手に入れた分の紙袋を抱えた集団が夕暮れの街に消えていった。

 ・・・何をやっているんだろうな、俺。

 一抹の不安を抱えつつ、悠紀も帰路につくのであった。

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