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ROUND6・ある少女の伝えたい詩

 結果から言えば、若葉対雨音の対戦は雨音に軍配が上がった。

 対戦というものは絶対的な戦法、攻略法が無いナマモノだ。プレイヤーのコンディション、会場の雰囲気。様々な要素でいかようにも変化する。

 冷静な心でそれらをねじ伏せ、従えたプレイヤーのみが勝者になる権利を得る。

 若葉が、それが出来ていなかったと言われればそうではない。雨音の実力が、ケタ違いだった。それだけだ。

 読み、センス。コンボの正確さ。どれをとっても隙の無い、完璧な立ち回りだった。

 さぞ若葉は詳しそうな顔を・・・と思ったが、以外な事に若葉の表情は晴れやかなものだった。

「どぅははっ!どぉ〜だっ!私に勝とうなど10年早いわっ!」

 まるで格闘ゲームの勝ちゼリフの様に薄い胸を張りながら雨音が高らかに叫ぶ。まるでさっきのお返しだと言わんばかりに。・・・大人げない。

 およそ年上には思えない暴言にも、若葉は表情を変えない。若葉の性格上、もっと悔しがるものだと思っていたからだ。ただ、今までの事を考えると、逆に不気味な静けさだ。さすがにショックなのかも知れない。

 雨音はスタッフさんに優勝の証である賞状を。若葉、3位決定戦で決まった男性が並び、共に賞状を受け取る。

 フロアからは祝福の拍手が鳴り響く。普通に考えたら立派な成績で終わったと思う。それでも若葉は大きく感情を見せる様子はない。

「これでスッキリしました。思い残す事はありません」

 若葉に近づいた時、悠紀を視界に認めた彼女はボソリとそんな言葉を放った。

 悠紀がその言葉の意味を理解したのは、もう少し後の事だった。


 ゴールデンウィークもつつがなく終わり、浮足立つ気持ちがすっかり無くなったかと言われればそうではなく。

 平日を挟んですぐに日曜が訪れたものだから、気分はまだまだ連休を引きずっていたりする。

 天気もいいし、午前はのんびりしてからゲーセンに行くか。

 実のところ、先日の大会はギャラリーモードに徹しざるを得なかったからなのか、闘争心がすっかり刺激されてしまい今の悠紀は対戦モードなのだ。

 翌月には、早いところではウルティメット・ラウンドの店舗予選が始まる。  

 その事もあり、自分があの場にいたらどこまで行けていただろうと夢想する日々。

 と、悠紀のスマートフォンに着信。みると、ディスプレイには知った名前が表情されていた。

『もしも〜し。こんにちわぁ、お兄さん♡』

 極めて陽気な声が電話の向こうから聞こえる。

 実を言うとあの大会の後、若葉の様子がいつもと違った気がして少し心配していたのだ。

 常勝無敗、自分の強さに絶対の自信を持つ若葉が、1ラウンドも取り返す事無くストレートで負けたのは、流石に堪えたのでは、と思っていた。声を聞く限りでは、杞憂みたいだが・・・。

 家に遊びに来ても、若葉は悠紀に顔を見せる事はなく、あくまで亜衣の友人を務める。いや、それが別に寂しいという訳では無く。

 だが、姿は見えずとも、いつもの小生意気な表情が電話の向こうから感じられて、悠紀は少し安心した。

「何だ、どうした今日は」

 思えば若葉とはなし崩し的に番号を交換させられたっけ。その真意はなんて事はない。自分がウルティメット・ラウンドに出場する為のメンバーにする為。

 雨音との約束により、その目的は破棄になったはずだ。だが、詳しい結果を雨音からも若葉からも聞いていない。その事に関する連絡かも知れない。

 だが、電話口から聞こえてきたのは、まったく想像もしない別次元の言葉だった。

『お兄さん、私とデート、しません?』

 しばしの逡巡。

「・・・はぁ?」

 悠紀の口から漏れ出たのは、そんな間抜けな声だった。

 残念ながら、悠紀は男女ふたりで出かける、という一点に限って言えば、妹相手以外には無い。まあ、それも人混みが苦手な亜衣の体調を懸念して、直ぐに帰宅の路になってしまったが。

 誤解を恐れずに言うのなら、女の子と遊ぶ事よりも楽しい事を知っている。

 虎一とゲームの話で語り合ったり、対戦で激突していた方が、悠紀はまだ楽しい。

「・・・した事は、無いけど」

『じゃあ、私としません?後学のために』

 後学、ね。

『別にそういう意図は無くても、男女で出かけるのも見識が広がって、いいかもですよぉ』

 それらしくは聞こえるが、どうにも裏があるように思えてならない。

 まあ、乗ってやる。ウルティメット・ラウンドの件も聞こうと思ったからだ。

「別にいいけど。・・・で、いつ?」

 机に載った小さなカレンダーに目を移しつつ、聞く。もっとも、お互い大きく動けるのは土日くらいだろうが。だとしたら、最速で来週か。

『今からです』

 悠紀は思わずベッドから転げ落ちそうになった。

「今からって」

 時計を確認すると、まだ午前中だから時間はあると言えばある。

『デートに応じるんスか、しないんですか。決断力の無い男子は嫌われますよ』

「まさか、これも『借り』だなんて言うつもりは無いだろうな」

 チーム引き抜きが御破算になった今、若葉の言動の一挙手一投足を鵜呑みにする訳にはいかない。

『まさかぁ。いくらなんでもガメつくないですよ、私。非常に不服ではありますが、雨音先輩に負けた時点であの約束は破棄されたものと思って構いません』

 意外と言っては何だが、あっさりしてるな。ならば、若葉が悠紀に関わる事もしなくて良いはず。

『なぁーんか、疑ってません?』

 長い沈黙の間に、若葉の苦笑が見える。

『私が、お兄さんとデートしたいからです。それ以外の理由はありませぇん』

 本当に、何を考えているのやら?ただ、時にストレートな言葉というものは素直に心に響くものがある。

「・・・いいだろう。受けて立ってやろうじぁないか」

『ふふ、まるで対戦前の心境ですねぇ』

 少し呆れ気味の若葉。その後、待ち合わせの時間と場所を打ち合わせて悠紀は電話を切った。

 まさかの状況に、今まで話していた人物は自分の知る相手なのかと疑いたくなる。ともあれ、出かける準備をして悠紀は1階へ。

 リビングでは遅めの朝食に取り掛かっている亜衣がテレビから悠紀に視線をずらした。

「あれ、お兄ぃもう出かけるの?」

 私服姿の兄の全身を見て、そんな感想を投げかける。ただそれだけの事なのに、何となく気まずい。朝早く開店直後のリンドバーグに飛び込む事もある。 

 亜衣は今日はその日、くらいに思ってくれたようで、まさか友人と一緒に出かけるなんて微塵も頭の隅には無いだろう。

 なるべく不自然に見えず、且つ動揺を悟られないように悠紀は家を後にした。


 若葉との待ち合わせ場所は駅前。

 デートなどでなかったらリンドバーグに迷わず駆け込んでいるところだ。

 朝イチで、人影のまだない筐体が並ぶ様は一種の感動すらある。

「おにーいさんっ」

 カバンを肩から下げた、私服姿の若葉がそこにいた。リンドバーグでの大会時とも違う装いに、また別の印象を受ける。

「待ちましたぁ?」

「いや、別に」

 そう答えると、若葉はあからさまに眉をハの字に変化させる。

「もう、そこは『今来たところだよ』って言うべきでしょ」

 知らないよ、そんな事。

「今日はありがとうございます。私のわがままに付き合ってくれて」

 若葉の口からは聞いたことのない殊勝な言葉だ。だからといって、今までの傍若無人な言動はチャラにはならない。

「お兄さんの初めてを貰えて、嬉しいです」

 言ってから、若葉は笑みを浮かべる。

 何だが、本性を知る前の若葉みたいだな。

「あ、何かイヤラしい言葉に脳内変換してません?」

 唇は弓なりに曲げ、半眼で悠紀をジトっとした視線を向ける。

 ・・・前言撤回。何も変わっちゃいない。

「そういう若葉ちゃんはどうなんだ。デート、した事あるのか」

 人の事を言うからには、さぞご経験があるんでしょうね。

「さあ?どうでしょ。ご想像にお任せしまぁす」

 唇に指を当て、若葉は片目を瞑って見せた。


 若葉と悠紀は電車に乗り込む。行き先を聞くと、数駅先にある動物園だという。

 申し訳ないが、若葉のイメージにはない。若葉の仮の姿のままなら、犬と戯れるお嬢様になんら不自然はない。

 電車にて隣り合って座る悠紀と若葉。細かい振動が足元から伝わってくる。

 電車に乗ったのはウルティメット・ラウンドの決勝のために会場に向かった時以来か。その日に向けて都内のゲーセンに遠征とかもしたっけ。

 一番年上であるはずの雨音が子供の様にはしゃいでいたり。それを咎めるのが悠紀と虎一で。会場に近づくにつれ、何とも言えない高揚感が高まるのを覚えている。

 今、この電車の行き先は戦場ではない。なのに、どうしても不安になるのは何故だろうか。隣に座っているのがいつもの仲間ではないからか。

 目的の動物園の最寄り駅は、数駅を越えたところで、労せずたどり着けた。

 頭の端っこに残る記憶を手繰り寄せると、なるほど幼稚園の時に行った気がする。若葉に誘われるまではそんな事はすっかり忘れていた訳だが。

 駅舎を出ると、目的地が同じであろう小さな子供を連れた親子、家族連れがちらほらと見受けられる。

 子供は喜びを弾けさせる様に母親の繋いだ手を振り回している。

「手ぇ、繋ぎます?」

 手の平をワキワキと開いて閉じて。若葉はにやにやと悠紀の顔を見上げる。

「・・・別に羨ましくて見ていた訳じゃないんだけど」

 それを若葉は家族の微笑ましい光景とは思わなかった様だ。

 入園料はお互いが別々に払った。

「私から誘っておいて払わせるなんて、寒すぎまスよ」とは若葉の弁。

 園内に入ると、外とは一線を画す空気。門をひとつ潜っただけで、そこはもう異世界だ。

 連れてこられて何だが、悠紀は動物にそこまで思い入れはない。苦手でもないが、好きでもない。フラットという言い方が正しいか。亜衣は動物番組を見て一喜一憂するほど感情が揺さぶられる妹ではあるが。

 そして、それは若葉も同様らしい。いつも通りの佇まいだが、足元が浮ついている感覚が見える。等間隔の歩幅が、たまに一瞬だけタイミングが先走るのだ。無論、それを指摘する野暮さは持ち合わせては無いつもりだ。

 入り口付近の立て看板で大まかにエリアを把握し、何となく回るルートを考える。その際も、歩幅で下回るはずの悠紀の先を行く辺り、楽しさが隠しきれていない様子。悠紀はそこに若葉の年相応の女の子の姿を見た。

 檻の中を駆け回る猿。サイ、キリン。日常生活の中ではお目にかかれない動物のオンパレード。それと同時に、自分がどれだけ狭い了見で生きているのが分かった気がした。先程の動物興味無い宣言をした自分を張り倒してやりたい。

 大きく掘られ、今いる自分達より低い穴を檻とするエリアには数頭のクマの姿。

 エサを求めて観客にアピールしていたり、ゴロゴロと地面をただ転がっていたり。エリアの角でじっと動かずに腰を落とすクマは、まるでデカいぬいぐるみの様だ。

「おーい、クマー!」

 遠くのクマに呼びかけながら、若葉はエサ(別売り)を放り投げている。それを、クマは上手くキャッチ。

 他のエリアより、この場に留まる時間が長い。若葉のお気に入りの動物なのだろうか。難しい顔をして向ける視線は、クマを見てはいなかった。

「そう言えば、登場するキャラクターが全員動物の格ゲー、ありませんでしたっけ」

 深刻な顔をして何を言うのかと思えば、若葉が唐突にそんな事を言い出した。

『アニマルブラッドサバイバー』。

 厳密に言えば、動物を半擬人化させた格闘ゲームだ。

 それこそクマやゴリラなどの四肢のある人型動物はともかく、犬やライオンといった四足歩行の動物をも強引に人型になっている3D格闘ゲームだ。

 見た目のインパクトはシュールで凄まじいものはあるが、中身は本格派だ。最新鋭の美麗CGで描かれる動物ファイターが戦う様は何とも言えない不思議な感覚に陥る。

 ウサギがゾウを殴り飛ばすなんて状況は、現実世界では絶対にお目にかかれない光景だろう。

 とは言うものの、3D格闘に明るくない悠紀には聞き齧った情報しかない。トライフォースにも入ってないし。

 リンドバーグの方には対戦台もあるが、エリアが離れているためよくは知らない。だが、アーケードゲーマーだったら頭を掠めてしまうだろう。

 ちなみにアニマルブラッドサバイバーもウルティメット・ラウンドの種目ではあるが、もしかして始めるつもりなのだろうか。

「いいえ?別に興味ありませんよ。ふと思い出したから口にしただけです」

 格闘ゲーマーは大きく分けて2D派と3D派に大別される。どちらかに傾倒する者はもう片方へは中々足を踏み出しにくい。

 齧る程度、楽しむくらいにはするだろうが、どちらも上級レベルにまで達するプレイヤーはそうはいない。いたとするのなら、それは一握りだろう。

 最たる原因は2D格闘、3D格闘の操作系統及び操作感覚の乖離だろう。それはどちらかに明るい程、如実に現れる。 

 ファンタジア・ヘブンで慣らした悠紀も、アニマルブラッドサバイバーを初めとする3D格闘ゲームではまだまだ初心者の域を出ないのだ。

 ゲーセンでは、ファンタジア・ヘブンをメインとする悠紀。金銭的にも、その他のタイトルに手が出ないのが原因だ。

「若葉ちゃん、ファンタジア・ヘブン、やってるのか?」

 ゲームの話題が出たので聞いてみる。なぜ、そんな質問を思いついたのか分からない。

 檻の先を見る若葉の横顔に憂いを感じたからか。あの日以来、燃え盛る様なゲームへの闘争心というものが見えなくなったからか。

 悠紀の問に若葉は押し黙る。だが、それは肯定という意味では無いようだ。

 にこ、と悠紀に向けられた笑顔には、そんな感情は微塵も混じってはいない。

「さあ?どうでしょ」

 いつも通りの、明るい笑顔。

 不意に、悠紀の手に触れる感覚。それが若葉の手だと気づいた時には、目の前に彼女の姿があった。

「そろそろ他の場所も回りましょ!」

 そう言うと、若葉は強引に悠紀を連れ出そうとする。

 悠紀の手に伝わる若葉の手は、相変わらず小さく、温かかった。


 昼食は、園内に点在しているベンチに腰掛け、売店で買ってきた軽食で済ませる。

「こういう時、手作りお弁当のひとつでも作って持参できれば理想だったんですケド」

 サンドイッチを齧りながら、若葉は溜息。

「あいにく私、手先が不器用で料理は得意じゃないもんで」

 期待させてしまっていたら、すみません、と若葉。

「あれだけえげつないレバー捌きを見せておきながら、そりゃ無いだろう」

「ゲームと料理は別っスよ」

 ・・・まあ、確かにそうか。亜衣も、もっぱら食う専門だ。むしろ、母親に台所に立つことを禁じられている。

「とは言え、理想のデートとは程遠いんで、またこういう機会があったら、食べてもらえますか?作って来ますんで。全く美味しく作れる保証は無いですが」

 珍しく若葉は不安そうだ。妙な早口にその片鱗が見える。

「そんな時があればね」

 と、悠紀は正直な気持ちで告げた。それは動物園という独特の空気感だからこそ出た言葉だろうか。

 周囲の他の家族の楽しそうな団欒を聞きながら、ふたりは昼食を続けたのだった。


 翌週の日曜日。

 悠紀は駅前の広場で佇んでいた。若葉との待ち合わせのためだ。

 前日の夜、若葉から連絡があった。内容は再びデートのお誘いだ。

 何でも見たい映画があるらしく、駅前の映画館に行きたいのだと言う。

 それこそ亜衣やクラスメイトと見に行けばいいものの、指名したのは悠紀だった。他の女子とは行きにくいんです、と。どんな映画だ、それ。

 若葉に丸め込まれ、付き合う次第だ。

 昼を少し回った時刻、次の上映に合わせての待ち合わせだ。広場のベンチに腰掛け、待ち人を待つ。

「待ちましたぁ?」

 悠紀の眼前に影が落ちる。見上げると、待ち人来たる。先日の動物園とも違う服装だ。

「・・・今来たところだ」

 歯の浮きそうなセリフに、悠紀は背中がむず痒くなる。

「ふふー。良く出来ました」

 以前のデートで指摘した部分に満足したのか、若葉は大きく頷いている。

「行きましょか。上映時間、間もなくですし」

 悠紀はベンチから立ち、若葉と共に歩きだした。映画館は目と鼻の先だ。

 悠紀は映画はほぼほぼ見ないため、映画館には久しぶりに足を運んだ。テレビで見たいのがやってればラッキーレベルだ。

「はい。お兄さん、これ」

 若葉は長い長方形の紙を取り出す。

「いただきものですけど、無駄にしちゃうのも何だし。これが今日お兄さんをお呼び立てした理由です」

 上映ラインナップの中でも異質な、いわゆるホラーと分類される映画だ。

「亜衣ちゃんはこういうの、苦手そうですし」

 確かに亜衣はこういうタイプの映画は見ない。

 テレビでその手の映画が流れていた時がある。ソファにうずくまり、悠紀に抱き着きながらもクッションで聴覚と視覚を完全遮断しながら、そのまま2時間固まっていた事もある。そんなに怖いなら部屋に帰れと言った事がある。2階に退避するのも、部屋にひとりという状況も、それはそれで怖いのだと言う。

「若葉ちゃんはこういうの、大丈夫なんだ」

 映画に誘うくらいだ。でなければ、タダだろうとわざわざ見に来ようなんて思わないだろう。

「・・・当たり前じゃないですか。ナメないでもらえますぅ?所詮、こんなの作り話ですしぃ」

 チケットを指で挟み、ヒラヒラさせつつ若葉は胸を張る。

 ・・・一瞬の間が気になる。大抵、こういうセリフを吐く人間は怪しいのだが、ここは流しておいてあげよう。

 客の入りは上々。椅子はほぼほぼ埋まっている。悠紀と若葉は隣り合った席に座る。薄暗い館内が、さらに証明が明るさを奪う。

 映画の内容は、とある孤島に連れられた年齢、性別もバラバラな数十人の男女。

 その島内を徘徊する殺人鬼から逃れつつ、島を脱出しようと奮闘する。そんな概要だ。

 死が直ぐ側に迫る極限状態の中で繰り広げられる謀略、裏切り、謎。そして引き合うラブストーリー。

 静かな立ち上がりで始まった物語は、観客の息を飲む音さえ躊躇われるくらいに緊迫し、時間が進むに連れ悲鳴の量も多くなる。

 若葉の顔を盗み見ると、物語に没入する様に口を真一文字に引き絞り、真剣な眼差しをスクリーンに向けていた。

 悲鳴が巻き起こるポイントでも、若葉はあくまでも冷静に物語の中での事態の成り行きを見守っていた。

 次々と殺人鬼の凶刃の手に掛かり、命を散らす登場人物たち。その中で育まれる友情。そして、愛。

 勇気と知恵を駆使した殺人鬼との戦いの後、生存したメンバーは島を脱出。そして、エンドロール。

 最後の最後に、不穏な演出を残して映画は終了した。続編を示唆しているのか、はたまた殺人鬼の生存か。

 館内が明るくなり、見終わった観客たちがまばらに立ち、出入り口に向かって行く。

 若葉はと言うと、さすがに言い出しっぺだけあって、観劇前となんら変わらない面持ち。

「・・・若葉ちゃん?」

 椅子にはほぼ観客がいなくなったというのに、若葉は一向に席を立つ気配が無い。映画の余韻に浸っているのかと思ったが、様子が違う。そもそも余韻に浸る様な映画では無いだろう。

「・・・あの、いいですか」

 蚊の鳴くような声で、若葉は手を挙げる。その顔は羞恥に染まり、真っ赤だった。

「腰が、抜けちゃって」

 若葉も他の観客と同じ様に、映画の内容に驚いてその身を固くさせていただけだったのだ。

 悠紀は若葉の手を取る。子供の様な手の平は柔らかく、少し震えていた。

 何の事はない。

 若葉も、亜衣と同じものを怖いと感じる普通の女の子だったのだ。


 映画館を出た後、近くのファミレスで遅めの昼食。

 食事中も、さっきの事は言いふらさないで下さいよ!と、怒りながら念押しする若葉。何となくだが、猫被りモードならばそんなマイナスイメージすら似合いそうな雰囲気だ。

 食事を終え、店を出る。

 少し並んで歩く。数歩先で、若葉がくりと振り返る。

「あの、少しいいですか」

 若葉が悠紀の顔を見上げながら、言う。

「来週はお暇ですか?」

 悠紀の勘が正しければ、次に若葉が言う言葉が読めている。悠紀の訝しげな表情を悟ったのか、若葉の猫の目で迎えた。

「ご想像の通り、デートのお誘いです」

 この言葉に、悠紀はどこか違和感を覚えた。

 外側から見るならば、若葉が悠紀に好意を抱いて猛アプローチを掛けている。そういう光景にも見えるだろう。

 だが、今の若葉から感じられるのは純然たる好意ではない。相手に感心が無ければ少なくともデートなどには誘わないだろう。そういう意味での好意は感じられる。だが、そうではない。

「私、海を見に行きたいんですよね〜」

 言ってから、自分の胸に手を当て、ニヤリと笑う。

「あれぇ?水着姿、想像しましたぁ?」

 無言の悠紀に対し、若葉は眉を寄せ、鋭い視線を悠紀にぶつける。

「貧乳娘にゃ用はないですか、そうですか」

 悠紀は呆れたように溜息をつき。

「今はまだ、海開きもしてないだろう」

「・・・相変わらず妙に真面目ですねぇ。だったら温水プールでもいいでスよ」

 場所の問題ではないのだが。

「迷惑、ですか?」

 上目遣いで、珍しく僅かな翳り。別に嫌ではない。むしろ、この誘いを受ける事が僅かな違和感を解き明かすカギになりそうな気がした。

「いいぞ、この際だ。何処にでもお供しつやる」

「それが可愛い後輩に誘われる態度ですかぁ?」

 困った様に、いつも通りの小悪魔めいた笑みを浮かべるのであった。


 電車を乗り継いで、悠紀と若葉は某海岸に降り立った。

 遠くに見える水平線は、この地球の大きさをこれでもか、というくらいに見せつけてくれる。

 ワンピースにトートバッグを肩に掛けた若葉の髪を、潮風が小さく揺らしている。

 ぽつ、ぽつと人影は悠紀と若葉を含めて数えるほどしかいない。正面から視界を外さなければ、この海にはふたりしかいない、そんな錯覚に囚われる。

 若葉はトートバッグを縁石に預け、何の躊躇いも見せず裸足になり、波打ち際へと駆け出していった。悠紀は砂の上へ転がる靴を揃えながら、爽やかな風と共に波と戯れる若葉を眺めていた。時折、波と共に攫われる砂の感触を楽しむように静止したり、蹴り上げたつま先が作り出す飛沫を楽しんでいる。宙を舞う波は、陽光に煌めいて美しい弧を描く。

 無邪気に波と踊る姿は、さしずめ水の妖精か。

 満足そうに息を吐きながら戻ってきた若葉は、バッグからタオルを取り出く。

「はしゃぎ過ぎちゃいましたね〜。ちょっとかかっちゃいましたよ」

 腕や足を拭きながら、ワンピースの裾を摘み、海水が浸かった足を見せてくる。

 一通り拭き終えた若葉は、再度バッグに手を入れ、水色の布の塊を取り出す。

「じゃ〜ん」

 包みをほどくと、悠紀の目の前に差し出した。どうやら弁当箱であるらしい立方体の蓋を、若葉はそんな言葉と共に開いてみせた。

 そこには行儀よく整列するサンドイッチと、色とりどりのおかずが。

 以前、若葉との会話を思い出す。今度そんな機会があれば弁当を作って来ると。

「お母さんに手伝ってはもらいましたが、大半は私のアイデアで私がメインで作りました。味の保証はしませんが、よければどーぞ」

自信の無さの表れか、早口だったな。悠紀は少し微笑ましくも、苦笑。

 悠紀は箸を手に取り、一都市のように整地された弁当を眺める。唐揚げや卵焼き。どれから手を付けようか迷うくらいに美味しそうだ。

 期待と不安に満ちた若葉の顔を横目に、悠紀は唐揚げをひとつ掴み、口の中へ。

「うん。美味しいよ」

 望む感想が聞けたのか、若葉は安堵の息を吐いた。

 当然の事ながら、家が違えば食事の味も違う。唐揚げひとつ取っても、梅津家の物とは違っていたのが新鮮な驚きだった。

 サンドイッチも含め、ふたりで弁当を平らげる。

「美味しかったよ、ごちそうさま」

「そーですか。それは良かったです」

 後片付けをしながら、若葉にいつもの態度の中にも、満足そうな片鱗が見える。

 波風に揺られながら、ふたりは無言。悠紀は、ここ最近に感じていた気持ちを、聞いてみた。

「若葉ちゃん」

 はい?と包みに戻した弁当箱をバッグに仕舞う若葉が首だけを動かす。

「何か悩みでもあるのか?」

 若葉のバッグに押し込んだ腕が止まった。

 それが悠紀の杞憂ならばそれでいい。ただ、最近の若葉の様子。杞憂で片付けるには違和感があるのは確かだ。

 若葉とは知り合って間もない。ゲームで知り合っただけの仲だ。彼女の胸中を推し量るには時間が足りないくらいに浅い間柄だ。むしろ、深く関わる事自体がおかしい。若葉は、妹の同級生という、ある意味遠い存在だ。

 だけど、今の若葉は手を触れたら砕けそうな、何処か遠くに行ってしまいそうな儚さを感じる。

「・・・どうしてですか?」

 とっくにバッグの奥に収まっているであろう手を離さない。

「若葉ちゃんの様子がいつもと違うから」

 若葉の表情は変わらなかったが、明らかに『そう』だと感じた。何故なら若葉はそれを否定しなかったから。

 しばらく波の音のみがふたりの間を支配する。

「少し、いいですか」

 やがて、若葉が口を開いた。

「私の父はお硬い人でして、ゲームのゲの字も知らないくらいの真面目で人間で」

 一語一句聞き逃すまいと、耳を傾けてあなければならない気がした。

「考えも古くて、ゲームセンターは不良の溜り場、ですって」

 かつて、ゲームセンターがまだ未熟なエンターテインメントで、そういう場所だった、というのは聞いたことはある。だが、当然ながらトライフォースもリンドバーグもそんなイメージからは程遠い。

「『良い子ちゃん』の私がゲームセンターに出入りしていたのが信じられないんでしょうね。父に大層お説教を食らいましたよ」

 悠紀は頭の角に引っかかるモノを拾い上げる。

「・・・ちょっと待って。まさか若葉ちゃん」

 家でもお淑やかで礼儀正しいお嬢様を演じているって言うのか?

 何とも言えない眼差しと無言がそうだと雄弁に語っていた。

 家でも息苦しくて、自分を押し込める別の人格を演じていると言うのか?

「お兄さんをチームメイトに引き入れようとした目的も、それっす」

 ウルティメット・ラウンド、決勝トーナメントに進めれば、ネットで中継される、と。

「父に、私の本当の姿を見てもらいたくて。・・・家で私がどうこう言っても、悪い輩に感化されただけだって」

 お嬢様モードと、本来の若葉が同じ人間であるとは、初めて見たらとてもじゃないが信じられないだろう。

「それだけじゃなくて、私の好きな物も見てもらいたい、認めてほしい」

 自分が身を捧げる、一所懸命になれる格闘ゲームの存在を。

「でも、雨音さんに負けた時点でダメだと悟りました。井の中の蛙でしたね、私」

 その時の事を回顧して、若葉は苦笑い。

「はっきり言って、自信あったんスけどね〜。勝てたら容赦なくお兄さんを頂いていくつもりでした」

 だが、雨音の牙城は高かった。

「ここ最近のデートはどういう意図があったんだ?」

 何しろずっとふたりで遊んでいただけだ。ウルティメット・ラウンドの話題は何も出なかった。

「諦めるため、ですかね」

 僅かの逡巡のあと、若葉は小さく呟いた。

「籠絡してあわよくば、なんて思ってたんですが、フェアじゃないんで。同情されても嫌ですし」

 流れる潮風に見を任せる若葉。立ち上がり、大きく伸び。

「話したらスッキリしました。これで思い残す事は有りません」

それは、いつか若葉から聞こえた言葉だ。反して、その表情は晴れやかでは無い。

「もう店舗予選も近いですし、お兄さんの邪魔はもうしません。私とのデートはこれにて終了っす」

 水着姿を見せられないのは心残りですけど、と、最後まで若葉は明るく振る舞う。

 だが、そんな押し留めた若葉の感情が決壊する。なぜなら、若葉から鼻をすする音が聞こえてきたからだ。

「・・・やっぱり、嫌だよ」

 小さく、か細い声。手のひらで覆い隠した隙間から、誰かに救いを求める様に。

「若葉、ちゃん」

 悠紀は若葉と出会って、初めて心臓を握り潰されそうな感覚に陥った。若葉の指の隙間から、涙が伝っていたからだ。

「諦めたく、ないよ」

 それが、多分若葉の本音。

 本当の自分を見てもらう、そして、好きなモノを伝える機会。ウルティメット・ラウンドに賭けていたのだろう。

 悠紀は若葉が落ち着きを取り戻すまで、ずっと隣で寄り添う事しか出来なかった。

 どれくらい時間が流れただろうか。

「・・・すみません、見苦しいところをお見せしてしまって」

 目元をハンカチで拭いながら息を吐く若葉。

 少し、気恥ずかしそうに、悠紀と目を合わせてくれない。

 多分、誰にも見せた事のない表情だったのだろう。

「帰りましょうか」

 帰り支度を終えた若葉は、何処寂しそうな目を称えていた。

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