ROUND5・Versus! 後編
やがて運命の日がやってきた。
リンドバーグ4階の格闘ゲームフロア。
普段も人の入りはいいのだが、今日は格別だろう。
連休の初日、そして大会が開かれるだけあって、気軽にフロアを横断出来ないくらいの人でひしめき合っていた。
その大半がギャラリーで、ウルティメット・ラウンドの前哨戦とも言えるこの大会は注目度も高い。
ある者は自分の実力を確かめるため、またある者はこの先の大きな戦いを見据えて。この大会そのものに焦点を当てる者もいるだろう。戦う理由は千差万別だ。
悠紀はこの日もトライフォースでのシフトが入っていたが、頼み込んで午後にずらしてもらった。どうしても、この目で見届けたかったからだ。
舞麗は「いいよ〜」といつもの穏やかな声で了承してくれた。
参加者は総勢32名。16人ずつAグループ、Bグループに割り振られ、その勝者同士が決勝で当たるトーナメント制。
事前申請ではなく、当日の先着順でのエントリーで、参加費を払えば誰でも参加可能だ。無事雨音と若葉はエントリーできたのだろうか。
ファンタジア・ヘブンの筐体は背中合わせにされ、巨大な観戦用のモニターが設置された大会仕様だ。
「おう、悠紀。来たな」
腕を組みながら、雨音が晴れやかな表情で迎えてくれた。相変わらず下層でぬいぐるみの詰められたプライズマシンに目を輝かせている方が似合う出で立ちだ。
それよりも、今日で自分たちのチームが空中分解するかもしれないというのに呑気だな。その姿に何も気負った様子もない。初めから若葉との約束などなかったかのように。もしかしたら、この状況ですら楽しんでいるのかも知れない。
トーナメント表を見ると、雨音のプレイヤーネームである『ドラゴンナイト』の文字と虎一のプレイヤーネームである『デコトラ』。よかった。どっちもエントリーできたんだな。
問題なのは若葉だ。若葉は『リーフ』という名でプレイしているらしい。メールで大会の件をやり取りしている中、そう言えば知らない事に気が付いた。トライフォースで対戦した時には若葉はカードを使用してプレイしていなかったからな。
改めてトーナメント表に目をやると、そこには『リーフ』の文字が。これで、雨音、若葉両者とも今回の大会の出場権を得た。
今回の件を別にしても、この大会は普段練習した事をぶつけられる絶好の機会だ。
トーナメント表に並ぶプレイヤーは、雨音や虎一を含め、リンドバーグに通っている人間ならどれも一度は見たことがある強者ばかり。勝ち上がるのは用意ではないだろう。
若葉はAグループ、雨音と虎一はBグループと上手い具合にバラけた感はあるが、若葉と雨音が当たるとするならば、決勝以外にはありえなくなった。
大会ルールは2ラウンド先取制。各グループの勝者同士が決勝戦で激突する。
キャラクターはエントリー時に事前登録で固定。エントリー時に記入したキャラクターのみを使用する。
対戦前にじゃんけんをし、1Pサイドか2Pサイドを選択。キャラクター変更権との選択制なら、ここで不利なキャラクターに有利なキャラクターをぶつける作戦も取れるのだが、じゃんけん勝者の権利は筐体のポジション選択のみ。
悠紀は周囲を見回す。この人だかりのせいかも知れないが、若葉の姿が見えない。
「ビビって尻尾巻いて逃げ出したんじゃないのか」
雨音が意地悪そうに笑う。あの若葉がそんなタマだろうか。
「ご心配なく。ちゃあんと来ていますから」
声と共に姿を表したのは、若葉だ。いつもの制服姿ではないのは新鮮な感じがする。
雨音の鏡写しの様に腕を組み、威風堂々といった佇まいだ。
「ふふふ、よくぞ逃げずに現れたな」
雨音はすっかり悪役のセリフが板についてきたようで。だが、若葉はキョロキョロとわざとらしく遠くの物を探すような仕草。
「あれぇ?誰もいないのに声がしますねぇ」
・・・ああ、それは即死コースだ。
雨音が若葉よりも背は低いが、悠紀から言わせればどっちも子供だ。・・・雨音が心の声を読める能力者だったら、その瞬間悠紀もぼろきれになって床に沈んでいる。
雨音はその額に明らかな青筋を浮かべてはいたが、歯が砕けんばかりに顔を強張らせたまま目を剥いている。
・・・おお、耐えた。
「ふふ。私はもう、大人なのだ。怒りに任せて感情を撒き散らす過去とは決別した」
「大人、ですかぁ?いい歳した大人がそんな格好、しますかねぇ」
怒りの籠った風が雨音のフリルスカートの裾をはためかせた気がした。
・・・なんでこの場に居ないんだ。虎一。
「・・・良く分かった。このクソガキは今日この場で叩き潰すべき女だ」
静かに震える大気。圧死しそうなプレッシャーは、彼女と関わりのある人間でなければ感じ取る事は叶わないだろう。
下の階層まで地響きが伝達しそうな勢いで、雨音は悠紀の元から立ち去っていった。言葉遣いはともかく、思いとどまったのは成長、だろうか。
・・・まさか、若葉はわざと雨音を逆撫でするように仕向けたのか。
対戦に必要なのは連続技の精度や対局を見渡す目。指を折れば足りないが、もっとも大切なのは冷静でいられる心だと思う。
どれだけ強い猛者も、衆人環視にさらされて焦れば操るキャラクターに綻びも埋まれる。
もっとも警戒すべき雨音を潰すため・・・?考えすぎか。何より若葉は雨音の性格を知らないはずだ。
「お兄さん、おはようございまぁす」
若葉のそれが、含みのある目に見えてならない。
「お、ああ。おはよう」
「待っててくださいねぇ?さくっと優勝して、お兄さんとチームメイトになりますので」
すらり、と若葉が悠紀の腕に抱きついてくる。上目使いで小悪魔めいた表情は、並の人間ならば秒で陥落してしまうだろう。
大口を叩くのは相変わらずだが、もしかしたらただ性格が図太いだけかも知れない。そんな気がしてきた。
「ここはこのロリコンが、とツッコんだ方がいいか?」
現れたのは複雑な顔の虎一だ。
「臨界点寸前の先輩を見たぞ。良くこらえているなと思うよ。・・・あとが怖いぜ」
虎一も雨音の荒ぶるオーラを見たのだろう。雨音への認識は悠紀も虎一も一緒だ。
「この子が噂のお嬢さんかい」
虎一の視線が横に滑る。虎一も実物を見るのは初めてだろう。
若葉はお嬢様らしく、スカートの裾を摘んで華麗にお辞儀。
悠紀と虎一の学校は格式高いものではなく、そんな挨拶をされたことは無いのだろう。鼻白み、困惑。肩を竦め、悠紀の方に視線を送るのみ。
「Aグループの出場者の方はこちらへ!」
程なく司会者を兼任する店員さんのアナウンスが流れる。参加者を筐体へと促す。
若葉は名残惜しそうに悠紀の腕から離れ、
「お兄さん、見ていてくださいねぇ」
ウインクを飛ばしながら、若葉は参加者が集まる筐体の方へと向かって行った。
間もなく戦いが始まる。
参加をしない悠紀が感じられる程、周囲の熱気は静かに渦巻いていた。
若葉の試合はAグループの第一試合、一発目だ。
大会の大小に関わらず、やはりこういう場は心が高鳴る。自分はつくづく格闘ゲーマーだということを思い知らされる。
「それでは、『リーフ』選手対『重箱』選手。こちらにお集まりください」
とうとう始まる。自分の試合でもないのにドキドキしている。
司会者の店員さんがマイクを手に二人を促す。
相手を見ると、年は悠紀と同じくらいか。
リンドバーグでも見た顔だし、悠紀も対戦はした事はある。だが、悠紀とは違う学校の生徒だろう。学校内では見た事は無い。
重箱は自分の相手が女子、それも年下であろうと思ってもいなかったのか、明らかに戸惑いを見せている。だが、その困惑がすぐに余裕のものに変化していくのがわかる。
相手が女子だからと舐めてかかる時代でもないのだが、今も格闘ゲームプレイヤーは男の方が多い。それが対戦なら尚更で、大会ならさらに限られるだろう。
「それでは、両者じゃんけんをしてください」
筐体の1P2Pの選択権のじゃんけんだ。
重箱と若葉が退治する。悠紀同様、重箱とは頭ひとつ分くらいの差がある。本当の格闘技の試合なら、相当のハンデが入りそうだ。
「じゃーん、けーん」
重箱はグー。若葉はパー。
「じゃあ、私はこっちを選びますね」
若葉は何の躊躇いも見せずに1P側を選択。やはり慣れている方に座りたいだろう。重箱は反対側の椅子につく。
レバーに指を添え、4つ並ぶボタンの感触を確かめる様にパチパチと弾く。
筐体はフリープレイの大会仕様になっているため、スタートボタン押した瞬間大会はスタートする。
その前に両者共筐体のカードリーダーにカードを載せ、スタートボタンを押した。
キャラクター選択画面には正方形で区切られたマス目が中央。画面両サイドには各々の戦績が表示される。
カーソルが画面中央のキャラクターのマス目を通るたび、キャラクター毎の戦績が切り替わる。重箱はあるキャラクターにカーソルを停止させ、決定。
選択したのは『ジュリアンヌ』という男性キャラだ。
細身の剣を構える騎士で、格好いいというよりは麗しい、といったほうが似合うだろう。ニュートラルの構えも朧丸のような無骨な侍よりも優雅で流麗だ。
重箱の対戦数は、数はこなしているようだが、敗戦の方が勝率を上回っている。メインキャラではなく、サブキャラの可能性は無くはないが、この大会はキャラクターは登録制だから使用キャラの変更は不可。ランクがAの2である事から多少なりとも覚えはあると思われる。
対するリーフこと若葉。
若葉の使用キャラクターは・・・『デュラノア』!
判明した若葉の持ちキャラに、悠紀は驚きを隠せなかった。
デュラノアは人の姿をしてはいるが、人間ではなく竜族の女性キャラクターという設定。
燃えるような赤い髪(1Pカラーの場合)、背にした翼と尻から生える尻尾が人ならざる者ということを示している。
キャラクター性能は決してスタンダードではなく、操作も難しい上級者向けのキャラクター。使いこなすにはそれなりの修練と腕が必要だ。
若葉のステータスウインドウを見て、悠紀はさらに驚愕する。悠紀だけでなく、対戦相手含むその場に居た人間全てが自分の目を疑ったに違いない。
デュラノアのランクはSSSの3階層目だったからだ。
若葉に近しい悠紀以外のプレイヤーは、その成績に疑いの目を向ける者もいるだろう。若葉の強さを身を持って体験した悠紀ですら、目の前の事が信じれないでいる。
『ラウンド1』
悠紀は、自分の喉が鳴るのがはっきりと分かった。
『ファイト』
電子音声と共に、画面上のふたりのキャラクターが交錯する。
周囲のざわめきで、悠紀は自分の意識が戻るのを感じる。
「勝ちましたよぉ、お兄さんっ」
目の前には満面の笑みの若葉。勝利を喜ぶというよりも、自分のした事を褒めてもらえる子供の様な。
ジュリアンヌは武器攻撃の軌道に特徴のあるキャラクターだ。線の様なエフェクトの斬撃を当てた時は一種の気持ちよさがある。
リーチの長い突き、切れ味鋭い無敵対空と、優秀な必殺技が揃う。
対するデュラノアは、移動方法からして他キャラと一線を画す。
まず、前方ダッシュは斜め上空へと飛んでゆく。そこから繰り出される通常技はしゃがみガード不可、俗に言う中段判定。これが他キャラには無い特性で、この特殊なダッシュを使いこなす事こそがデュラノアを使いこなすのと同義なのだ。
一方、前方ダッシュと対を成すバックステップも特徴的で、入力直後から姿を掻き消し、後方に一定距離を移動する。その距離はレバーの操作である程度調節できる。
ただレバーを前後に入れるだけの通常移動が、腕を組みゆっくりと前進後進する威風堂々とする佇まいなので、距離を調整、間合いを詰めたりするのには遅すぎるのだ。なので、前後のダッシュのマスターは必須。クセのある移動方法を使いこなさなければならない、それが上級者向けと言われる所以だ。
デュラノアはこのゲームで数少ない武器を持たないキャラで、武器攻撃ボタンでは文字通り自らの手で行い、ある意味普通の格闘ゲームのキャラクターの様相。鋭い爪は、相手を容赦なく引き裂く。
通常技をタイミングよく押して繋げる『スタイリッシュモーション』も、4ボタン使用のフルコンボを狙える爽快感もこのキャラならでは。
基本的にスタイリッシュモーションはルートが決まっている。
武器攻撃は武器攻撃のみ、キック攻撃はキック攻撃のみ。デュラノアはその枷を逸脱できる。
1ラウンド目は緊張していたのか、明らかに重箱の動きは硬かった。そりゃ、大会開始の一発目の試合なら緊張もする。
だが、若葉は逆で、緊張という感情を何処かに置いてきたかのように攻めモード。しつこい程のダッシュからの攻めを捌き切れず、重箱はほぼ何もできず1ラウンドを落とす。
2ラウンド目も若葉のペースは変わらず、圧倒的支持だ。重箱のジュリアンヌを、若葉のデュラノアが惨殺してゆく。
ジュリアンヌの特色でもある優秀なジャンプ攻撃も、若葉は簡単に捌いてゆく。
ファンタジア・ヘブンの体力ゲージは、一本に二本分重なっている。満タンを示す青い状態から、1ドットでも減ると黄色に変化。黄色の分が一本減ると赤いゲージが姿を表す。さらにその状態から半分減ると体力ゲージは点滅する。
その状態且つ、EXPゲージを3本使用する事で超必殺技である『ハイブリッドアーツ』を超える最終奥義の『アンリミテッドアーツ』を放てる。一度当てれば戦況をひっくり返せる可能性を秘めた、逆転の一手。
結局、若葉のデュラノアは1ラウンド、2ラウンド共に青ゲージのまま勝利を収めたのだった。
「どうでしたぁ?私の戦いっぷり」
若葉の甘い言葉で再び意識を戻され、周囲を見ると様々な色を称えたプレイヤーの瞳が若葉に向けられていた。
恐らくこの大会参加者の中では断トツの最年少だろう。そんな女の子が街のゲームセンターの大会とはいえ、圧倒的な勝利を上げた。注目を浴びない訳が無い。対戦相手の重箱なんか、未だに何が起きたか分からない表情だ。
「いや、凄いよ」
えへへー、と若葉は満足そうに笑う。
「もしよかったら頭、撫でてくれても良いんですよぉ」
「何でだよ」
若葉の強さは確かに認める。だが、まだ一回戦を通っただけだ。若葉の目的地点では無いはずだ。
若葉はあからさまな不満顔。
「あ〜あ。お兄さんとのチーム権だけでなく、頭撫で撫で権も賭けておけばよかった」
そんな権利が発行される約束をしなくて良かったと心底思う。
悠紀が胸を撫で下ろしたのと同時に、Aグループの第2試合が間もなく始まるところであった。
Aグループ、第2回戦。
鮮烈な勝利で若葉への警戒は強くはなったが、危なげなく相手の『フィルベル』をストレートで下す。
準々決勝。
『シルフィルヌ』の多元的な攻めにもしっかりと対応。代名詞の『見えない高速中段』も完璧に見切る。防御力が柔らかいシルフィルヌはデュラノアの火力の前に散る。
準決勝。
相手は長い槍を武器とする『青飛』。長いリーチを生かした強力なジャンプ攻撃、小技からも繋がる痛い連続技を持つ。
若葉はこれも撃破。
初戦からここまで無敗だ。1ラウンドも落としていない。周囲の注目を一身に集める理由も分かる。
凄まじい強さを誇る少女が、難なく勝ちを拾い上げていくのだから。
ポジション決めのじゃんけんを終える。
じゃんけんすらここまで無敗だったが、今回は若葉の負け。
しかし、対戦相手は2Pサイドを選択。ここまで猛威を振るっている若葉の強さを見てなお譲ったのか。それともどちらでも構わないとの自信の現れか。
相手の選択キャラは『シュヴァルツェール』。初心者殺しと名高い、当ゲームきってのシューティングキャラ。
ぼろきれの様な黒衣を纏い、その手には2丁の拳銃を携えている。
このゲーム、そしてこのキャラの性質を知らない人間は、シュヴァルツェールの遠距離からの銃撃により近づく事も出来ず、成す術もなく狩られてしまうだろう。
現にここまで勝ち上がるまでの動きを見る限り、遠距離からの封殺に重きを置いたプレイスタイルらしい。
対戦相手はいずれも自身の射程圏内に捕らえようとするも、のらりくらりとフィールドを駆けるシュヴァルツェールを追いきれないのが印象的だった。
若葉の対戦相手、『コーヒーブラック』の成績は案の定高い。
ファンタジア・ヘブン稼働直後にそのキャラクター性能で勝率とポイントを荒稼ぎしたクチかも知れないが、事実ここまでコマを進める程の腕を持つのは確かなようだ。
若葉も椅子に座り、スタート。
『ラウンド1、ファイト』
予想通り、シュヴァルツェールの開幕行動はバックステップ。大きくバック転のモーションで間合いを離す。
デュラノアも追うが、さらに高速移動技である『ヒッツェシュライアー』で瞬く間に間合いを離される。ここは空中ガードでじっくりと近づくのが定石だが。
シュヴァルツェールの拳銃が火を吹く。
2発の弾丸を放つ技である『レーゲン』が、まずご挨拶とばかりにデュラノアを襲う。
それを若葉はしっかりとガード。その際、デュラノアの身体が白く明滅したのを悠紀は見逃さなかった。
相手の攻撃が自身のキャラクターに接触する瞬間にガードすると発生する現象。
『ファストガード』と銘打たれたそれは、れっきとしたゲームのシステムで、成功すると必殺技ガード時の削りダメージの無効化、EXPゲージの増加という恩恵がある。遠距離からの射撃には、若葉はそれらを全てファストガード。
じりじりと間合いを詰めるデュラノアに対し、高速移動技を含め遠距離での射撃に徹するコーヒーブラック。
ファストガードが堅固な若葉相手に、このままではデュラノアにEXPゲージを献上するだけになるが・・・。
問題なのは、若葉の動きが前試合よりも軽快ではない事だ。
その主な要因は、前方ジャンプならばともかく、デュラノアのダッシュにシュヴァルツェールの飛び道具が引っかかりやすいのだ。
通常移動にすでにハンデを背負っているデュラノアは、普通ならダッシュで接近するか、ファストガードを仕込んだ空中ガードで近寄るしかない。
シュヴァルツェールの飛び道具は空中でも放つ事が出来、壁を反射する跳弾の技もある。それが反応できない微妙なタイミングのズレを生む。跳弾は微々たるダメージとはいえ、チリも積もればなんとやら。勝負を決する敗因になりかねない。
若葉もそれを重々承知なのだろう。根気強く、跳弾のダメージは捨て、確実にそれ以外の飛び道具は防御。
ここまで来る相手だけあって、コーヒーブラックは中々の腕前だった。
銃弾が引っかかり、ダウンするデュラノアの隙を縫いシュヴァルツェールは銃に弾丸を装填するモーション。シュヴァルツェールは銃を使うキャラクターだけあって、その銃弾には弾数制限がある。
2丁の銃はそれぞれ6発。一度に計12発の射撃しか行えない。
シュヴァルツェールの体力ゲージの下には、弾丸を模したアイコンが12個並んでいる。それは銃弾を使う技を放つ度に消費。レーゲンでは2発撃つのでアイコンは2個消費。アイコンがゼロの状態で銃を撃とうとすると強制的にリロードのモーションに入り、これが大きな隙を作る。これを防止するには、手動でリロードするのがいい。
ファンタジア・ヘブンを象徴するシステムのひとつに、『インディビジュアルアクション』がある。
キャラクター固有の特殊行動で、弱攻撃ボタンと弱キックボタンを同時押しで発動する。
シュヴァルツェールのインディビジュアルアクションは『リロード』で、残弾のアイコンを回復させる効果がある。
弾数システムにより必殺技使用に制限があるシュヴァルツェールだが、手練れのプレイヤー程、流れる様な動きで残弾を回復させる。現にコーヒーブラックは弾数が枯渇しないよう、上手くリロードを交えている。
画面中を飛び回るシュヴァルツェールを、デュラノアの攻撃は追いつくことは出来ない。
そんな中、デュラノアとシュヴァルツェールの体力差が開き始める。若葉の表情が初めて僅かに綻びを見せる。的確に、かつ正確な弾道がデュラノアに突き刺さる。
このプレイスタイルが上手いと称賛される事はあっても、卑怯と呼ばれる筋合いはない。これがシュヴァルツェールのキャラクター性能、コーヒーブラックのスタイルだろうからだ。
どう接近しようと思案したのか、若葉の動きが鈍る。一瞬の隙を縫い、シュヴァルツェールが迫る。
遠距離でのスナイパーとしての職務を頑として崩さなかったコーヒーブラックが接近。密接したデュラノアにしゃがみ弱キックが刺さってしまう。
必殺技を絡めたスタイリッシュモーションで、デュラノアはダウン。若葉はこの大会初めてのフルセットの連続技を浴びてしまう。
デュラノアの残り体力ゲージ、僅か1センチ。
画面が暗転。SEと共に、シュヴァルツェールのカットイン。銃を構え、はためく黒衣。
シュヴァルツェールのハイブリッドアーツ、『シュツルム』。銃を乱射し、無数の弾丸の嵐を叩き込む技だ。技の演出中にリロードを交え、華麗な銃捌きが映える。
格闘ゲームの9割9分は必殺技をガードするだけでも体力を削られる。体力が残り僅かなデュラノアを削り殺しに掛かったのだ。今のデュラノアの体力なら余裕で削ぎ落とせる体力量だ。
だが、その場に居た悠紀を含む観客が全員、戦慄した違いない。誰もがコーヒーブラックの勝利を確信した。
シュツルムはヒット数二桁の銃弾の乱撃。若葉はその初段をファストガード。続く銃弾も、それ以降も白光を纏い弾き返すデュラノア。その全てをファストガードで凌ぎ切ったのだ。
そして、シュツルムの硬直中を生存したデュラノアが反撃を開始する。
シュヴァルツェールに翻弄されている時も、シュツルム全段ガード時も、隙を突かれて攻撃を受けて表情を崩しかけた時も、若葉は集中力だけは途切れさせなかった。最後の最後まで勝ちの目を諦めなかった。
これは、安易に削り殺しに走ったコーヒーブラックの失策だろう。
だが、まだ勝負はついていない。若葉はあくまでも窮地を脱しただけだ。
若葉のレバーを捌く動き、ボタンを叩く指先。そこにも大きな綻びは無い。
ダッシュ攻撃からのしゃがみ弱武器攻撃が刺さる。スタイリッシュモーションのフルコンボ!
続く必殺技。ダメ押しのスーパーキャンセルをかけたハイブリッドアーツまで、淀み無く繋げる!画面端!
今度は若葉がコーヒーブラックを追い詰めた形になる。
だが、今の連続技で奪ったダメージは約半分。あと1回、同程度のコンボを叩き込めば恐らく倒せるが、若葉の今の状況は具合が悪い。
ゲージを使用したMAX版ヒッツェシュライアーなら、無敵時間が大幅に付与された高速移動で画面端からの安全な脱出が計れる。どちらにせよ、コーヒーブラックはこのまま画面端で若葉の起き攻めに付き合う義理は無い。
果たして若葉はこのまま押し切るつもりなのか。
金色のエフェクトと共に、シュヴァルツェールの姿が掻き消える。
やはり、ヒッツェシュライアー!
当然の様に、コーヒーブラックの選択は画面端からの安全圏への脱出。
逃げられる。
悠紀もゲームの仕切り直し、若葉が追いかける展開を想像した。だが、若葉の次の行動に悠紀は目を剥いた。
デュラノアは起き攻めをせず、バックステップ。それも、レバーを長めに入れたロングバージョン。それがヒッツェシュライアーの動きと噛み合う。まるでシュヴァルツェールの動きを完璧に予測したかのように並走したのだ。
先に行動開始したのはデュラノアの元に吸い込まれるように収まったシュヴァルツェールに、再びしゃがみ弱武器からの連続技。しっかりとゲージも使って最大ダメージを叩き込む!
『KO』
悠紀は思わずガッツポーズ。
コーヒーブラックはしてられた、と苦虫を噛み潰した様な表情。
一回戦から悠紀が若葉のデュラノアに感じていた感覚。
背筋を立て、どんな状況にも動じない強靭な精神力。指先から放たれる指示は、的確にデュラノアの動きをトレースする。
それは自分達を含むゲーマーが練習の果てに手に入れたレバー捌きとは異なる、異質なものにも見える。
手前味噌だが、悠紀だって今のレベルに辿り着くまでは数えきれないほどの練習と対戦を要した。
若葉のそれは一介の女子中学生にしてはあまりにも巧い。昔からやっている、と言われたらそれまでだが、普通の女子中学生がゲーセン通いでこの強さを身に着けたとはにわかには思えない。
だとしたら、後は家庭用の線か。
『ラウンド2』
その電子音声で、悠紀は意識を引き戻された。
『ファイト』
2ラウンド目。
焦りがあるであろうコーヒーブラック。後が無いからには、転じて攻めにシフトするかと思ったが。開幕から再び距離を離してのシューティングモード。あくまで自分のスタイルは変えない、と。
だが、精細さを欠く。1ラウンド目とは違い、間断なく継ぎ目なく放たれていた各種飛び道具の射出タイミングがぎこちない。
そして。
シュヴァルツェールは空中で通常技を空振り。コマンドミスだ。そこに明らかな焦りが見える。レーゲンは空中でも撃てる(その際の技名はハーゲル)。
再度ジャンプからの飛び道具を、若葉は見逃さない。
ハーゲルが射出される前にデュラノアの空中ヘビーアタック。次いで小ジャンプ弱武器攻撃で追い打ち。カウンター表示がちゃんと見えている!
カウンターで吹っ飛んだ場合、相手キャラが地面にダウンするまでの間、空中で追撃できる。
その場合、再度ヘビーアタックを入れるのがお手軽な選択肢だ。元よりカウンターを狙っていたり、余裕があるのなら必殺技を入れる事も可能だ。
だが、若葉の弱攻撃での追撃はさらなる攻めの選択に他ならない。あえてダウンさせずに、間を開けずに攻め立てるためだ。以前、悠紀も喰らった攻め手だ。
冷静さを欠いたコーヒーブラックでは、若葉の猛攻を凌ぎ切ることは出来なかった。まるで1ラウンド目を反転させたような試合展開。焦りがもたらした重圧はいつもの動きを封じる。
正確無比な狙撃屋だったのが、見る影も無い。
デュラノアの暴君然としたキャラクター性が遺憾なく発揮され、シュヴァルツェールの体力ゲージがみるみる赤く染まってゆく。
デュラノアの爪がシュヴァルツェールを吹き飛ばす。後、何かしら技が一発でも当たれば若葉の勝ちだ。だが、派手なSEと共に画面が暗転する。
大きく銃を構える、3ゲージを使うアンリミテッドアーツのカットインだ。
シュヴァルツェールのアンリミテッドアーツである『シェーン』。高速で打ち出された弾丸は体力の7割を奪い去る、まさに最終奥義。しかもガード不能のおまけ付き。無論、ファストガードも出来ない。
だが、その行動が最後の悪あがきだと誰もが見抜いていた。
シュヴァルツェールの一撃が放たれる。それを若葉はバックステップの無敵時間で悠々と抜ける。
キャラクターのバックステップの速度より、シェーンの弾速の方が速いので、簡単に抜けられるのだ。若葉はちゃんとシェーンの性質も理解している。
若葉は即座に反撃に転じる。硬直中で無防備のシュヴァルツェールに、デュラノアのダッシュ攻撃が触れる。危なげなく地上連続技に繋げ、画面が暗転。
デュラノアのハイブリッドアーツがシュヴァルツェールを切り刻む!
『KO』
赤い竜の姫が、黒衣のガンマンを八つ裂きにした。
この瞬間、勝負は決した。
若葉が戦いを制した事も勿論ある。
それよりも、悠紀の胸を突き動かす様な衝動は一体何だ?喉が焼ける様な渇望感。
あの場に自分が居ない疎外感もそうだ。目の前の熱い戦いを、自分は黙って見物していただけだ。若葉という、未知なる才能を目の当たりにして。
「Aグループの勝者はリーフ選手です!」
司会の店員さんが高らかに勝者の名を告げる。それと共に周囲からはまばらな拍手が送られる。どちらかと言えば、まだ勝者が女子中学生ということに戸惑う白昼夢かのような。信じられない気持ちも分かる。
当の本人である若葉は、椅子から立ち上がると周囲に一礼。勝った事に喜びを感じている様子は無い。ここが目標ではないから、なのだろうが。
「若葉ちゃん」
悠紀は自分の目の前で微笑む少女に呼びかける。
「いえーい☆決勝進出でーす!」
先程までの冷静さから一転、悠紀の躊躇いすらを突き抜ける程に、極めて陽気にハイタッチを求めてくる若葉。
合わせた手の平は思っているより小さく、温かい。さっきまで縦横無尽に天地上下するレバーを操っていたとは思えないくらいに繊細だ。
「凄いな、決勝だよ」
本当にそう思う。
チームの分裂の可能性を忘れてしまうくらいに、熱く、高鳴った。
「・・・惚れましたぁ?」
ニヤニヤと笑う若葉。そこはチームを組みたくなりました?だろう。
感情移入してしまうような没入感に囚われたのは確かだ。だからこそ、若葉が勝ちを拾い上げた時は嬉しかった訳だし。
上級者の対戦動画を見ている時とも違う、別の感情。
「中々やるが、大口を叩いていたのだから当然だ」
程なくして、背後から雨音の声。若葉がAグループを制した事に何の驚きも見せていない。
「そうですねぇ。いい準備運動になりましたぁ」
あの対戦が準備運動かよ。
若葉の目が細められ、
「お姉さんも頑張って下さいねぇ?決勝に来られるなら、の話ですが」
若葉と雨音の間で見えない火花が散った気がした。
「凄えな。若葉ちゃん、って言ったか」
虎一も噂の根源、超新星のプレイに驚嘆。
「だろ」
悠紀の返事に、虎一は半眼。
「・・・何でお前が誇らしげなんだ」
「べ、別に誇らしくはない」
単純に、強者の対戦は、見ていて心が奮い立つのだ。
熱くなる身体を誤魔化す様に、悠紀は首を横に振るのだった。
Bグループ。
蓋を開ければ雨音が危なげなく勝利をもぎ取った。同グループの虎一は悔しそうだったが、これで決勝は若葉対雨音と相成った。
フロアのボルテージは今までに無いくらいの臨界点。スタッフは決勝の戦いに向けて準備を進めていた。
若葉と雨音が睨み合う。
周囲の熱気の原因は、間違いなくふたりの少女によるものだった。